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謎の少女

 暫くエマと雑談をしていると、ビヴァリーがもう出発するとドア越しに言ってきたので、エマがすぐに荷物を抱えて出る。宿屋の玄関まで来ると、大体全員が揃っていた。

 サシャさんやヴァレールが見当たらないが、きっとどこかにはいるのだろう。

 今日の内にまたあの広い屋敷に戻る予定だが、その前にエルリックが街をウロつく。と、これは予定通りだ。久し振りに遊べるというエルリックは、私から見ても浮き足立っているのが分かる。そんなエルリックの様子を、ルカが非常に面倒なものを見るような目で見つめていた。

 ちなみに、ルカも平民に紛れる様な服装をしているが、やはりイケメンなので人目を引いている。エルリック、ルカ、カミーユと……イケメンが揃って歩いているのは確かに目立つ。正直、昨日とは比較にならないくらいに人の視線が痛い。主に女性からの視線が。

 ついでに、傍にちょんといる私に睨みをきかせてくるのが凄く怖い。ただ、髪飾りを見て少し怒りを鎮めているようだった。髪飾りにそんな効果があるなんて。もうすでに決まった相手がいるなら良い、という事なのか、なんなのか。良く分からないが助かった。女の嫉妬はこわいからな。

 ちなみに昨日一緒だったビヴァリーとエマは荷物番をまかされているので、今回は同行していない。ヴァレールとサシャさんもいない。ただ、護衛の為にどこかに潜んでいるみたいだ。

 人の視線にげんなりしていると、エルリックが迷いない足取りで歩き出す。


「いくぞ」


 全く迷いがないので、この街には何度も来ているみたいだな。そりゃそうか、視察に来る事もあるだろうし。


「わ」


 歩いていると、人にぶつかってしまった。人が多いのもあるが、昨日はエマさんが上手く誘導してくれていたからだろう。……エマさん有能。


「……と、大丈夫か?」


 ふらついた私を、エルリックが支えてくれる。自然に肩を抱き寄せるそのテクニックに唖然とするしかないよ。


「カミーユ」

「……そう焦らずとも、ヴァレールが行っております」

「そうか」


 私を抱き寄せたエルリックが鋭い視線でカミーユの名を呼び、苦笑いのカミーユ。で、ヴァレールがどこに行ったって?護衛していると言われても、全然見かけないけど……あれだけ目立つ人だから、すぐにでも見つけられそうに思うが。

 エルリックは心配そうに私を覗き込んできた。


「本当に平気か?怪我はしていないか?」

「あっ……はい。大丈夫です」


 エルリックのテクニックで呆然としてて返事するのを忘れてたわ。返事するから!だから頼むから顔を近づけないでくれ!精巧な人形のように美しい顔から必死で目を逸らす。


「エルリック様、目的の店につきますよ」

「ああ……そうか」


 ルカの声掛けでようやく私から視線を外してくれて若干ホッとした。が……肩に乗せたその手をどけてくれませんか。

 まるで恋人に寄り添うかの如く歩くのは、ちょっとね。ああっ!しかも髪飾りも婚約者がいると知らせているし!勘違いされてしまうよ!それでいいんですかエルリック様よ!いや、でも雇い主の手を振り払う事も出来ないしなぁ。

 少しだけ遠い目をしながら、目的の店らしき所に到着する。


 目的地は、武器屋らしい。ただ、昨日私達が行った武器屋とは少し違っていて、魔法道具なんかも取り揃えている。武器屋でも、店によっては品ぞろえが変わるのか。まぁ、それもそうか。ただ、やはり魔法道具はお高いな。


「あ」


 ニーナが手に忍ばせてあった紐がある。武器屋に置いておくようなモノなのか……。使い道が全然分からない。単純な紐が武器屋に置いてあるとは考えにくいし、ニーナもただの紐をわざわざ手にして警戒しないだろう。

 なんか良く分からないが、触らないようにしよう。値段も高いし、魔法道具なのだろう。


「次に行く」


 ルカが店主と話し合っている間に、エルリックは次に向かうらしい。どうやら、面倒な金銭の話はルカに全面的に押し付けていくスタイルのようだ。

 これがエルリックの買い物スタイルだというのなら、ルカが行くのを渋るのも分かる気がする。

 ところで、ルカをほったらかしで大丈夫なのだろうか?はぐれない?

