嵐と会話が成り立たない
エルリック視点の話となっております。
敵はナリッツ侯爵家3女。カロリン・シゼツ・ナリッツ。
彼女の素性についてはこちらでもある程度調べてある。
ナリッツ侯爵からの手紙でもあるように、普段はこのような暴挙にでるような娘ではないそうだ。頭の回転が良く、で快活な子。だ、そうだ。こちらの調べでもそういう報告があがっている。つまり、話せば分かる。
はずだったんだ。そのはずだったんだ。
「来てやったわよ!!」
ばあん!と自分の手で勢いよく扉を開けて入ってくる令嬢に、すでに度肝を抜かれる。
ナリッツ侯爵家の使用人たちの顔は、真っ青だ。まさかお嬢様がこのような暴挙に出ると思っていなかったのか。
「あんた誰よ」
出迎えたのは、ルカとミサだ。歓迎してない意味も込めて俺から出る事はしなかった。勿論、すぐに出て行けるように、こうして潜んでいる訳だが。
ナリッツ嬢のセリフに実に爽やかな笑顔で応対するルカ。
「おや、婚姻申請を出した家の執事の名前も知らぬとは」
おいいい!ルカもいきなりつっかかってきたな!!ルカを表に出したのは間違いだった!いけるかと思ったらそうでもなかった!
案の定、ルカの態度にカロリン嬢の機嫌も悪くなる。
「はぁ?何よあんた!使用人風情がえっらそうに!あんたに用はないわ!」
「随分と「すまないな、出迎えが遅くなってしまったようだ!」」
さらに毒を吐こうとしたルカの言葉を遮るように自分が出ていく。ルカなら火に油を注ぎかねない。なんでこう胃を痛めねばならんのだ。こっちが爵位は上だぞ?
ルカは、「余計な事を」という顔をしながら、1歩後ろに下がった。どうやら主人を立ててくれたらしい。この動きを傍からみたら優秀な執事のようにみえるから困る。
「今度は何!」
「俺がエルリックだ」
「はぁ?あんたがぁ?じゃあ!話は聞いているわよね!」
「えっ」
「ヴァレールが!……いえ、ヴァレール様がここにいるということはわかっているの」
「お、おう……」
「だからさっさと会わせなさい!!」
「いやいやいや、その態度でありえないだろ」
「何よ!」
「何よじゃないだろうがっ!普通に有り得ない態度だって分かるだろ!?」
「分かってるわ」
「やっぱわかってな……分かってるのかよ!?」
「これくらいで没落させるような気の短い公爵ではないとね!」
「嫌な信頼だ!!」
なんてこった!向こうも下調べ済みだったとは!確かにこれくらいなら全然許すけどさ!公爵としてはあまり宜しくないんだろうが。
というか、普通に処刑すべき人間も許してる訳だけどな、ルークとか。
なるほど、無知でこんな態度を取っている訳ではない、と。というか、それはむしろ、もっとダメなんじゃないか?いや、最終的には許すだろうけど!だめだろ!普通に!
「男は押せばなんとかなるもんだって姉様も言ってたわ」
「なんだそれこわい」
いや、確かに次女であるトゥッタはかなりゴリ押しだったみたいだな。隣国すらも涙目にさせるようなゴリ押しってやばいぞ。よく軋轢が生まれなかったものだ。ナリッツ侯爵もなかなかの手腕という訳だな。
それが成り立ったという事実がカロリンをここまで大胆にさせているのか。
「とにかく、ヴァレール様を探させて貰うわ」
「えっ、なっ!?おい待て!」
カロリン嬢は俺の制止を無視してサクサク歩いて行く。
「ちょ、とめろ!ルカ!」
「……」
「無視すんなよ!」
ひどい執事だ!明らかに面倒だから自分は関わりたくないって思ってる顔だこれ!とめるならご自分でどうぞ?って目で言って来てやがる。
「お、お嬢様、おやめください!」
侍女がひし、とカロリン嬢の腰にしがみ付いてくる。
「ええい!ミッコ!離しなさい!」
「いいえっ、お嬢様の暴挙、これ以上許すわけには……!」
「はっ!」
「えぅっ!?」
ストンとカロリン嬢から手刀が振り下ろされる。その際、軽く魔法の光を放っていた。その攻撃を受けた瞬間、侍女の意識がなくなる。
「ミッコ!」
崩れ落ちる前に、もう1人の侍女がそれを慌てて支える。
それを横目で見やり、進もうとしたその先に、男の騎士が立ちふさがる。カミーユである。すっかり忘れていたが、護衛にビヴァリーとカミーユをつけていたんだった。ここに来て役に立つとは!
