イケメン怖い
出店や、アクセサリー店、服屋、武器屋などたくさん見て回った。
お金に関してノータッチだったが、国ごとに固定の硬貨が出回っている。レーデンバーグ国の紋章が彫られたレーデンバーグ硬貨。一、十、五十、百、千、万の単位の硬貨が発行されている。一がミリン、十がガロン、五十がポッカ、百がローザ。大体この辺が平民が出店で扱う額だろう。ミリン硬貨3枚でジュースが買える。ポッカ硬貨1枚で中々良い宿に宿泊可能。私が今から泊まるこの宿泊施設がローザ硬貨6枚と考えるとかなり高級と言えるのではないだろうか。
ビジネスホテルを基準に、それの12倍の値段で1人1泊。……うん、好奇心で聞くんじゃなかった。軽く5、6万円いってるよね?たぶんだけど。……大丈夫なの?その、色々。
豪華な宿屋で落ち着かなくてソワソワするわぁ、庶民だから私。万超える宿屋なんて泊まった事ないし。でもまぁ、屋敷の時よりは質素に見えるんだけどね。人間の慣れって怖い。こんな高級ホテルも質素に見えちゃうなんて。宝くじが当たって金銭感覚が狂って破産するのも、あながち有り得ない話ではないかもしれない。
「俺は先に休ませて貰う。皆も適当に休んでくれ」
と、合流したエルリックが疲れた顔で言った。どうやら、随分と大変だったようだ。私では手伝う事は出来ないが、迷惑にならないようにだけ気を付けるとするか。……あれ?彼って休暇で来たんじゃなかったっけ……働き過ぎは良くないな。
ちょっとした騒動があった事は、ビヴァリーが緊張した面持ちでルカに報告していた。なんか半泣きだったけど、大丈夫だろうか。
私も久し振りにウロウロと出歩いて疲れた。新しいモノがたくさんあって、はしゃいでしまったし。それと、エルフを生で見た。耳が尖っていて、しゅっとしたイケメンだったわ。頭に葉っぱを繋ぎ合わせた感じの葉っぱ冠をしていたのが印象的だった。ああいうのを頭に乗っけていてもイケメンなのだから凄いよな。だが、あのエルフイケメンより水色の騎士のほうがキラキラしいってのが恐ろしいね。
あくびをしながら、自分の部屋番号を確かめて鍵を取り出す。
にぎ。
鍵をあけてドアノブを握ったら、生暖かいものに触れたので慌てて頭を覚醒させる。手だ。人の手だ。人の手がドアノブに手をかけている。え?なんで?
その手の主は誰だ。と、繋がっている腕から辿ると、今しがた考えていた水色のキラキラした騎士がいた。しかも背後に、すぐそばまでイケメンが迫っている。無音で背後に迫る。完全にホラーだった。
だ・か・ら!!
音を出せって!!何度!!言ったら!!……あ、心の中だけの叫びだったね。これは失礼。……いやいやいや?声をかけたら良かったんじゃないの?なんで背後からドアノブ押さえてんの?いつでも声をかける時間があったよね?
そっと横にずれて、程よい距離に来た所で後ろを向く。
「……なんでしょう」
手を開いたり閉じたりしていたヴァレールがはっとしてこちらを向く。
「……騒ぎに巻き込まれたと伺いました」
あれを聞いたのか。大したことはないし、現にこうしてここにいるのだから、聞かずとも分かるようなものなのに。
「……ああ。はい。大丈夫でしたよ、サシャさんに守ってもらいましたし」
「……そうですか」
それを聞いた騎士はほんのり笑う。よかった、離れててよかった。なんて恐ろしい奴なんだ。危うくカロリン嬢のように失神して、ヴァレールに新たなトラウマを植え付ける所だったわ。友達に失神されたとなると、もう二度と女友達が出来ない予感がする。そもそもヴァレールはイケメンすぎるので、ヴァレールを友達として認識するような女の子が少なすぎるのが問題だけれど。
ガン!
