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影武者

 無事、他人であるという事が証明された。

 あのおじい様は人の嘘を見抜く能力に長けているらしい。魂の属性がそうさせているという事だ。途中で説明が面倒になったらしい暗黒執事に適当に言われた。

 それはいい。

 だが問題はその後だ。

 あのエリカ兄はニッコリ笑ってこう言い放った。


「エリカの代理をやってくれ」


 と。

 つまりあれだ。完全に影武者という訳だ。

 10のお披露目が近々開催される為、もう時間がないとの事。いやちょっと待てと。まさか私は小学4年生程の子供と間違われているのかと。さすがにそれは酷いんじゃないかと。私はもう15にもなる今を時めく高校生なのだ。いくら日本人が若く見えるからと言って、いくらなんでも年下に見られすぎだろう。

 ひっかかる所はそこじゃないと思いつつも、どうしてもつっこまざるを得なかった。

 15ですよと主張すると、物凄く驚かれたのは言うまでもない。そして何気にエリカ兄が胸を見てから驚いたのは絶対に許さない。絶対にだ。

 さすがに上位貴族の影武者など荷が重すぎるため、辞退したかったが。元の世界に帰る手掛かりなら見つかるかもしれない。それに、こんなに人に頼られるという経験が今までなかったから。つい、頷いてしまった。まさか自分が推しに弱いなど知らなかった。

 慌てて自分で条件をつけたしておいた。元の世界に見つける方法を探してもらえる事。

 世界が違う所から来た、迷い人かと、これもまた驚かれた。教科書に載っていたりするが、それは伝承レベルで殆ど会えない。というか、有り得ない話だろうと言われているものなのだ。それこそ、勇者と呼ばれるような者がいた時代の話で。それはつまり、私が日本に戻る手掛かりがかなり少ないという事だ。手がかりが薄いというだけで、絶対に戻れないという事もない。

 もし、戻れなかったら、私はどうする。胸に広がる不安が顔に表れていたのか、おじい様が豪快に笑う。


「なに、大したことはあるまい。その時は、その時考えればよい」


 ああ、私はおじい様が好きだ。彼の言葉は何故か心に染みて、安心する。やはり大人の風格と言うか、そういうものが溢れているのだろう。さすが、おじい様。



 それから、私の影武者生活は始まった。

 とりあえず、館の人間なら全員偽物である事は告げているそうだ。黙っていて不審に思われて探られるよりは、先に言って伏せて貰う方が良いとの事。異世界から来たという事だけは伏せて。異世界から来たと知っているのは、おじい様、エリカ兄、執事、メイドのニーナ、騎士だけだ。

 厨房の方、メイドの方、庭師などなど。広い屋敷にはそれなりの人数が雇われている。ハッキリ言って名前は全然覚えてない。これは、おいおい覚えるとして。私が最優先に覚えるべきはマナーだった。お披露目で失敗しないよう、最低限の決まり事を頭に詰めねばならないし、貴族の名前と国、その地域や特色などもある程度いれなければお話にならない。どっさりと山のような紙束に思わず頭が痛くなる。これはエリカ様でなくても逃げたくなる量だった。

 ある程度はエスコートするであろう、婚約者がサポートするとの事。そう、10にも満たない女の子に婚約者がいらっしゃるそうだ。貴族というのは大変堅苦しい生き方をしている。そんな若い内からすでに将来が決められているなど。しかし、決められないなら決められないで、ニートとか発生するからどれが本当に良いかなんて分からないけれど。

 婚約者はルーク・ヴィリスト・エーテルミス。この家に来ている侍女長コルム・ヴィ・エーテルミスの孫だ。そして私が甲冑の男に拾われたのもエーテルミスの領地内だったそうだ。こういうのは縁というのだろうか。エーテルミスで影武者の存在を知るのは婚約者ルークと侍女長コルム、それとエーテルミス領主ご夫妻。それぐらいだろう。

 それにしても、婚約者に逃げ出されたルーク様はどんなお気持ちなのだろうか。腹が立つのか、それとも安心するのか。両方という可能性もありますけどね。エリカお嬢様の評判はすこぶる悪い。そんな人間に逃げられて安心するものの、そんな人間に嫌がられたらプライドが傷ついて腹が立つ。

 貴族というものはプライドの塊なんだと思う。だからこそ、本当の事は言わず、私の様などこの馬の骨とも知れない怪しい女を影武者にしようとするのだろう。私には理解に苦しむ。


「本当に別の方なのですか?……良く似ていらっしゃいますね。確かにこの容姿ですと、魂属性でなければ見分けがつかなかったでしょう」


 そう言って驚いていたのが侍女長コルムさん。以前からエリカ様にマナーを教えていた人だそうだ。エリカ様はまともに出来た試しがなかったため、いつも怒ってばっかりだったらしい。だからマナーを教えるのを嫌がっていたが、別人ならやっても良いと引き受けてくれた。