しかし、カミーユと対峙するのはナリッツ侯爵側の護衛だった。
「お嬢様、行ってください」
「ええ、後は任せたわよ」
通り抜けようとするカロリンを止めようとするカミーユだが、それを相手の護衛が止めて来る。
「……なかなかやる様だな」
「お褒め頂き光栄です」
目を合わせて、何かお互いに分かったような顔をする2人。いや、こいつら観察してる場合じゃなかった。すり抜けて行ったカロリン嬢を追いかけなければ。
ビヴァリーはどこいった!?くそっ、追うか!
「俺はカミーユ・シゼリュク・エイメ。貴様の名は」
「リーだ、姓はない」
「そうか」
「ああ」
「ふ、では語るより」
「戦う方が男というもの、か?」
「ああ、来い!」
「っ!」
うわっなんか後ろで気になる事やろうとしてるけど追うしかない!
くっそ!めっちゃ続きが見たいのに!
あの2人の戦いが物凄く見たいが、ここはぐっとこらえて足を動かす。
「私を襲う気!?この変態!鬼畜!地味顔!」
追いついたら、カロリン嬢を足止めしていたであろうビヴァリーが罵られて涙目になっている。抑えようとして変態扱いされたのか、なんて憐れな。どう考えてもビヴァリーに非はないはずなのに。
戦闘不能にされたビヴァリーを通り抜け、さらに奥へと進んでいく。まずい、その方向はリエのいる部屋だ……!
慌てて追うが、予想外に足が速い。
涼しい顔で俺を追ってるルカが憎い!
「お前な!俺に婚約申し込んで来たんだろうが!他の誰かを探す必要ないだろう!」
「うるさいわね!」
「そもそもヴァレールはお前との婚約を断っているだろう!」
「……!」
うわ!足が早まった!
リエがいる部屋の1つ手前の部屋の扉を開けていた時にようやく追いついて、カロリン嬢の方を掴む。何勝手に部屋開けてんだよ!ひやっとするだろうが!
それと同時に、先程カロリンに気絶させられていた者を支えていた侍女と、カミーユと戦っていた護衛とは違う者が追いついてくる。くっそ、どんだけ大所帯なんだ!
それはいいとして、今はカロリン嬢だ。
「おい、待て!失礼にもほどがあるぞ!」
「黙ってなさいよ!なんで私があんたみたいなパッとしない男と結婚しなくちゃならないのよ。こっちから願い下げよ!」
「ふはっ!」
ルカが場違いにも笑っていやがる!後で文句言ってやるが今は無視だ。
「な!?お前な!そちらから申請を出してきたんだぞ!」
「こっちが引下げさせてもらいますぅ~あんたに断られたなんて、乙女に傷がつくようなもんよ!」
「お、お前なぁ……!」
なんて失礼なやつなんだ!そっちから出しておいて引き下げるってなんだ!絶対こっちからお断りする、絶対だ。俺だってお前みたいなお転婆よりも、リエのような大人しい子の方が……。
「きゃああああああああああああああああああああ!!」
突然の大声に驚くと同時に、後ろに勢いよく押された。
黒い執事服が視界に入っているので、ルカが反射的に俺を守る様に構えたのだとすぐに分かる。俺が転ばないよう、しっかりと支えつつ、後ろに下がらせ、さらに敵に備えて構える。あれだけ普段俺を怒らせている割に、しっかりと守ってくれる優秀な執事様だから性質が悪いな。普段からそういう姿勢であってくれと常々思う。
「ちっ……まさかのまさか、ですか」
とルカが小さく呟く。どういうことだと聞く前にさらに大きな声が聞こえて来る。
「ヴァレールさまぁああああああああああああああああ!ひょおあああああ!!」
「お!お嬢様!お嬢様お気を確かに!」
「ダメだ気を失われている!」
「ヴァレール!?あれほど出て来るなと!?」
驚いて顔を出すと、いつもの無表情を湛えたヴァレールが、リエのいる部屋の前に佇んでいた。どうしてだ。出るなといってあるはずなのに。
ヴァレールは、ゆっくりと視線をナリッツ侯爵家が連れてきたもう1人の護衛へと向けている。すると、介抱しようとしていた護衛がいきなり後ろに飛び退いて剣に手をかけた。視線だけで護衛を下がらせるってなんだよ、ヴァレールは本当に規格外だし、人間かどうか疑うわ。
護衛が下がったのを確認してから、こちらに視線を向け、ゆっくり視線を下に落とした。申し訳ありません、とでもいいそうな空気である。いや、喋れよ。そう言えよ。なんで出て来たよ。
「……っ!」
あれ、なんか知らないが、護衛が冷や汗を流して片膝をついている。何をされたのかさっぱりわからないが、ヴァレールは恐ろしいと言う事は分かった。
