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妹の暴露話

 オイドクシアお嬢様は結局、丸一日眠っていた。

 メイドの1人は軽く医療を学んでいる者らしく、点滴やら薬やらをいじっているらしい。外出許可を得られたのはそのメイドの付き添いがあるからだろう。

 ……注射もある世界なのか、魔道具を体内に入れる事が出来るのだから、そりゃあるのか。


 眠っていたオイドクシアお嬢様が目を覚まし、エルリックとエリカに会いたいと言って来た。エルリックはオイドクシアの容体を知ってしまったが故に若干泣きそうになりつつも、すぐに部屋を訪ねる事にしたらしい。勿論私も。オイドクシアお嬢様が出してきた手紙については引っかかるが、死にそうになっている子供の願いを叶えないのは鬼畜だろう。

 オイドクシアお嬢様が寝ている部屋にエルリックと、ルカと共に訪れる。

 扉をノックすると、オイドクシアお嬢様付きの執事が扉を開けて入室を促してくれた。

 部屋のベッドで横になったオイドクシアお嬢様は、昨日より容体は良くなっているようで、血色が良くなっている。昨日は真っ青だったので、その顔を見たら少しだけホッとする。

 チラリとエルリックの方を見ると、エルリックも同じように思っていたようで、少しだけ息を吐き出していた。


「体調は大丈夫か?オイドクシア」

「ええ、すみませんお兄さま、こんな姿でろくに挨拶も出来ず……」


「いや、気にしなくて良い」

「噂は聞いておりましたけれど、本当にお兄さまはお優しくていらっしゃるのですね」


 そう言って、オイドクシアは年相応の幼い笑みを作る。昨日のように無理に張り付けたものではなく、自然と零れたような可憐な笑みだった。大きくなったら、さぞや色んな男を落としそうだ。……大きくなれたなら。

 エルリックはオイドクシアの笑みを見て、嬉しそうに頬を緩める。

 この空気……なんというか、私だけが他人というのが居た堪れない気持ちである。オイドクシアが知っているかどうかはさておき、意味深な手紙を送ってくるような子だ。油断は出来ない。


「今回、こちらに訪れた理由は手紙に書いた通りです。……すでに聞いているとは思いますが、私の命はそう長くありません」

「!?」


 その言葉に動揺したのはメイドや執事の方だった。もしかして、告げていない事実だったか?


「お、お嬢様、まさか……」

「皆を見てれば分かるわ、それに、自分の体の事だもの、私が一番良く分かってる」


 執事が震えた声で言っているので、オイドクシアには隠したかった事だったのかもしれない。真実を告げる事がどれほど残酷な事か。しかし、この大人びた少女は全く動じていないようだった。その冷静な顔が恐ろしいほど美しい。

とても4歳が見せる顔ではない。


「いえ、お嬢様、そんな事は……」

「誤魔化しは良いわ、スティーヴ。……なぁんてね、私も今まで言っていなかったことがあるのよ。今日お兄さまとお姉さまにも聞いていただこうかと思って」


 執事と話していたオイドクシアがこちらに向き直る。チラリとこちらに視線を向けてきたようだが、すぐにエルリックの方へと視線を動かした。


「私は時空魔法で様々なモノを見たわ。自分が死ぬその時まではっきりとね」

「お、お嬢様!?」


「ごめんね皆、死期なんて、知らないと思わせておいた方が幸せなのではないかと思ったのよ。でも、ここにきてそれはやめる事にしたの」


 さっぱりとした喋り方に、悲壮も絶望も何もなかった。淡々とその事実を告げるには、あまりにも冷たい言い方に聞こえる。

 赤子の頃に大規模な魔法を使った時に見たものか。そのせいで内臓を失っている。魔法を使わなければ内臓も失う事はなかったのに、魔法を使ったせいで臓器を1つ失った先の死ぬ未来を見るとは、なんとも皮肉な事だ。


