奇跡師
「今日は魔法を使ってみようか」
そうおじい様に言われて頷く。
本日、魔法を見せてはいけないセスは体調不良のため休みなのである。久々におじい様と2人っきりという事で、私の胸は高鳴りっぱなしだ。
私は無属性の黒色の髪だが、異世界からきたせいか、魔法が使える。1人に1属性がデフォルトみたいなので、私は水という事になる。おじい様の最初の講義で水魔法が使えたからだ。
おじい様には分かったのだろうか。私が魔法を使っても、感覚がよく掴めなかった事が。ふむ、おじい様なら分かってそう。
異世界から来ているし、魔法のない世界から来たせいか、魔法の感覚が良くわからないのだ。普通の人はなんか大体分かるらしいけれど。
ポケットからおじい様が取り出したのは、糸の先におもりのついたもの……いわば振り子のようなものだろうか。分銅っぽいけど……なんだろう、黒色の分銅のうな物体に小さな緑色の宝石が2個くっついている。
おじい様はふっと息を吹きかけてそれを軽く揺らす。
「これくらいの強さで、風魔法を使って揺らしてみなさい」
「え」
ぷらーんぷらーんと揺れる振り子とおじい様の顔を交互に見て困惑する。私って、水属性なんじゃ?
私の思考などダダ漏れなのか、ニッとおじい様が笑う。
「なに、ちょっとした実験だ。試しに自分で息を吹いて、風の強さを把握してから使うといい」
「……わかりました」
おじい様には何か考えがあるのだろう。
まぁ、私はおじい様の指示に従っておけば問題ないかな。代償の問題もないように配慮してくれていそうだしね。まず、使えないと思うけど。
手渡された振り子は見た目よりも軽かった。金属のずっしり感を想像していたが、消しゴムくらいの軽さだ。どういう物質なのだろう……プラスチック?いや、流石にないか。
少し軽めに息を吹きかけて見ても揺れなかったので、フッと先程よりも強めに吹くと丁度良い感じに揺れた。
さて、どれくらいの強さか分かったところで、この風を吹かせる訳だ……で、どうすんの?
水の場合は、空気中の水分とか、酸素とか想像していたが、風はなんだろうか。原理が良く分からないんだよね。風はどうやって吹いているのだろう。気圧とか、かな?上昇気流とか、下降気流とか、なんかあったなぁ。すでに吹いている風なのか?ううん、風かぁ……。
気流を使っちゃいかんのか。
……まぁ、良く分からんが……とりあえず、さっきみたいに揺れろ!
「……おっと」
その瞬間、2つの緑色の宝石が光って、振り子が揺れた。
一瞬だけ風が手元に吹き抜けたな。丁度、先程息を吹きかけた程度の。
「成功したようだね」
揺れる分銅を手に取ってにんまり笑うおじい様。いたずらが成功した時の無邪気な少年のようできゅんとくる。
ふむ。
「グリーヴ様、今のは……?」
「なに、大したことはあるまい。恐らくだが、君は全属性を扱えるかもしれない、と言う事だ」
えっ!?それってこの世界じゃ大した事あるんじゃ……!?
光が徐々に失われていく分銅部分を見つめて顎を撫でるおじい様がカッコいいがごまかされないぞ!どういう事なんですか!
