表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/52

ルークVSセス

「あっ」


 という声が聞こえたので、そちらを向くとセスがこちらを見ていた。何か言いたげであるので、立ち止まってみる。なんだろうか、セスと言えば、良く分からない事で怒るので、あまり顔を合わせたくないんですが。おじい様がいる前だと、仕方なく対応してますけど。

 セスは周りに誰もいない事を確認するかのようにキョロキョロしながらこちらに近づいてくる。まぁ、水色騎士はどっかにひそんでいると思うが、それはいいだろう。いつもの事だし。セスが気にしているのは婚約者の方だしな。

 淑女の礼をして、セスの顔を見上げると、「うっ」て言われた。なんだ、人を呼び止めておいてその態度は。全く、おじい様とはえらい違いだよ。ああ~最近講義時間が減ってて癒しが足りないよ。もっとおじい様と会話したいよ。

 ふっふっふ、講義がないからって勉強は怠っていない!なにせ、おじい様に褒められたいからね!「よく勉強しておられる」ってあの渋い声で言われると凄く嬉しい。


「あ、のさ、大丈夫か?」

「何が」

「冷たっ!言葉冷たっ!」

「失礼、グリーヴ様でなかった事が悲しくて……」

「なお悪い方向の事を言われた気がする」


 めっちゃ不機嫌そうにされたが、理解できずに「?」マークが浮かぶ。セスは私がおじい様大好きだって知っているだろうに。それの何が悪い事なのか。

 セスが気を取り直したように咳払いをする。


「あの、婚約者の事だ」

「ほう?」


 さっと周りに目を配ると、水色騎士がいたので、機密を話しても大丈夫な状況か確認してみる。すると頷いてくれたので、エーテルミス領の護衛はいないという事だろう。

 ならば本音を言うが、セスも配慮のない言葉を言う。いや、一応確認したのだろうか?でも、素人が確認したところで限界があろうに。いなかったから、今回はいいけど。


「セス様、あまり今はそういう事を言うべきではないし、大人しく部屋に戻っていて欲しいです。あなたの大好きなグリーヴ様がつきっきりで講義してくれるのでしょう?羨ましい限りです」

「わ、分かってる!だから確認はしただろ!?それで、あの婚約者、慣れ慣れし過ぎやしないか!?」

「それはまぁ、婚約者ですから」

「あいつ、分かってんだろ?なのに、あんたにあんな……!」


 なんか顔を赤くして怒っていらっしゃる。確かに婚約者は必要以上にくっ付いてくるね。物凄く面倒ではあるが、致し方ない事だと割り切っている。


「あんたも気軽に触らせるなよ!」

「そんなこと言われても、これが仕事だし」

「うっ……!」


 頭では分かっているが、感情がついてきていない、という所か?身代わりである事を分かっているから、婚約者ではないと分かっているから。だから心配なのだろう。恋人でもない、無関係な男とくっ付いている私の状況を、ハラハラしながら見ているって事か。あんたは私の親か親戚なのかい?

 人の世話を焼きたがるのは血筋なのだろうか。おじい様も無関係な私に良くして下さっているしね。


「き、キスを……しているように、見えたが」

「ああ……さすがにしてません。そう見えるよう配慮してくれてるみたいで。さすがと言うべきか、凄いですよ、あの技術。セス様も見事にだまされてくれたみたいで」


 あれは素直に感心する。本当にキスしているようだ、と侍女長も太鼓判を押していたし。ふふ、私の方の演技もなかなかのものだって、侍女長に褒めてもらえたし。

 私の言葉に、明らかに安堵の表情を浮かべている。


「そ、そう、か、してない……」


 ほんとにされたら、さすがにショックだ。そこんところをちゃんとわきまえているあの男はやり手である。手馴れてる感じが物凄く嫌な感じだけどね。危うくドキッとさせられるよ。怖い男だ。

