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街の見学

 デェシュールはパンケーキ専門店だった。この世界でパンケーキは、ルモトワルという覚えにくい名前だ。どうしてこう、ネーミングに関しては訳してくれないのか。もう心の中ではパンケーキですよ。と、言っても、日本で食べる様なふわふわとしたものではなく、固いパン生地に色々のせるのだが……まぁ、十分美味しいと思う。この生クリームとババロアの中間のような白い物体が美味しい。食事用の甘くないパンケーキと、デザート用の甘いパンケーキとがある。

 私達は、甘いのと甘くないのを1つづつ注文して分ける事にした。割とお腹が膨れるね、これ。

 お茶はカモミールの香りのする……名前を忘れた。カモミールでいいか、そんなに必要性はないし。注文する時、名前が違うから分からないんだよな。文字が読めるのは良いんだが、もうちょっと翻訳を頑張って頂きたかった。


 それにしても、と店内を見回す。内装も凝っていて、かなり技術が高い。

 多少曇っていて歪みがあるが、普通に窓として機能しているし。皿やフォークも普通に綺麗だ。量産できる機械でもあるのだろうか。

 店員さんも衛生的に髪を括っているし……あれは、髪ゴムなのだろうか。髪紐っぽくは見えない。屋敷にいる人達を見たが、髪紐で結んでいた。貴族は紐で結ぶルールでも?


「そんなに珍しー?」


 ニマニマしながら私を眺めてくる。ああ、ちょっと眺めすぎたかもしれない。彼女は私が異界の住人だと知らない訳だし、怪しまれたかな。


「確かに珍しい光景かもねぇ、他国の人が多いみたいだし」


 ……他国の人?うーん、違いが分からない。見た目はさほど変わらないが、よく耳を澄ましてみると、言語が違っている。かわらず全てが日本語で理解出来ているので、この国の言葉かどうか判断するのに困る。

 大きめに切ったパンケーキを大きく頬張って、リスみたいになっているエマを眺めつつ、他国の移民と言われる人達をそれとなく観察してみる。レーデンバーグ国の公用語でない言語を使っているのは、聞こえる範囲で2組の女の子。近くだけでも2組いるというのは、多い方なのだろうか。……外国人が多いなんて、勉強してないぞ。

 それと、私がエマと話している会話は、あちらにはどう聞こえているのか微妙だ。なのでこういう締め切った店で会話を聞かれるような事にはなりたくないなぁ。私と相手との会話の齟齬が目立つのかもしれないし、こういう場では口数を少なくしておいた方がいいかもしれない。自動翻訳はどうなっているのか、良く分かっていないからな。


「仕事ってこの件だろうねぇ、もぐもぐ」


 手づかみでたくさん口にパンケーキを運びながら喋っている。これは、屋敷だと盛大に怒られるやつですわ。まぁ、今は無礼講ですよね。あんまりお行儀が良いと逆に目立ちそうな感じだから、これで良いのだろう。

 なるほど、移民の件について来ているのか。それなら納得である。そして、私を連れて来るのに反対な事も。他国の人間が多く入ってきている状態で、右も左も分からないような人間を連れて来るのは心配だろう。ところで、国境とかその辺はどうなっているんですかねぇ……?ああ、海に面しているから、そちら側からの侵入なのか?まぁ、戦おうと思わなければ比較的簡単に行き来出来る国ではあるが……他の街がどうなっているんだか。もしかすると、この街にだけ外国人が多く集まっているからこその調査なのかもしれない。


 パンケーキ店から出て行き、ビヴァリーと合流してから、再び街をうろつく。魔石の販売、購入とかある。食事の平均的な値段と比較すると、かなりお値段が張る。やっぱり、魔法関連は高いですね。私が魔石を見ていると、店員のオジサンが手を揉みながら近寄ってくる。黒髪とはいえ、身なりが整っているからだろう。やはりニーナが選んだ洋服は他の人の服よりも上品で高そうだから。