むむ……とおじい様を見上げていると、楽しそうに笑う。
「リエ殿を見た時、無属性ではありえないものを見た。と言ったのを覚えているかね?」
「ええ」
「普通、人の魂は2種までしか色がない。魂である紫の色は皆が持つ色彩。そしてもう1つが扱える属性の色彩が見える。が、君の魂は様々な色に光っておったのだ」
「様々な色……」
「それはもう、美しいものだったよ」
「……」
ありがとうございます、というのも変かな。どう反応すればいいのか分からず戸惑う。まるで私のたましいが美しいと言われているみたいでドキリとする。が、それは多分違うだろうな、とは思う。何せ異世界を移動したのだ。何かしら変化があったのかもしれない。私がこの世界の言語を理解し、話せるのが良い証拠だ。
それでもおじい様に美しいと言われるのは素直に嬉しい。
私が返答に詰まっていると、頭を撫でられる。う、撫でられるのも久し振りだ。めっちゃ嬉しい。
「そこで、全ての属性が使えるのではと思っていたのだ」
「そうなのですね」
その時に言わなかったのは、恐らくまだ私が未熟だったからだろう。今までになかった魔法という存在に、はしゃぐ可能性もある。おじい様もそこまで私を信用していなかった、と言う事かな。無理もない。1度心を見ても、人の心と言うのは移ろうものだ。しばらく様子を見て大丈夫だと判断したから、今になって教える事にしたのだろう。
おじい様は、手に持っていた分銅を降ろし、また紐でぶら下げた状態にして私にそれを見せて来る。
「そしてこれが風属性専用の測定器なのだ」
ほう、これが測定器だったのか。もしかすると、地球にない不思議素材なのかもしれない。ドラゴン素材とか、そういうの。この世界には存在するんだよな、確か。見た事ないけど。
測定器の存在くらいはしっているけれど、真偽のほどが分からない事があるのか。まぁ、そういう事もあるか。日本でも真偽の分からない壺とか買わされるもんな。
「半信半疑ではあったが、この測定器は本物であったみたいだね」
「……と、いうと?」
「ああ、実はね。誰が使っても、測定器の宝石が2つ同時に光る事が、今までなかったのだ。若い時分にこれを買って、随分と父親に叱られたものだ」
「……それはそれは」
叱られる若かりし日のおじい様とか……!!何それ見たい!!想像するだけで可愛い。そっかぁ、おじい様も叱られた日があるのかぁ。なんか萌えるな。
「片方の宝石は風魔法をきちんと使えているかどうかを見るものだ。それだけならどこにでもある測定器と同じものであるのだが。
もう片方の方が少々特殊でね。
大気の魔力を使っているかどうかを見るものなんだ。……試してみる価値はあったという事だね」
「どういう事なんでしょう?」
ニコニコ笑ってるおじい様可愛い……じゃなくて!大気の魔力?なにそれ?確かに大気中にも魔力はあると聞いたけど、人が扱えるのは自分の体内にある魔力のみだ。それ故に代償が必要となって、体の一部を差し出さなければならない。
私がそれを動かした時、確かに両方光った。そして、今まで他の人は光らせる事が出来なかった。それは体内の魔力を使用しているから?その事が本当ならば、私は体内の魔力を使用せずに、大気の魔力を使用しているという事に。
と、言う事は。
そっと息を吐き出してからおじい様を見上げる。
「グリーヴ様?」
「はっはっは!そうだね、そういう事になるね」
私の視線の意味に気づいたおじい様が豪快に笑って肯定する。
つまり、私は体内魔力を使用する事なく、大気中の魔力を勝手に動かし、「代償なし」で魔法を使っているという仮説が浮かんだのだ。おじい様が否定しなかったという事は、可能性としてはかなり高い。
で、何故おじい様はそんなモノを都合よく持っているのだ。
「リエ殿と会話している内に、ぼんやりとこれを思い出してね。取りに行かせていた。……まさかこの身が生きている内に、本物の奇跡を目の当たりにするとは、思ってもみなかったがね。長生きはするものだ」
「本物の奇跡……?」
じっと掲げられた宝石を見つめる。
魔法使いは宗教団体の間では奇跡師とも呼ばれる事は知っている。本物の奇跡とは?魔法が奇跡と呼ばれているのではないのか?
「本当の奇跡とは、代償のいらない魔法の事なのだよ。君はこの世に名を馳せる事が可能な本物の奇跡師だということだ。リエ殿」
大気中の魔力を使用し、代償を何もかも無くした魔法。それが奇跡と呼ばれるもの。それを扱えるもの、それが奇跡師。
「教会が奇跡と言っている殆どが、奇跡とは名ばかりのものだ。最も、昔は本当の奇跡師がいたのかもしれないがね。
思えば、あの日これを売りつけた者もまた、奇跡師だったのかもしれない。……奇跡師であるリエ殿と出会う事が確定した未来を予見し、私に売った。随分と高かったから、捨てなかったが……それもまた予見していたかな」
「えっ、ええ……!?」
なんだなんだ!?凄いことをさらっと色々言われたぞ!
