謎の少女はビーストアーネット!いやわかりません
「私の名前はシャーロット・ンテルロ。特別に名を呼ぶことを許そう!」
キラキラした薄緑色の髪をなびかせて、少女が偉そうに言い放つ。
おじい様との話し合いが済んですぐにこちらにきたのだろう。随分とお早かった。
「いや、早くも目を付けられてしまうか。神獣というのは鼻が良いものが多いな」
などとおじい様が恰好良く呟いて笑っている。
おじい様の言葉に、誇らしげに胸をはるシャーロット。
「とーぜんじゃ!こう、ビビッときた!まさに!私の目に狂いはなかった!」
少し興奮気味で話していて、よく見ると瞳孔が縦に割れている事が分かる。普通の人間ではない事は間違いないだろう。いや、神獣と言っていたか。魔物とか、別種族に詳しいわけではないので、なんとも言えないが。
一応、帰って来てから書物を漁って読んでみたので、多少知る事は出来た。
意思の疎通が可能な魔獣、その中でも高位に存在されるのが神獣と呼ばれる。意思疎通が不可能な者は総じて魔物と呼ばれる。その中で人型なのが魔族。異形で強い力を持つのが魔神。
魔獣ならば、なんとか手懐ける事も出来るが、神獣はほぼ不可能と言って良い。魔獣と神獣の区別については、人型に変身できるものとあったが。魔獣でも人型に変われるものもいるというので、一概には言えないのが難しい。
そして、この子が言っていた魂の契約とやらは、片方が死ねば、生きている方も道連れになる危険な契約らしい。そんな危険な契約を、街で見かけた見知らぬ他人にしようと決めるなど、有り得ない。たぶん、何かの間違いだろう。
この子が言っているのは、もっと別の契約かもしれない。いや、別の契約でないと困る。
普通、神獣は単体で強い。なので、弱い生き物である人間と魂の契約などは有り得ない。もしくは、神獣であるというのは嘘なのかもしれないな。魔獣でも、他人にいきなり魂の契約などなさないだろう。どちらにしても、危ない思考だと思う。
「分かっていると思うが、もう契約や魔力に関して他者に言わないようにな」
「分かっている。なめて貰っては困るぞ!これでも50くらいの年を重ねたのだ。これでもそなたと似たような年頃なんだぞ?」
「ははは、そうですな」
「ええい!ここぞとばかりに子供扱いするなっ!」
おじい様がシャーロットの頭を撫でくり回している。え……50年生きているって事なのか?どうみても孫と、それを可愛がるお爺ちゃんという微笑ましい絵面にしか見えない。
「神獣の中ではまだ子供でしょう」
「そうだけど!人の子に言われると釈然としないな!」
子供……50歳の子供……神獣は人とは時の流れ方が違うのかもしれないねぇ。まぁ、神獣だしね……死んだ者が鳥となって飛び回る異世界で、もはや突っ込む事はなにもない。
おじい様に撫でられてるの羨ましいな……と思いながら眺めていると、おじい様の手から逃れてシャーロットがこちらに近づいてきた。
「ふむ、にしても、グリーヴの孫か?」
「いいや違うが……そう見えるならこんなに嬉しいことはない」
「ふぅん、そうか」
あらやだ、おじい様の孫だなんて。神獣ってお上手ですね!しかもおじい様に嬉しいって言って貰えた!自然と頬が緩むのが自分でも分かる。私っておじい様好き過ぎだろ。
腕を組んでいたシャーロットが手を上げる。
「では、よろしく頼むぞ!」
「ええ、と……何をどう宜しくするつもりなのでしょうか」
私が戸惑っていると、シャーロットは上げた手を腕組みの方に戻して、ニンマリ笑う。
「なに、今の所、契約をするつもりはない。そこなじじいがうるさそうなのと、私よりも先に目を付けているらしい者がいるようでな。やるとしてもその者が諦めてからだろう」
良かった、契約を諦めてくれたか。もしかすると本当に契約の重大さに気が付いていなかったのかもしれない。
……ん?ちょっと待て。この子よりも先に目を付けている……?
