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魔法の代償

 扉のノックの音でハッとして起き上がる。すると、窓の外が少し赤く染まっていた。結構眠っていたらしい。

 返事をする前に、ガチャリと扉が勝手にあけられる。


「目が覚めましたか」


 執事が、カートに水差しとコップ等を乗せている。その他の、書類らしきものの方に目がいきやすいけどね。もしかして、それさらに追加で覚えなきゃいけない奴か?そう思うと、顔が引き攣る。すると、執事が視線に気づいたようで。


「こっちはただ運んでいるだけです。ついでに水も持って来ただけですよ」


 ああ、メインは書類で、私はついでですか。ついで、と言われる方がなんだか安心するのは日本人の性なのだろうか。それとも単に私の気が小さいせいか?こんなイケメンにわざわざ自分の為だけに水もって来させるのは、非常に精神にクルものがある。

 はっ、それを見越して敢えてついでと言ったのか?暗黒執事ってもしかして優しい?

 ほうほう、と頷いていると暗黒執事が苦笑を浮かべる。


「そこは納得しては困ります。私の調子が狂う。……やはり、エリカお嬢様とは全く違うのですね……」


 えっ、何か変な事言ったか?私が眉間に皺を寄せて悩んでいると、執事は一瞬だけ目を逸らした後、こちらに視線を戻した。その目には後悔の色に染まっているように見えて、思わず背筋を伸ばす。すると、わずかに背筋がピリピリとして痛かった。さっそく痛くなるって早すぎないか我が筋肉。そして、湿布よ、仕事して。


「申し訳ありません」


 執事は深く頭を下げた。

 ……!?え、えええええええ!?

 今、なんだ?告白してないのに、振られた!?いや、絶対違うなそれは。じゃあ、なんだ。なんでイケメン暗黒執事に頭を下げさせてる状況なんだ。

 おそるおそる、と言った風に執事が顔を上げる。


「他人だとは知らず、暴力を振るった事をお詫びいたします」

「……ああ!」


 それか!

 なるほど確かに、そんな事もありました!色々ありすぎて、忘却の彼方へと旅立っていたよ。私が納得の声をあげていると、執事の口元が三日月に歪んだ。笑っているのは口元だけで、目が全然笑ってなくて非常に怖い。思わず「ひっ」って声を上げそうになったが、ここは堪えた。