私がオロオロしている隙に、おじい様は、振り子状態だった物を輪っかにしてネックレスのような形に整える。そしてそのまま私の首にそれをかけてきた。
「リエ殿にこれをあげよう」
「ええっ!い、いえ、そんな貴重そうなもの、いただけませんよ」
「なに、実を言うと、今思い出した事があってね」
「え、なんでしょう」
「これを両方光らせる者に託すように、と。そんな事を、ね」
「そ、それはまた、随分と都合の良い話ですね……」
私の言葉に、はっはっは!とおじい様は豪快に笑った。
そういう事を言われると、断ろうにも断れなくなるではないか。本物の奇跡師、そしてこれを託した奇跡師かもしれない者か、なんだか実感のわかない話だ。
「まるで童心にかえったかのように、年甲斐もなくわくわくしておるよ」
「それは、良かったです」
言葉の通り、おじい様はとても、楽しそうだった。これを買った時の事でも思い出しているのだろうか。私の方はなんだか混乱しているが、おじい様の笑顔で若干落ち着いてきた。おじい様効果かな。
首に下げられた分銅を手に取って、マジマジと眺める。この小さい宝石のどこにそんな機能が含まれているのか分からないが……なんか凄い技術が詰まっているのかな。幾法学とか、そういう名前の学問で研究とかしていたのだろうか、その奇跡師らしき人物は。幾法学ってのは、魔法学のようなものだ。
魔法関連の研究をしている所で、今回使った測定器のようなものを作ったりしているらしい。魔力のある生き物の素材とか使っているみたいだけれど、詳しくは知らない。
なぜ魔法学じゃないのか……ややこしい。
それはそれでいいとして、問題はこれをおじい様に売りつけた人物の事だ。
「これを売った人物はどこにいらっしゃるのでしょうか」
「そうだね……残念ながら居場所は知らない。私の父と同じ年齢か、それ以上のように見えたから、死んでいる可能性が高いかもしれないね」
「そうですか……」
「気になるかい?」
「はい。もしかすると、私と同じように、異界から来た方か、とも思いましたので」
「そうだね。心を見た訳ではないから確かではないが、その可能性もあるのかもしれない」
やはりおじい様もそう考えるか。
異世界の人間だけが、大気中の魔力を扱う事が出来る可能性。もちろんこの世界の者でも出来る事はあるかもしれない。そもそも、その者が奇跡師かどうかも分からないが……この世界に他の異界の客人がいるかもしれないという可能性で胸がドキドキしてきた。
帰れるのだろうか、日本に。私がいなければならない所に。
……私は、本当は帰りたくない。あそこにいても、何も良い事はなかった。息苦しくなることばかりで。けれどもし、帰れる方法があるのなら。私は迷う事なく帰る。決して帰りたい訳ではないけれど。
奇跡師など、異質でしかないだろう。明らかにこの世界の常識の範囲を越えている。そういったものは、色々と厄災を呼び寄せると相場が決まっている。どうして全く、そんなヤヤコシイ話になってしまったかな。
そうなってしまえば、確実に周りを巻き込む形になる。迷惑にしかならない、周りに嫌な顔をされるかもしれない。
「恐れているのかい?」
おじい様の言葉に、コクリと頷く。
「そうか、やはり優しい子だ」
と、言って微笑まれるが、そんなものじゃない。周りを巻き込んで、迷惑をかけて、嫌われる事が嫌なのだ。自分の事を考えている者が、優しいわけない。
嫌われたくない、と強く思ってしまった自分に僅かながら驚いてしまう。……もうすでに、ここの人達を想ってしまっているのか、私は。
「私が君くらいの年齢なら、嬉々としてその力を振るっただろうね」
「グリーヴ様が?」
意外な言葉に、少々驚いて俯いていた顔を上げる。
おじい様なら、私よりも慎重になりそうなものだけれど。