「先に……ってなんの事で、えっ!」
質問の途中にシャーロットがしがみついてきた。
そして、めちゃくちゃ匂いを嗅がれてる。うわやめて!なんか凄く嫌だ!
「これは……」
ひとしきり嗅いだ後、深刻な顔で呟いている。え、なに、やばい匂いした?うそ、体はちゃんと洗ったはず!待て、神獣は鼻がいいってさっきおじい様が!わあああ!私って変な匂いついてるの?
おじい様に助けを求めて目線を向けると、おじい様が優しい笑顔でシャーロットに話しかける。
「して、分かったかな?」
「さっぱり分からん」
「はっはっは!さっぱりか!」
「ああ!さっぱりだ!なっはっは!」
なんか2人共楽しそうに笑ってるけど!?今どういう状況なの!匂い嗅がれてさっぱり分からんって言われた私の心情は、もはや自分でも良く分からない。こっちもさっぱり意味不明だよ!
「と言う事は、近年のものではない事は確かだな」
「ああ、それでその大きさ……失われた存在か、かなり凄いものだと判断するが……何分、私も子供だからなぁ、大人たちの噂をちょろっと聞いただけだから……グリーヴはどう見立てている?」
「オオモノに1000スレイかけよう」
「豪胆な人間じゃなぁ!それほど自信があるか。まぁ、私もそんな予感がするぞ」
「ならば、賭けにならんな!」
「確かに!」
はっはっは!と2人無邪気に笑い合っている。どうやら、2人で話し合っている間にかなり打ち解けた様子だ。呼び捨てにしているくらいだし……ちょっと、いやかなり、羨ましい。話についていけなくて、寂しいし……いいなぁ、さすがは同い年ってところかな。シャーロットの方はどうみてもいたいけな少女にしか見えないけど。
「あの方は」
「っ!?」
いきなり耳元で綺麗な声が囁かれて、体が条件反射で逃げようとしたが、それは叶わずに囁いたであろう人間の腕が私の肩を捕えた。鎧の冷たさが頬に染みる。信じたくはないものだ、今の状況を、な。
怖くて顔をあげていないが、あの美麗な声、そして背後に忍び寄る気配のなさ……はは、まさかな。うん、信じないよ。私は信じない。抱きしめられているなんて私は考えない。
「あの方は、ビーストアーネット、だそうですよ」
頭上から降り注ぐ声から耐えつつ心の中でつっこむ。いや、言われてもわかんねーよ、と。なんだビーストアーネットって。日本語で頼む。翻訳機能さん仕事して。
まだこの世界の事に不慣れな上に、貴族社会メインで覚える事に追われているから、その他の事は割と置いてけぼりなのだ。
この人もその事を良く知っているだろうに、察してほしい。いや待つんだ。今現在私を抱きしめている人間の事に関してカンガエルナ。ビーストアーネットについて考えるんだ。
「ええと……図鑑を見た方が分かりやすいですが……つまり、生態系のかなり上位に位置する生き物です」
「いつまでその体勢なのかね?離してあげなさい」
おじい様のお助けが入った!ありがとうございます!ありがとうございます!
