使用人たちの集い
主人公視点ではありません、ご注意ください。
屋敷の中でも貴族があまり立ち入らない場所が存在する。それは使用人達が利用する部屋である。それぞれに自室が用意され、1つ団らんスペースも作られている。
このフォルジュの別宅は、ご子息のエルリック・ヴィリスト・フォルジュが主となっている。16歳にも満たない頃にこちらに移り住み、エリカ・ヴィ・フォルジュの教育兼政務の役割を担う。最初こそ使用人達も不安に思っていたが、ご子息は実に優秀だった。なおかつ、貴族特有の鼻にかけた感じが全くない。半年もすればこの別宅にすっかり馴染み、信用されることになる。
そんなフォルジュのご子息でも立ち入らない、使用人たちの憩いの場、それがこの休憩室である。
仲が悪いというほどでもないが、やはり所詮は貴族と使用人。気が休まる所は必要なのだ。
と言っても、ちらほら貴族の子もいるのだが、そこは使用人仲間として仲良くやっている。
「にしてもー駆け落ちかー夢いっぱい希望いっぱい子供もいっぱいってねー」
椅子に座って呑気に足をばたつかせているのはエマ。市民でありながら、属性を持っている少女だった。のほほんとしたその表情から窺い知る事は出来ないが、彼女がフォルジュの別宅に来るまでの生活は酷いものだった。
彼女の髪の色は不幸な事に、薄い紫色。つまり、魂の属性をその身に宿していた。質はそれほど強いとは言えないが、属性のない平民の心を読むなど訳ない事だ。それ故に、両親にすら恐れられて、孤独な生活を送っていた。
そんな時に手を差し伸べたのがフォルジュ公爵。エルリックの親にあたる人物である。
「子供って……エマはいつもそういう事しかいわないね」
呆れ顔でそう言ったのはミサ・メル・ジョルジュ。風の属性を持つ子爵の令嬢である。子爵位の令嬢が公爵家に働きに出る事は大変名誉なことであり、意気込んでここに住んでいる、真面目な少女。
「えー子供いーじゃん」
「いえ、子供は良いんだけど……エマが言うといやらしい意味にしか聞こえない」
「えーやーらしー!そんな事いっちゃうミサがやーらしい!」
「なっ!」
メイド同士でいちゃいちゃしていると、こほんと咳払いが聞こえて2人の会話が途切れる。
「ここ共同だから、そういう話はせめて男が居ない時にしてもらえるか」
そう言って諌めたのはカペリ・ヘーメルド・ブラウン。別宅で料理人見習いとして働いている。爵位は子爵。騎士の家系に生まれて、その属性も攻撃向きの火属性であるにも関わらず料理人になると言いだして家を飛び出したやんちゃ坊主である。
フォルジュ別宅の料理人がその覚悟と腕前を見込んでフォルジュ公に雇って貰えるように頼み込み、見事に見習いとなったのだ。家族はまだ不満そうにしているが、公爵家とつながりが出来る事も良いかと考えている状態だ。未だ仲直りはできていない。
淑女が下ネタをいうものだから、カペリは頬を赤らめる。
「えー興奮するー?」
「ふっざけんなよ、お前」
「エマ、いい加減になさい」
ちょっと喧嘩腰になるが、本気で怒っている訳ではない。エマは大体がこんな感じなので、皆もそんなものだと受け入れているからだ。
エマには淑女の欠片もない。そんな認識なのだが、本人も分かってて直す気がないのでどうしようもない。
「ふぅ、でもほんと。エルリック様はどうされるおつもりなのかしら」
「どうするもこうするも、もう貴族位剥奪なんじゃね?」
「カペリ、あなた気軽に言うけれど、それ相当不名誉な事よ?」
「しっかしなーあのお嬢様だしな。というか、ご子息様が来る前はそんな話なかった?」
「あら?そうなの?」
「そそ、なんか剥奪阻止のためにこっちに来て、お嬢様の為に教育しようとしてたみたいだぜ?あれ、言ってなかったっけ?」