「私もセスのようにやんちゃだった頃があったからね」
すべてを見通しているようなおじい様でも、未熟で怒られたりしていたのかと思うと、不思議な気分だ。そういえばさっきも怒られたエピソードがあったな。失礼かもしれないが、お可愛らしいと思ってしまう。
ふむ……セスのように、か。じゃあセスも将来的におじい様のような気品の感じられる紳士になる可能性があるという事?それは……ちょっと期待感が溢れるかもしれない。
「特に奇跡師には多大な興味を持っていたからね。王宮に招待を受けた日には、王立図書館の最奥に忍び込んで、奇跡師の文書がないかと探ったりね」
「……」
お、おじい様?なんか物凄くやんちゃやってますね?忍び込むと表現しているから、恐らく立ち入り禁止の所だろう。通常に公開されているならば、忍び込む必要性はないからな。
「ああ、いや。今の話はそっと心の奥にしまっておいてくれないか?流石に妻に怒られてしまうからね」
「了解しました」
思わず口を滑らせたのだろうか。ちょっと困ったように笑っているおじい様が可愛い。って、奥様怒るのね。奥様に叱られるおじい様……ちょっと見たい。いや、やりませんけど、やりませんけどね?でも気になってしまう心はやめられないとまらない。
「そこで読んだ文献によると、奇跡師が奇跡を使えるのは、月の因果が大きく関わる。つまり、代償のいらない奇跡を使えるのは、その月の属性のみと言う事だ。もちろん全属性を使う事は可能だが、月が違えば当然のように代償が必要になるだろう」
赤い月なら、火魔法が代償がいらず、緑色の月なら風魔法の代償がいらない。という事か。
「この年齢でこの知識を話す日がくるとは、考えもしなかった。あれから35年以上も経っているのか……まぁ、確認のしようもなかったから、信用しすぎるのもどうかと思うが……どうかね?試してみないか?確認しておいた方が、のちに役に立つだろう」
「そうですね」
私がもし奇跡師でなかった場合、命に係わるほどの魔法を使っては危険だ。今までほぼ代償なし程度の小さな魔法しか使っていないので、どの代償がどの程度持っていかれたか、把握できていない。
だから、ある程度変化の分かる大きめの代償が必要で、命にはまるで問題のない程度の魔法を使って試す必要がある。
そうして、変化があった場合は奇跡師などではない、全属性持ちだけ、というそれだけでも充分奇跡に近い魔法使い。変化がなければ……おじい様の推測通り、私は奇跡師という事になる。
……なんか、おじい様の方が楽しんでいる気がしなくもない。が、私でもおじい様を楽しませるものがあるのかと思ったら、なんだかこちらも楽しくなってきた。
変化を分かりやすくするために、髪の毛を3本くらい抜いておく。今から使う魔法は、髪の毛3センチ分。これで抜いた髪よりも短くなれば、代償を払っているという事になる。もしかすると、この宝石が誤作動を起こしている可能性もなきにしも非ず。知っておかないと、いざという時に無茶してしまうかもしれないし。
……いざって時が来ない事を切に祈るけれど。すでに2種類魔法が使えるというのは色々と不味い事だと思うのですよ、うん。
「あの木の葉を全て揺らすと良い」
「了解しました」
おじい様に指された木をじっと見て、とりあえず深呼吸。大きな魔法を使った事がないので、心臓がバックバクだ。しかも、この世界の人は大体感覚が掴めると言われるのに、掴めていないような現状だ。もし失敗したら……と思うと怖い。
ドキドキする胸を手で押さえていたら、ポンと背を軽く叩かれる。おじい様の顔を見上げると、大丈夫、と言う風に力強く頷くかれた。……うん、おじい様が大丈夫だと思っているのだ。きっと大丈夫。1度ぎゅっと目を閉じてから、目を開く。
「いきます」
ざぁ……!