すると、リエの部屋の扉が慎重に開けられ、ニーナが顔をみせる。両手に物騒なものを持っていたが、状況を見た後すぐに袖にいれなおしていた。悲鳴を聞いて警戒をしていたのだろう。俺の家の使用人共はつくづく優秀だと思う。
「っと、ニーナか。すまない、少々大事になってしまった」
「何があったのです?」
いや、聞かれても。まぁ、ありのまま話すしかないが。
「どうもこうもない。ヴァレールを探してカロリンが屋敷を勝手にうろついていたら、ヴァレールが自ら顔を出してきたんだ。ヴァレールを見た瞬間、奇声を上げて倒れた。意味が分からない」
「わぁ……」
と、それ以上何も言えないみたいだった。まぁ、そんな反応だよな。俺もそんな説明を受けたらどう答えていいか分からない。
「も、申し訳ありません!お嬢様が、とんだご無礼を!」
「手打ちをされる覚悟はあります。煮るなり焼くなり好きに致してください。私達はそれだけの事をしてしまったのですから」
カロリン嬢を介抱していた侍女と、冷や汗を流している護衛が謝ってくる。
「へぇ」
話が通じそうだと判断したのか、ルカが悪い顔をしている。おい、めちゃくちゃ怯えてるぞ。慣れているニーナすら顔を引き攣らせているからな、かなり恐ろしいと思う。俺は引いてるよ、ルカ。
取りあえず、手を軽く上げてルカを制止しておく。この状態のルカは相手に無茶振りしかねない。小さく溜息を吐いてから口を開く。もうすでにドッと疲れている。
「そうと分かっていながらなぜ止めなかった。ヴァレールには婚姻する意思が全くない事は分かっていたはずだろう」
「も、申し訳ありません」
「謝罪するくらいならば、こちらに来てほしくなかったものだ」
「……」
まぁこの侍女や護衛も止められるものなら止めたかったんだろうがな。そんなのこちらの知った事ではないが……まぁ、同情はする。
重苦しい沈黙を破る様に、コルム侍女長が手を叩く。
「さあさ、こんな所で話していないで……とりあえず、そこの失礼なお嬢様を運んでしまってくださいな。そのお嬢様のせいでこちらの品位まで疑われますわ」
「すみません……」
「それでは、ご案内いたしますわ。目が覚め次第、出て行って下さいな」
「はい」
護衛がカロリン嬢を抱えあげていく。カロリン嬢が気絶していると、こんなにも静かだ。目が覚めた時の事を考えるとまた胃が痛くなってきたぞ。
無意識に懐に入れた胃薬に手を伸ばしていたのか、思い切り手を払いのけられた、ルカに。雑すぎやしないか、おい。さっきまでの優秀なお前はどこへ行ったんだ。
飲み過ぎがいけないことなのは自覚済みなので、大人しく引きさがっておくけどな。しかし、パッとしない男で吹き出しやがった事は忘れてないぞ。
はー、と深く息を吐いてから、リエのいる部屋の前に行く。ニーナが扉を開けてくれているので、ルカが動く必要はない。
中を覗くと、無表情で俯いているリエと、何故かリエを抱きしめているサシャがいた。サシャはリエの護衛となってからやたら抱きしめているという。「抱き心地が良いのです」と書いて自慢してきた。すごく誇らしげにされて何故かイラッとしたんだが、なんだろうな。
深く考え込んでいるのか、俺に気付かない。それを見かねたサシャがポンポンと背を軽く叩いて合図を送っている。サシャを見上げた時、一瞬だが少し柔らかい表情を浮かべた。
……グリーヴ伯以外にもあんな表情をみせられるようになったか。いい事だ。
それにしても、疲れた。会話の通じる相手と話がしたい。そう思うと、リエはうってつけだと思う。
俺の姿を認めたリエの表情に、先程サシャに見せていた柔らかい表情は皆無だった。 俺と彼女の距離の遠さにげんなりしつつ、立ち上がろうとするリエを制止する。どうせ俺も座って話す気なのだから、わざわざ気を遣う挨拶はしたくない。物凄く疲れているからな。
「騒がせたな」
「いいえ、そんな……お疲れ様です」
「目が覚めたらまた騒がしいかもしれんが、まぁすぐに帰らせるように善処する」
「無理なさらないでくださいね。少し休まれてはいかがですか?疲れた顔をしていらっしゃいます」
俺の周りは優秀な者ばかりで、これが出来て当たり前という環境の中胃を痛めつつ色々詰め込んでいたので、この言葉にはかなり顔が緩んだ。ルカが乱雑に休めと言ってくるのとは全く違う。こういう風に優しい感じに言って貰えることって、そういえばなかったような。
素直に感謝の言葉を述べると、ルカが横から口を出してくる。
「ま、確かに最近は働きすぎのようですがね。昨日も無断で夜遅くまで起きていたみたいですし?」
「す、すまなかったと思っている」