 そんなこんなな会話をしていると、パチリと騎士が手を叩いた。その話はそこで終いという合図だ。

 誰かが近づいてきている、それも、護衛か執事のどちらかだろう。そうでない限り、騎士は止めたりしない。騎士は気配を読むのが上手いから、間違いはない。

 しばらくすると、護衛をつけた婚約者が顔をみせた。

 というか、どの時点から気付いているんだろうな、あの騎士。いつも感心を通り越して、引くわ。

 私とセスの姿を認めた婚約者が、明らかにムッとする。う、うまい!嫉妬の演技上手い!なるほど、勉強になるわ。

 私も嫉妬した方がいいよな。例えば夜会でも、この男はモテるだろうから、怒って出ていくのも良い。嫉妬か、それは恋を表現するのに丁度いい感情だろう。

 今の所、婚約者に女の陰はないので、その必要はないけれども。あ、なんか暗い過去をお持ちのようですが、さすがにそういうのは遠慮しておく。過去の女の興味はないのですよ。そういう設定にしようか。うん。今のあなたを愛する事ができるのはわたくしだけです、とかなんとか。うん、我ながら良いセリフじゃないか?

 ムッとした後、取り繕ったような笑みを浮かべてこちらに歩いてくる。おおお、凄いな。ムッと嫉妬するだけじゃないんだね!ちゃんと取り繕うんだね!勉強になります、婚約者様!さすが婚約者様だ!


「やぁ、久し振りだね。セス・トゥーラカーマ・ダラス」

「ああ……久し振り」


 セスは、明らかに嫌な奴に会った!という顔である。ほんと、セスは取り繕わないなぁ。そう言う所、好きだけど、貴族としてはどうかと思うよ。これが演技だというのなら、ある意味尊敬するけどね。


「僕の婚約者と2人で内緒話かい?」

「……別に2人ではない。男爵もいた」

「彼は護衛だろう?そんなもの数にいれないで欲しいモノだがね」


 わあ、その言い方凄く貴族っぽい!嫌な貴族代表って感じがするよ。なんか、今まではなしていたイメージとちょっと違うっていうか、前より嫌いになりそう。


「あんたはいつもそうだ。人を馬鹿にしてばかりいる」

「ふふ、それは自分が馬鹿だと認めているのかな?」

「誰が……!」


 声を荒げそうになったが、ハッとして口をつぐんだ。あまり怒鳴り散らすのは良くないと思ったのだろう、正解だ。この場で権力が高いのは公爵である婚約者。公の場ではないにしろ、あまり怒鳴り散らして良い相手ではない。


「ふふ、ちょっとは成長したのかな?」

「……!」


 この婚約者の馬鹿にしたような顔ときたら。

 でも、今までの態度と違いすぎるのに違和感を覚える。彼はこんな風に人を馬鹿にするような人間じゃないはず。どちらかというと、自分を卑下するタイプだったと思う。平民に憧れを持つ、ネガティブ系イケメン。

 セスは苛立った心を隠しもせずに、さっさとその場から立ち去ってしまった。

 その後すぐに、婚約者が溜息を吐く。

 もしや、試していたのだろうか、セスを。セスは感情を隠すのがヘタクソである。貴族としてそれはあまり宜しくない。その事はおじい様も分かっている。だからなんとかしないと、とは考えているはずだ。

 婚約者はにっこりと笑って、私の腰を引き寄せた。


「僕は嫉妬深いんだ。あまり他の男といないで?」

「……ごめんなさい、ルーク様」

「ああ、そんなに落ち込まないで。君が美しいから、仕方ないよね。僕がもうちょっと傍にいてあげられれば良かったんだ。僕が悪いんだよ」


 そう言って、ぎゅっと抱きしめられる。

 うっ……思いの外良い体格してるから、包み込まれた感じが、なんか凄くやばい。色々考えるとまずいので、素数でも数えようか。2、3、5……そういえば素数という概念はこの世界にあるのだろうか。あまり数学はやっていないからな。数学よりもマナーとか常識、貴族の名前を覚えるのが優先だし。ある程度覚えたらそう言う事も見て行きたいよね。覚えるのに必要な事が多ければ多い程他の事が気になっちゃうお年頃かな。ノルマを山積みにされてると、掃除をしたくなる的な。

