王の願い
困ったことになった。
クーラヴェルハイム公カイナスは、瀕死の娘の状態を切々と訴えるシルヴェス王を茫然と眺めていた。
「王女を娶ってはくれぬか?」
シルヴェス王はカイナスの瞳をじっと見つめながら言った。
カイナスは黙り込んだまま身じろぎもしなかった。
王女・ララウェルは、春先から体調を崩し、一向に回復の兆しをみせないとは知っていた。
原因がわからないらしいという噂も耳に入っていた。
まさかその原因が自分であったっとは、カイナスには思いもよらない事だった。
シルヴェス王の話によれば、ララウェルはカイナスに恋い焦がれて体調を崩したらしい。
ララウェルの病は恋煩い。
はじめは冗談かと己が耳を疑った。
しかし、生真面目なシルヴェス王が、カイナスをわざわざ呼び出しておいて、そのような冗談をいう事など有りえなかった。
自分の一体どこが気に入ったのだろうか?
カイナスは首をひねった。
宮廷でのカイナスは、当たらず障らず、敵をつくらず、仲間もつくらずに徹していた。
シルヴェス王に対しては、常に敬意を示す振る舞いを心がけ、他の者たちとの交流は最小限にしていた。
そういえば、王女であるララウェルに対しては、シルヴェス王にたいしてと同じように、徹底的に礼を尽くしていた。
それが良くなかったのだろうか。
カイナスはララウェルに特別な感情は抱いていない。
嫌いというわけでもない。
だが、娶ることはできない。
カイナスは正妃をおくつもりはないのだ。
「クーラヴェルハイム公。無理を承知で、この通りだ」
「なりません、陛下。わたくしめは臣下でございます」
頭を下げようとするシルヴェス王を、カイナスは慌てて止めた。
国王であるシルヴェス王が、臣下であるカイナスに頭を下げるなど、あってはならないことだ。
他の者ならまだしも、カイナスとシルヴェス王の関係はとても微妙だ。
カイナスの父はシルヴェス王の異母兄――王太子・エリオス。
あのような事件が起こらなければ、今ごろはエリオスが国王に即位していた。
そしてその長子であるカイナスは、その王太子――次期国王となるはずだったのだ。
王太子・エリオスは、美女にそそのかされた父王・タイナスに毒殺され、カイナスは母である王太子妃・リーラレイアとともに身を隠した。
タイナスが崩御すると、美女の子が即位したが、それを不服に思う王子たちが反旗をひるがえし、あっという間に内乱状態に陥った。
約5年にも及ぶ内乱で、多くの者が倒れ、生き残った王子は、何の後ろ盾もない病弱なシルヴェス王ただ一人だった。
国内の混乱を鎮めるため、シルヴェス王がすぐに即位した。
後に、シルヴェス王は、身をひそめていたリーラレイアとカイナスを見つけ出し、カイナスに譲位しようとしたが、カイナスはそれを固辞し、臣下に下った。
「陛下。ご命令とあれば、謹んでお受けいたしますが……」
カイナスは跪いた。
シルヴェス王の顔を立てなければならない。
カイナスの個人的な事情など言ってはいられないのだ。
「いや。殿下に命令など、どうしてできましょうや。殿下のお立場、そして並々ならぬお気づかいに感謝しているのでございます」
シルヴェス王は両膝をつき、カイナスの手をとった。
「これは一人の親としてのお願いです。このままでは娘が……。娘が可愛くてしかたないのです」
シルヴェス王は懇願するようにカイナスをじっと見つめる。
その姿は国王ではなく、ただの一人の父親だった。
「陛下。王女にお会わせ願えませんか?」
カイナスは、自らララウェルを説得することにした。