「そんなの初耳よ」
エリカはあまりの我儘ぶりにフォルジュ公にもはや見放される寸前の所まできていたのだ。そこで待ったをかけたのが兄であるエルリック。もうちょっとだけ猶予を、と。必ず立派な淑女にするから待ってほしいと願い出た。フォルジュ公も我が子を望んで捨てたい訳ではないので、その申し出にすぐに頷く。そのついでに、領地経営について学んで来い、という課題もプラスして。だからエルリックはこの別宅に来ているのだ。
「エルリック様ってー良い人だよねー女を抱いた事あんのかなー」
「まて、そのセリフは絶対外で言うなよ」
「明らかに許容範囲外ですわよ、エマ!」
カペリとミサが同時に突っ込んで、エマは満足そうに笑う。エマもわきまえているので、親しい人の前以外では言ったりしない。言っても、許容範囲内のソフトなものを選ぶはずだ。……と、2人は信じている。
……
「そういえばさー、昨日の朝方にお嬢様帰って来ちゃったってねー」
「ああ、らしいな」
休憩室でカペリとエマが喋っている。エマは縫物をしつつ、カペリの方は野菜の皮を剥きながらだ。現在はまだ休み時間ではないのだが、休憩室でも出来るような仕事なので、ここでやっている。
「ちょーばたばたしててさぁーめっちゃ起こされたけど眠たかったから起きなかった」
「おま……侍女長に怒られなかったか?」
「殴られたよ」
「だろうな」
仕事放棄して怒られないはずがない。しかし、仕事時間外は不真面目なエマだが、仕事時間中は物凄く真面目に取り組む。だから首になったりまではしないのだが……緊急で忙しくなった場合にまるで使えないのがエマだった。
「で、お前の縫ってるのはなに?」
「これ?これはねー娼婦の服ー!」
じゃじゃんと自慢げに広げて見せつけるエマ。
それを見たカペリの顔が真っ赤になる。
「はっ……?娼婦?って、なんでんなもん縫ってんだ!」
「ここだけの話、お嬢様が着てたらしい」
「な……着るって、それ、どの部分の布だよ」
「腰に巻いてたみたいだよ?」
「は?はぁあああああああ!?」
赤い顔がさらに赤く染まって、髪の赤色と同化しそうになる程である。しかしエマはカペリのそんな様子など気にした風もなくつんつんと針で縫っていく。
「いーかも、かわいい。このふりふり」
「もう俺はお前の感性についていけないよ」
溜息を吐きつつ、カペリは止まっていた自分の作業の方を再開させる。しばらく黙々と作業した後、エマはぽつりとつぶやく。
「ついでに高熱出してぶっ倒れたって」
「は?はぁあああああああ!?なんでそういう事に……ああ、だから俺ソワレ細かくしろっていわれてんだな……」
ソワレはスープにも出来るし、栄養も取れる。ついでに体を芯からあたためる事が出来るし、薬草なども混ぜられる。風邪にはうってつけの食べ物だ。
ガチャリと休憩室の扉が開けられ、ニーナが入ってくる。その顔は憔悴しきっていて、いかに忙しいかを物語っている。
ニーナはエリカ付きの、大変ハートの強いメイドなのだ。普通の箱入り娘なら、エリカのきついモノ言いに、すぐに参ってしまって、やめて行く。
その中でニーナは鋼の精神力を持っているメイドで、侍女長も一目置いている存在だ。
本当は前任者がやめた時にエマが指名されていたのだが全身全霊をもって拒否したので、その時新しく入って来たニーナに任された。代わりに、ニーナに分からない事を教える係りになったエマ。そして現在はものの見事に教えられる係へと転身を遂げたエマである。
伯爵位のご令嬢であるのに、メイドとしてかなりの才能を開花させているニーナ。もはやメイド長でもやれそうな領域に達してきている。
「ちっすーニーナ、疲れてるねーお盛んかー?」
「よし、歯を食いしばって」
「まてまてまて!」