 さらさらとそんな事を考えている内に、婚約者が解放してくれた。ちょっと照れたように顔を赤らめて。


「でも、恰好悪い所見られちゃったかな?ちょっと怖かったでしょ?さっきの」

「いいえ、敢えて嫌われ役をするルーク様も素敵です。惚れ直しました。セス様も幸せ者ですわね」

「え、あ、わ、分かってくれてたんだ、ふぅん、そ、そう」


 これは素で驚いたのだろう。物凄く動揺して赤くなっている。す、すげぇっす。素の反応も恋人に対するモノだなんて!もうこんなの敵うはずがないじゃないか。

 というかやはり当たりだったか。誰に頼まれたのか、それとも自分からやっているのかは分からないが、セスの成長の為に敢えてやっているのだろう。

 嫌いな相手に普通な態度で接する事が出来るようになってもらわないと困るからな。いけ好かない貴族なんてうようよいるだろうし。その度に嫌な表情してたら交渉できるものも出来ない。貴族って大抵長男が家督を継ぐみたいだけど、セスって長男なのだろうか?まぁ、私には関係ないか。


「君って……そういうとこ、ずるいよね」

「え……?」

「ふふ、でも僕が婚約者で良かった」


 と嬉しそうに笑う。

 はぁ、さいですか。なんだろう、気に入られてしまったのだろうか。気に入られるような事はしないようにしていたんだが。婚約者様のツボが良く分からないな。

 ……ふむ、平民に憧れを持つ婚約者の事だ。きっと貴族らしくない女の子の方が好きなんだと思っていたが、思い違いか。なら平民っぽく振る舞……えないよね。護衛いるし。ちくしょう、つんでやがる。早く帰ってくれないかなぁ、ぼちぼちおじい様成分が欲しいんだよなぁ。




 婚約者の相手でぐったりしつつエリカの部屋へと入る。

 この部屋は落ち着かないが、ここで生活しないと不自然だから仕方なく。あああ、こんな広い所で寝ても疲れが取れた気がしないよ。

 ルカと騎士、それとサシャさんに教えるのも中途半端になってるし。というか、ひらがなとカタカナしか教えてないよ。ん……そうだなぁ、じゃあ次漢字の表?ハッキリ言って辞書ほど書ける訳ではないからなぁ。良く使う漢字を聞きとってそれ教えようか。ま、書けない部分はひらがなとカタカナで補えるし。

 などと考えていたら、後ろでストンと何かが落ちる音が聞こえたので振り返る。すると、サシャさんがニコニコとそこに立っていた。

 上を見上げても、特に穴らしきものがない。なんだ、今どこから降りてきた?まさか天井に張り付いていたのか?

 私の視線の先を察して、サシャさんがジャンプして張り付く。え、は!?なんで張り付いてんの!?

 よくよく見ると、サシャさんが手足を持って行っている所だけでっぱりがある。でっぱりと言っても、第1関節ほどの小さなものだ。普通にぶら下がれないと思う。

 サシャさんは張り付いた状態で、天井の1部分をずらした。恐らくそこから侵入してきたのだろう。なるほど。

 私が頷くと、サシャさんは天井を元に戻して降りて来る。

 ニコニコ笑っているが、この人が普通じゃない事は分かった。さすがフォルジュの実力主義。あんなところ張り付けないよ。というか、ジャンプで普通に天井届くってなんなの、どんな身体能力してるの。

 のるま。と書かれた紙の束を3つ渡された。るか、ばれーる、さしあ、と表紙に書かれてある。おう……ヴァレールのヴは教えてない文字だったね!ほぼ使ってない字だったからうっかりしてた。

 そしてひらがな表記とか……なんだろう、可愛いなこれ。大切に保管しておきたいレベル。ルカは絶対に破り捨てそうな気はするけども。

 サシャさんの顔を見ると、頑張ったんだよー!と言っている。喋っている訳ではない、なんかこう、溢れ出る頑張ったオーラが。この人私より年上に見えるんだけどな、なんだか猫かわいがりたくなる感じである。

 さて、渡されたって事は書いた文字を添削して欲しいのだろう。早速見ていく……その前に名前の文字だけでも訂正して見せておくか。ルカは合ってるけど、ひらがなよりカタカナの方がいい。ヴァレールも書いて……ああ、他の人達にもヴを教えないとな。ただし、ひらがなのうに濁点は付かない、と。ん?ついたっけ?でも常用じゃないよな、確か。まあいいか……うに濁点なんてめったに使うモノでもないし。ヴァレールくらいじゃないか?