「何かお探しで?」

「……いえ」

「あーはいはい、店主さん、こっちは放っておいてくれて構わないよ」


 困ったので視線をビヴァリーに向けると、軽く対応してくれてホッとする。明らかに金づるだって顔をされながら対話するのは、どうすればいいのか分からなかったのだ。


「へいへい、わかりやしたよ」


 店主は物凄くおざなりな感じでビヴァリーに返事をする。なので、ビヴァリーがちょっとイラついたらしい。早々に切り上げようとしてきた。


「ここはもういいだろう?行こうぜエマ。それと……」

「うん、行こう」

「おうさー」


 店主とビヴァリーが一瞬だけ睨み合ったが、私達はさっさと店頭から逃げたので、追っては来なかった。流石に店を放り出してまでは来ないし、そこまでもめている訳でもないしね。にしても、ちょっと怖い店主だったな。

 ふむ、と考えていると、ビヴァリーが耳打ちして来た。


「お嬢様、もうちょっと乱雑な動きって出来ないんですか?動きに気品が出てるんですよ」

「……は?」


 突拍子もない事を言われた。いや、いつもよりリラックス……というか、日本で普段過ごしていた姿勢なんだけど……!?これ以上どう振る舞えと。

 エマはのほほんと笑いながら頷く。


「うんうんー、それにしても、さっきの店主、良い目してたねー見抜いてくるんだもん」

「ああ、まぁ多少見る目があったらバレるよなぁ……」

「え、え……」


 いやいや、皆とさほど変わらないでしょう?自分の動きをそれほど意識してなかったから分からんが……意識しなかったら小市民の動きになれると思ったのに、誤算である。


「ナターシャはもう染みついてるんじゃないー?」

「……本当に他国の貴族である事を疑うぜ……」


 と、好き勝手に言われている。

 どうしろと……どうしろと。

 うーむ、他の平民の女の子ってどうしているのだろう。もしかしてエマくらい雑じゃないといけないのか?パンケーキ手づかみとか……まぁ、確かに他の子もしてたけど。え、エマ基準……?いや、もうちょっとお上品な平民だっていてもいいじゃない。


 自分の動きについて悩みながら歩いていると、冒険者ギルド的な建物の所まできた。屈強な戦士が出入りしている。ふー!ファンタジー!

 正式名称は、魔物撃退防衛派遣支部である。通称魔衛まえい社、あるいはディートと呼ばれる。ディートっていう大きな会社が経営しているからだ。

 道中での護衛や、魔物退治をしてくれる者の適正を見て仕事を回してくれる派遣会社。適正さが分かりやすいように、ここに登録している者はランク分けされている。何故冒険者じゃないのか。派遣社員って、微妙な心地になるよ……正社員になりたい。出来れば公務員。なんか夢も希望もない話になってきた。基本的にこの派遣は命がけらしいし、魔法も代償があるという制限つき。その中で魔物退治などするのはハイリスクハイリターンだよな。


「お、なつかしー、俺もここで仕事回して貰ってたよなぁ」

「えービヴァリー戦えるのー?」


「いや、護衛してんだろ。今も」

「そうだったねー」


「お前なぁ……それにしても、声をかけられてなかったら今もここで仕事回して貰ってたのかもなぁ、と思うと自分って恵まれてると思うよ」

「あー、奇跡だよねー」


「お前なぁ……」

「そんなことより、位はなんだったのー?」


「普通にリュートだ。というか、リュートより下の人間が雇われると思うか?」

「まぁねー予想通りの回答だねー」


「なら聞くな」

「いやぁービヴァリーならルーとかメーサルもあり得るかと思ってー」


「お前なぁ……」


 うーむ、良く分からん単語が出て来た。翻訳されているのに、この不便さよ。この言葉は、こちらの世界で作られたものだから、なのだろうか。言葉の基準がさっぱりだが……二人が話しているのは派遣ランクの話だろう。派遣ランクって……微妙な呼び名だ。

 のんびり会話をしていると、エマは足を止めて私の手を引っ張った。


「あっちはダメっぽいね……やな予感がする」

「了解。じゃああっちに行くか」


 予感がするって……どんな予知能力なんだ。多分、雰囲気とか察しての事だろうけど。確かに、ガラが悪そうな人が多い気がしなくもない。

 クルリと全員で引き返して歩いていると、先程エマが忌避した方向から馬のいななきが聞こえて人の悲鳴が聞こえて来る。


「暴れ馬か!後ろに下がって!」


 ビヴァリーに言われるままの方向に下がり、周りの様子を見る。どうやら、馬の縄が外れてしまったようだ。

 エマの勘やばいな!

