下町という所
いよいよ例のお出かけの日がやってまいりました。
ニーナに衣装を着せられ、髪は軽くとかすだけ。特にこれと言った髪飾りはつけていない。暗い緑色の服で、足首までの長さのワンピースだ。そこに、上から白の軽い羽織もの。白と言っても、思い浮かべるような真っ白ではなく、もう少しくすんでいるようなそんな感じの色合いだ。薄汚れテイストって感じか。あまりに綺麗な白だと、金持ちだと思われて狙われやすくなるのだとか。勿論、その真っ白の布地自体が高いっていうのもある。
胸元は全然開いてない。ああいうのは、よほどスタイルに自信がある、あるいは祭りとかそういう日に着るのだとか。悪かったですね、スタイルがあまりよくなくて。
鏡で自分の姿を見て、妙にホッとする。うん、これだよ、自分はこれだ。こっちの方が断然似合う。それと、服がそれほど高くないってのが安心する。まぁ、ニーナの用意してきたものだから、どこまで「安い」のか分かったものではないが……深く考えたらダメだ。
「準備は整っているか?」
と、声をかけてきたエルリックの姿に少し驚く。衣装自体は値段が下がっているが、その分本体の質が際立っている。いつもは横に流している長い髪が帽子に綺麗におさめられてて、短髪に見えるのもグッド。……あれ、私って短髪好きなのだろうか。妙な所を知ってしまった気がする。
でもあれだ。日本だとこの世界ほど長髪ってのが少ないから、短い方が安心するのかも。この世界の貴族は、男も女も、基本長いからなぁ。
「なんだ?まじまじと見て。俺の恰好がそんなに珍しいか?」
「ああ、すみません。不躾に……とても恰好良いと思いましたもので」
脳内フィルターに保存しておこうと思ったのである。なんかこう、ハリウッドにでも出てきそうな俳優さんっぽいんだもん。ミーハー心が良い感じにくすぐられるわ。写メが欲しいです。
「なっ……!?」
大きな口を開けて驚愕している。そんなに驚く事を言っただろうか。貴様がイケメンなのは誰でも知っているだろう。……ああ、でもルークとかヴァレールとか、ハードル高い奴が多いもんな。もしかすると言われ慣れないのかもしれない。あいつら規格外の美しさとかっこよさを誇るからな。
「お前は、いつもそういう感じでたぶらかしているのか?」
「えっ」
たぶらかす!?心外なんだが!誰にもモテない事で定評がある私なのに!ちくしょう、自分で言ってて悲しくなってきた。
しかし、素直な感想も言えないそんな世の中じゃなぁ。
「いえ……ご気分を悪くされたのなら謝ります」
「いや、何故その返答になった!?褒めているんだから気分が悪くなるはずないだろう!……ったく良く分からんやつだ」
良く分からない、と言いつつ、その顔は柔らかく笑っている。……おお、やめてくれ。イケメンの笑顔のなんと破壊力のあることか。しかもハリウッド俳優みたいな感じが出ているから、なおさら。天然女たらしエルリックか……なるほどな。
たぶらかしてんのは貴様の方だ!
「本当の妹なら良かったんだがなぁ」
と言いつつ、ぽんぽんと軽く頭を撫でられる。
本当の妹か。
なるほど……そっか。彼からしてみれば、私の見た目は妹に見えているんだもんな。中身は違うけど。兄、ねぇ……妹ならいた事あるけど、兄ってのが想像つかない。下には何人も出来る可能性はあるが、上には出来る可能性がないからな。時間ってのは止まっちゃくれないから。
なんだろう。やっぱあれだな、家族に弱いのかな。求めてたつもりはなかったはずなんだけど。エルリックの言葉が嬉しくもあり、悲しくもあった。
そんな風に言ってくれる私は嬉しい。けれど本当の妹は?そう考えると、胸糞悪くなってくる。何を嬉しがってんだ自分は、と。他人の立場を利用して乗っ取ろうとするなんて、おこがましい。彼には本当の家族がいる。私にはもったいない。
「無自覚もほどほどにして下さい」
スパンと私の上に乗せてあったエルリックの手を払い落したのはルカだ。こういう事をする人間はこの屋敷でルカしかいないんだけどね、うん。いいのか執事、君はそれで。自己嫌悪の無限スパイラルが押し寄せそうだったから、私は助かったけど。
エルリックはルカの失礼な態度に肩を竦めつつ、笑った。いつものことなのか、全然気にしていない様子である。良いのか公爵家子息、君はそれで。
しかし、こんな生ぬるい所にずっと浸っていたら、いざここを出た時に辛くなるな。こんなに恵まれた環境にいて良い人間じゃない、私はここに相応しくない。逃げ出したい、けれど影武者の責任を果たさねば、それこそ生きている価値もない。
そんな風に考えていると、むぎゅっと背中に良い感触。