昨日は早く寝ろと言われていたのに、無断で仕事していたからな。しかも風呂使って後うろうろするという怒られるやつを少々。さすがにそこまで正直には話していないが、風呂に入った事はすぐに分かる事だ。
良い笑顔で「こんな日になんで夜更かしした上に風邪引くようなことしてくれちゃってんですか?お頭は大丈夫であらせられますか?」と言われた。そこまで言わなくても良いと思うんだが、まぁ、カロリン嬢の件でピリピリしていたので仕方ないか。
「ああ、そうだ。ならこの件が終わったら今度視察に行かせてくれ。もう祭りの時期でもないだろう?」
「はぁ、それが休息になるのですから、あなたも変わり者ですね。……祭りの日よりはマシですから、良いんですが……」
凄くやりにくそうな顔をされた。ん?何か不都合な出来事なんてあったっけ?カロリン嬢の件が終われば、多少忙しいモノの、渋る様なものはなかったはずだが。というか、休むために必死になって仕事の処理してたわけだが。許可してもらわないと割と困る。
「なんだ?歯切れが悪いな。何かあったか?流石にちょっと息抜きしたいんだが」
「……いえ。構いませんよ。お嬢様と行かれるのですか?」
「ああ、勿論だ」
何を当然な事を。断られたから祭りの日に行くのはやめていたんだ。祭りの日以外なら大丈夫と聞いたから我慢していたというのに。
まるで口の中に薬でも放り込まれたような顔をしているルカを不思議に思いつつ、適当に話をしてからリエの部屋から出ていく。
しばらく黙って歩いていたが、ふとルカが足を止めた。
何かあったのだろうかと、俺も足を止めてルカの方を見てみる。口元に手を当てて、深刻な表情でこちらを見つめているが……何かあったのか。
「だめですよ」
「……何がだ?」
「……自覚なし、ですか?」
「いやだから何がだ」
ダメの前の文章を言ってくれ。全然意味が分からないぞ。
俺が理解できずにいると、ルカの中で解決してしまったのか、軽く首を振って「なんでもないです」と呟かれた。なんだったんだ。
「それより、ヴァレールですが」
「ああ、ちょっと様子が変だな」
「懸想されているのではないかと」
「……エ、だ、誰に」
「貴方が先程話された人物です」
「え」
「まだ不確定ですが、ある程度の好意を寄せている事は見て分かります」
「そ、そうなのか?」
「ええ、非常に分かりやすいセスと違って断言はできかねますが」
「まぁ、セスはわかりやすいが……」
顔を合わせると慌てふためいて真っ赤になっているセスと違い、ヴァレールにこれと言った表情が浮かぶ所を見ていない。常に少し離れた壁際で気配なく周囲に気を配っている。
……。
……そうか、周囲に……俺は確か彼女を逃さないようにしろと命じているはず。なのに、あいつは守ろうとしているのか。いや、それだけでは断言できないな。騎士として当然の行動なのかもしれないし。それに、彼女は妹と違って逃げる意思などないのだから。
「まぁ、ちょっと疑いだしたのも、任を解かれた瞬間、返事をしなかったのがきっかけですからね」
「ああ……」
確かに、いつもならすぐ返事が来る。だが、あの時は何故か返事がなかった。俺が名前を呼んでようやく返事をしたくらいだ。そう思うと、おかしかったかもしれない。
「先程出て来たのも恐らくですが、そういう事なのではないかと」
「……なるほどなぁ」
リエのいる部屋の前に陣取ってたもんな。そりゃそう疑いもするか。しかも護衛の任も解いているはずだからな。
なら、これからもリエの護衛の任につかせない方がいいのだろうか。恋愛云々はあまり詳しくはないんだが……。
リエの護衛の任を解く提案も、ルカがしてきたからな。まぁこの件はルカにまかせようか。
……にしてもセスに続いてヴァレールも、となるとな。媚びるとか迫るとかしていないように見えるんだが、魔性なのだろうか。
昨日の夜、まだ明かりが漏れているリエを心配して尋ねたが。……なるほど確かに守ってあげたいと思うな。ずっと勉強していたようだし、休ませてやりたいと思うが……大人しく休んでくれる性格をしていないみたいだし。人の心配をする前に、まず自分から休んでほしい所だ。
妹とそっくりなはずなのに、不思議な気持ちになるな。
ふむ。
「これはまた、俺も気を付けねばならんな」
「これだから無自覚は……」
はあああああああ!と盛大に溜息を吐かれた。
良く分からんが、苛立たせてしまったらしい。すまない、謝るから仕事を手伝ってくれ。休みを取る為にな。




