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エルリック視点

 ロベルトの報告を聞いた後、すぐにその場所に駆けつける。

 妹の発見。今度こそ本物だと言うが、リエの前例があるので、会ってみないと分からない。

 廊下を素早く歩きながら、隣にいるルカの報告を受ける。


「ロベルトからの報告では、こちらに向かって来ていた不審な女を捕えてみたら張本人で驚いたそうです。尊大な態度が完璧すぎるほど、本物と同じだそうですよ」

「はぁ……!くそ、よりによって今か……!」


 その妹は、以前にリエが嬉々として入っていた牢屋に入れられているらしい。何度も出ようと試みるが、魔術と物理でガチガチに固められているその部屋から出る事は難しい。ましてや、魔法も使えないひ弱な妹が脱出できる訳がない。それでも何度も出ようとしているらしい。

 危険なのはオイドクシアの執事のスティーヴやサイに知られる事だが、流石に本物も見つかったとなると言い逃れが出来なくなって来る。2人も同じ顔の人物がいるのだ、隠すのは難しい。

 ましてや、リエと接触した事がある以上、本物と対面させるなんてもってのほかだろう。

 まだ、説明して納得してもらった方が良い。もう少し信頼できる要素が欲しかったが、仕方がない。


 牢屋まで近づくと、バタバタ暴れる音と、キィキィと甲高い声が聞こえてくる。

 その時にすでに、ああ、妹だな……と納得する。顔の確認をしていないが、妹ならやりかねない。だからリエの時は簀巻きにしていたのだ。だが、今回は人違いという前例もあるからやっていなかったらしい。

 ヴァレールもしっかり待機し、逃がさないよう万全を期す。

 勿論オイドクシアの執事の方もまだ説明できる状態ではないので、接触出来ないよう見張っている。

 オイドクシアはロングラートの神獣だ。怪しまれないようしばらくは上手く誘導するだろう。元神獣などと言う話、未だに信じられない話だが。


 しばらく使われていなかった牢屋をルカが開け、中に入ろうと扉を開けた瞬間、妹が飛び出してきた。

 だが外に出る事は叶わず、扉を開けたルカの胸に飛び込む結果となる。

 当たった人物の顔を見て、うげぇ!と淑女らしからぬ声をあげた。

 その顔は、以前よりも老け……いや、苦労した面影が見える。水が肌に合わなかったのだろう、肌も荒れて髪の艶もない。今の妹を見て、誰が公爵家の令嬢だなんて信じられるのだろう。


「最悪!よりにもよって下賤な男にぶつかるなんて!大体、なんでこの私がこんな狭苦しい部屋に案内されなきゃなんないのよ!早くお風呂とお気に入りのドレスを用意しなさい!あとはお腹が空いたわ、食後のお菓子も用意して!」


 きゃんきゃんとまくし立てていく妹を見て、元気そうな姿にホッとする。服などはボロボロの中古品だが、五体満足で、心も折れていない。ニコはこの横暴な妹でもしっかりと守ったらしい。

 だが、ニコが見つかったと言う報告は受けていない。見つからない方が処分をしなくて済むので、こちらとしても有難い。

 喚いている妹の姿を見て、ルカの視線がドンドン冷えていくのが分かる。脱走する前はいつもの光景だったものだ。今から頭が痛い。

 しかし今回、いつものルカとはかなり違った。

 かなり悪い笑みを浮かべ、とんでもない一言を告げた。


「何故、私が君のような平民の女の言う事を聞かねばならない?立場をわきまえろ」

「はぁ!?何言ってんのよ!?あんた頭悪いのね!私を忘れるなんて!偉そうに命令してたくせに、そんな事も分からなくなるなんて!」

「ちょっと、待て……ルカ、お前……」


 ルカの言葉が信じられず、頭が白くなる。

 リエを本物とする案はないはずだと、そう聞いていた。グリーヴ伯爵も、リエの嫌がる様な事はしない、と。なのに、それを匂わせる言葉を、ルカが告げた。ルカは、それが良いと判断したと言う事だろう。

 僅かに、目をつぶり、リエの姿を思い浮かべる。真面目に勉強し、淑女としても申し分ない動きと言葉。相手に動揺を悟らせない度量と演技。ましてや、神獣という貴重な生き物に好かれる性質。未だに信じられていないが、魔力も豊富だと言う。