腕の力が緩んだので、すぐさまおじい様の方へ逃げ出す。
おじい様の所まで行って、ようやく安心して息を吸い込む。ああ、安心する……なんかあの人やたら良い匂いした。
はあーと深く呼吸をして抱きしめてきた超危険人物を確認する。
案の定、ヴァレールである。心なしか、残念そうにしているのはなぜだろう。そんなヴァレールの前に立ちはだかるのはシャーロットだ。
「貴様!あぶない男だな!私をあんな目にあわせおってからに!しかも私の大切な方にも色目を使いおって!」
「……!」
色目って!ヴァレールの方も予想だにしていなかったのか、僅かに目を見開いている。
「ふ、まぁ、生き物として魅力的なのは分かるがな?これだけ居心地の良い方だ。そりゃあ好きにもなるだろう。だ、が!貴様のような神獣を神獣とも思わぬ所業を為す者に彼女は渡さんぞ!」
ビシッと人差し指を突きつけてそう宣言する。
ああ、ここに大いなる誤解が生じているぞ。
なんだろう……父親が娘はやらんって言っているように聞こえるわ。何故私はシャーロットにこんなに気に入られているのか謎すぎる。まだ殆ど話をしていないんだけど。
ビーストアーネットというものがなんなのか分かれば、理由も掴めるのだろうか。
「はっはっは。引く手数多だな」
「……そうなんでしょうか」
いや、なんか違うと思うけど。
なんだか機嫌が良さそうなおじい様が、私の頭を撫でてくれた。その優しい手つきを堪能するため、目を瞑って意識を集中させてみる。
「神獣の魂の契約については知っているかね?」
「ええと……互いの命をつなげて力を共有させるのでしたか?その為、どちらかが死ねば両方死んでしまう、かなり危険な契約だという認識です」
「よく勉強しているね」
「いえ、ついさっき読んだばかりなので……合っていますか?」
「ああ、合っているよ。シャーロット様の言っている契約はそれに当たる」
「そうですか」
勘違いしている訳ではなかったのか。そんな気軽にして良いモノではない気がするのだけど。神獣とは常識が違うのかもしれない。そもそも、私は異世界の人間だしな。ここの人達との感覚もそれなりに違う点があるんだから、人間でない者との感覚が違うのは当然か。
「なにぶん、命のやり取りになるからな。他人の命を左右する重いものなど、耐えられないだろう?」
「そうですね」
おじい様、流石によくわかっていらっしゃる。
私が死んだらシャーロットも死ぬなんて、重すぎてやばい。もちろん自らが死ぬつもりは欠片もないが、神獣と契約すれば危険も多くなる。
ヴァレールが先程言っていたのが本当なら、シャーロットはかなり強い神獣なのだろう。それと契約した人間も基礎の能力が大きく上昇する事になる。そうなれば、利用しようと思う者も増えるだろう。シャーロットを利用したいと思うなら、人間である私の方を狙う。私はそんな危険な状態になりたくない。ただでさえ奇跡師という厄介な属性がついているというのに、これ以上余計なモノが付随してたまるか。
「だから私は、すでに死亡しているモノとならば良いのではないかと思うてな」
「……はい?」
今、とんでもない発言をさらっと流したけれども!?
「大した事はあるまい、分かる時も来るだろう」
「は、はぁ……」
おじい様の爽やかな笑顔でごまかされる。すでに死亡しているモノって……すぐに思い浮かぶのは、あの鳥だ。死体が動く骨の鳥。いや、まさかな。最近は見かけないし、気のせいだ。
可能性を頭を振って打消し、私達の横で喚いている少女の会話へと意識を向ける。
「……であるからして!彼女の偉大さをもっと理解し、丁重に扱うべきである!」
何かの演説のような事を言っているが、全く理解できない。まぁ、全然聞いていなかったからだけど。
シャーロットの演説を聞いていたヴァレールと目が合った。その瞬間、勢いよく顔を逸らされる。思い切り顔を振ったせいで、長い三つ編みが振られてシャーロットの顔にぶち当たる。
「いっ!何をする!」
「申し訳ありません」
少し鼻の頭が赤くなっているので、それなりのダメージがあったようだ。
俯いているヴァレールの顔を下から覗き込み、それから私の方へと視線をうつす。それから、何か納得したように頷いた。
「そうか、ようやく理解したか」
「……」
一連の流れを見ていたおじい様が、楽しそうに笑っていらっしゃる。私には良く分かっていないが、おじい様はあちらの会話も聞いていたのだろう。流石ですおじい様。
「ははは、随分とうちの孫が不利になってきたね」
セスの話なんて今の流れであったっけ……?いや、聞いていない部分で何かあるのだろう。
首を傾げている私に、笑みを向けてきたおじい様が、優しい声で呟く。
「まぁ、私は君が笑顔でいられる未来を作るだけだ」
「……っ!?」
え、なに……おじい様かっこよすぎか!
惚れてまうわ、これは惚れてまう。きっと奥様もメロメロに違いない。そして滅茶苦茶素敵な奥様なんだろう。いつか会ってみたいなぁ。
1000スレイ=1000万円