 ちらちら後ろをみていると、ポンポンとカミーユが肩を叩く。


「大丈夫だ。ヴァレールが知らせに走る」

「……そうですか」


 ヴァレール忙しいな、おい。さっきどこか行ってるって言ってなかったっけ?

 ヴァレールが知らせに走っている間、カミーユ1人での護衛となるような……それでいいのか公爵家ご長男。

 まぁ、サシャさんもどこからか見ているんだろうけどさ。

 黙々とエルリックについていくと、出店で立ち止まった。

 野菜と肉を串に刺して焼いたものが売っている。良い感じに焼けた良い匂いがしている。あ、とうもろこしだ!とうもろこしも焼いてる!あっ……とうもろこしの名前ってこの世界だとなんて呼ぶんだ……?


「何かいるやつあるか?」


 はいはい!とうもろこしが……って名前違ったらどうしよう。こういう所で焼いているくらいだし、普通に皆が知っている食材だよね。それを知らないと知られるのはまずい。カミーユさんは私が異世界の人間だと知らされていない訳だし。

 とりあえず、エルリックにだけ聞こえるようにしたい。

 なので、エルリックの裾を引っ張る。


「ん?」


 エルリックが察してくれて、少ししゃがんでくれたので、耳元に「黄色いやつが欲しいです」と言っておく。


「……そ、そうか。分かった」


 若干かすれたような、苦しそうな声を出しつつ、顔を赤らめている。

 ……?やはり体調でも悪いのだろうか。働き詰めだしなぁ。まぁ、倒れる程にはならないとおもう……ルカがちゃんと見てくれていると思うし。にしても、心配にはなる。

 じっとエルリックの顔を眺めていると、エルリックがその視線を遮るように注文した焼きとうもろこしで隠す。おお……焼きとうもろこしだ。エルリックの様子もきになったが、とうもろこしの方に意識が向く。とうもろこしを遠慮なく受け取る。とうもろこしの名前はザギというらしい。……ああ、なんか料理の材料で見た事がある名前だ。とうもろこしの事だったのか。名前覚えるのが面倒だ。


「熱いから、気を付けるんだぞ。ああ、それと、芯の部分は食べられないからな?あ、縦じゃなくて横にして、こう、かぶりつくんだ」

「あはは……ありがとうございます」


 なんでしょう、この過保護は。

 ……まぁ、異世界から来た人間だし、知らないと思われて当然か。名前も分かっていなかったくらいだしな。名前が違うってだけで、日本にもあったから分かるんだけど。


「なんだ?ザギの食べ方も分からないなんてよっぽどお嬢様なんだな?」


 と、とうもろこしを焼いている親父が笑っている。エルリックが、僅かに苦笑いしてその言葉を流す。自分でもちょっとまずかったと思っているのだろう。

 出店から早々に離れて、少し腰掛ける事にした。落ち着いて食べる為だ。とうもろこしを食べたが、甘さがちょっと足りない。あれかなー、品種改良されてはいないっぽいのかな。それとも、単に質が悪いか。でも、充分おいしいか。物足りない感じはあるけど。

 かぶりつく、なんて食べ方をしていたら、コルムさんに怒られるね。下町ならではの食べ方って感じかな。

 黙々と食べていると、視線を感じたので顔を上げる。エルリックとバッチリ目があった。凄く優しい笑みで私を眺めていて、思わず目を逸らす。……ええー……なにその慈愛に満ちた顔。


「おいしいか?」

「……はい」


 カミーユさん助けてください……。この優しいイケメンから助けてください。チラッとカミーユさんの方を見たが、「自分はここにいませんので」とでも言いたげによそ見している。護衛って皆そうなの?見て見ぬふりが護衛の役目なの?