という音がしたのでそちらに向くと、ルカが壁を足蹴にしていた。綺麗なおみ足で蹴られると、大層喜ぶ者もいるのではないだろうか。腕を組んで偉そうに壁を蹴っているのに、なんだか様になる。やはりSっぽい。眼鏡かな、眼鏡が拍車をかけてるのかな。
それより、宿泊施設の壁を蹴るのはよくないよ。似合っててもね。怖いから言わないけど。
「あまり近づかないように、と言ったはずです」
「……は」
ヴァレールは僅かに視線を彷徨わせてから、目礼をして音もなく下がっていった。
それを見届けてから、ルカの方に向くと、すでに足を降ろしていた。……腕は組んだままだけど。ビヴァリーがルカの後ろでオロオロしてる。話はまだ終わっていないのに、ヴァレールを追って来たのだろう。壁に傷が入ってない事だけは幸いである。まぁ、ルカも調整していたんだろうが。
待て……私に近づかないように言ってある?何故だろう……この間まで護衛してたのに。ああ、カロリン嬢のような件があったからかな。こんな誰の目につくかもしれない場所で逢瀬でもしていると思われたら大変だもんな。……主に私の方が。これだからイケメンって奴は。
「あの、たす……かっ?」
「貴方も無防備に過ぎますよ」
助かりましたと言う前に、壁ドンをされていた。
何が起こったのか分からないが、怒っていらっしゃることは目を見れば明白である。イケメンってなんでこんなに距離感近いんだろうな。近づいても相手が許してくれるという深層心理が働いてるんじゃないだろうかと思ってしまうほど。
視線のやり場に困り、ビヴァリーに助けを求める。すると、ビヴァリーが両目を塞いでいた。
……なんでだ!?助けてよ!一緒にウィンドウショッピングした仲じゃない!?というか、指の隙間からチラチラみてんじゃないか!助けてよ!
ガッツリとSOSを送っていたら、目の前に手のひらが……勿論ルカの手である。よそ見すんなと言いたいらしい。
「ヴァレールには注意を払いなさい」
「……はい?」
いや、まぁ……心臓発作させられるかもしれないから常に注意はしてるつもりだよ。でもあの人、気配ないじゃないか。どう注意すれば?というか、さも敵のような言い方ですよね?味方ですよね?ね?暗殺されるとしたら勝てる気がしないんですが!
「……はぁ」
私がオロオロしていると、ルカが溜息を吐いた。やめてこんな間近くで溜息しないで。吐息が!吐息が!
「……無自覚ほど厄介なものはありませんね。貴方といい、エルリック様といい……」
ルカがスル、と私の頬を軽く撫でてきた。私の頬を軽く撫でてきた。大事な事だから二回言ってみた。
軽く頬を撫でた指先が、私の顎を捕える。少し顎を上に上げさせられて、死線が……いや、視線が絡む。あ、まずい……これは流石に恥ずかしい。自分の頬が熱くなっているのを自覚していると、ルカの方が何故か驚いた顔をした。なんでや、赤面させたの貴方でしょうが。赤くならないとでも思ったの?なんなの?自分がイケメンなの知らないの?知ってるよね?イケメンだもんね?
緩慢な動きでルカが顎を解放してくれたのでビヴァリーの方を見ると、耳まで赤くなっていた。恐らく、私よりも赤いんじゃないかと思われる。……ずっと見てたなら助けてくれないかな?赤面するなら立ち去ってくれないかなっ!?私もこの状況を見られるのは非常に恥ずかしいんだよ!それくらいの感情は持ち合わせてるんだよっ!
「はぁぁぁああ……」
深い深い溜息を吐いた後、ゆっくりと離れてくれたので、壁ドン状態からも脱出した。し、心臓に悪いぜ。お叱りモードが何故あんなに艶やかなんだ。頬を撫でる必要性はなかっただろ。……いや、私にとっては罰則にもなり得るか、なるほど。嫌がらせか。ひどいもてあそばれた。これだからドS腹黒執事は。
「本当に……厄介ですね」
心底疲れたという声である。
かくゆう私はビヴァリーに抗議しておく。何故助けてくれなかった、という意味を込めてワンパンチ。勢いはつけず、ちょっと押すだけのパンチである。ゆっくりパンチを繰り出すと、ゆっくり避けられた。避けんなよ!?
抗議の視線を送っていると、横から腕を掴まれる。
「やめて差し上げなさい。ビヴァリーは悪くないのですから」
貴方がそれ言う!?それ言う!?
貴方が犯人なんだよ!壁ドン犯、艶やか色気戦犯なんだぞ!
呆然としつつルカを見上げる。ちくしょう、どう足掻いてもイケメンだ。
「さぁ、貴方も疲れたでしょう。さっさとおやすみなさい」
「……はい。ルカ様も良い夢を」
寝ろと言われたから遠慮なく寝るよ!
