ビーストアーネット
ビーストアーネットを図鑑で調べた結果。
羽を持つ獅子である事が分かった。
はあああああああ!?
いや、ちょ、ま……!どう見ても美少女にしか見えないっ!
ベッドですよすよと可愛い寝息を立てている少女をじっくり観察する。獅子要素皆無……辞書に色んなものに変身できるって書いてあるけどさ……驚くだろう、普通に。質量とかそういうものをガン無視かぁ、凄いよね異世界って。
生態系のかなり上位に位置する生き物って……破壊力に関しては、ほぼ頂点にいるじゃないか。なにそれ恐ろし過ぎる。
そんな貴重な生き物が私と契約を持ちかけたって事か……?鳥肌が立ってきた。
ああ、もう、なんで私がこんな事になっているんだ。これじゃあこの屋敷の人達に迷惑しかかからないじゃないか。でも、出ようにも、エリカが帰ってこないとお話にならない。出て行っても迷惑、出ていかなくても迷惑って、もう詰んでいる。
じっとシャーロットを眺めていたら、口元がニンマリと弧を描く。
それからパチリと瞼が開き、不思議な色の瞳と目が合う。
「なんじゃ?よほど私が珍しいか?」
「えっ、あ、は、はい。そう、ですね。ビーストアーネットになんて、会った事はありませんから」
「そりゃそうだろうなぁ、今やかなり数も減っておる。そのせいで様々なモノに化けてしまっておるから、人には区別はつくまい」
「へぇ、そうなのですね」
シャーロットは、上に羽織っていた上着をポイっと投げ捨てて、背中が大きく開いたワンピース姿になる。
シャーロットが背伸びをすると、まるでCGのようにするっと羽が生えてきた。あまりに自然な出方に、なんだか現実感がない。
まるで天使の様な羽が現れる。ふわっふわそうな、薄い緑色。動かす角度によって、緑色の濃淡が変わる、不思議な翼だ。
私の目の前でふぁさふぁさと羽を動かしているせいで、羽根が舞っている。ここが天国かと見紛うほど美しい。
「攻撃方法を1つ見せてやろう」
シャーロットはその羽根を1枚空中でキャッチして、腕を軽く動かす。羽根が椅子にぶつかって潰れるかと思ったが、シャキンという心地よい音が聞こえて来た瞬間、椅子の背もたれが斜めに切り取られた。切り取られた背もたれは、重力に従って床に落ちる。
うわあ!高級な椅子が!って気にする所はそこではないか。
シャーロットはそれを拾い上げ、ぽい、と軽く上に投げた。
シャキン!
周りに散っていた羽根がその背もたれに一斉に襲い掛かり、背もたれが原型をとどめない程粉々になって床にばら撒かれる。
「とまぁ、こんな感じで風を繰って戦うんだ。見事なものだろ?」
「す、素晴らしいと思います」
強すぎ!
落ちている羽根に触っても、ふわふわとしていたのに、なぜあんな凶悪な切れ味が出て来るのか。
というか、私をこんな強すぎる生き物を一緒にさせないでほしい。一応護衛としてヴァレールがどこかにいるらしいが、気配がないから良く分からない。シャーロットが私に危害を加えるつもりもなく、ただの好意で私の護衛の為に傍にいたいという事は理解できているが……人外の強さに驚きを隠しきれない。
何故かは知らないが、私の傍にいるとぽかぽかして気持ちいいのだとか。おじい様曰く、魔力がたくさん蓄えられるからだそうだ。神獣にとって、魔力は命と同格で大切なモノ。魔力がないと、生きていけないらしい。だから、奇跡師のように、空気中の魔力を集める性質がある者の傍にいたがる。彼女が契約したがったのも、そのせいだ。契約すれば、魔力が食べ放題なのだ。魔力に困らないという事は、それは強さにもつながる。強さは、神獣にとってなによりの誇りになる。
という訳で、魔力の集まる私を見て、契約したいと言いだしたんだそうだ。人間が脆弱でも、誰よりも強くなれる。その利点だけで行動した。まだ幼いと言われる子供らしい、衝動的な行動だと思う。
「ふふん!そうだろう?」
偉そうに踏ん反り返った後、私の膝に頭を乗せてゴロゴロする。まるでもっと褒めろと言わんばかりである。なので、頭に手を乗せて撫でておく。