 カミーユの方を向いていると、エルリックが私の頬に触れてくる。驚いてエルリックの方を見ると、何故か凄く嬉しそうな顔をしていた。


「ついていたぞ」

「あ……すみません」


 どうやら、とうもろこしが頬についていたようだ。エルリックの綺麗な指先に黄色い粒が付いている。かぶりつくと、頬についたりするんだよね。いや、でも今回の場合は、エルリックに優しい眼差しで見つめられて動揺したせいだけど。


「珍しいな、マナーも完璧なのに。やっぱり慣れていないからか?」

「……そういう事になりますかね」


 なんの躊躇もなく、頬についたとうもろこしを口にしている貴方の方に驚きですよ。慣れていないとしたら、エルリックに慣れていないせいだよ。こんな甘い感じの人なのか、この人は。きっと伴侶になった相手を溺愛するタイプだ。

 いたたまれない気持ちになって、とうもろこしに夢中なフリをする。エルリックの視線が違う方向に向いた事にホッとしつつ、同じ方向に目を向けると、ルカが近づいてきていた。

 どうやら、ヴァレールが居場所を知らせてくれたらしい。しかし、ヴァレールは全然見かけない。あれだけ目立つ容姿なのに。……いるのかどうか不安になってくるわ。

 ルカも合流し、再びまっすぐに歩いて行く。もう行くところが全て決まっているらしく、昨日のようにウロウロとする事はない。ただ、少し気になる店があれば立ち止まったりはする。歩いてる間、私の肩を抱いているエルリックに物凄く物申したい気分で満たされていた。


 エルリックが目的の文具屋に到着して、ようやく肩を解放されたので店内をうろつく。日本ほどではないが、それなりに色々揃っている。のりもちゃんとあるし、画用紙なんかもあった。そういえば、エリカが描かれていた紙は結構分厚そうだったな。あれはどういった種類の紙なのか。ここにはなさそうだけど。

 じっくり見て回っていたら、薄汚れたローブを頭までかぶった人間が私の進路を遮るように現れた。


「……?」


 はて、と思って顔を上げる。


「わ!なんなのよあんた!うわっ!?母様より美人とかなんなのよ!ど、どきなさい!あっ!はっ、はーなーせ!」


 到底、目の前の薄汚れたローブの人間が放っているとが思えない少女の声が聞こえる。ローブの端から、女の子の手がちらほら見えるので、声を発しているのはそちらだろう。なんだか分からないが、ローブの人が捕まえているらしい。え、誘拐とかかな、怖い。どうしよう……私に戦える能力はないし。

 カミーユさん呼んで来ようかな。そう思っていると、ローブの人がこちらに顔を向けて来て気付く。えっ!ヴァレール、だと……!?なんて気配のなさ!ああ、少女が美人って言ってたもんな。確かに美人だよな、うん。いや、じゃなくて!

 ローブ被ってても美しいのに、何故気付かなかったんだ?オーラさえ操れるのか?もはや特殊技能があってもおかしくないレベルだ。

 ヴァレールに抱えられているのは、薄緑色の、キラキラした長髪の美少女だった。ヴァレールは、ちょっと買い物かごを持っている気軽さで小脇に抱えている。


「ええーい!我は神獣ぞ!はっ!まさか誘拐して無理矢理契約の儀を!?おのれー!離せぇい!」


 わたわたして抵抗を試みているようだが、全く振りほどけない。……神獣?魔物と違って、意思疎通が可能な魔力を持つ強力な生き物の事……だったはず。生き物に関してはあまり勉強していないからあまり自信はない。


「いかがされた……その子は?」


 騒ぎを聞きつけたカミーユが近づいてきて、ヴァレールに話しかける。


「……彼女が、狙われていた」

「ふむ……刺客か?それにしては稚拙だな」

「いや……目的は、良く分からない。ただ、真っ直ぐ向かってきていたから捕えた」


 え、私?私に真っ直ぐ向かって来ていたの?な……なんで?身に覚えがなくて、戸惑う。私は昨日出て来たばかりだし、ずっとエマさんにべったりだった記憶しかないんだが。……もしかして、本物の方がこの子に何かやったとか?それならば、まぁ、有り得ない事でもないか。だとしたら何をやらかしたんだか。


「なんだ?騒がしいな」

「エルリック様、この者が彼女に向かってきたようです。ただ、攻撃する気はなさそうですが……」

「むぅっ!攻撃する気などないわ!くっ……!主さえ近くにいなければこやつごと全て吹き飛ばしてくれるものを!」

「主?雇い主が近くにいるのか」

「雇い主?……ふん!そんなちんけな契約ではないわ!魂を繋ぎ生涯を共にする魂の契約だ!」

「……と言う事は、魔獣の類か」

「ふざけるなっ!」


 必死でばたついているが、まったく振り切れる様子はない。あれだけ暴れているのに微動だにせずに涼しい顔しているヴァレールがこわいわ。


「……で、その主とやらはどこにいるんだ?」

「あの方なのだ!」


 ビシッとまっすぐに人差し指がこちらに向かっている。後ろを見ても、商品棚があるだけである。

 え、私?誰かと勘違いしてない?エリカの縁者じゃないの?