「忘れていたのですか?」

「ああ……いやぁ……まぁ」

「……俺が思い悩んだ時間を、返せ」


 小さい声でそう言って、ちっと舌打ちしている。というか後半口調とか全然違うんですけど!?私が驚いていると、ハッとした執事がこほんと咳払いする。


「それでは、許して頂けている、という事で宜しいですか」

「あ、はい。それはもう!」

「ありがとうございます」


 許さなかったら何か報復されそうで怖いっす!とりあえずその張り付けた笑顔をとりはずして貰えると安心するっす。

 執事は溜息を吐いて、コップに水を注いだ。そしてそれを私に差し出してくる。


「今日は疲れたでしょう、良かったらどうぞ」

「ありがとうございます」


 執事からコップを貰って1口飲む。すると蜂蜜でも入っているのか、ちょっと甘かった。後半名簿を覚えるので脳みそをフル活用したので、甘いモノは染みるぜ。

 執事がぐりぐりとこめかみを親指で押さえて、再び溜息を吐く。そんなに溜息を吐いていると幸せが逃げるぞ。

 待てよ。溜息で幸せが逃げるんじゃなくて、幸せが逃げたから溜息を吐くものだと思えてきた。なんてこった。そりゃ溜息吐くのも仕方ないよね。


「はぁ……本当の本当に別人なのですねぇ……」

「す、すみません」


 なんかすみません。エリカ様だってぬか喜びさせちゃったみたいで。

 ああ、そうだ。気になっていた事を聞いてみよう。


「ちょっとおききしてもいいでしょうか」

「なんでしょう」

「エリカ様の捜索は再開されているんですよね」

「そうですね……そうなりますね」

「よかった。ありがとうございます」

「こちらとしては全然良くはないのですが……まあいいでしょう。でも、何故貴方が礼をいうのです?」

「え、教えてくれたから……?」

「何故そこで疑問文になるんですか」


 思わずと言った風にクスリと笑っている。貼り付けたものではなく、本物の笑いだと思った。イケメンの笑顔に目を逸らす。あ、あぶねぇ、焼き殺される所だったぜ。貼り付けた笑顔も怖いが、零れた本当の笑みの方も十分怖かった。


「そういえば自己紹介をしていませんでしたね。私はルカ。この屋敷で執事をしております。何かお困りの事があればお気軽にお申し付けください」


 執事はルカというのか。なるほど。

 しかし、「困った事あっても話しかけてくんじゃねぇぞめんどくさいから」って顔に書いてあるんですけど、気にしすぎだよね。まぁ、怖くて話しかけられるもんじゃないけども。


「私はリエ・コウサカです。よろしくお願いします」


 頭を下げると、パンパンと手を叩く音が聞こえて顔を上げる。


「公爵家令嬢が執事風情に頭を下げない事」


 執事風情って……なんという自虐?いやでもそうか。ジャパニーズお辞儀は外国からすると笑いものの対象になる面もあったはず。あまりにペコペコするのは良くないか。しかも公爵家令嬢だしな、これは気を付けねばならないだろう。


「はい、ありがとうございます」


 そう言うと、執事が3本指を立てて見せて来た。な、なんだ……?執事の顔と3本の指を交互に見てみるが、何を意味するか分からない。


「礼を言うのは3回目です。感謝の気持ちを表すのは良いですが、少し言いすぎです」


 むむ。そんなに言ってたか?やばいな、これは矯正するのが大変そうだ。


「ここぞという時に笑顔で感謝の意を示せば、効果的ですよ。特に、ご令嬢ともなればね」

「そういうものですか」

「ええ、そういうものなのです」


 うわ、難しそうだな。しかも、所詮私だしな……いや待て、エリカ様も同じ顔だから、平凡顔の娘もアリなのか……?いや、ないだろ……。なるほど、貴族社会に出るのも嫌だったのかもしれないな、エリカ様は。この家だけでも、美男美女しかいないのだから、自分の容姿も嫌になる事だろう。

 実際の所は分からないが、自分よりも美しい男なんて見てたらプライドが傷付くだろうな。




 次の日、おじい様の講義をやる事になった。おじい様をみているだけで、なんだか顔がほころぶ。講義は主に、魔法の基本の話だった。

 おじい様って講義する時、眼鏡かけるんですね。すごいしぶい。

 魔法には光、時空、水、火、土、風、魂の7種類の属性が存在する。どこかで見た事あるとりあわせだと思えば、『世界の歴史』の序章の部分に出て来た神と同じ属性ばかりだ。


「おや、勉強熱心ですな」


 そう笑顔で言われて、胸がときめく。うわあ、読んでて良かった。心底そう思う。

 1人に複数の属性は絶対につかないそうで、そしてその属性は見た目に大きく左右されるそうだ。髪と瞳の色が、その属性の色に染まるそうだ。光なら金色、黄色。時空なら灰色、銀色。と言う風にだ。