サシャさんである。
この人には敵わない気がするな。きっと考えている事が筒抜けな気がする。
出かける準備はメイド達が整えてある為、私は何もする事がなかった。というか、ああいうのは本職に任せておかないと足手纏いにしかならないから。
ガタゴトと馬車に揺られながら、のんびりと外の景色を眺める。馬車は随分と乗り心地が良い。異世界の乗り物は尻が痛い程揺れるとか読んだ気がするが、やはりこの世界では当てはまらないらしい。
クァールという街はそれほど遠くないが、1泊するみたいだ。たくさん見るモノも多いだろうって理由をエルリックが述べていたが……1日目で仕事をおおかた終わらせて、2日目に少しだけでも店を回りたい。そんな本音が漏れていた。
折角の休みだってのに、仕事ですか。ワーカーホリックというやつかな。あるいは社畜。異世界なのに、なんか日本人みたいなスタンスですね。
今回の旅にいくのはエルリックは勿論のこと、ルカ、ヴァレール、ビヴァリー、カミーユ、エマなどである。平民寄りの集まりっぽいですね。カミーユ以外は平民、元平民ですから。
私がうろついても良いように、説明ができる者を選んだんだろうな。ルカ、ヴァレール、カミーユがエルリックの仕事の方につくらしいし。
あと、サシャさんがどこかに潜むみたいですね。サシャさんも平民ですから、ほんとに平民の集まりのようになっているな。
ビヴァリーさんの事はよく分かりませんが……エマさんの方は危機察知能力に長けているので、面倒事に巻き込まれる前に離れてくれるそうだ。人間観察能力が高いからかな?人の表情とか性格とかの判断とか凄いみたいですし。確かに頼りになる。いざ荒事になったらサシャさんもいるし。……うん、ビヴァリーさんは分からないからなんとも言えない。
結構護衛を引きつれているから屋敷の方は大丈夫なのだろうか?確かに、他の護衛もいるようだけども。貴族ってこんなものかな。
「んっ?」
あれ、今外に……。
「ん?どうかしたか?」
「ああ、いえ、今、外で真っ白な二足歩行の人型の生き物が」
「ロウス族か?この国じゃ珍しいな。というか、人間の住む所に来ている事自体が珍しいな」
「いやぁ……チラッとだけだったので、なんとも」
ロウス族、今のがロウス族なのか……?人型の、全身白い毛皮の生き物。というか、人らしいけど。月の光がほとんど届かない、雪で覆われた大地に住んでいる者達。
「……どう思う?ルカ」
「……どうにもこうにも、やはり現地に行って確かめるべきかと」
「……だよなぁ」
どうやら、2人には気にかかる事があるようだ。それが2人の言う仕事なのだろう。私が口を挟む事じゃないな。
「私は、お嬢様を連れて行く事、反対ですから。そこんところ良いですね?」
「わぁーかってる!わかってる!」
「やはり私が護衛を……」
「「ヴァレールはダメだ」」
おう、エルリックとルカの声が綺麗に重なったな。ん?ヴァレールって私の護衛なりたいって言っている風に聞こえたけど。なんだろうか……彼のような規格外な強さの人間が護衛せねばならんような状況になっているのか?そんな所に貴族のご子息が行っても大丈夫なのか?なんか凄く不安なんですが!?
不安を抱えつつ、無事に街に到着した。まず驚いたのが、意外と街が大きいって事だ。確かに、科学の方も進歩しているから、発展はしているだろうと思ったが、予想以上で。勿論東京とかそういうものに比べるとはるかに劣っている訳だが。中世ヨーロッパをかなり活発にしたような、なんと表現したらいいのか。家は3階建てまであるし、地下へ行く階段とかもチラリと見える。
うーむ、科学と魔法があると、こういう風になるか。鎧とか売っているのは、やはりファンタジーだよなぁ。
「では、例の宿泊施設に。じゃあな、また落ち合おう」
と、いう訳でエルリック達は仕事へと行くらしい。頑張ってくださいませ。
「へっへへへ……実をいうとねー私の地元なんだよ、ここ」
「あ、そうなんですねぇ」
イキイキとした顔をしているエマさん。ああ、だからニーナではなく、エマさんが選ばれたんですね。平民だから、という理由もあるが、地元の事ならエマさんの方がより知っているだろう。危険な所とか、知っていれば避けられるしね。
「へーい!敬語はなし!気軽にエマって呼んでねーそういうの大事だからさぁ」
「そうだな、変に敬語はしない方がいい、俺の事も気軽にビヴァリーでいいぜ」
「分かった。よろしく」
「おーう!」
「はは、切り替え早いな。まぁ、よろしくな」
確かに、エマの気軽さから言っても、敬語ってのは貴族とか上流階級の者が使うって感じかな。平民2人が自信ありげに言っているのだから間違いないか。ここでは2人の言う事を聞いた方が正しい。