「まぁ、正確には今から契約してもらおうと思ってる」

「……は?」


 エルリックのは?って声に激しく同意したい気持ちである。え、何?今から私と契約する気って?なんで!?


「契約が為った暁には貴様ら全員ばらばらにしてやるから覚悟しておけっ!ええい!貴様!いい加減離せ!」


 それでもヴァレールは無表情で動かない。それを見た美少女がちょっと怯えた表情を見せた。うん、いい加減怖くなってくるよね。


「ルカ、この女の子どうする?」

「どうするもこうするも……打ち首にでもしますか?」


 エルリックの言葉にルカがさらっと怖い発言をする。エルリックの顔色が明らかに悪くなった。


「ちょ……お前、流石にそれは」

「いやですね、冗談に、キマッテイルデハアリマセンカ」

「そんな本気の目で言われても全然説得力がない」


 ルカの目はマジである。目に光が宿ってないから怖い。冗談に見えなくて怖い。あと、その棒読みやめてくれ。

 ヴァレールに怯えて大人しくなった女の子に、ルカがゆっくりと近づく。


「貴方、名前は」

「真名を教えると?愚かな……」


「打ち首……」

「シャーロット・ンテルロ」


 光のない目で打ち首、と小さな声で呟くの怖すぎ笑えない。


「ンテルロ殿、貴方は、彼女の知り合いですか?」

「いや?昨日見かけた」


 ……エリカの事を知っているという線は薄れたな。ルカも、もしかしたらエリカと関連するかもしれないと思い、そのような質問をしたのだろう。知り合いならば、何か手がかりになるかもしれなかったが、はずれだったようだ。


「……契約と言っていますが、彼女は見ての通り魔力なしです」

「はぁ?これだから馬鹿な人の子は。これだけぐえっ!」


 いきなり気絶した!

 だらーんと力なくぶら下がっている様子を見てルカがゆっくりと、視線を上に向ける。


「……ヴァレール?」

「は、申し訳ありません。手が滑りました」


 その様子だと、ヴァレールが何かしたって事?動いているように見えなかった訳なんだが……何をやったんだろう。

 ルカははぁ、と大きく溜息を吐いてぐりぐりとこめかみを親指で押さえている。


「これは持っていくしか……サシャ」


 ルカがサシャの名を呼ぶと、店の奥からサシャが顔を出してきた。えっ、店の入り口からじゃなくて、なんで店の奥から出て来た?

 混乱しているのは私だけで、皆さん普通の態度で流している。サシャさんはスルリとルカの横を通り、ナチュラルに紙を手渡し、そのまま出ていく。その間、10秒の速さである。

 サシャさんが出て行った入口を呆然と眺めていると、くしゃ、と小さな音が聞こえてルカの方に視線を戻す。どうやら、受け取った紙を読み終えて握りつぶしたようだ。


「では、帰りますか」

「はぁ……儚い休日だった」


 エルリックが深い溜息を零している。それもそうだ、せっかくの休日だったはずなのに、こんな乱入者で早めに切り上げる事になったのだから。

 にしても、あの少女はなんなのだろう。

 昨日私の事を見かけたと言っていたが、それだけで話しかけて来るだろうか。ナンパ……いや、そもそも性別がおかしいし、私にナンパする人間なんていない。

 ……しかし、気絶した少女を担いで攫うっていうのはちょっと抵抗あるな。まぁ、道端に放っておくわけにもいかないだろうし、いいんだけど。なんともなぁ。そこはルカとかエルリックがなんとかするのだろう。私に向かって来ていたみたいだから、私のせいなんだけどね……なんだか申し訳ないな。

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