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この手しかあるまい

エリカの兄の視点。

……別視点注意……



「エリカが見つかった!?」


 ガタリと直ぐに立ち上がる。

 知らせを持ってきた我が家の執事は、物凄く険しい顔をして頷いた。何か不味い事でも起きたのかと思い、俺は勢いを少しだけ落として、彼の言葉を待った。

 優秀な彼が、怒りのあまり何度も息を整えている。いつも感情を表に現さない彼が、である。腹でどんなえげつない事を考えていても、爽やかな笑顔で対応する彼がだ。

 エリカの馬鹿妹、脱走以外にどんな事をやらかしたのか。

 彼はたっぷりと時間をおいて怒りの熱を冷ましてから、口を開く。


「エリカ様は……娼婦の恰好をしておられました」


 ぶち切れた。





 怒りを落ち着けてから会わないと、まともに話すら出来ないと思い、しばらく執事と話し合いをする。

 妹はエーテルミス領の街道で倒れていたという。不審人物として連行する気だったが、幸いにもエーテルミス領はおばあ様の領地だった。連行中にふらりと立ち寄ったエーテルミスの使用人が妹の顔を知っており、エーテルミス公に無事に保護された。

 保護した巡回警備兵と、エリカ様を見たその他の警備兵にも緘口令を敷いた。まさかフォルジュの「深窓の令嬢」が家出などと言えたものではない。誘拐だという噂が流れたとしてもマズイ。誘拐されるような手薄な警備だと思われたらどんな敵が現れるか。喋ったら殺す、家族まで殺すという意味あいの事を遠回しに相手に伝わるまで言って、謝礼金という名の口止め料を払ったそうだ。

 その出費は結構痛かったが、仕方がない。

 すべては妹のせいだ。

 妹が使用人のニコという平民と駆け落ちなどするからこんな事に。

 しかし、だ。

 馬鹿な妹と、平民風情でここから逃げ出すなど不可能と言って良い。警備の者はいるし、裏の目も勿論ある。あの脱走が可能となったのは、嵐のせいだと言っても過言ではない。

 ただし、自然災害だけのせいでは、決してない。あれは大規模な魔法であった。嵐に便乗した、風属性の大規模な風嵐。妹と平民だけを守る様にして、逃がした。風の厄介な所は、噂すらも消す事だった。どこに逃げようとも、精霊や妖精の目はある。しかしその風の声も聞こえないようにするのが、風魔法師の厄介な所だろう。

 その甚大な魔力では、大きく存在値を削り取る。そして、最近になって大規模魔法を使った者はあの男しかいない。全く厄介な、厄介な事を仕出かしてくれた。大規模魔法を使えば、すぐに誰か分かるというのに、敢えて分かりやすく使っていた。まるで捕まえろと言っているようなものだ。

 悪い男ではない。悪くはないのだが……いや、やっぱりあいつは悪いかな。しかし、何故このような大それたことを仕出かしたのか、ようよう問い詰めねばなるまい。処遇はそれからだ。

 幸いな事に、妹は見つかった。

 いや、全然幸いじゃなかった。妹は娼婦の恰好をしていたと言った。平民と逃げ出している間に、何があったというのか。考えれば考える程腸が煮えくり返る。

 あいつに平民の暮らしは出来ないと分かっていた。あいつはそんなに頭が良くない。だからこそ反対していたのだ。絶対ムリだと。

 平民と婚姻する貴族も少ないとはいえ、いるのだ。勿論貴族としての名を剥奪される訳だが、結婚は認められてはいる。が、決して許されるようなものでもなかった。認められている形式はとるが、貴族間で良い評判になる訳がない。残された親族は肩身が狭い想いをするわ、領土も減らされるわ、ねちねちといやがらせを受けるわ。挙句結婚後失踪なんて案に暗殺されているだろう者までいる。

 殆ど平民との結婚を認める貴族などいないだろう。反対だ、大反対に決まっている。それなのに駆け落ちだ?ふざけんなと言いたい。まともに着替えも出来ない我儘娘が、平民の暮らしに順応できるはずがないと分かり切っていた。

 その結果が、あれだ。


 布団でグルグル巻きにされてぽやっとしている姿を見て、イラつきが収まらない。


「エルリック様、どうか落ち着いて」


 そう耳打ちしてくる執事……ルカもあまり冷静とは言えない程イラつきを隠せないでいる。

 そりゃそうだ。分かり切っていたのだ。上手く行くはずがないと。

 でも妹だけが分かっていなかった。

 何も勉強をしなかったから、何も知ろうとしなかったから、自分で何も行動を起こさなかったから。

 そして打ちひしがれてこちらに逃げ帰ってきたのだろう。ざまあみろと言いたい。こちらも必死で探しまくったのだ。大々的にやるわけにもいかず、裏でこそこそしながら胃を痛めて。エリカが無属性で良かったと生まれて初めて思ったかもしれない。黒は平民と良く馴染むから。

 しかし、属性が何かしらあれば、このような事にもなかったかもしれない可能性もあり、胸くそが悪くなる。

 ああ、いらつくいらつくいらつく本当にな!