 エリカ様、嫌われ過ぎですよ。


「背筋が悪いですよ、まずは常に姿勢を正す事です」

「は、はい」


 扇子で軽く背中を叩かれて、姿勢を改める。私にはなんとも厳しい注文だと思う。油断するとすぐに猫背になるのだ。背筋を矯正され、顎の位置、腕の置き方、指先、足と、全てにおいて指摘される。言われた事をぜんぶしようと思うと、体がプルプルとしてきた。なんだか体の使った事のない筋肉を使っている気がする。


「はい、これが基本姿勢です。しばらくこれで名簿でも覚えてください」

「うっ、うっ、は、はい」


 プルプルしたまま、本を持つ。が、本の持ち方にも指摘を受ける。


「そんな持ち方は優雅じゃありませんわ、もっとこうです、こう」


 本の持ち方まで言われるとは……肩が凝って仕方ないし、姿勢が気になって全然名簿が頭に入らない。これでも繰り返せば様になるだろうか、いや、ならないと困るのだ。なんで引き受けちゃったんだ……と、もう既に後悔している。

 しかし、同じ顔、同じ背丈、同じ声、違うのは性格だけというこの状況で。私がこの役目から逃げ出して下町に行けるかと言われれば、否だ。いろんな人がいるところにいれば他の貴族の目にもつく。エリカと同じ顔の者を見かけて、他の貴族がどう動いてくるか分からないし、大なり小なり、そこで働いている人に迷惑がかかる事になる可能性がある。生きている以上、絶対安全とは言えないのが世界の常識だ。が、王家の血を受け継ぐ公爵家の娘と同じ顔の平民なんて、使い道がありそうで困る。こいつが本当のエリカで、そいつが偽物だ!という為だけに利用されちゃったりなんかして。

 いや、影武者やるにしても、危険は伴う訳だが……まぁ他の人の迷惑にならないのが今の選択だろう、と私は思う訳で。単純に逃げなんじゃないかと思うが、それでも良いかと思う。平民より、貴族の方が日本に戻れる可能性は高いわけだし。


「よく耐えますね。お嬢様は既に逃げ出している時間ですわ」


 ふふふ、と機嫌良さげに笑っている姿だけでも、様になっている。私が目指す先はコルムさんのような淑女か。ハードル高いなぁ。げんなりしつつ、木枠がはまった窓を見つめる。

 人違いだと証明されたし、逃げ出さないという約束もしたうえで、別にあるエリカの部屋の案内すると言われたが、全力で断った。さすがに人の部屋で眠りたくない上に、この部屋より豪華っていうのが耐えられない。

 チラッとだけ部屋を覗いたが、絶対ムリだった。エリカ捕獲用につくられたこの部屋がめちゃくちゃ快適なのだ。貴族から見たら、ここは牢獄なのだそうだけども。普通の平凡な家庭で育った身としては、あの広さはどこか不安感を覚える。モルモットが寄せ集まってぎゅっとしている時の方が安心するように、私も狭い部屋の方が安心する。ただでさえこの部屋でも広いと思っているのだ。これ以上不安になりたくない。


「背中、曲がってきていますわよ」

「はっ」


 ビクリと震えて慌てて背筋を伸ばす。うおお、もうむり。もうむりですって。本を持っているが、全然全く頭に入らなかった。慣れるしかない、耐えろ、耐えるのだ。

 ガタガタと腕が震えるようになってから、ようやく休憩のお言葉を貰ってホッと息を吐く。これは明日筋肉痛決定だ。使ってない筋肉を使った感がすごい。

 完全脱力状態でだらしがないが、コルムさんは注意したりしない。休憩と特訓のメリハリをつけているのだろう。そうじゃないと、私は持たない。もう少し慣れてから、普段の生活にも取り入れて欲しい所だ。10のお披露目までまだ半年あるのだから。そこで油断しちゃダメなのだろう。世話してもらっているのだから、せめて影武者を力の限りやりきらねばならない。


