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神獣三者面談

 ルークの地味に迷惑な訪問を終えて、勉強の方に力を入れる。

 シャーロットに教えてもらったのだが、オイドクシアが抱きしめろと言ったのは、私の魔力が欲しかったからだそうだ。オイドクシアの体内にある魔道具に魔力を注ぐ為に、体を密着させないといけないらしい。

 ……そんな事が出来るんだね。未だに魔道具については詳しくない為に良く分からないが、普通はそんな事は出来ないみたいだ。恐らく、オイドクシアが魔力の扱いに長ける神獣だったから出来る事、なのかな?

 ともかく、その御蔭かどうかは良く分からないが、オイドクシアの体調は良くなっているみたいだった。


 中庭でオイドクシアが庭師のシャロンとにこやかに話しているのを見かけた。ずっとベッドから起き上がれなかったのに、これは大きな進歩だと言えるだろう。

 私とオイドクシアが話していると、スティーヴが物凄く微笑ましい笑みで見つめて来るのが居た堪れない。姉妹の和やかな語らいとでも思っているのだろうか。違うのに。

 オイドクシアは元々あの状態でだから、本人だと言えなくもないが、私は全くの他人なのである。彼にそんな事を伝える訳にもいかないので、口を閉ざす事しか出来ないが。

 オイドクシアの熱狂的な視線にもうちょっと気付いてくれ。あれは普通の姉に対する視線ではないぞ。


「あら、お姉さま」


 私に気づいたオイドクシアがニッコリと微笑んでくる。

 うひ、と心の中で悲鳴を上げつつ、私も笑みを返す。もはや笑みがデフォルトではがれない気がする。

 シャロンが気を利かせて下がっていくが、やめて待って!と心の中で言わざるを得ない。しかし相手は体裁的に妹。スティーヴのいる手前で逃げ出すわけにはいかない。なんだこれ、詰んでいる。

 名前を呼ばれて無視するわけにもいかず、返事を返す。


「お話しの邪魔をしてしまったかしら?」

「いいえ、いいんですの。この庭の美しさを保っているシャロンにちょっとした質疑応答をしていただけですの」


「ま、まぁ……そうでしたの。綺麗ですものね」

「ええ、素晴らしい庭ですわ。王城の庭と同格だもの。これをほぼ1人で作り上げていると思うと、その見上げた根性と深い愛情に感服致しました」


 お、おう……まじかよシャロンさん。王城と同格のレベルでやってるとかまじか。そういえば、シャロンさん以外の庭師って見た事ないかも。それで王城と同格といわしめるほどの庭を作り上げるって規格外もいいとこだな。


「私、もっとお姉さまとお話したかったんです」

「まぁ、そうなの?」


 できれば私はあまり話したくないんですがね!和やかな姉妹の会話中にそんな事は口が裂けても言えないけれど。

 オイドクシアは私の心情を知ってか知らずか、ニコニコとしながら話を進める。

 気が付けば、2日後にシャーロットと3人でオイドクシアの寝室に集合という話になっていた。




 色んな勉強をしていたら、時間などあっという間に過ぎて、オイドクシアとの話し合いの場である。

 一応、エルリックやおじい様にも相談しておいたが、オイドクシアが言うには神獣関連の事だとの事で、他の人間を全て排除しなければ話せないらしい。勿論オイドクシア側のメイドや執事も排除される。

 そんなトンデモない部屋に私だけで突入するとか、それなんて修行?


 全く入りたくないがオイドクシアの部屋のドアをノックすると、執事のスティーヴが開けてくれたので、中に入る。すると、もう用はないとばかりにスティーヴはさっさと出て行ってしまわれた。

 シャーロットはどこに行った?と思っていたが、すでにオイドクシアの部屋でスタンバイしていた。神獣ツーペアである。いや、片方は現在では人間だけども、神獣の時の記憶がある分、恐らくだがシャーロットよりも知識なんかは豊富なのではないだろうか?

 シャーロットが悪戯っ子の笑みを迎えて手を広げている。


「歓迎するぞ!」

「……はい」


「ふふ、じゃあ、その椅子に座って頂けるかしら?」

「ええ、では遠慮なく」


 促されるままに、素直に椅子に座る。

 すると、2人とも物凄く楽しそうに声を出して笑いだした。

 えっ、なに、何故か笑いものにされている。

 日本での嫌な記憶が蘇り、変な汗が背中を伝う。それを悟られないよう、なるべく平静を装うとするが、変な脈は打ったと思う。その証拠に、シャーロットが不思議そうな顔をした。


「……なんだ?なんで今脈が乱れた?普段全く反応しないのにな」

「あら?そうなの?」


 シャーロットの言葉を聞いて、オイドクシアも不思議そうな顔をする。とても幼い、可愛らしい顔だった。その顔を見れば悪意がないのはわかった。御蔭で、1度呼吸をするだけで平常心を取り戻す。


「……何故笑われたのでしょう?」

「ああ、不快にさせたのなら悪かった」

「ごめんなさいね」


「いえ……理由をお聞かせ願えますか」

「何、至極簡単だ。ぬしが平然と神獣が普段使う言語に応えた事に我々は感動したのだ」


 何……?


