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王女の恋煩い  作者: 岸野果絵
過去
5/10

廃后

 リーラレイアは、夫・エリオスのほつれた上着を直していた。

多くの侍女たちにかしずかれるリーラレイアであったが、夫と息子の着るものだけは、自らの手で仕立て、直すことを心がけていた。


 リーアレイアは糸を鋏で切ると顔を上げた。

横では、8歳になる息子・カイナスが読書をしている。


 カイナスは武術よりも勉学の方を好む子だった。

ヒマさえあれば、こうして読書をしている。

 父であるエリオス王太子は弓の名手であるが、カイナスはそれを全く受け継いでいない。

 リーラレイアはそんなカイナスを不甲斐ないと嘆いていたが、エリオスは「国を治めるには勉学が肝要。(いくさ)など武人にやらせておけばよいのだ」と、全く気にする様子はなかった。


 平穏な日々はいつまで続くのだろうか。

リーラレイアは夢中で読みふけるカイナスの横顔を見つめながら、そんなことを思っていた。


 慌ただしい足音をさせ、エリオスが現れた。

「母上が廃された」

 エリオスはリーラレイアの顔を見るなり、そう言った。


 エリオスの母・レスティアーナ王妃が王妃の位をはく奪されたのだ。

 一番恐れていた事態に、リーラレイアは言葉を失った。


 以前から、王宮内に不穏な空気が流れていた。

国王・タイナスは、一人の美女に心を奪われ、その美女の言いなりになっているという噂が、王宮の外にまで流れていた。

 美女は、はじめのうちこそ王妃に恭順の意を示していたが、男児を産み、その子が成長するにつれ、次第に勝手気ままなふるまいをするようになっていた。

近ごろでは堂々と王妃をないがしろにしていた。


きさきよ。かねてよりの打ち合わせ通り、カイナスをつれて落ちよ」

 エリオスが深い緑色の瞳で、リーラレイアをじっと見つめながら言った。

リーラレイアはすぐに頷くことができなかった。


 何度もエリオスと話し合っていたことだった。

 美女が男児を産んだ時から、いつか何かが起こるということは予想していた。

何が起こりうるのか、さまざまな想定をし、どのように行動するのが一番良いのかを考え、じっくりと話し合っていた。

 今、最悪のケースをたどりつつある。

すぐに行動をしなければならない。

じゅうぶん理解していたが、いざそうなってみると、事実を受け入れることが苦しかった。


「父上。私は父上のお側にいます」

 カイナスは拳を握りしめ、立ち上がった。


「ならぬ」

 エリオスの鋭い声に、カイナスは驚いたように目を丸くする。

みるみる血が上り、カイナスの顔が真っ赤になっていく。


「そなたは余の跡目を継ぐ者。生き延びねばならぬ」

 エリオスはカイナスの瞳をじっと見据えながら言った。

カイナスは唇をギュッとかみしめる。

握った拳が微かに震えていた。


「妃よ。必ずやこの難局を乗り越え、そなたたちを迎えに行く」

 エリオスはリーラレイアをじっと見つめた。


 リーラレイアにはエリオスの真意を理解していた。

エリオスは覚悟を決めているのだ。

リーラレイアも覚悟をしなければならない。


「余に万が一のことがあったとしても……。わかっておるな? なにが起きても余の元に来てはならん。余が迎えに行くまでは」

 エリオスの言葉に、リーラレイアは静かに頷いた。


 これが今生の別れになるかもしれない。

リーラレイアはあふれ出る涙をとめることができなかった。


「リーラレイア。周囲が決めた縁だったが、余はそなたと夫婦になれたことを、神に感謝している」

 エリオスの手が、リーラレイアの頬を優しく包みこむ。

リーラレイアは嗚咽をもこらえながら、エリオスの顔を目に焼き付けようと、じっと見つめた。


「そなたはカイナスという跡継ぎを生み、余に尽くしてくれた。立派な王妃となるために、日夜努力をしてくれていたことも、よく存じている」

 優しく微笑むと、エリオスはリーラレイアを抱き寄せた。


「リーラレイア。そなたは余にとって、かけがえのない伴侶だ。王妃となるべく生きてきたそなたが、野に身を隠すことは、屈辱であろう。苦労をかけてしまうな」

 リーラレイアは首を横にフルフルとふると、エリオスから離れた。

 そして、静かに短剣を取り出すと、結い上げた髪の根元にあてる。

リーラレイアの豊かなブロンドの髪がばっさりと落ち、手におさまった。


「エリオス様。この身はお傍にいることができなくても、わたくしの心は、いつもあなたのお傍におります」

 微笑みながら、自らの髪をエリオスに差し出す。


「リーラレイア。余もそなたのそばにいる」

 エリオスはリーラレイアの髪を受け取り、しっかりと握りしめ、再びリーラレイアを抱き寄せると、優しく口づけをした。


「カイナス。よいか、妃を、母上をしっかりとお守りするのだ」

「はい」

 エリオスは、目に涙をためながらも、しっかりと返事をするカイナスに優しく微笑むかけると、その頭を愛おしそうに撫で、リーラレイアに向かって背中をポンとおした。


「エリオス様。どうかご無事で」

 リーラレイアはカイナスの手をとると、そう言って礼をした。

カイナスも礼をする。


「また会おうぞ」

 エリオスはそう言うと爽やかに笑った。


 リーラレイアとカイナスはそのまま宮殿を後にし、落ちていった。

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