 イライラしながら妹を躾けていると、何故か憐みの視線を向けられた。なんで俺の方が同情されている!?誰のせいでこんな苦労負ったと思っていやがる!お前のせいだ!うおおおおお!なんだこの例えようのない怒りは!

 そこまで考えた所で、ふっつりと意識を失った。



 目覚めた時には自室のベッドに横になっていた。

 どうやら、眠らされていたらしい。確かにあのままだと何を仕出かすか分かったモノではなかった為、助かった。

 荒れた魔力を整えつつ、とりあえず水を飲む。良く冷えており、さももうすぐ起きる事を分かっているかの如く調整された水だった。いや、分かっていたのだろう。どうせやったのはヴァレールという騎士だ。17という若さで平民から男爵へとなった男だけはある。それを見出したグリーヴ伯の方が末恐ろしいモノがあるがな。

 水を飲み切り、コップを置いて立ち上がる。

 丁度良いタイミングで、扉がノックされる。


「失礼します」

「ああ、すまない。面倒かけたみたいだな」

「いいえ、とんでもございません。貴方の妹君を想えばこんな面倒、面倒の内に入りません」

「ああ、そりゃ確かに」


 その言い方に自然に笑みが出て来る。出会った時からルカは無遠慮な男だった。当初はよく喧嘩したものだが、今ではその気兼ねのないやりとりが落ち着く。貴族ってのは腹の探り合いだ。相手がいつ失敗するかと目を光らせて、自分も余計な事はいわないよう流していく。そんな気が詰まるような事ばかりしているものだから、遠慮がないというのは気楽なものなのだ。どんな言葉を吐こうと、他に人がいなければ無礼講だ。

 軽い食事を持ってきてくれていたので、口に運ぶ。久し振りに良く眠れた気がして、やっと落ち着いて食事がとれた。妹が発見されるまでは気が気じゃなくて、いつも吐きそうになっていた。

 娼婦の恰好としていたとは言え、五体は満足なのだ。変な噂が流れないように、ルカがすでに動いてくれたらしいし、ひとまずこれでまともな仕事に復帰できる。


「それとまだご報告が……」

「なんだ?……ん、言ってみろ」

「まぁ、今食事をされているので、後ほどで」

「いや、いい。むしろ今の方が暇だ」

「宜しいので?」

「ああ」


 咀嚼しながらルカの言葉を待つ。

 しばらくルカは黙っていたが、溜息を吐きだしてから口を開く。


「お嬢様が、自分はエリカという人物ではないとほざきました」

「ごふぅっ!?」


 思いっきり違う所に入ってむせた。

 言わんこっちゃない、といいつつ、笑っているので確信犯だろう。むせると分かってて絶妙なタイミングで暴露しやがった。こいつはそういう奴だ、ちくしょう。


「げほっ、げほ……けほっ、う。で?」

「はぁ、ですが。どう考えてもお嬢様ですし、とりあえず牢にぶちこみました」


 ああ、あの用意していた牢か。見つけた時にはそこにぶち込む気満々だった。あそこは魔法による結界で、物理による脱出も出来ないようされている。あれだけ厳重に囲っていればもう脱走などという馬鹿な事も出来ないだろう。それに、肝心の協力者もあのザマだ。あいつも命まではかけたりしないし、二度目はないと考えているだろう。さすがにそこまで馬鹿じゃないと信じたい。


「ああ、それで。ニコは?」

「いえ。それがまだ」

「そうか」


 まぁ、妹にあのような仕打ちをしておいてのこのこと帰ってこれるはずもない、か。魔法を使ったルークはともかく、ニコは良くて牢獄、悪くて処刑となるだろう。幸い、見つかっていないのならそれで良い。どうせニコも我儘な妹に巻き込まれただけなのだから。