 周りが喋っているのをかいつまんで聞いていると、どうやら喧嘩している男の1人が馬の方につっこんだようだ。そのせいで馬が混乱し、繋いでいた縄も取れてしまった。

 所で、男が血を吐いていたんだけど、あれって重傷じゃないか!?この世界にも医学はある程度ある事は分かっているが、果たして大丈夫なのか。

 じっと騒動の側を見ていたら、後ろから体を思い切り引っ張られて慣性の力で腹が苦しい。パンケーキが出るかと思った。って、地に足がついてないんですけど!?眼下に、人々が暴れ馬に慌てふためく姿が見えている。気がついたら家の3階近辺に来ていた。しかも宙吊り状態なので怖すぎる。


「さ……サシャさんでしたか」


 ようやく私を抱えている人間を確認する事が出来た。

 ああ、私を安全な所に運んだんだね……所で、どうやってここまで飛んだのかな?人間?サシャさんは本当に人間なのかな?ロープを使ったと信じて、人々の流れを見る。

 ビヴァリーがエマを抱えて走っている。チラリとこちらを見たような気がするんだが……なんでどこにいるか分かったんだ……。ああ、まぁ屋根の端っこに捕まってぶら下がっている人間は目立つよね。平常時ならすぐに気付くだろうが、あれだけ人が騒いで大変な時に見つけられるかと言うと微妙だけど。

 ビヴァリーに見つけて貰ったのを確認したからなのか、サシャさんが屋根の上に私を運んでくれた。屋根の端っこでぶら下がるよりマシだが、ここも結構高いことに変わりはない。

 屋根の上なんて上った事ないので、危険がないように座り込んでおこう。立ち上がるなんてとんでもない。足がすべって落ちたら大変だ。

 私が座ったのを確認して、サシャさんは周りをキョロキョロしながら落ちた。うわあああ落ちたぁあああ……ああ、屋敷でも落ちた事あったな。なんか慣れない光景だ。

 すると、すぐに屋根の端っこに手が現れて、ひょいとサシャさんがエマを抱えて上ってきた。


「ふーひゅんひゅんするぅー」


 のんびりとした口調で笑っているエマを見ると、なんだかこちらの気も抜けそうになる。


「よっ、と……」 


 という声が後ろから聞こえたので振り向くと、ビヴァリーが軽く屋根に上ってきていた。この人達なんなの。なんでこんなにホイホイ上れるの。この家の人もまさか自分の家の屋根に人間が4人もいるなんて考えもしないだろうな。

 戦々恐々としつつ、屋根の端っこに平気で立つ2人を眺める。サシャさんはやっぱりロープ使ってないように見えたけど気のせいだよね。


「ああ、もう沈静化に向かっているみたいだな、流石にディートの近くだからな」


 というビヴァリーの呟きにサシャさんがコクリと頷く。

 あ、もう騒ぎ収まってきてるの……結構凄いね。確認したくて、四つん這いでゆっくりサシャさんの足元までいく。うああああ、こえええ!坂になってるから凄く怖い!完全に腰が引いているが、例え滑ってもこの位置ならサシャさんが抱えてくれます。凄く胆が冷えると思うけど、ここは安全なのである。

 サシャさんに笑顔で見守られつつ、下をのぞき込む。確かに、馬は既に捕えられていて、男の人が何人か人に指示したりしている。なんか傭兵っぽい恰好の人で、ガラが悪そうだが、怪我をしている人の退避とか的確に動いている感じだ。人は見かけによらないかもしれない。


「わぁ~……あっ」


 エマが屋根を滑って落ちそうになった所を、直前でビヴァリーが首根っこを掴んで止めた。

 はああああ!なんで滑り台感覚で滑ってるのこの人!?

 エマの行動にヒヤヒヤするが、エマも守ってくれる人がいるから気軽な行動をしているのだと考える。いやでも、やめてほしい切実に、心臓に悪いから。


「ったく、お前なぁ……」


 ビヴァリーが呆れた声を吐き出す。

 それを笑顔で見ていたサシャさんが、あなたも滑る?って書いてきた。


「しないですよっ!?」


 冗談でもやらないよこわい!滑るなら滑り台とか安全な所でやりたい。ゴールがノーロープバンジーになる滑り台とかヤバすぎる。彼らとの感覚の違いに怯えつつ、再び街を見てまわる事にした。

Aランク派遣社員リュート

Bランク派遣社員ルー

Cランク派遣社員メーサル

以下Eランクまである

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