おじい様の孫
この世界の魔法は存外不便だ。
もっとぱあっと、どどんとできるモノだと夢見ていた時代がありました。でもま、確かにバンバン連発出来るようなモノって危ないよね。だからこそ、工場とか、技術面も発達していると考えていいだろう。
この世界に便利な回復魔法なんてモノも存在しない。故に医学や薬学も発達している。だからこそ、衛生面の問題で下水道も発達する。
ある意味では助かるが、ファンタジー的な成り上がりとか無理だろうな。すでに疫病対策もされてるし、料理だって色々開発されてる。木の樹液で甘いモノを作ったりもしているらしいし、異世界人の私の出番など、そうそうない。
時代的にはどの程度の技術だろうか。
現代よりは劣るくらいの技術で、そこに魔法的なエッセンスが入っているような、ちょっと不思議な世界。そして、当然のように絵本の中の生き物たちがうようよいる。本当に不思議な気持ちになる。
綺麗にされた中庭でぼんやりと空を眺めると、太陽と、月の様な何か。月の様な何かは、来た当時は青色だったが、今では緑色に輝いている。あの月は60回程日が沈むと色が変わるらしい。そして色が変わる回数は年7回。7つの神の属性の色にそれぞれ変わっていく。1年7か月、1か月60日、つまり日本換算でいくと大体1年14か月くらいと言える。
その計算でいくと、私はこの世界で12.8歳となる。エリカ様とは、思ったより年齢が離れていない事が判明した。それでも小学生と比べられているという事は変わらないので不満だが。
今がなんの月かは、空を見ればすぐに確認がとれるというのは、すこし便利かもしれない。その月の色の属性と同じ者は、その属性の力が強まるそうだ。逆に、反発している属性の時は力が弱まる。戦いを行う時なんかは、たいてい有利な属性の者を切り札に置いておく。
たまにこの月が黒く染まる日もあるらしい。月食みたいなもんかな。その時はどの属性も能力があがらない、むしろどの属性も弱点が関係なくなるという。もし、苦手な属性持ちの国がいたなら、その時に攻めるのが良いだろう。しかし、突発的なものなので、予想ができないからそれは難しいが。
そして、人が恐れる月は魂の月。いわば、13日の金曜日みたいなものが60日間続く。不吉な月なのだそうだ。魂の神は過去に汚れ、闇に落ちた。今でもその名残が人々の心にあるため、恐怖を誘う。実際、この月は犯罪率が高くなっているそうだ。春に変態が湧いてくるようなものかもしれない。
姿勢に気を付けながら淡々とそんな事を考えていると、サクリと人の足音がして顔を上げる。
そこには、金髪の青年が立っていた。ん?エリカ兄?なんの用だろうか。
「久しいな、エリカ」
「……ええ」
あっ、ちょっと待って。この人エリカ兄じゃなかった。口ぶりからして絶対違う。金髪だけで判断するの危ないな、もうちょっと覚えよう。この人は長い髪を後ろでポニーテールにしてる。って、こういう覚え方がいかんのだろうな。顔の方で覚えなければ。
私をエリカ様と勘違いしているって事はこの屋敷の人間ではないという事。いきなり影武者大ピンチかもしれない。噂がどこで漏れるか分からない以上、下手な事は出来ない。
ダラダラと背中に冷や汗をかきながら、青年を観察する。誰だこいつ、来客なんて聞いてないよ。まさか連絡なしで来たタイプの我儘貴族か。やばいな。
青年は怪訝な顔を浮かべている。何か勘付かれたか。
「今更何故じいちゃんを呼び戻したりした」
「……」
は?ごめんな、ちょっと何言ってるか分からない。じいちゃん、って事はご年配の方ですから、この屋敷でご年配と言ったらグリーヴおじい様くらいしかいない。
「せっかく俺が教えて貰っていたってのに、緊急で呼び戻しやがって。じいちゃんはなぁ、お前みたいなやる気のない奴に教える程暇じゃないの。全然成長してねぇな、お前」
ビシリと指をさしてぐだぐだと文句をつけている。この口ぶりから察するに、公爵か、それ以上の地位を持っているか、それとも侯爵以下だが、昔から付き合いのある人物であるか。
私が黙ったままでいると、物凄く機嫌が急降下していくのが目に見えて分かった。
「何無視してんだ、おら」
「申し訳ありませんわ、突然の来訪に少し驚いたもので」
「……は?」
私が返事をすると、まるで鳩が豆鉄砲を食らっている時のような顔をされた。あれ、やべぇ、何かハズしたみたい。だって仕方ないだろう、エリカ様がどんなだったかなんて、しらないんだから。
「お、お前そんな高度な嫌味をおぼえたのか」
「……ええ、今勉学に励んでおりますの」
あ、あぶねぇ……なんか知らんが納得してくれたみたいだ。勉強に励んでるのは嘘じゃないし、エリカ様だってやる予定だったのだから。
だがしかし、まるで化け物でも見たような顔をして、1歩下がられた。
「なんだ、お前、凄く気持ち悪いな……」
お、おい……いくらなんでも酷すぎないか。レディに向かってその言葉はどうかと思うぞ。偽物だけど、これでも肩書きの方は公爵家のご令嬢なんだよ?もうちょっと口の利き方には気を付けた方が良いと思うな。
私が黙ったままじっと青年を眺めていると、青年が若干挙動不審になってくる。
「お前、まじで、どうした。いつもならブチ切れてるだろ。ほら、かかってこいよ。……体調でもわるいのか?」
喧嘩売っているのか、それとも心配しているのか、どっちなのか。むしろ両方なのか。ふむ、そういえばニーナというメイドにも「怒らないんですか?」って聞かれた事がありましたっけ。エリカ様ってすごく短気なのかな。じゃあ、えっと、何か嫌味でもいいましょうか。
取りあえず腕を組んで、ちょっと高飛車風を装ってみる。
「私はあなたと話したくないだけよ、ぴーぴー喚いて、うるさいわ」
「なっ!?」
カッと顔が真っ赤になった。
あれ、言いすぎた?