「大丈夫?いきなりきつかったかしら?」

「ええ、ですが。時間がない事ですし、大丈夫です」

「よろしい」


 ふふふ、とSっ気の強い微笑みを見て、ぞわぞわと背筋が寒くなった。あ、この人Sだわ。こわい、こわいよ。

 休憩後も容赦なくみっちりと叩きこまれた。手を抜くという事はないらしい。いやまぁ、それがあの人の仕事だから仕方ないのかもしれないけどね。

 淑女とは程遠い恰好で、ぐったりと机に突っ伏す。しばらく動きたくない、動きたくないなら、その間に名簿でも確認しよう。

 ベッドに体を放り出して、本を開いてゴロゴロする。えーと、要注意人物の名前と爵位、ふむふむ。


「……失礼します」

「……っ!……っ!!」


 すぐ目の前に水色の騎士が来ていて、二度見して驚く。私はいずれ暗殺よりも早くにこの男に心臓発作で殺されるかもしれない。身動きが取れぬまま、心臓だけが暴れている。


「……淑女の部屋に、無言で立ち入るのは、どうかと思いますよ」


 と、常識的な事を言っておく。

 確か、未婚の男女は余計な噂がたたないよう、密室にはせず、扉を半開きにするマナーがあったはずだ。この世界にあるかどうかはまだ知らない。今度コルムさんにでも聞こうかな。

 パチリと1つ瞬きをした騎士は、綺麗に頭を垂れた。


「これは、至らずに申し訳ありません。悔い改め、二度とこのような過ちを犯さぬよう努めます」


 お、おう……えらく仰々しい返答が帰ってきた。流石に悔い改める必要まではないと思う。私、淑女じゃないし。ただ、ちょっとだけ音を出して欲しい、そんな、かすかな願いです。しかし、これでノックなり、声掛けなりなんなりしてから入って貰えれば万々歳なので、特に訂正もしないでおこう。

 というか、珍しく長文を聞いたのでちょっと得した気分。この騎士、かなり聞き心地の良い声をしているのだ。


「……ところで」

「……」


 私の言葉に頭を上げてじっとこちらを見つめてくる。無表情な顔の中に、後悔している、そんな感情が読み取れるような、読み取れないような。いや、やっぱ分からん。


「私に用があったんじゃありませんか?」


 だから声をかけて来たんじゃないのか?この寡黙な男が軽口を叩くとは到底思えないし。如何にも真面目って感じだからなぁ、私の言葉も素直に受け入れているし。

 パチリ、と1度瞬きをして、そっと白色の容器を差し出してくる。

 その間、何も喋っていない。

 ……いや。あの、どうしろと。

 差し出されたので、とりあえず受け取らせてもらう。


「……これは?」

「筋肉の疲労に効く薬です」

「……ああ、それは、わざわざありがとうございます」

「……」


 私が礼をすると、騎士も目礼ををする。私が筋肉痛になる事を予想したのだろう。確かに、私の筋肉は筋肉痛になる気満々らしい。今でも痛くなりそうな予感がひりひり、いや、ひしひしと。

 しかし、効能はそれでいいとして。

 蓋をそっと開けて匂いを嗅いでみると、湿布っぽい匂いがした。あれ、これ、もしかして湿布なのか?なんともまぁこの匂いをこちらの世界でも嗅ぎ取る事ができるとはねぇ。

 という事は、これを肌に直接塗るのかな。

 そう思っていると、容器を音もなく静かに取り上げられた。


「……飲み薬ではありません」

「あ、はい」


 飲むと思われた!飲むと思われたらしいよ!なんか恥ずかしくて、ちょっと顔が熱くなる。あ、いや、でもこの人は私を異世界の人間だと思って心配したのだろう。湿布薬たべようとしたと思われるって……しかもこのようなイケメンに。なんというくつじょく。まあいいけど。


「肌に直接塗り込む薬です。こんな風に」


 少し指につけて、手の甲に塗っている。その手は見た目にそぐわず、かなり傷が付いている。ああ、なるほど、騎士だから、訓練した成果か。なんかそういうのってカッコいいな。

 自分の手に塗り込んだ後、騎士が再び薬を手渡してくれた。


「ありがとうございます」


 礼を言うと、目礼をする騎士。本当に必要事項しか喋らないな。どうせなら、心の平穏が保たれるような女性騎士の方がいいんだけど。そういえば、この世界に女性騎士とかいるのだろうか。きっとカッコいいんだろうな。

 騎士は音も立てずに壁に張り付く。

 私はその動向をじっと見て……。


「全身塗る気なんで、出て行ってくれると大変ありがたいです」


 そう声をかけると、騎士が1つ瞬きをして、ガチャッ、と物音を立てる。物音をたてるなんて珍しい、と思いながら騎士が出て行くのを見守る。

 さて、せっかく貰ったし、塗ろう。

 塗ったら、ちょっとすうっとする。どんな成分なのだろうか。そもそも湿布の成分とか分からないから、確認しようがないが、恐らく似たもの……だと思う。湿布をちょっと甘くしてるような匂いが、充満する。すごく湿布くさい。だが、嗅いだことのある匂いは、安心感を誘う。コルムさんのマナーレッスンで相当疲れていたのか、そのまま湿布臭につつまれて眠りに落ちた。

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