 俺は、妹にちゃんとした貴族の道を歩いて欲しいと願っている。だが……今の妹を見て、反省している余地が微塵もない事がひしひしと伝わってきていた。

 下町での生活で、多少はその性格も改善されると思ったが、以前と全く変わっていない。

 俺ももう少し厳しくならざるを得ないのではないだろうか。

 俺の姿を見つけた妹は、パッと嬉しそうな顔を浮かべる。


「あ!エルリック!あんたも言いなさいよ!この役立たずに!平民に執事なんてやめさせた方がいいわよ!こんな平民」

「……っ」


 ぐっと唇を噛み、くるりと妹に背を向ける。


「私には、そんな下品な喋り方をする者の知り合いはいない」

「はぁっ!?なにいってんのよ、エルリックまで!?私よ!エリカよ!汚い服着てるから分からない訳!?」


 背を向けたので分からないが、ルカは相当悪い笑みを浮かべているだろう。


「フォルジュ公爵家のご息女の名を語るとは、分別もないのですか。それにしては稚拙ですね。この家には、ずっとエリカ様がいらっしゃるのですから」

「な、何言ってんのよあんたは!?頭がおかしくなったわけ?ちょっとエルリック!なんなのこの馬鹿!」


「……この家に2人もエリカお嬢様はいるはずがないのです。平民の小さな脳みそで理解出来ますか?」

「意味わかんない!これだから下賤な人間は!早く私をここから出しなさいよ!ニーナを呼んで来て!洗って貰うから!」


「……それが答えですか」


 ずっと妹の前に立ちふさがっていたルカは、軽くエリカを部屋の中へ押し返し、扉と鍵をきっちりしめた。

 扉を叩き、妹がルカへの罵声や、文句などを喚き散らしているのを聞いて、溜息を吐き出した。

 ……何も、変わっていなかった。いや、無事である事は本当に良かったとは思う、が。それではこれから困るのだ。

 ルカと話し合うべく、妹が喚いてうるさい部屋から少し離れる事とする。

 紅茶をさっと入れてくれたので、遠慮なくそれを口にして再び溜息を零す。頭と胃が痛い。

 それはルカも同じなのか、顔を顰めている。


「エリカの教育に関して、あの状態では今までと何も変わりません。これは分かりますよね?」

「……ああ、分かっている」


 ああ、ルカが遂に呼び捨てを。……まぁ、あれだけ言われたら、イラつきもするが。


「ここは、変わりはいる事を示唆して、もう少し危機感を持っていただかなければなりません」

「……そういうことか」


 なるほど、妹にもう少し自分の状態を知らせるわけか。今のままでは、茶会に誘う事も難しい。

 リエと言う代わりがいる以上、自分の立場が非常に危うい事が分かってくるだろう。それで、脱走に費やした根性を出してくれたなら。

 リエ程までとは言わないが、見せかけだけでも形になってくれたなら……リエを解放してあげられる可能性が高い。


「……ですが、今まで態度の改善がなされなかった以上、覚悟はしていてください。ですが、俺が思うに、あの人は牢がお似合いでしょう」

「辛辣……」


 恐らく、貴族位剥奪のち牢へと入れられる。俺はそれを止めたくて今までやってきていたが……無駄になってしまうのだろうか。

 父は、あんな態度の娘にまでは寛容になれないだろう。自分に厳しいが、他人にも厳しい人だから。

 それにしても、戻ってくるとは。探す必要はなかったかもしれない。


「やっぱり平民の暮らしはエリカには出来ないよなぁ」

「分かりきっていた事ですね。まさかのこのこ現れて謝りもしないとは、呆れを通り越して感心しますね」


 いや、本当に。あれだけ色々な人間に迷惑をかけておきながら、平然と現れるのだから、妹の神経は図太いと思う。特にエーテルミスへの被害がやばい事になるっていうのに。下手にフォルジュ家の血統が良いせいでな。


「……で、オイドクシアの側近達の対応はどうする?」

「口止め……は、もはや無理でしょう。特にサイは、隠しようがないでしょうね。近い内、フォルジュ公爵にも報告に行くかと。ですがその前に、どのような報告をする気か問いただしたいものですが」


 それは難しいだろうな。せめて悪い方向に言わないでおいて欲しいものだが……脱走したともなると、妹がどうなってしまうか。

 俺が頭を抱えていると、扉が叩かれたので返事をする。


「問題児が帰って来たようだな」


 穏やかなのに、背筋がひやりとするような笑みを浮かべたグリーヴ伯爵が入ってくる。

 彼は妹の心を容易に読む事が出来る。なので、妹からは物凄く嫌われていた。実際には1度しか覗いた事がないらしいが。

 それ故なのか、あまり好き嫌いを表に出さないグリーヴ伯爵が相当分かりやすく毛嫌いしていた。今も、機嫌が悪そうだった。妹がいない間は物凄く楽し気であったのに、今では見る影もない。

 ここまで嫌われる妹は、グリーヴ伯爵に対し、一体どんな事を考えていたのやら。

 グリーヴ伯爵に対し、ルカが対応する。


「ええ、来ましたよ。反省の余地はありませんでした」

「であろうな、そういう娘だ。残念な事にな」


「エリカはすでにいると言う事を匂わせておきましたが、あまり理解されているとは思えませんでしたよ」

「直ぐに理解するならば勉強からも逃げないだろう。もっとはっきりと宣言しておかねば……と、いっても、私や君の言葉など聞かないだろうが」


「そうでしょうね」


 本当に残念な事に、妹は自分よりも下の位の者の言葉など一切聞かない。それが学士や医師、年長者の忠告だとしても、位が低ければ聞く耳を持たない。もっとも、俺の言葉も聞く訳ではないが。

