余計な訪問者
途中からルーク視点入ります
オイドクシアのとんでも発言に驚きつつも、やるべき事はやらねばならない。貴族の名前や名称を覚えるのである。
普通に日本語で聞こえるものとそうでないものの違いがややこしいが、まぁある程度はなんとかなっきている……気がする。
「お嬢様、大変です」
慌ててニーナが入ってくる。ノックもせずに入ってくるなんて珍しい。余程慌てていたのだろう。
「なんですか?」
「ルーク様が……婚約者様がいらっしゃいました!」
……なんですと!?
「……の何が悪いんだい?」
「いや、お前は分かっているだろう、今がどういう状況か!」
「はー、もう男の声は聞き飽きたよ。そろそろ愛しい婚約者殿の声が聞きたいものだけれど」
「おい、聞け。あからさまに耳を塞ぐな。仮にも義理の兄弟になる予定の者の話を無下にしていいはずがない」
「はー、それは、ちょっと嫌だね」
「おま、酷いなそれは……」
などという会話が聞こえてくる。
ルークとエルリックだ。
酷い事を言われている方が勿論エルリックである。エルリックは、あんな風に言われる星の下に生まれて来たのだろうか。嫌な星ですね。
傍で話を聞いているルカの顔が引き攣っている。
「まぁ、どうされたのです?ルーク様」
声をかけると、ルークの顔がパッと華やぐ。妙に嬉しそうな顔に、思わず喉の奥でうぐっと呻いてしまった。婚約者に会えたのが嬉しくて仕方がない、みたいな顔である。
ルークはひらりと1枚の手紙を見せつけてニッコリと微笑んだ。
「散々待たせた挙句に代筆って酷いんじゃない?」
「まぁ、なんの事でしょうか」
貴族ガードで笑いながらゆったりとした言葉ですっとぼける。私が送った手紙の事だろう。どうして代筆だと分かったのだろうか。
エーテルミス側の護衛に知られても良いのかと思ったが、前回来ていた護衛とは違う人だった。ルークがあけっぴろげに言っているという事は、事情を知っている護衛なのだろう。ルークの暴走を止められずに謹慎していた方の護衛なのだろうか。
「ふふ、相変わらず、だね。詳しい話は君の部屋にした方が良いんじゃない?……オイドクシア様が来ているんだってね?」
「ええ、そうですわ」
だからさっさと帰って頂けませんかねぇ……こちとらかなり疲れてるんですわ。
エルリックが処置なしとでもいうように首を振る。
「はぁ、仕方ない。話し合いにはコルム、ルカ、ヴァレールを入れろ」
「おや?君は話に加わらないのかな?」
「俺は忙しい。色んな処理でな。ルーク、君の相手をしている余裕はない」
「へぇ、大変だね、領土を持つってのは」
ルークがひらひらと軽く手を振ってエルリックを見送る。
「それでは、コルム侍女長を呼んで参ります。ヴァレール、しっかりとこの男を見ているのですよ」
「はっ」
ルカがそう声を上げると、ヴァレールが返事をした。あっ、ヴァレールいたんですね……いつからいたのか……最初からだろうか。
「うぅわ……その男だけ残すってのが的確だねぇ」
「とりあえず、立ち話もなんですから、お部屋にお通し致しますわ。こちらへ」
「ん、よろしく頼むよ」
前回出迎えた時に話し合った客間に通す。オイドクシアのメイドや執事達があまり通らない部屋だ。というか、頻繁に使われている訳ではないようなので、秘密の話し合いには都合がいいのだろう。
客間に入って、とりあえずお茶は侍女長が持ってくるとして、話し合いからだろう。
「前回の護衛の方はどうされたんですか?」
「ああ、あれは前回だけという話でね、今日はいつもの護衛を連れてきた。察してくれると思うけど、事情を知っている者だよ。ツツリヲだ、よろしく頼むよ」
後ろで控えていたツツリヲが一歩前に出て、礼をする。研ぎ澄まされた戦士という感じが恰好良い人だと思った。その雰囲気といい顔立ちと言い、なんとなくカミーユに似ているなーという印象を受ける。
「この度は、私が至らぬばかりに、フォルジュ公爵家と貴方様に多大なるご迷惑を……」
「えぇっ!お前まだそれ言う?」