「そうか、ではこちらの事情も知っていると言う事か?」


 意外にも静かなエルリックの声に、オイドクシアはゆるゆると首を振る。


「全て知っている訳ではないわ。それこそ未来って何通りもあるのよ……ここからが重要なの」


 オイドクシアの言葉に皆が注目する。未来を視た少女の言葉を静かに待っている。


「私はこのまま魔道具が見つけられず、魂の月の3日に死ぬ未来が決定しているの」

「なっ……!?」


 この場で明確に動揺するのは、今まで世話をしてきたメイドや執事の方だった。世話をして近くにいたぶん、情も湧いている事だろう。なんとしても魔道具を見つけて助かる様にと願っていたのかもしれない。しかし無情にも、未来を視た少女は日付までも宣言する。自分の事であるにも関わらず、淡々と無感情に。

 この会話を聞いていると、執事の方が死を宣告されているかのようだ。それほど執事のショックは大きい。あまり喋らないという情報だったが、意外に良く喋る。いや、苦しそうではあるか。あまり長時間喋られる訳ではなさそうだ。

 オイドクシアは動揺を隠しきれていない執事と対話している。私達の方はそれを聞かされているような状態だ。


「未来は何通りもあるのでしょう、お嬢様!?」

「私があの医院より抜け出す未来があって?あのままあそこにいればゆっくりと死んだでしょう」


「い、今、出ています、お嬢様……」

「ええ、そうよ。本宅に行けば土の月の15日以内、街へと繰り出せば光の月の37日以内に死ぬわ」


 大の大人の男が、泣きだしそうになっている。

 も、もうやめてあげてくれませんか。こちらまで胸が苦しくなってくる。

 1年の月は時空、火、水、風、光、土、魂と流れる。そして現在が風の月と言う事はつまり、病院を抜け出せば明らかに死が早まる、という事だ。その事実に執事やメイドが打ちのめされているんだろう。

 しかし、オイドクシアだけが涼しい顔で、笑みさえ浮かべていた。他人の反応が楽しいとでも言いたげに。

 聞いていると、彼女がただの4歳ではない事は十分に伝わってきた。それは、未来を視たせいだろうか。様々な自分の死に様を視て、かなりの年月経た時のように精神も成長したのか。

 静かに微笑んだオイドクシアは「それでね」と言葉を続ける。


「私が死ぬ未来が言えない場所、そこがここ、フォルジュ邸別宅なのよ」

「……!」


 死にそうになっていた執事やメイドの目に希望の光が戻る。 

 隣で聞いていたエルリックがゴクリと唾を飲み込んだ音が聞こえてくる。緊張しているのか、手を固く握りしめていた。

 それもそうだ、私も今かなり緊張している。オイドクシアの独特の気配に押されいるのだ。時空魔法で未来を視た少女の静かな目に映されるのが、純粋に怖いと思う。執事とメイドはよく気軽に話しかけられるなぁ、と。いや、気軽なのかは本人にしか分からないが。


「た、助かるのですか!?」

「どうかしら?」


 執事の言葉に、軽い言葉が返ってくる。


「誰しも、自分が死ぬと分かっている場所になんていたくないでしょう?でも……ここは、ここだけは何も視えていないの。未来が分からないって、こんなに清々しい事もないわ。視えていないだけで、死ぬのかもしれない。でも、分からない未来に賭けてみる方が良いと思ったのよ」


 楽しそうに、年相応の幼い顔で笑う。言い切ったオイドクシアは、上がった息を整える為に何度も深呼吸を繰り返した。1人のメイドが軽く背をさすり、支えてあげ、もう1人は水を差し出している。その連携は流石に手馴れたものだ。

 オイドクシアは呼吸を整えてから、再び口を開く。


「私の最期のわがままは、どの未来でも叶ったわ。今回のようにね。フォルジュ邸別宅という選択は、お兄さまとお姉さまに会えるのも利点かしら?未来視するのと、実際に目で見るのでは、全然違ったわ。会えてうれしく思います、お兄さま、お姉さま」

「……あ、ああ。俺もだ」


 急に話を振られて、明らかに狼狽しているエルリック。私も似たような心境なので、なんとも返事をする事が出来なかった。

 ……ん?未来視でエリカを視ているのか?……と言う事は、素行が違うという事に、彼女はすでに気付いている?出会った瞬間にじっくり見られた時に、もう分かっている可能性が高い。