 ある意味、ニコは妹に言う事を聞かせる良い人材だったのではないだろうか。


「先程ロベルトに会ってな、ニコはどうやら男娼であることが知られてしまったようだ。だから逃げてきたと供述していると報告を受けた」

「はぁ、いずれ気が付くと思いましたが、遅かったですね。エリカの為に身売りでもしたのでしょうか?エリカは労働なんてしないでしょうし、ニコはそれしか知らないですからね」


「そう推測するのが妥当だろう。可哀相な事をしてしまった。償いをしたいが、もはやフォルジュ公爵家と関わりを持つ事すら嫌だろう」

「ある意味、嫌われた方がニコにとって幸せなのかもしれませんね」


 グリーヴ伯爵とルカの淡々とした推測に、俺は胃が痛くなる。慢性的になりそうだ、この胃痛。

 男娼していたニコは、それなりに稼いでいた。男にしては可愛い部類に入る容姿だし、女性への対応も良い。ルークとは違う角度から女性の心を射止める。男性客もいたらしいが、いや考えるな。怖すぎる。

 っていうか、さっきからルカが自然に妹を呼び捨てにしている……そしてグリーヴ伯爵がツッコミすらしない。呼び捨てで当然と思っているのかなんなのか。


「オイドクシアお嬢様はこの事態を把握していたようだ。やけに冷静だったからな」

「なるほど、ここまで予見していたからこそ、エリカの居所を言う必要はなかったわけですか」


「そういう事だろう。だが、帰ってくる事を言っておいて欲しかったものだが」

「全くですね」


「それと、サイについては私から言っておいた。穏便に済むと思うが、彼女の状況については話される事になる」

「そうですか、なら心配はいりませんね。エルリック様にとっては最悪の状況でしょうが」


 いや本当にな。穏便に済むと言う事は脱走の件は伏せられるか?脱走した事がバレると、芋づる式に脱走をほう助した者がバレる事となる。ニコと妹だけで脱走する事は不可能なため、それ以外の者を考えるのは容易だ。フォルジュ別邸の警備網をかいくぐれるほどの魔法使いに、フォルジュ家に不満を持っている人物、そして魔法を実行した形跡が明確にある者と言えばもはや目を瞑っていてもルークだとバレてしまう。その場合エーテルミスとの関係は最悪になるだろう。それだけは避けたい。

 最も、妹が危機的状況なのに変わりはないが。誰も妹の味方でない事に冷や汗が出て来る。

 自業自得である事も否めないが、ここまで敵まみれだと可哀相だ。

 俺が俯いていると、ポンと肩に手を置いてくる。こんな気安い事をするのはルカくらいだ。顔を上げると、案の定呆れた顔をしたルカだった。


「安心してください、エリカが常識を学べばいいだけですよ」

「出来れば、の話だな」


「まず出来ないでしょうねぇ、出来ていたら、ここまで苦労していませんし」


 くそっ、ルカもグリーヴ伯爵も楽しそうにしてる!廃摘する気満々じゃないか!

 ……他に代わりがいると分かって、妹がちゃんと覚えてくれ……るだろうか。

 ルカの言う通り、簡単に出来ていたなら脱走などしていない。公爵家の人間が脱走なんてすれば、多方面に迷惑がかかるなど、ちょっと考えれば分かる事も理解していないようだし。逃げた事の謝罪もない。これは先が思いやられる。


「オイドクシアお嬢様はいいとして、スティーヴへの対応はどうしますか」

「何、いかようにも誤魔化せよう。私に任せておけ」


「ああ……簡単に騙される様が思い浮かびます」

「ニヤとシュザンヌについては普通に話すのが良かろう。彼女らは嘘もつけるからな」


 確かにあのスティーブという執事は人が良い。嘘がつけないタイプだ。本当の事を話すと秘密が漏えいする。グリーヴ伯爵がどう騙すのか、手腕が問われるだろう。最も、そこは俺が心配するような事ではないだろうが。しかし、簡単に騙されそうで、この先が不安でもある。


「はぁ……胃が痛い」

「エルリック様、現実逃避せずにきちんと参加してください。強制です」

「ははは、まぁこれも良い教訓となるだろう。若い内の勉強と思って気軽にやるといい」


 いやいやいやいや、気軽って先生!

 エリカの人生が左右されるような大きな問題なんですよ!?……そこはグリーヴ伯爵には関係がないのかもしれませんが。だからこそ、誰も妹の心配をしないからこそ、俺がなんとかしなくてはと思ってしまう。あんな妹だが、血がつながった家族だ。思いっきり見下されるが、それでも妹だ。これが甘っちょろいと言われるのだろうが……仕方ないだろう。

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