「感動って、最近までシャーロットは気付いていなかったじゃない……ええと、ついでに言うと、私の方は隣国の言葉を喋っているのよ」


 はい……?


「奇跡師はその魔力以外に大きな特殊能力を秘める事がある。例えば、この紙。この紙は動物の皮ではなく、植物を利用して作るものだと教え、他にも様々な技術を教えた知能。そして例えば医療、私は知った事ではないが、オイドクシアが言うには、これも奇跡師が齎したものだそうだ」

「他にも学術や政治に、様々な面で大いなる役割を担っていたのが奇跡師」


「は、はぁ……?」


 ああ……結構な文明社会を築いているのって、全部奇跡師のお陰なの、か?


「奇跡師は異界の人間、これは定石のようなもの、だとオイクドシアに聞いた……故に、言語習得にはかなりの苦労をする奇跡師ばかり、だそうだ。なのに、苦もなく会話し、あまつさえ隣国の言語、ましてや神獣の言葉まで理解している」

「結論は、此度の奇跡師の能力は言語理解」


「理性を持つ者、種族関係なく言葉の垣根を取り払う、これはあまりに大きすぎる能力だと言える」

「私もあまりに流暢に話すから、随分と前からいるのだろうかとも思ったの。けれど、聞けばお姉さまは神獣の存在すら認識していなかったし、それなのにシャーロットと普通に会話出来ているのは可笑しいかなって」


「ちょ、ちょちょ……」


 シャーロットとオイドクシアが流れるように喋っているが、そもそも何故私が奇跡師という事になっているのだ!あれはおじい様と騎士しか知らされてないはず、あれ、奇跡師っていうのは騎士には知られてないんだったか?髪の毛が黒なのに魔法が使えるってだけでも十分だと思うが。

 私の反応にシャーロットが眉をひそめる。


「なんだ、どうした?外れか?」

「いえ、その……何故、私が奇跡師と断定を?」


「それだけの魔力に愛されているのだから、奇跡師と断定するのは普通だと思うが」

「ええ、それに、私の体調が良くなるのも異常事態よ。これも魔力が自身で内包しているものではなく、体外、つまり空気中にある魔力がお姉さまを愛しているの、だから奇跡師」


 ……神獣ってもしかして魔力が見えるのだろうか。だとしたら、バレバレだったという事?

 だとしたら私が影武者をやっているのって危険なんじゃ……いや、そもそも神獣はこんなにホイホイ現れるものなのだろうか……?


「まぁ、大昔は異界人でなくても奇跡師はいたようだけれど、それは私が生きていない時の話よね」

「ふぅん、そうなんだな」


「シャーロット……あなたいくらなんでも知らなさすぎよ。まぁ、ビーストアーネットだから仕方ないかもしれないけれど……それとも、最近の神獣ってみんなこうなの?」

「あー……どうだろうな、私はあまり親といた試しがないからな」


「そう、申し訳ない事を言ったわね」

「いや、気にしないさ。お前も気に病むなよ、ロングラートはすぐ深読みするからなぁ……」


 随分と親し気に話しているが、置いてけぼりだ。

 ……良く聞いていると、確かにシャーロットの方はいつもと違う言葉を話している気がする。日本語で理解しているから、ぱっと言われただけじゃ気付きにくい。無意識に理解する方を聞いてしまっているんだよなぁ……。しかし、現在オイドクシアお嬢様が話している言語はいつもエルリック達が話している言葉と同じニュアンスの音な気がしなくもない。いや、全然勉強していないから分からないけれど。


「と、まぁ……私も直接奇跡師に出会った訳ではないから不確かだったけれど、試してみるものね。とても面白いものが見れたわ」


 オイドクシアお嬢様が実に楽し気である。

 だが、しっくりこない事がある。


「……他の人もシャーロットと話していますが?」


 言語のニュアンスが違うような気もするが、基本的に他の人も普通に話している。シャーロットが別の言語を話しているのなら、他の人もきっと分からないはず。神獣語の習得がデフォルトなら何も言えないが。


「そりゃそうよ。シャーロットはこの国の言葉だけは覚えているし」

「なら、なぜ私が言語理解の能力を持っていると?」


 私が異世界の人間だっていう事は隠されていた事だし、最近来たという事も知らないはず。もしくは、誰かに聞いたか?異世界の人間だって事は分かっている訳だし、バレタならいつ来たかくらい教えてもらえるかも。教えて貰えそうな人は……おじい様なら、オイドクシアお嬢様相手なら教えてもらえそう。