物凄く疲れた顔のままニヤリと口元を笑わせて拳を握っているニーナをカペリが止める。料理見習いと言っても騎士家系で育ったので、ニーナがその腕を振りほどくことはできない。
ニーナが諦めて力を抜くと、カペリも解放した。
その後、椅子に座ってぐったりと机に倒れ込む。
「ほんとう、疲れた……」
「お疲れー水いるー?」
「もらう。サーニア入れて」
「了解ー!」
水にとろっとしたサーニアを入れ、3個ほど氷を取り出してカラカラといい音を立ててかき混ぜる。その手際は見事なもので、流石はメイドといった身のこなしだろう。口調や休み時間の態度はダメダメだが、やる時はやる子なのだ。
出来たサーニア水を受け取り、一気に飲み干して。ぷはっと、飲み屋に行っているおっさんのような息を漏らす。だらしがない恰好のまま、コップをエマに返す。
「ありがと、エマ」
「おやすいごようですわ、お嬢様」
ちょっとふざけたように、そう言ってウインクをするエマ。そんなお茶目なエマを見て若干イラッとしたニーナだったが、そこは流しておくことにした。エマの説教をするだけの体力と気力がないから。
後輩であるニーナがエマに説教というのもおかしな話だが、貴族位で言えばニーナの方が偉い立場なのでやはりおかしくはなかった。
「はー、お嬢様再来に、身も心もボロボロよ」
「どんまいどんまーい」
「そもそもエマが担当になってたら良かった話なんだけどね」
「そんな昔のはなしはいいじゃない」
「良くない、今現在お嬢様のせいで疲れてるの。多少労いなさいよね」
「へへっ、じゃあお揉みいたしましょう!」
そう言って手をわきわきさせながら近づいてくるエマの手を払い落とす。
「胸を揉もうとすんじゃないわよ、このあほう!」
「えーいいじゃん、揉ませてくれたってー」
「だからそういうのは!休憩室でやるなよ!」
エマがいるとろくなことがない、とカペリは溜息を吐く。エマのことは取りあえずおいておいて、疲労困憊中のニーナに声をかける。
「疲れてるけど、またお嬢様に何かいわれたんですか?」
「んーん、まだ熱で寝てるから」
「そか、お疲れ様です」
元気な時より倍増しで疲れる。汗をかいた体を拭くための脱がせ、拭き、また着せる。起きているならまだしも、寝ている状態の人間を動かすのは苦労するのだ。力仕事ではあるのだが、流石にこれを男にさせる訳にもいかない。
お嬢様付きであるニーナがやるしかないのだ。その事に辟易としつつも、きちんと仕事をこなすあたり、エマよりも余程メイドらしいと言える。
「あー熱ひいたらまた面倒な事いいそうで困るわ」
「だねー」
「あなたはいいじゃない、担当から逃げたんだからね!」
「へへ」
このやる気のなさでも首にされていないのは、ある程度使える人材だからだろう。お嬢様の無理難題も適当にあしらう技術は中々のものだった。それに、彼女は魂属性だからお嬢様に嫌われている。あの面倒なお嬢様には嫌われるくらいがちょうどいい事もあるのだ。
「うし、俺は厨房に戻るわ」
「頑張ってね」
「ああ、ありがとう」
……
緊急集会という事で、広間に使用人全てが集められる。それぞれ不思議そうな顔をしているが、集められたのは大体エリカお嬢様の事だろうと察していた。今更集められてなんの報告があるのか、そちらの方が疑問だった。ほぼ全員の者がエリカお嬢様の帰還を知っている。だとすると、お嬢様がまた面倒事を起こしたという事なのだろう。
全員が全員やれやれ、と心に溜息を吐きつつ、侍女長コルムの言葉を待つ。
「ここに集まったのは他でもありません。エリカお嬢様の件です」
この声にやはりな、という雰囲気になる。面倒事を起こすのは決まってエリカお嬢様なのである。
コルムは少し時間をおいて周りの様子を見てから口を開く。