「でー、どこにいくのぉ?ナターシャ?」
「……そうだなぁ、あっちが気になる!」
私の名前はナターシャという事らしい。ちょっと反応が遅れたが、この間だけ慣れれば問題ないだろう。
「適応能力高っけぇな……」
とボソッとビヴァリーは呟いていたが、まるっと無視しておいた。いや、これくらい普通でしょうよ。むしろ適応できなきゃ影武者もできてないと思うんだ、うん。
「あー!ここ?私も気になってたぁー!早くいこー!」
と、エマさんのテンションが鰻登りである。普段の彼女に詳しいわけではないが、もうちょっと気だるげな印象があったから驚きだ。やはり地元だから帰ってきた!っていうテンションになっているのかな。気持ちは分からないでもない。
人通りが多いので、はぐれないよう、エマとは手を繋いで歩く。女性同士がこうやって手を繋いでいるのは、案外普通なようで、チラホラと他にも見かける。同性愛者という訳ではなく、はぐれないようにという意味と、今は遊んでいるからナンパ禁止という意味もあるとか。声をかけちゃいけないってルールは帽子にもあるらしく。帽子には、既婚者とか、声掛け厳禁とか、そういう形のルールがあるとか。そんなのまるっと無視する輩も勿論いるらしいけどな。ルールを無視したら、嫌われる未来しかないと思うんだが、どうにも我慢できない人もいるそうで。
まぁ、ずっと手を繋いでいられるわけでもないので、そこは道中に女の子がどういう行動してるか見ないといけない訳だが、ここまで人が多くてそんなに見れないっていうね。というか、道中ずっとつけまわしてたら、それこそ怖いわ。なんとも難しいこと。
ちなみにいらん情報だが、同姓で腕を組んでいたら同性愛の方だそうだ。ははは、異世界にもいらっしゃるんですねぇ。というか、腕組んでたら普通にそういう風に見える事が多いって、ね。
「あっ、デェシュール!デェシュール新店舗!ナターシャ、これは是が非でも行くべきだよー!」
「ごめん、デェシュールってなに?」
「しらないのぉー?美味しいお菓子出すお店だよー!中央が元祖で、ここが3店舗目なんだよ」
「詳しい」
「ふふー!地元だしねぇー実はここに行きたくてニーナに変わってもらったんだよぉ」
「あら、じゃあ絶対行かなきゃね」
「そう言ってくれると思ってたーナターシャ優しいねー」
ニコニコと、本当に嬉しそうに笑っているので、こちらまで笑顔がうつる。確かにそのデェシュールという店からは、甘い匂いが漂ってきていておいしそうだ。
「私用優先とかまじかよエマ……」
「固い事いわないー」
あまりの気安さにビヴァリーが呆れかえっている。
「まぁ、私も甘いモノ好きだし、全然かまわないよ。ビヴァリーもなにか見つけたら言ってね、そこに行こう」
「ああ、これが例の魔性……さすが」
「ふーふふーでしょうー?」
なんか、エマに以前魔性って言われたんだっけ。なんでこの人にも定着してんの?そんな風に言われる事をやった覚えがないんだが。濡れ衣にも程がある。
もしかして無理に気を遣っていると思われたのかな。しかし、2人は私が異世界の人間だと知らない訳で。つまり、私は何を見ても食べても真新しくて楽しめるのだ。
だから気を遣って言っている訳ではないんだがなぁ……男性が楽しめる店も見てみたいし。そう、例えば、あれ……鎧とか武器とか売っている所。日本だと模造くらいならたまに売っているが、本当に切れる武器などほぼないからな。見てみたいなぁ。
ここの世界にも冒険者的なのがいるみたいだし……正確にはちょっと違うようだけど。そういう所も見てみたいな。
デェシュールとやらには、女の子が5名くらい並んでいた。チラッと店内を覗いてみると、中で食べられるようになっていて、女の子達が楽しそうに会話している。
無言でビヴァリーの方を見ると、物凄く険しい顔つきになっている。……あーうん、この女の子ばかりの空間に、男1人で入るのは勇気がいるだろうね。でも大丈夫、付き添いだって皆分かっていると思うし。
……あれ?でもなんか皆の視線が厳しい?
「二股……」
「優柔不断……」
「あんな地味な男が……」
……わあ、わあああ!?なんか凄い誤解を受けている!?やめてあげて!なんかビヴァリーさんが泣きそうになっているから!
「ビヴァリー、外で待ってた方がよくないー?」
「……ああ、そうさせてもらうよ。エマ、くれぐれも頼むよ」
「うっすうっす」
エマの軽い返答に苦笑いしつつ、早々に逃げ出した。ああ、男1人に女2人だとそういう誤解を受けるのか。なんか可哀相な事をした気分だ。