「まぁ、ニコはそれで良いとして。シャロンはいるか?」

「丁度実家に帰っている所です」

「間の悪い……」


 あの庭師なら多少は見えるのだが、残念だ。エマは……論外だしな。ロベルトも今出払っているし……。


「グリーヴ伯爵はどうだ?」

「ええ、手配しております」

「さすがだ」

「いえ、まぁ普通に講義してもらうつもりでしたので」

「まぁな」


 元々妹が帰ってきたら講義を再開してもらうつもりでいた。そして運よく彼は魂だ。馬鹿な妹がどれだけ喚こうとも、魂の前だけは偽る事は出来ない。対魂訓練を受ける事も出来ない妹ならなおさらだ。どうせ嘘に決まっているだろうが、言い訳をしないように言いくるめる為にも必要だろう。それにしても、自分はエリカじゃないとは笑える嘘だ。勉強してないからそんな嘘すぐにバレるとも理解出来ない愚かな妹。

 しかし、今からならまだギリギリ間に合う。社交は半年後。引き伸ばして引き伸ばしてしてきたが、もう限界だ。最悪人との会話が無理でも、黙ってくれればいい。……それが出来るならここまで引き延ばしてはいなかったのだが、なんとかなってくれないと困る。

 しかし、あいつにはこの大騒動を起こした責任をキッチリ払って貰わないといけない。まぁ、あいつも貴族だ。婚約者としての務めくらいは全うするだろう。

 そう考えていると、バタバタと外が騒がしくなってきた。


「なんだ?」

「見てまいります」

「それには及びません」

「「―――っ!?」」


 ルカが立ち上がろうとした瞬間の第三者の声にビクリとする。音もなく、気配もない、まるで空気に溶け込むようなそれは騎士よりも隠密に向いているかもしれない。しかし、如何せん見目が目立ちすぎるのが難点だが。


「お嬢様が風呂場で倒れられたそうです」


 カッとなった。





「全く、風呂もまともに入れないとはな」

「ええ、本当に。町でどのようにされていたのか、頭の痛い話です」


 妹は風呂場でぐったりと倒れていたそうだ。すぐにメイド達が着替えさせ、命に別状はないそうだが、高熱を出してうなされているという。あの状態でどうやって平民と暮らす気だったのか未だに不明だ。

 ルカが中指でクイと眼鏡を上げつつ書類の間違いについてペンでトントンと指摘してくる。それを溜息を零しながら訂正する。


「いやがらせかもしれませんね」

「……おいおい、流石にそれは……ない話じゃないな」


 顔を上げて言葉の訂正をしようと思ったが、やらないとは限らないところが妹の恐ろしく馬鹿な所だろう。訂正は諦めて、書類作業に戻る。

 ああくそ、この野郎またこんな無茶な経営を……あれだけ失敗するからやめておけと言っていたのに。届いた無残な報告書類に溜息を零す。

 いくつかの書類を整理しているルカが、ふと溜息を零した。


「お礼を言ったんです」

「礼?」

「ええ……礼です」


 パラリと新しい計算書類を開きながら、実に憂鬱そうな顔でペンを走らせながら続ける。


「お嬢様が俺に礼を言ったんですよ」

「まさか……?エリカが?」

「ええ、熱でうなされながらも、です」

「……」


 あの傲慢な妹が人に礼を言うなど。これも他人だという事の主張なのか、それとも町におりている間にそうさせるような何かがあったか。前者は騙そうとする気満々で腹が立つし、後者は自業自得過ぎて腹が立つ。結果的に両方腹が立つ事に気づき、深く考える事をやめた。


 やっとグリーヴ伯爵がきてくれた。その頃にはすっかり妹の風邪も治って、講義も出来るという訳だ。これからはヴァレールも見張りとしているし、そうそう逃げられはしないだろう。ある程度貴族の名前と地位くらいは覚えてもらわないと困る。それと、至急侍女長も最低限のマナーを教えて貰えるよう説得せねばなるまい。あいつへの説教はそれからだろう。あいつにも、役目はまだ残ってる。楽に死なせたりはせん、しっかりと責任をもって妹の世話をしてもらわなければならないだろう。全く、あの人も苦労が絶えないな。

 身内にやらかす人間がいる苦労を知っている分、同情する。しかも要因がこちらにもあるから、なんとも言えず申し訳ない。

 頭が痛い思いをしながらガシガシと書類を整理していると、扉がノックされたので返事をする。そこでやってきたのはグリーヴ伯爵と、ルカ……それと何故か妹まで来ている。今までにない空気に、妹がまた何かやらかしたのかと思い、頭が痛い。俺はきっと薬の服用のし過ぎで早死にするな、確実に。