「実は先日発見されたお嬢様ですが、お嬢様ではない。どうやら全くの他人、との事です」
ざわり、と周りが騒がしくなる。その中には帰ってきたお嬢様を見た者もおり、信じられないなどと呟く。
「静かに!」
コルムの言葉に広間が静まり返る。
「私もまだご本人にお会いしていませんが、グリーヴ伯爵のお墨付きを得ております。これは間違えようがない事実と捉えてくださいませ」
全員困惑を隠せない様子で、顔を見合わせる。無理はない。先日捕えられたエリカお嬢様は、どうみてもエリカお嬢様にしか見えないのだから。他人だったら、流石に分かる。完璧に同じ顔の別人など有り得ない話だ。双子ならいざしらず。他人で同じ顔など夢のまた夢。
コルムはそのまま言葉を続ける。
「これから彼女には公爵家令嬢、エリカ・ヴィ・フォルジュとして振る舞って頂く予定であり、これはエルリック・ヴィリスト・フォルジュの命である」
その言葉にもまた驚く。
全くの他人を公爵家令嬢の身代わり。それは大きなリスクがたくさんある賭けだ。だがしかし、他人にまかせでもしないと、エリカお嬢様本人がいない以上、この状況を良くすること等できない。まして、お嬢様がいたとして、まともになるかどうかも怪しい。
身代わりになる少女という者の全貌がまるで分かってない以上、賛成と言えるはずもなく、命令であるから反対と言えるわけでもない。
「この事は、決して外部に漏らさぬようよろしくお願いします。また、本人の名を聞いてもなるべく呼ばぬよう。どこから漏れるかわかりませんから。必要以上の詮索も不要。……以上ですわ、何かご質問は?」
そろりと手を上げたのはメイドのミサだった。
コルムの視線に一瞬ビクリと震えるが、それでも口を開いた。
「魂対策については大丈夫なのですか?」
「ええ、勿論。それぞれ支給された魔道具を片時も離さぬようお願いしますわ。シャロン伯爵は……もうお持ちですわね?」
その言葉にシャロンがコクリと頷く。魂対策は貴族として当たり前のことだ。心が読まれては、交渉もなにも出来ない。自分の弱みや不正などを隠しも出来ない訳ではない。それに、魂は使い道を誤ると命を落とす危険な魔法だ。もしこちらを探ろうとする者がいるならば相手も相応な情報を得てからにするだろう。
それに、シャロン伯爵は無属性であり、特別魔法耐性が低い。貴族の中ではかなり肩身の狭い想いをしてきている。それ故に、魔法耐性つきの魔道具を片時も離した事がない。
「その方……信用できるのですか?」
「言ったでしょう。グリーヴ伯爵のお墨付きですよ」
グリーヴ伯爵は他のどのものよりも優れた魂属性魔法師だと言える。今までに数多の魂を見て来た彼が大丈夫というならば、大丈夫に決まっているのだ。他の誰でもない、信用のおけるグリーヴ伯爵のお墨付きに、ミサは下がるしかない。
「まぁ……お気持ちは分かりますわ。その疑いは後々、ご本人と接触する事で拭うとして……最終的に10のお披露目を乗り切れるだけの清楚さが身に付ければ問題はありませんわ。そう何年も雇う気などご子息様にもないでしょうし……危険も増えますからね」
それには誰もが頷く。
ここでグダグダやっていても何も進まない。まずは本人に直接会い、グリーヴ伯爵が保障するような人物に足るのか見なければならないだろう。何もグリーヴ伯爵を疑っている訳ではないが、人柄が良くても悪い者に騙されるような残念な頭でもダメなのだ。
エルリックも馬鹿ではない。本当にダメだと思うならば10のお披露目にすら出さずに諦めるだろう。その場合、かなり評判は落ちるだろうが、この際仕方ない。本来ならそうするべきなのだろうが、今はその少女に頼る事しか出来ない。
「さて……この別宅もどうなる事ですやら。じゃ、皆さま、お仕事にお戻りくださいませ」
「「「はい」」」