……ああイケメン怖いイケメン怖い。
次の日、ノックの音で目が覚める。
のろのろと扉の方に行き、返事をすると、エマの声が聞こえてきた。
「おーう、起きたねー?お寝坊さんっ!夜遅くまでナニしてたのぉ?」
「……おはよう」
……朝から元気だねエマさんや。
特に何もしてないけど……そうだな、イケメン二人の精神攻撃が効いたかもしれない。
扉の鍵を開けて、エマを室内に入れる。私がぼんやりしている間に、すいすいと出掛ける準備が整えられていく。メイドさん優秀だね。私、こんなのダメになりそうだよ。
肩口までの髪を器用に編み上げて、髪飾りをつけられた。婚約者や、決めた相手がいる、という意味がある髪飾りだそうです。5枚の花の飾りの横に、実のような飾りが揺れているのがポイントだそうだ。
まぁ、エリカには婚約者がいるもんな。帽子にも意味があるが、髪飾りの方にも意味があるのか。覚えるの面倒だな……他国だとどうなっているんだろうな。また別ルールがあったら面倒極まりない。
「男を侍らせてしっぽりしてたみたいねー?」
「……それは誰の事を言っているのかな」
思わずむせそうになったわ。一応聞くが、私の事じゃないよね?さも私がやってる風に言っていたけど、私じゃないよね?
「勿論ナターシャだよぉー!」
「はは、ご冗談を」
エマの脳内ではどういう情報になっているのだ。
「またまたービヴァリーからきいたよー。ヴァレール様とルカ様のナターシャ取り合い合戦でしょー?」
「なにそれ知らない」
どうなったら取り合い合戦に発展したのだろう。エマの変換能力について問いただしたい次第である。
「以前護衛をされていたルフト男爵様が、私を心配で見に来てくださったんです。そして、護衛の任を解かれている状態なのにあまり近づくな、とルカ様が注意に来られただけですよ」
「……わー本気の目だー」
マジっすよ?信じてもらえたかな。
「えーでも。ルカ様とただならぬ雰囲気だったって言ってたよ?」
ビヴァリー、私は貴殿を許さん。
ゆっくり殴るんじゃなくて、全力で殴りにかかるんだった。
「接吻しようとしてたってー」
ビヴァリー!!絶対許さん!
なんだその解釈はぁ!?助けてって訴えてたじゃないか!というかキスしそうな男女を間近で見てる貴殿の精神状態についてだなぁ!そっとその場を辞するとかないのか?いや、辞されたら困るんだけど。
手の甲を額に押し当てつつ、溜息を吐きそうになるのを抑える。
「誤解ですよ。接吻なんてしようとしてないです。普通に叱られてただけ」
「叱られるのに壁に押し付けられて顎を持ち上げられて見つめあうの?」
詳細だ!意外に詳細に教えられている!
「接吻なんてする訳ないじゃないですか。そもそもそんな間柄でもないですし。……まぁ、あの人の行動については、私宛ての嫌がらせです」
「わー本気の目だー」
いやだから、さっきからマジですよ。
「すごいねー自覚ないんだねー魔性だねー」
「なんで魔性……」
やめてよ。変な言いがかりはやめてよ。モテたことない人間に魔性の呼び名は悲し過ぎる。
話している間に、エマがお茶を入れてくれた。目が覚める爽やかな香り……なんだろう、これはミントかな?
「言っておくとーヴァレール様が自分から接触をはかる女の子なんていないんだよー?」
「はぁ……まぁ、これでも友達になったので」
向こうも好きだと言って和解したので、一応友達……だよね?暗殺計画立ててないよね?サックリ殺されないか心配だ。
「……友達……本気の目だー」
「いや、はい。本気デスガ」
「蕩ける様な笑みを向けられてたって聞いたよー」
「ええ、目が瞑れるかと思いました」
蕩ける様な笑みは向けられたよ、うん。あの人怖いよまじで。デフォルトでも綺麗なのに笑うと破壊力抜群、効果は抜群だ。
「そこは認めるんだー不思議だねー」
「あの人の笑顔は蕩けますよ。見たらわかるとおもいますが」
「へぇ~、見れる気がしないねー」
のーんびりと笑いながら紅茶セットを片づけていく。なんの疑問も持たずに飲んでいたが、ここは宿泊施設だった。もしかして、借りて来たんだろうか。そういうのもアリなのか?……アリなんだろうな。
「さてー、朝食を運んできますねー」
といいつつ外に出ていく。個室で食べるのか……さすがに朝食バイキングはないか。
静かに朝食を運んできて、私の前に並べていくエマ。
「なんだかー専属の侍女になった気分ー」
「ああ……普段はニーナがやってくれていますからね」
「不思議な気分だねーナターシャ相手なら、専属でも良かったかもー」
「それはどうも」
ふふ、と口から笑みが零れる。
専属でも良いと言ってくれるって事は、気が合うと思ってくれたって事かな。だとしたら嬉しい限りだ。突拍子もない事を言ったりしたりする子だが、妙に和むんですよね。特有のゆったりとした喋り方だからかな。雰囲気も好きだけどね。
「……魔性おそるべし」
と小さな声でエマが呟いたのは、聞こえなかった。