わなわなと震えて、今にも怒りが爆発しそうである。
「おま、俺が心配してやってんのに、そういう事いうか!?普通!?くっそが!お前を心配した俺が馬鹿だったよ!」
「そのようね」
「すっげー腹立つ感じに成長してんじゃねぇか……!」
おお、怒り狂っていらっしゃる。だがしかし、エリカ様と認識してくれたみたいだ。
でも、ガシリと力強く私の両肩を掴むのはやめてください。いたいっす。ごめんなさいすみませんいいすぎましたあああああ!ジャパニーズ土下座したら許してくれるだろうか。というか、土下座はこの世界に通用する謝罪方法かどうかすら分からない。
私が狼狽えていると、救世主の声が聞こえて来た。
「ん、なんだ?セス。来たのか」
「エルリック……」
エルリック……はエリカ兄の名前だったはず。両方金髪だが、エリカ兄の金髪の方が綺麗気がする。セスと呼ばれた青年のほうが、ちょっと黄色みがかっているような。
セスがエリカ兄に気を取られて手の力が緩んでいる隙にさりげなくさがっておく。
エリカ兄は、腕を組んで、何やら思い悩んでいる。
「んーセスか、セスかー……この判断はグリーヴ伯爵に委ねよう。ちょっとこい」
「え、あ、ああ……いいけど、なんなんだ?」
「いいから」
そう言われてエリカ兄に連行されていく。ふう、危機は脱した。しかし、もうちょいエリカ様の事聞いといた方がいいかもな。突然来られて、今回のようになっても困るし。
ふと、顔を上げると、中庭の花に埋もれている黒髪の男と目が合った。庭にいる黒髪と言えば、庭師だろう。目が合ったので、互いに会釈をする。綺麗な庭を作っているその手はいつも土で汚れている。名前は忘れた。確か、この人は貴族だった気がする。貴族でも普通に黒髪がいるみたいで、ちょっと安心した覚えがある。
近づいて行って、声をかける。
「こんにちは」
「こんにちは、お嬢様、ご機嫌麗しゅう」
その挨拶の仕方にぶるりと震える。そんな丁寧な言葉で挨拶されるような心の強さをまだ持ってないよ!
「あの、できればもっと気楽な感じにしていただけると、たすかります」
「では、お嬢様もそのようにされてください」
「うっ」
「私はお嬢様にあわせますよ」
「うっ」
気楽にため口をきく事なんて出来る訳がなかろう。相手は確実に目上の人だし、失礼な態度なんてとれない。かといって、この人に丁寧に丁寧にお嬢様扱いをされると、拒否反応がでる。
あ、諦めるしかないのか。
とりあえず、話題を変えよう。
「綺麗なバラですね」
「バラ?……いえ、これはサスチカという花ですよ」
「あ、はい」
迂闊な事言った気がする。見た目は確実に薔薇だし、ツルにはとげがたくさんついている。呼び名が違うって不便だ。この辺りには、赤いバラ……サスチカが沢山並んでて圧巻だ。しかし、サスチカ、サスチカか……手で触るととげが刺さってチカっとするよね。刺すチカってね!わあ、覚えやすぅい。……そんな親父ギャグじゃないよね?