強めの風が髪を乱した。そして、おじい様が指定した木の葉がすべて鳴っている。成功だ。
どこも体は痛くなっていない。とりあえず、さっと、自分の髪を触る。肩口までの髪の毛の指通りは、魔法を使う前と変わっていない。
下を見ると、ネックレスにされた宝石が強い輝きを持っている。さっきの魔法の時よりもよほど強い輝きだった。
おじい様が、抜いていた髪の毛を持って、私の髪に当てて確かめる。
「代償はなし、かな。どうかね?他に体調の変化は?」
「とくに、これと言ったものはありません」
おじい様が私の頬を撫でながら、少し心配そうな視線を向けて来る。
目もみえるし、指先が冷たくなるわけでもない。どこかの皮膚の感覚が失っているような事もないし、心臓もちゃんとうごいているから生きている。
だから、しっかりと大丈夫である事を伝えておく。
「そうか、ならばやはり。奇跡師だと言う事か」
「奇跡……」
あれだけ大きな風を出したとしても、なんの手ごたえも感じなかった。それは恐らく自分の魔力ではないからなのだと、推測する。
手に持った水の満たされたコップから、ちょっとずつ零していくとき、なんとなく、「ああ、この程度零れるのか」と分かる。
が、ただ見ているだけでは、そのコップの重さも、質感も、分からない。ましてや、経験した事がないものならば、なおさら訳が分からない。
そう例えば、闘病中の痛みだとか、死というものだとか……経験した事のない感覚と言うものは、とても恐ろしいモノだ。
そんな曖昧な魔法が、奇跡だとでもいうのか。
ただ願っただけ、願った分だけ、感覚も掴めないままぼんやりと使う。
それって、相当危険なのではないだろうか。
もし私が相手に殺意を覚えて魔法を願ってしまえば……そう考えると、背筋が寒くなってきた。
「リエ殿は優しい子だよ。その力に驕り、溺れるような事はないし、間違った使い方も決してしないと言い切れる。だからもっと胸をはって、前を向いて歩きなさい。
なに、若いうちに間違っても、大した事にはなるまい。私が保障しよう」
私の歩く道は真っ暗闇で、かかとの所まで黒い水に浸っている。道しるべも何もなく、間違った方向に進んでも誰も声をかけてくれない。黒い水の底にガラス片があっても気付かずに踏んで血を流す。
最終的に、そこにぽっかりと空いた穴に気付かずに、こんな異界へと来てしまった。
そんな私に前を見ろと言う。
下を向いて歩いていても、黒い水の下はどうなっているのか分からない。わからなければ、そこはもう仕方ない。ならば自分が信じる道を歩くしかない。せめて、前を向いて。
どっちみち、下を向いていても前を向いていても、先の事が分からない事に変わりがないのだから。
「ありがとうございます、おじい様……あ、いえ!グリーヴ様、失礼しました」
ああ!つい、おじい様って呼んじゃった!
いつも心の中でおじい様と言っているのが仇になったよ。赤の他人が何様ですか、恥ずかしい。穴があったら入りたい。
「おじい様か……良い響きじゃないか。そう呼んでくれて、構わないよ」
優しく笑って、わしゃわしゃと乱暴に頭を撫でられる。
なんかこう、胸の奥がかーっとなって、ついでに顔も熱くなる。
無性に、嬉しい。
歌って踊り出したい。流石に、そんな奇行はできないけれど。
「で、では、その……おじい様と呼ばせて頂いても……?」
「ああ、いくらでも呼んでくれ。遠慮せずにね」
「おじい様……」
「ああ、良いモノだね」
そう言って、私の頭を優しく撫でる。
あまりに嬉しそうにされるので、まるで本当の孫にでもなったような気分だ。
「……ありがとうございます」
「はて、礼を言われる事は何もしていないが?
いいものを見せてもらった、私の方が礼を言いたいくらいだ。ありがとう」
「いえ、私はなにも」
「はっはっは!ではお互い様だ」
おじい様がそう言って話を切る。
そしておじい様が視線を後ろへと向けると、そこに騎士が佇んでいた。
どうやら、ずっと見ていたらしい。おじい様に動揺は全く見られないが、いつごろから気付いていたのだろうか。ちなみに私は全く気が付かなかった。
「ヴァレール・ディリュイド・ミラ・ルフト」
「……は」
「この件は、私が預からせてもらう。君の主には知らせないで貰えるかな」
主、というのは、エルリックの事だ。
雇い主はエルリックで、護衛対象がエリカ様。エリカ様が私になってしまった訳だが、そこはいいか。
「理由をお伺いしても?」
「そうだね……あの子にはまだこの事実は荷が重すぎるものだ。まだまだ未熟であるからね。……最も、君にも重いものだとは思うが、ね」
「……分かりました」
1つ瞬きをしてから、そう答える水色騎士。
おじい様の命令は、主の命令よりも、優先されるものだと判断されたか。或は権力的におじい様の方が上だから従うほかないだけか。……いや、後者はない、かな。だとすると、前者か。とりあえず、騎士の中でも話さない方が良いと判断されたらしい。
ふむ、と考えていると、水色騎士とバッチリ目があった。が、珍しい事に騎士の方が少し目を逸らす。いつもは私が耐え切れずに逸らすのに。
「はっはっは!いやなに、若いね……セスにも、もう少し気張ってもらわんとな」
グリーヴ(セスと婚姻してもらえれば本当の孫に出来るんだがな)
とか考えてます。