 グリーヴ伯爵はいつも通り堂々としていらっしゃるが。ルカの顔がかなり険しいし、妹は泣いた痕跡がある。今でもちょっと目が赤いので、ルカが何か言って泣かせたか。あの気の強い妹が泣くほど叱りつけるって相当だと思うが、何があったか、話を聞こうじゃないか。


「なんだなんだ。物々しいな。何があった?」

「はっはっは。いやなに。ちょっとしたすれ違いがあったのみ。大した事はあるまい」

「いや、グリーヴ卿、今回も大した事ありまくりですよ」


 ぐりぐりとこめかみを親指で押さえている時はルカが相当参っている時だ。妹が家出した時以来か。いや、結構な頻度で参ってるな。俺も相当参っているから、気持ちはわかる。

 グリーヴ伯爵は1つ国が滅んでも大した事ないで済ますからアテにならない。


「で、結局なんだ?」


 続きを促すと、けほんと咳払いしてからルカが説明する。


「ええ、グリーヴ卿がおっしゃるには、この方が本当に妹君ではない。そう結論付けられたのです」

「なっ……!?」


 思わず驚いて立ち上がってしまう。グリーヴ伯爵の大した事ないはアテにならないが、決して嘘は吐かない。そしてその能力も言わずもがな。並外れた能力の彼が見間違うはずがない。

 魂の属性は、相手の心を見抜く。嘘もまた然り。

 慌てて妹を見るが、どこからどう見ても妹にしか見えなかった。


「どう見ても……エリカにしか、みえん!」

「ええ、俺も同じですよ。ですが、卿が見誤るとも思えません」

「ふぅむ、私から見れば、見た目も違うと思うがなぁ」


 どこがだ!!その言葉を何とか飲み込み、今度はもっと近づいて観察してみる。切って出て行った髪は肩ほどに落ち着いてゆれており、背丈も、鼻も、唇もすべてそっくりだ。

 困ったように目を逸らした後、妹は俺の方を見なおし、口を開く。


「私はずっと違うと言っているのですが、全然信じてもらえなくて困っていたんです。ええと、不敬罪?いえ、詐称にあたるでしょうか?できれば穏便に解放して頂きたいのですが、どうでしょう?」


 妹が言いそうにないような喋り方をする。何もかもが似ているはずなのに、何かが違うと、確かに感じる事が出来た。演技にしては、自然すぎるのだ。目の前の少女は、これで素の自分なのだろう、とそう思わせられた。

 何より、雰囲気が柔らかかった。妹に、こんな落ち着いた空気が出せるとは、到底思えない。


「ぐ、グリーヴ様……私、無事に解放されます、よね?」

「はっはっは、なぁに。安心したまえ。リエ殿が私を頼っているに限り、無事に決まっているのだよ。そうでしょう、公爵殿?」


 確かに、と思った。

 妹は、グリーヴ伯爵が心の底から本当に嫌いだった。こんな風に、嫌悪を全く示さず、むしろ好意を向け頼るなど、きっと絶対にしないと断言できる。なぜなら彼は魂を見るからだ。魂はこの国で、いや、世界で嫌われている属性と言って良い。人の心に土足で踏み入る様な、そんな認識なのだろう。汚れた属性とでもいうのかな。妹はロクに勉強もしてないから、全ての魂属性を嫌っていた。勿論悪用だっていくらでもできるものだが……それは他属性でも有り得る話だ。そんな事も理解しない馬鹿妹に魔法の講義を教えるのは、さぞ苦労したと思う。

 ふむ、と腕を組む。

 妹のでたらめだと思っていたら本当に赤の他人だとは思わなかった。


「じゃあなにか?妹はまだ見つかってない、そういう事か」

「そういう事ですね」

「はっはっは、なに、生きていればきっとまた巡り合えましょう」


 グリーヴ伯爵の言葉を聞いていたら、若干気が抜ける。しかし、そう呑気に考えてられないのが今の状況だ。10のお披露目の日までもう日がない。この後見つかったとしても、ボロが出てしまう。もはや万策尽きたか。


「これはあの手しかありませんね」


 ルカの声に、はっとする。まさか、そんな事を。いや待て、と妹にそっくりな人物を見て、甚だ不可能ではない事を悟る。

 俺は、怯えを見せている妹そっくりな人物にニッコリと笑いかけた。

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