「言います、むしろ、今現在も迷惑をかけている最中ではありませんか。ルーク様、あれほど叱られてもまだご理解されていらっしゃらないのですか。良いですか、フォルジュの温情により我々エーテルミスがどれほどの恩恵を受けているかを重々理解し……」
「ああーもういいよ。説教は聞き飽きた」
「ルーク様」
適当にあしらうルークに、静かな声で、しかし滅茶苦茶睨みつけながらツツリヲが名前を呼ぶ。
だが、ルークの方はどこ吹く風。いつも通りの事柄なのか、全然堪えていない。
「それより、オイドクシア様はどんな感じなんだい?」
おい話をこっちに振るな。
私はなるべく優雅に見えるように首を傾げ、僅かに目を伏せて悲しそうにする。
「あまり、容体がよくありませんの」
「そうか、エーテルミスでも探しているらしいのだが、とても貴重な魔道具なんだってね」
ふむ、基本情報は仕入れている訳か。それもそうか、婚約者の妹だし。
視線をルークの方に戻して頷く。
「ええ、わたくしも魔道具については詳しくは知りませんが、とても、とても貴重みたいです」
「聞いた事もない魔道具だし、確かに貴重なんだろう。制作者には当たったのだろう?あの爺さんの事だから、それくらいはやっているよね」
ああ、魔道具の制作者。確かにそれは存在してそうだな。私の考えになかったが、それならおじい様が聞いているはずだ。でも、作る人が見つかっても、素材自体が入手困難なので、制作者に聞いても無理だったんだろう。
「制作者は……わたくしには分かりませんが、素材自体が貴重だという話みたいですわね」
「ふぅん……貴族でも手に入らない貴重素材ね」
そんな話をしていると、ルカと侍女長が入ってくる。
ルカは静かな笑みでルークに睨みを聞かせるという器用な事をしながら、私の後ろに控える。
侍女長からは孫にあたるので、ルークの顔が僅かに強張ったように見える。けれど、流石に感情を隠すのが上手い、その強張りもすぐに消え去ってしまう。
コルム侍女長の淹れてくれたお茶をルークが飲み、にこりと笑う。絵面だけみれば微笑ましいものだが、雰囲気がピリピリし過ぎである。
「ルーク、貴方今の状況、お分かり?いいえ、分かっていないようだから申し上げるけれど、貴方がここに来る事はフォルジュにとって迷惑となる事です」
「……僕は、婚約者に会いに来ただけだよ」
「それ自体が悪いとは言いませんが、せめて状況を見てからになさい。荒れ狂う火の中に油を注ぎこむようなものですよ」
「ふふ、僕は婚約者にも楽に会えなくなってしまったんだね」
「ご自分で蒔いた種ですわ。自業自得だと思って大人しくお帰りなさい」
おお……コルムさんがこんなに怒ってるの、今まで見た事ないかも。思わずゴクリと生唾を飲み込んでしまったよ。
とりあえず、お茶でも飲んで聞き流しておこう。何故にこんな時に訪問しちゃうかな。ただでさえオイドクシア様の件でごたついているっていうのに。
手紙だって、そんなに待たせてはいないはずだし……いや、まぁ熱烈に想っている婚約者の速度ではなかったかもしれないけどさ。こっちも忙しかったんだよ。若干忘れていた事は否めないし。
護衛とおばあさまからの大バッシングでも悠然と笑っていられるあの男の神経が信じられない。理解していないからあの顔なのではない、理解していながらあの顔なのだ。流石は王族の血を引く公爵家の娘を逃がすだけの根性の持ち主である。
ルークがにこやかな顔で話をこちらに振ってくる。
「助けてくれないのかい?」
「いやですわルーク様がご自分で蒔かれた種を婚約者に片付けさせるなんて。わたくし侍女でもなんでもないのですけれど」
「言うね。でも可愛い女の子が言うとなんでも可愛くみえるところが凄いね」
「ルーク、全く分かっていないのですねっ!?」
コルムさん、どうどう……おさえて。いや、自分の身内がやらかしたからイラついているんだろうが。
そっと手を頬に添えて困ったポーズを取って見る。
「わたくし、ルーク様はもう少し聡明な方かと思っていましたけれど、そうでもないのですね」
100年の恋も醒めますわ……と呟くと、ぐっという音が背後から聞こえる。後ろをそっと見ると、ルカが腹をおさえて笑いをこらえている最中だった。なんだ、なにがツボに入った?