「サスチカって青色ってありますか?」
「青ですか?いいえ、そんな品種は存在しないですよ」
青いバラはこの世界にもない、か。
こちらの世界もやはり似たり寄ったりなのかな。
「青いサスチカ……興味がおありで?」
「ええ、あったらきっと素敵だろうなって思います」
「やはり女性はそういうお話が好きですね」
そう言って、クスリと笑う庭師。おお……この人もイケメンだよな。こわいこわい。
貴族の力の象徴である髪だが……この人の場合は短い。そもそも無属性故に、伸ばしても意味がないのだ。むしろ、黒のくせに伸ばしている方が笑われるのかもしれない。貴族なのに庭師なんてしているのは、その関係もあるのかもな。
しかし、女性はこういう話が好きなのか、なるほど勉強になる。なんかロマンティックな伝承でもあるのかな、恋愛的な。
今更なんの話の事ですか?とは聞けないしな。異世界人っていうの、この人は知らない訳だし。下町でははやっているのかな、そういう話は。あとでおじい様に聞いてみようかな。
「シャロン様ー!どこにいらっしゃいますかー?」
その呼び声に庭師が反応する。
「ここだ!」
「了解ですー!」
おお、はからずも庭師の名前が聞けた。シャロン様、ね。シャロン様は、声のした方に向かう。私も金魚のふんよろしくくっついていく。すると、薄紫色の髪のメイドと出会った。この人がシャロン様を呼んだのだろう。その手には大きな花瓶が持たれているので、庭師であるシャロンに花を用意して貰おうというのだろう。
「あれ、お嬢様もいらっしゃったんですね、逢引ですか?」
「馬鹿を言ってないで、花瓶を渡しなさい」
「了解ですー!」
そばかすのある、元気そうな女の子だ。しかし、逢引って……まぁ、この子が普段から言う冗談なんだろうな。そういえば最初紹介を受けた時も、「隠し子なんですかねー」とか言ってたような。名前は覚えてなかったが、そのセリフだけ強烈に覚えてる。
「じゃ、出来たらいつもんとこ置いててくださいねー頼みますー」
「ああ、分かった」
そう言って、メイドはさっさと屋敷のほうへと歩き去る。
メイドを見送ったシャロン様は呆れたように溜息を吐いている。
「ったく……では、お嬢様、私は花を摘んでまいりますので、これで」
「……あ。ああ、はい。お邪魔してしまってすみません」
……別の事考えてたせいで反応が遅れてしまった。花を摘むってトイレ行くの隠語だったよなーとか、そんな事を考えてしまっていた。だがこの世界にそんな表現ってあるかどうか分からないし、この場合確実に本当の意味で花を摘むんだろうな。
ちょっと邪推してしまって申し訳ない気持ちになりながら、自分の部屋に戻る事にする。
すると、よく見ると騎士が潜んでいた。いつの間に。この人は忍者か。私が移動していると、音もなくついてきているこわい。なんで金属のモノを着ているのに、金属音すら出ないのか。こわい。そんなについて来なくても逃げないのに。というか、いたんなら、さっき見知らぬ青年に声をかけられた時に助けてくれよ。
黙々と歩いていると、おじい様と出くわした。
「先程は、私の孫が迷惑をかけたようだね。すまなかった」
「えっ、孫……?」
孫って、誰が?
「セスは私の孫なのだよ」
「えっ」
あの金髪野郎が、おじい様の、孫……?いきなり人に喰ってかかってくる人がおじい様の孫な訳がない。きっと何かの間違いだ。どう考えても似てない。
「はっはっは、いやなに、若い時分は私も似たようなモノだったよ」
「ええ……?」
いや、全然想像つかないんですけど。うーん?目元は似ているかもしれない。でもそれ以外の性格面はまるで違うと思う。
「あんな失礼な人がグリーヴ様の孫」
「悪かったな、失礼で」
「わっ!」
おじい様の後ろにいたらしい。めっちゃ聞かれたじゃないか。気まずそうにしつつ、恐る恐る顔を出している。おじい様の後ろに隠れるなんて、なんといううらやま……じゃなくてチキンめ。確かにおじい様の背中は安心感があるからしかたないだろうが。ちょっとそこの位置と変わってくれ、頼むから。羨ましい。
「その……知らなかったとはいえ、失礼な事を言ってしまい、申し訳なかった。……その、許してくれると有難い、です」
その言葉におじい様の顔を見る。
おじい様が笑顔で頷いたって事は、この人にも私が別人って事を言ったって事だろうか。
「いいえ、私も凄く失礼な事を言ってしまいました。申し訳ありません」
90度になるほど直角にお辞儀をする。本当は土下座でもなんでもできます、プライドなんてありません。
セスは微妙な表情でこちらを見ていた。
「……ほんとに別人なのか」
「……はい」
「セス、この事は極秘だ、分かっておるな?」