 そして無属性は、黒。黒の場合は属性がない、つまり、扱える魔法が皆無という事だった。

 じゃあ自分は魔法が扱えないという事だ。せっかく異世界に来ているというのに、残念な話である。どうせなら不可思議な体験をしてみたかった。

 私がちょっと残念だと思っていると、おじい様が茶目っ気の強い笑みを浮かべる。


「なに、それはまだわかりませんぞ?」

「……どういうことでしょう」

「本当なら、貴族の名前を教えていく方が先なんだが……どうしてもリエ殿に魔法の話をしておきたかったのだ」

「それはまた、何故でしょう」

「もしかすると、リエ殿は魔法が扱えるかもしれぬと、そう思うてな」

「えっ」


 でも私は黒色で、無属性なのですが。

 先程無属性は魔法は使えないと言ったばかりだというのに、どういうことだろう。


「魂の説明は嘘を見抜く、そう、ルカくんに説明されたね?」

「はい」

「私は色々な心を見た訳だが、リエ殿を見た時、無属性ではありえないものを見た」

「ありえない、ですか?」

「さよう」


 何を見たのかは話してくれなさそうだが。そこから、おじい様は異世界の人間である私はこの世界のルールから少し外れているのでは、と考えたそうだ。

 おじい様がいうなら、きっとそうなんだろう。

 え、魔法使いになれるチャンスがあるってこと?やばい、それはちょっと楽しみ。


「が、しかし、魔法とは、代償が必要となるものだ」

「代償?」

「さよう、茶飲み1杯の水で髪の毛が1本から2本。これくらいの花瓶1杯の水で髪が1キリル短くなる」


 そう言って1センチくらいの長さを指で表す。キリルってセンチって事か、単位とかも微妙に言葉が違うのが面倒だな。どうせなら全部変換してくれればいいのに。これくらいとおじい様が指定したのは、バケツくらいのイメージでいいだろう。

 しかし、代償か。生贄的なものか。

 ……あれ?今、魔法には代償が必要、って?


「グリーヴ様、私の心を見た時、とおっしゃいましたよね」

「さよう」

「私を見た時、グリーヴ様はどのような代償を?」


 おじい様は目を細めて、嬉しそうに笑う。


「聡明な子だ、そして、とても暖かい」


 くっくっく、と笑っている場合じゃない。私は前のめりぎみにおじい様に食いつく。


「あの、どんな代償があったのですか?」

「何、大したことはあるまい。目に見えて気付かない範囲の事だ。リエ殿は気にしなくて良い」

「……そう、ですか」


 目に見えて気付かない範囲。

 何故かそれが妙に引っかかる。髪の毛が数本持っていかれたとか、そういうものと考えて良いのだろうか。

 むむむ、と唸っていると、ぽんと頭に優しい感触がした。おじい様が私の頭を撫でてくれていたのだ。

 え、なにそれ。胸がきゅんとするんですけど。これが……これが噂に聞く、ナデポ!?そうなの?


「恐ろしくはないのだね」

「……何がでしょう」

「私の事だ。人の心を読むというこの属性は、決まって人に嫌われるものだ」


 ああ、確かに。読まれたら困る事って色々あるし、後ろめたい事がある人なんかだと、邪険にするだろうな。特に貴族連中なんかだと、腹の中の事を探られて良い気分になるはずがない。

 しかし、魔法も無制限ではないだろう。何か代償がいるみたいだし、そんなホイホイ使えなさそうだ。自分のイメージの魔法とは、直ぐに魔力を回復して、バンバン打つ便利なモノ。でも、ここでは少し違うみたいだ。

 それに、おじい様はその属性を悪用するような人間ではないと言い切れる自信がある。


「私はグリーヴ様のその能力のおかげで助けられましたから」

「そうか」


 よしよし、と撫でられて頭をぐちゃぐちゃにされるが、払いのけようなんて思わない。むしろ気持ちが良くて、もっと撫でていてほしいくらいだった。私はこんな風に、誰かに撫でられた事があっただろうか。胸の奥が熱くなって、なんだか泣きたい気分になった。嬉しいはずなのに、無性に泣いてしまいたい。おじい様の前だと、涙腺が崩壊しそうだ。


「そんな良い子には、正しい魔法を教えよう」


 魔法には代償が必要。

 それは自らの存在が削られる事で為される。もっとも簡単な所で言うと、髪の毛。貴族の殆どは何かしらの属性を持ち合わせ、髪を伸ばしている。小さな魔法には、小さな代償。大きな魔法には大きな代償が必要となってくるため、削れる存在を大きくしているのだ。