ああーそっか、婚約者を逃がすくらいなんだから、馬鹿だよね?馬鹿に決まってんじゃねーか!ってことですね?なるほど分かった。
「……思いの外衝撃を受けたよ」
「まぁ、当然の反応ですわ。ようやくルークの胸にも響いたようですわね」
「……本当にね」
そう言ってからルークが立ち上がる。
「忙しいようだし、僕は帰ろうかな。愛しい婚約者の顔を見る事が出来て嬉しかったよ」
「半年くらいは来なくて結構ですわよ」
背を向けたルークに投げかける言葉がひどいですよコルム侍女長。お気持ちは分かりますが。
大人しく帰ってくれるなんて珍しい事もあるな、いや、彼について詳しい訳ではないけども。一応、貴族としては良い部類に入る……かと思う。セスに教育的なものをやっている訳だし……成長している気がしないが。……流石に失礼ですか。
「よくやりました」
婚約者が出て行った後に、ルカが笑顔で1つ手を叩いた。余程嬉しかったのか、とても良い笑顔だったので、僅かに目を背ける。黒くない笑みの方が怖いとかどんなイケメンだよ。心臓に悪いわ。いや、黒い方は黒い方で怖いけども、別の意味で。
私が目を逸らしているのに気付いたのか、自分が爽やかな笑みを作っている事に気が付いたのか、はっとしたルカが眉間に皺を寄せて咳払いした。
「んん、とにかく、今はオイドクシアお嬢様とルーク様との接触はまずいですからね。もう少し現状を整えてからでないと、色々と不都合ですから」
……
「彼女、本当に貴族ではないのですか?」
ツツリヲが馬車の中でそう呟いた。
彼女、とはあの影武者の事だろう。そう思う気持ちも分かる。以前も堂々たる態度だったが、今回も拍車がかかっている気がした。
僕は外に目を向けつつ、溜息を吐き出す。
「そうみたいだね。信じられないと思う気持ちは痛い程分かっているつもりだよ」
「……彼女ならば入れ替えた所でなんの問題も……いえ、口が過ぎました」
「いや、その通りだと思う。僕としては、彼女が本物だったらよかったのに、と思うほどさ」
「それはそうでしょうね」
ツツリヲはエリカの事を知っている。そしてことのほかエリカの事が嫌いなのである。むしろ、エリカの事を好む奇特な人間がいるかどうか。
「ルーク様がそのようなお顔をされるなんて、何年ぶりでしょうか」
「……」
表情を取り繕った所で、ツツリヲには筒抜けなようだ。大きなため息を吐いて、懐に入れた手紙の位置にそっと手を置く。代理の手紙であったが、それでも僕に届けようと判断したのは他でもない彼女だ。そんな事でも、嬉しく、また虚しい気持ちになるなんてどうかしている。
「僕も驚いているよ。まさか、エリカと同じ顔でもこんな風になるなんて」
「婚約者なのですから、もう少し行動と言動に気を付ければ何とかなるのではないですか?ルーク様、そういうのお得意でしょうに」
「それが通じるならば苦労しないよ」
「なるほど、それでは確かに手ごわいですね」
僕の愚痴にツツリヲは苦笑を漏らす。ツツリヲの言い草はなかなかに酷いものだが、確かに女性を口説くのなんて僕にとっては手馴れたものだ。
しかし、彼女の目は何が嘘か、本当かすべてを見透かしているようで、上手い言葉が見つからなくなる。言葉をかけた所で、彼女には届かない。
彼女が僕を拒絶しているのは知っているが、それがこんなに胸が痛くなるとは予想していなかった。婚約者ごっこをしている内に、それだけではない感情が芽生えてしまっていたらしい。
フォルジュ別宅が忙しくしている事を知っていてなお、直接押しかける様な真似をするくらいには気に入ってしまったみたいだ。
「僕には、彼女の真っ直ぐな姿勢が眩し過ぎるのかもしれないね」
「ルーク様にそこまで言わしめる彼女は、本当に何者なのでしょうか?」
「エーテルミス領で拾ったみたいだけど……すぐに貴族に馴染む平民なんて明らかに可笑しいよね」
だが、正体はどうあれ、彼女はグリーヴ伯爵にすら認められた人間だ。悪さをするような人間ではない。自分自身がそう思いたいだけなのかもしれないが。
「災い種にならないといいけど……」
「ルーク様が、それ言います?一番の災いですよ」
「言うね。まぁ、確かにそうか……」
一番迷惑をかけている自覚はある。エリカの失踪を手助けさえしなければ、彼女があの家に捕まる事もなかったのだから。出会う立場が違っていれば、彼女の本当の名を知る事が可能だったのかもしれない。
失踪の手助けをしてしまった事で、彼女やフォルジュからの信頼は地に落ちた。今更後悔しても遅い。
「……呆れられてしまうかな」
「……」
ツツリヲは僕の呟きの意味に気づき、口を噤んだ。