「はい、分かっております」
キリッとした表情でおじい様に返事をしている。余程、尊敬しているのだろう、その表情だけでも分かる。
いいなぁあの人が血族で、それで勉強とかも教えて貰ってたっていってたし。すごく羨ましい。
おじい様の孫だから、本当は優秀なんだろうな。出会い頭がアレだったけど。大丈夫なのだろうか。まぁ、おじい様が大丈夫だと判断したなら、私に文句はあるまい。
……エリカ兄、エルリック視点……
「グリーヴ伯爵」
俺は、話を終えて来たグリーヴ伯を呼び止める。
グリーヴ伯は、ゆっくりとこちらに振り向き、ニッと笑う。
「なにかね、公爵殿?」
「それ、前回否定し忘れてましたよ。凄い時に入れてきますね」
「はっはっは、なに、ちょっとした遊び心だよ」
「冗談になりませんよ……」
エリカそっくりの別人の事で動揺している時に、公爵などと呼ぶとは。俺はまだ公爵ではない。この土地を任されているが、父の管理している土地に比べれば氷山の一角にすぎない。それでもあまり満足とは言えない結果しかもたらしていないような若輩者だ。それこそ、公爵などと言われても反論する事も忘れる程度には。
貴族と言うのは、相手が動揺している所を狙ってくる。故に、グリーヴ伯は言いたいのだろう。お前はまだまだだ、と。
はぁ、と溜息を吐いて、話しを逸らそうとしているグリーヴ伯を見据える。
「ニーナから聞きました。『視力が弱い』と」
「老木ですからな、そりゃ視力も落ちるでしょう」
「ごまかさないでください」
グリーヴ伯の視力は、普通だったはずだ。それなのに、そう表現するなんて可笑しい。そして、ルカの所に眼鏡を借りに行ったのも良い証拠だ。
「優秀な部下をお持ちで。これは将来有望ですなぁ、はっはっは」
「笑いごとじゃあないです、教えて下さい。グリーヴ伯爵が払った代償を。先の報酬など、無価値に等しい程の代償だったのでは?」
ギリ、という音がするほど手に力を込める。
じっと待っていると、グリーヴ伯はどこか嬉しそうに笑う。
「視力をな、少々持っていかれたようじゃな」
その言葉に冷や汗が流れる。
まさか。あの少女は無属性のはず。そんなモノが持っていかれるはずがない。
そこでハッとする。あの少女の髪の色は確かに黒だった。だが、彼女は普通の人間じゃない。異世界から来たと、そう言っていた。心を読んだグリーヴ伯も、その事は否定しなかったので、まず間違いがない。
異世界は、異世界のルールが存在し、神もまた違う。それ故に、魔法の倫理も違うのではないだろうか。
「グリーヴ伯爵……!どれくらい、持っていかれたのですか……!」
「なに、たいしたことあるまいて」
「グリーヴ伯爵のそれはアテになりませんよ!」
俺が必死でいるのに、伯爵の方は涼しい顔をしている。今この状態を見た他人は、大きな代償を支払ったのは俺の方だと判断できる程度には、俺は焦っていた。
俺が心を見ろなんて、伯爵に言ってしまったから、無属性だからと油断していたから。
「なに、エルリックくんは責任を感じる必要はあるまい。なにせ、分かってて止めなかったのは私なのだから」
「……どういうこと、ですか」
「魔道具も持ち合わせておらんのに、魔法抵抗がある事に気づいた時、すでに別の人間だと分かっておったのだ。
そこで、君の言う命令は終わっていた。
が、しかし、そうなると、あの少女は何者なのか調べる必要があると思ったのだ。これほどまでに似た人間を寄越した者がいるのではないかと、な」
ゆっくりと瞳を閉じたグリーヴ伯爵は、その時の事でも思い出しているのだろうか。だがしかし、その時の事を思い出すには、その顔は穏やか過ぎる。どこか愛おしい者を見ているような、そんな表情だった。
「……報酬は、あの子の暖かな心に触れる事が出来た。それでよい」
「伯爵……」
「ではな」
俺は何もいう事が出来ずに、呆然と立ち尽くしてしまった。って、結局代償の事をはぐらかされた。これだから、俺はまだまだ甘いと言われるのだ。
別人と判明した上で、なおも奥を探ろうとしたのは、紛れもなく俺の為だろう。俺が頼りないから、俺の代わりに差し向けた黒幕を探ろうと、そう考えるのも無理はない。
「先生、私も精進致します」
誰もいない廊下に向かって、俺はそう宣言した。彼に不安に思われないような、本当に公爵と名乗れるようなそんな男を目指す。それが今回代償を支払ってくれた彼への詫びだ。
これは、かなり頑張らないとな。
苦笑しつつ、仕事部屋へと足を進めた。
グリーヴ伯爵はワザと気付く様にヒントを与えました。
臣下との信頼と情報の収集の速さを見る為です。
肝心の代償の程度は教えてくれませんでした。
聞き方が不味かったようです。
次回投稿3月20日予定。