さらさらふわふわとした髪は、こちらの方がありがとうございますとお礼を言ってしまいたくなるほどの手触りだ。
どうにも、髪の質というものは、魔力の質によって濃淡が変わったり、輝きが変わるそうだ。ただ、それは人に対してだけ当てはまるもの。種族が違えば、魔力の強さを見極める所も違うと言うもの。シャーロットは人の姿を模しているため、その強さの尺度もそれに合わせられているそうだ。だから、人と同じように髪の質が良いモノになっている。
……シャーロットと似たような色合いの人間が、いるな。ヴァレールも、彼女と似たキラキラとした綺麗な色合いの髪をしている。と言う事は、彼の髪もこうしてふわふわさらさらな状態が保たれているという事なのか。……神獣と同じ質ってやばいな、本当に人間か。そういえば、シャーロットの事も簡単に御していたけれど……どうにも人間らしさが足りないな、彼には。
「人の子よ」
「……なんでしょうか」
「力が欲しくはないか」
「いえ、特には欲しくないですかね?」
「なに!無欲な人じゃなぁ……大抵、力が欲しいというものなんじゃが」
「それは、今私が恵まれているからかと」
私は、今とても幸せだと思う。大好きなおじい様はいるし、守ってくれる護衛もいる。貴族としてちゃんとやらなきゃいけない責任はあるものの、基本的に幸せな環境だ。そう、以前に比べたら、全く逆と言っても良い。
「はは、そうか。自分が恵まれていると思うか。素直で、分析能力が長けておる。確かにそなたは今、とても恵まれておる。だが、大抵の人間はそれを幸福だと気付かない。それより下の経験をしていないからじゃ。……それでも気付くそなたは、余程聡明なのだな」
「……そんな事は、ないかと」
自分が聡明なら、もっと賢い生き方も出来ただろう。自らが愚かだから、提示された道くらいしか思いつかない。
シャーロットは綺麗な羽をしまい、膝に乗せている頭を上に向けてこちらを見つめる。薄い緑色と、黄色が混じっているような、そんな不思議な色の目だ。
「恵まれていると理解していても、人はさらに上を目指す貪欲な生き物だ。故に、諍いが絶えぬ、弱くて愚かな種族よ」
真っ直ぐに私を見つめていた目が笑みを浮かべる。
「否定もしないか。理解出来ているという事だな。人の愚かさに。さすが私が見込んだ人だ。
まぁそうだろう。同種で殺し合っているのだから無理もないか。かたやでかいツラして大陸を跋扈し、虐げられた者は助けを求めて新天地を求める。悲しき魂の神の宿命故、かな」
浮かべた笑みを消し、視線を別の方へと移す。
「にしても、薄気味悪いなぁ、そこな男は」
シャーロットの視線の先には、ヴァレールがスタンバイしている。え……こわ。さっきまでいなかったはずなのに。
シャーロットは、起き上がり、投げ捨てた上着を羽織りなおす。
「心配などせずとも、私は傷付けはしない……人というものはすぐに嘘をつくだろうから信用できないのもわかるが、神獣を馬鹿にするなよ」
ギロリ、と獣の様な鋭い視線をヴァレールへと送る。そんなヴァレールは、1つ瞬きをしたのみ。全く動揺の色さえ見せない。さすがというべきか、なんなのか。
しばらく睨んだ後、シャーロットは溜息を吐いて腕を組む。
「……ふぅむ?なんか引っかかるのう、おぬしの、なんだったかなぁ……?人だが、人ではあっぶないな!いきなり攻撃を仕掛けて来るな!」
一瞬の出来事過ぎて把握できなかった。
瞬きをしたら、すでにヴァレールがシャーロットの腕を掴んでいたのだ。結構な距離があったが、それを瞬時に埋めたのか。
シャーロットは驚いている私に視線を向けて、やがてにんまりと笑った。
「ははーん、あの人に知られたくはないか。なるほどなぁ、心配性だ。そこはまぁ、実に人間らしいと言えるのではないか?」
「……」
なんだ、なんか空気が悪いような気がする。背を向けているので、ヴァレールの顔が見えないが……シャーロットが悪戯っ子のように笑っているので、良いものではない気がする。
この沈黙をどう破ろうかと思案していると、丁度良くノックの音が聞こえてきた。
これは天の助けだとばかりに、すかさず返事をすると、ニーナが入ってきて硬直する。