 そう言われれば、色がある者はみな、髪がある程度長かった。その中でもダントツで長いのが、水色騎士だ。

 長い髪ほど強い魔法を放つ事が出来て、抑制力が生まれる。自分に手を出すと痛い目を見る、そういう分かりやすい目印になっているのだ。逆に、髪が短くなった貴族は、かなり苦境に陥っていると自ら宣伝しているような事になり、狙われやすくなる。その場合は仲良くしている上位貴族などに泣きつくほかない。

 魔法を使えば髪が減っていくので、殆どの場合が魔法を使わない。


「ん?魔法を使わないなら、どうやって練習とかするんですか?」

「良い所に気づいた」


 魔法は、宗教関係では奇跡とも呼ばれる代物で。小さな魔法を1度使えば、大体感覚で分かるようになるのだという。

 急に曖昧な事になった。もっと練習した方が不安も少ないと思うんだけど、そうでもないのか。魔法の代償がどの規模でどれくらいのものか、勉強する事になるらしい。わざわざ自分で使わなくても、歴代の魔法師達が書き連ねた資料がある。

 小さな魔法で奇跡を体験し、ある程度分かったら座学で勉強、と。

 魔法を使ったら髪の毛短くなるからなぁ。

 髪の毛短いといじめとかありそうだな、これは。そこまで考えて、自分の髪が肩ほどまでしかない事に気づく。これは、あまり大きな魔法が使えない、そう言う事だろう。

 いやしかし、無属性だから、そっちの方でも馬鹿にされ……ああ、なるほど。エリカ様は、無属性だから、魔法が扱えないから、だから、逃げたのか?この説が有力そうだ。単純に駆け落ちなのかもしれないけどね。

 おじい様はテーブルにコップを置いてみせる。


「ここに水を入れてみなさい」


 と。

 なんという無茶ブリ。

 魔法のない世界から来た身としては、ちょっとばかりハードルが高いっす。


「安心しなさい、このくらいでは代償はほぼないのと同様」

「は、はぁ、何か、呪文とかありますか?」

「言う奴もいるが、基本は強い願いだ。体内の魔力の流れを意識し、ここに水が溜まっている姿を想像して祈ればいい。祈れば神が手助けしてくれるだろう」


 いやいや。そんな事言われても。まぁ、これくらいなら代償も髪の毛がちょろっと抜けるくらいだと思うし、試しに。

 空気中には、見えない水の粒子が漂っている。また、呼吸が出来ているという事は、酸素もあるということ。つまり、水蒸気を集め、酸素を分解すればいいんじゃないかな。

 私が想像するのは、未知の魔法よりも化学だった。

 そちらの方が、感覚的にもずっと分かりやすかったせいもある。


 ―――ぴちょん。


 という水音が聞こえ、ふと目を開けると、コップには水が溜まっていた。


「……え?」

「どうやら、成功のようですな」


 うそ、まじか……自分の中の魔力とか全く分からなかったが、成功したみたいだ。全然見てなかった、勿体ない事をした。


「成功したからと言って、無暗に魔法は使わんようにな」

「はい、代償が生じるから、ですよね」

「さよう」


 それじゃあ、おじい様の監視下だけにしておきますよ。それに、大きな代償を支払う事になるなんて、嫌だし。

 しかし、魔法が使えるってのは、ちょっと有利だな。他の貴族は魔法の使えない令嬢だと思ってくれる事だろう。これは切り札になり得る。油断している敵相手に使えそうだ。そんなもの、使わないに越した事はないんだろうけどね。

 しかし、奇跡、魔法か……大体感覚で分かるって言われたけど、気付いたらそこに水があったから、よくわかんなかったな。まぁ、こういうものなのかな。

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