 ……なんか怖いな、この子。

 そう思っていると、丁度オイドクシアと目が合い、心臓が跳ねる。何もかも見透かしたような目だった。時間すら止められてしまったのでは、と思ってしまう。

 怯えを心の奥にしまい込み、見つめて来るオイドクシアに微笑みかける。オイドクシアの方も、同じように笑みを浮かべている。周囲が緊張に包まれているのが分かった。

 未来視で何故この場所だけ未来が視えない、そう言った。その理由ははっきりとしない。だが予想は出来る。オイドクシアもイレギュラーな存在に、恐らくだが気付いているだろう。オイドクシアの私を見る目は、明確に違う。私を異界の人間だと気づいているかは分からないが、未来視のエリカと私では性格が……たぶん、違う。

 オイドクシアが私を見つめたまま口を開こうとした瞬間、別の誰かの声が響いた。


「懐かしい匂いだな」


 いつのまにかオイドクシアのベッドのすぐそばに、シャーロットが立っていた。瞬時にオイドクシア付きの執事が戦闘態勢を取り、オイドクシアが手を上げて制す。

 ニヤ、と人の悪い笑みを浮かべつつ、制された執事を一瞥してからシャーロットはオイドクシアに視線を戻した。ベッドに座り、オイドクシアの髪を一房手に取って匂いを嗅ぐ。

 他人の匂いを嗅ぐのは神獣の本能的な何かなのだろうか。私も嗅がれたなぁ。


「お前から同族の匂いがする。ほんのかすかだが……気のせいと言われればしまいになるような程かすかな匂いだ」

「私は間違えようがない程人間ですよ。そう、1つ内臓を失ったくらいでこの体たらくになるくらいには」


「なはは!1つ失った『くらい』でか!確かに、人間には大層な事態だろうなぁ?」

「ええ、大層な事態です」


 互いにふふふと笑っている2人が心底恐ろしいのだが。なんだこの状況……そう思っているのは、私だけではない。この場にいる全員が思っている事だろう。オイドクシア付きの執事は闖入者にどうしていいか分からずに狼狽えるだけである。執事はオイドクシアに止められているのでシャーロットをつまみだす事も出来ない。そもそも、神獣をつまみだすだけの実力があるかどうか疑問だが。


「だが、私はこの匂いが気に入っていてな。間違えようがない。友人がいるんだ。ロングラートの友人がな。どうだ?当たりか?」

「ご名答、流石はビーストアーネット、と言った所ですかね?当たりました?」


 ごめん話に付いていけない。というか、オイドクシアはシャーロットがビーストアーネットだと知っていたのか。どこまで視ているのだろうか、この少女は。というか、ロングラートってなに?何か特殊な人物の総称か?シャーロットの友人に同じ匂いの人がいるようだし。今この時点でエルリックに聞く訳にもいかず、淡々とシャーロットとオイドクシアを見つめる。


「なはは!当たりだ!でも……そうか、魂は廻ると聞いた事があるがなぁ……」

「そこまで御承知ですか。いいですね、なんだか、懐かしい気分です……私にはもう、過去を辿る事も出来ない」


「不便なものだな……」

「ええ、ですが、懐かしく思う記憶がなければ生きられなかった。ある意味等価交換のようなものです」


「説明を願えますか?」


 完全に2人の世界で話し合っている空間にさらっと入ってきたのはヴァレールだった。さすが人外、人に出来ない事を簡単にやってのける。いや、別に人外と確定したわけではないんだが、というか、どこにいたんですかね。本当に、気配のない男だ。

 オイドクシアが口を開こうとしたのを、シャーロットが制した。


「構わん友人と同族のよしみだ。体もつらいだろう、私が説明してやろう」

「有難い申し出です……はぁ」


 シャーロットはすとんとベッドから軽やかに降り、ぐるりと部屋を見回してニッと笑った。


「こやつは元ロングラート、現人間を形作る転生者という存在だ」


 ……わお。

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