「待った!」
黙って開けた扉を閉めそうになったので、止める。
その作業の間に、ヴァレールは元の位置に戻り、シャーロットはベッドへとダイブした。
「ふぅ、助かりました。ニーナ」
「なんだか物騒な雰囲気ですね。何があったのですか?あ、その方が例の神獣様なのですね?」
ニーナはベッドでゴロゴロしているシャーロットに近づき、礼をする。
「はじめまして、ニーナと申します。こちらのお嬢様の専属侍女をやらせて頂いています」
「そうか、よろしくな。私もこれからここで世話されるが、私の事は構わなくて良いぞ」
「かしこまりました」
挨拶を軽く済ませた所で、ニーナがこちらに戻ってくる。
「で、ルフト男爵様があのようにされるなんて、余程の事があったはず。ご事情を聞かせて貰っても?」
「いえ、私も良く分かっていないのです」
気が付いたらヴァレールが攻撃していたし……いや、シャーロットが攻撃と認識しただけで、私は何が起こったのかさっぱりだった。
人だが、人ではない。とでも言おうとしたのを止めたと認識していいのだろうか?ヴァレールが人ではないと言われると、妙に納得してしまう所がなんとも。隠す様な事なのだろうか?知られたくないなら、深く探るつもりは毛頭ない。
とりあえず、別の返答を返しておこう。
「ですがこれだけは分かるかもしれません。あまり仲は良ろしくないと」
「はは、大変ですね、お嬢様も。しかし、ルフト男爵様くらいしか、この屋敷で神獣様を抑えるなんて出来はしませんから、仕方ないのかもしれないですが」
互いが制する事が出来るからこそ、仲が悪いのかもしれないけどね。逆に、ヴァレールが護衛ではない方が安全なのではないかと思えてしまう。
「ところでニーナ、何か用があったのではないですか?」
「あ、はい。そうです。オイドクシアお嬢様が、近日こちらに向かってくるそうです」
「まぁ、そうなのですか?」
オイドクシアと言えば、エリカとエルリックの妹に当たる。赤子の時に代償の大きな魔法を使ったためにずっと入院している子だ。あの姿絵を見る限り、そこまで大きい子だとは思えないが、どんな子なのかさっぱり分からない。
「体調の方は大丈夫なのですか?」
「そこは確かに心配ですね。ですが、どうしても来ると言って聞かないご様子なので」
「そう、ですね……ずっと入院してましたものね……」
小さな子供がずっと入院して、同じ部屋ばかり閉じこもっているのも限界がくるだろう。しかし、出かけたいと願ったという事は、多少は元気が出ているという事なのだろうか。途中で体調不良になったりしたら大変だな。本当に大丈夫なのだろうか。
「なんじゃ?そやつ、体調が優れぬのか?」
「え、ええ……」
「人はか弱い生き物じゃな」
神獣と比べると、そりゃ弱いだろうな。いや、比べる方がおかしいが。
そんなシャーロットに苦笑を浮かべながら、ニーナが説明を加える。
「エリカお嬢様の妹君にあたるオイドクシアお嬢様は、過去に多大な代償を払って以来、ずっと入院されているのですよ」
「ほお、それは難儀じゃな。しかし体調が危うくなる程の代償か。中々、興味が引かれるな」
おや、神獣の興味がそそられる出来事でしたか?良く分からないが、何かが引っかかったのだろう。
か弱いオイドクシアが、ライオンなどと対峙できるだろうか。いや、ない。たぶん、シャーロットとは会わせないんだろうが……いやぁ、この調子なら強引にでも会いそうな雰囲気だ。ならば、普通に会せた方が安全と言える。
神獣の興味が引ける出来事とは思っていなかったのか、ニーナが引き攣った笑いを浮かべている。
「その娘は、なんの神に愛されている?」
「時空の神です」
「ほう!ますます面白くなってきたな!」
と、声を弾ませている。そんなにはしゃいでいると、完全に子供にしか見えない。けれど、油断ならない人外である。
「大丈夫なんでしょうか?」
「はは……」
小さな声でニーナが呟いているのを聞いて、乾いた笑いしかでない。
オイドクシアお嬢様に、何もない事を祈っておくか。