「シャーロットはね、気を抜くとたまに神獣の言葉を使っているのよ。お姉さまの前だけだけれどね。たまたま、神獣の言葉で話しているシャーロットを見かけたのよね。お姉さまったら、普通に頷いているんだもの。これは疑うわ」

「そ、そんな事がありましたか……」


 全然気づいていなかった。いつの話だろうか。理解出来る内容の方にばかり意識を向けていたので、言語の変わりようなど分からなかった。これは、結構……不味いですね。他国の者とも普通に話出来ちゃうという。そのせいで、私がエリカ様じゃないとバレてしまうかもしれない。エリカ様がその言語を熟知しているならともかく、私は気軽に返事をするべきではないかもな。

 本格的に言語の取得を目指すべきかもしれない。他国の言葉と自国の言葉の区別もつかないのは相当不味い。

 私が冷や汗をかいている横で、オイドクシアは嬉々としている。楽しそうでなによりですね。私も大切な事が分かって助かりました。


「ねぇ、もしかすると、魔族の言葉も介するんじゃない?やってみたいけれど、私もこちら側になっているから、言語が出ないのよね。シャーロットはそもそも覚えていないし……」

「人間の言語をいくつも操り、さらには他の種族の言語もいくつも覚えている方が異常なんだがな」


「ふふ、まぁ、私は基本的に本を読むのが好きだったからね。500年もあれば、それなりに知識も溜まるわよ」


 ご……!?

 思わず声を上げそうになったわ。オイドクシアお嬢様500年以上生きた神獣の転生者ですか!え……とんでもない生き物なんじゃないですかね?なんだか気の遠くなるような数字だわ。

 思わず背筋が伸びて変な汗が出て来たよ。


「ともあれ、お姉さまは今、奇跡師である事を隠している状態なのよね、違う?」

「違いません。あまり、目立つような事はしたくありませんから」


 というか、その、お姉さま呼びをやめて頂きたいです、切実に。500年生きた先人とか、えぇと……室町時代とか、戦国時代とかのレベルから生きているって事か?そんな人物(?)にお姉さまと呼ばれたら胃がキリキリします……!そもそも実の姉でもないですしねっ!


「ふふ、これだけ神獣に愛されてるとなると、隠すのも難しそうだけれどね?」

「そういうものなのでしょうか」


「ええ、基本的に神獣は力を求めるから、無限に湧き出る魔力の原水なんて、心臓を差し出しても貰いたいものよ」

「魔力の……原水、ですか」


「そう原水、奇跡師は神獣にとってとても魅力的な生き物って話よ」


 ああ……なんか凄く面倒な事になってるよ……どうするんだこれ。っていうか、隠そうと思ったおじい様に感謝しかない。大々的に喋ったら、きっとえげつない事になりそうだ。

 この国のトップからでも目をつけられでもしたら大変だ。私の様な若輩者など、簡単に利用されるだろう。ああ、胃が痛い。


「だから、そうね。味方を作っておくべきだと思わない?」

「そう、ですね。おじい様は私の味方ですが……」


「ああ、あの奇才ね?確かに心強いけれど、それは心理戦よね。物理でも守られたくない?」


 奇才?……おじい様の事を言っているのだろうか?しかし、なんか物騒になってきた……取りあえず大人しく話の続きを聞こう。


「もうすぐ神獣と契約する時がくるはず、とシャーロットが見ているわ。必ず成功させなさい」

「……私は、命を共にするようなそんな危険な契約をしたくはないのですが」


「大丈夫、相手は死んでいるのでしょう?好きに使えばいいのよ。大丈夫、そこまで生きたレンデルルゥクなら、きっとお姉さまより先に死んだりしないわ。安心して契約してみるといいわ」

「……レンデルルゥク、ですか」


 あの骨の小鳥、か。しかし契約しろと言われても、契約の仕方も知らないし、そもそも最近あの鳥は見かけていないんだけど。っていうか……何故あの小鳥と私が契約する前提なのだろうか。そもそも、私はレンデルルゥクの件を言った覚えがないんだが……。神獣はどこまで把握しているのか、末恐ろしい。


「大丈夫よ。って言っても、私も契約した事がないからね。契約の仕方なんて神獣によって変わったりもするし、そのレンデルルゥクも私が見ていないから適切な助言は出来ないわ。でも、まぁ、なんとかなるでしょう」


 急に適当になった感。

 ……契約しても良いのだろうか。あまり契約はしたくないんだけど……でももし奇跡師とバレた時に、味方になってくれる神獣がいると有難い。物理で守ると言っているくらいだし、強いんだろう。シャーロットも明らかに強いし……。かと言って私の方が死ぬ可能性が高いのに、少女の姿をしているシャーロットと契約するのは気が引けるんだよね。

 そういえば、おじい様も死んだ者なら、と言っていたから、おじい様もそれを見越していたんだろうか。おじい様といい、オイドクシアお嬢様といい、見通しがありすぎる。なんなんだろう、私は流されるしかないのだろうか。まぁ、日本にいても似たようなものだったけど。


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