 さしあ、はサシャ、と。小文字も教えているはずなんだけれどな。この世界の使い方とは、ちょっとばかり違う感じがしたからな。まだ勉強不足だから、気のせいかもしれんが。

 ……添削してて思ったんだが、皆の文字が私より上手い気がする。何故だ、何故見本の文字より上手い?どういう事だよ!ちくしょう、やってらんねぇ!

 ペンの使い方がうまいのかな……それにしても特にサシャさんが優美なんだが。この世界の文字が流れる様な文字だからか知れないが、自然な書き筋だ。それに、常に文字を書いているせいかな。

 ま、そりゃあペンを握った事のない子供に書かせるよりは上手いですよね。私より上手いってのがなんか納得出来ませんが。


「サシャ様」


 名前を読んだら、物凄くぎょっとされた。様で呼ばないでくださいませえええ!っと書いて、顔は半泣きである。そんなに嫌だったのか……。


「サシャさん」


 ブンブンと首を振る。

 え、これ以上変えられないですよ!?

 呼び捨てがいいです!それか3と呼んでくれ。と書かれた。普通に数字ですよねそれ。

 どうやら、このフォルジュの別宅以外で使われるサシャさんの通称らしい。フォルジュの密偵の中で3番目の実力、という事らしい。ちょっと待て、と。あの常人離れした動きで3番目だと?


「サシャさんでも3番って……他の皆さんは相当凄いのですね」


 サシャ!

 って書いて強調してくる。いいえ、私はあなたをサシャさんとお呼びいたします。

 私がふふ、と笑って訂正しないままでいると、むむっと頬を膨らませた。ああ……確かに可愛らしいので呼び捨てにもしたくなりそうですね。

しませんけど。

 素早くペンを走らせて、次に見せてきた文字に少し目を逸らす。

 あなたは人との距離を置きすぎている。

 と。

 敢えてそうしているのですよ。私は本来ここにいていい人間ではないのだから。名前も極力呼んでいない。名を呼ぶとこの地に縛られていくような気がするからだ。

 でも、ここの人達は皆良い人達ばかり。私には未だかつてこんな風に優しく接してくれる人がいなかったので、結構つらいモノがある。

 今まで私に優しくしてきた者は、裏切った。この世界が前の世界とは違うと分かっていても、拒絶する心がなかなか抑えられない。

 この人達は、きっと大丈夫、だから信じてみよう。そんな風に思う気持ちがいつもないがしろにされてきた。信じてみたいが、信じたくない。この人達にまで嘲笑われたら、自殺でもやりかねない。

 ……そういえば、私はおじい様の事を自分でも驚くほど信頼しきっている。もしかすると、魂属性の質なのかもしれない。あれは、多少なりとも、触れた人の心に影響するから。

 それが……辛いのか。1人でも安心できる人を見つけてしまえば、同じように安心出来る人を求めたくなってしまったのかもしれない。人間と言うのは欲なものだから。もっと欲しいと思っているのかな。

 自分でも、何がしたいのかは良く分かっていない。ただ、傷つきたくない。それだけは確かだった。

 サシャさんは私をじっと見た後、するするとストールを解いた。

 何をしているのですか、という前に、彼女の首が露わになる。酷いあざがそこにはくっきりと残っており、首の後ろに金属のようなものがくっ付いている。その金属は首の骨を支える為につけられていると推測される。首の骨が砕け、またあざも広範囲で。この傷を負った時、恐らく致命傷になるほどひどい傷だったのではないかと思う。

 何故、こんな怪我を。

 何故、私に見せるのか。

 サシャさんはニコニコ笑って紙にペンを走らせる。

 優しいね。と彼女は書いた。

 私はその文字に眉を潜める。何がだろう。

 彼女の首を見る者は殆どの場合が、嫌な顔をするか、恐怖に染まるのだという。でも、私の反応は驚きはしたものの、極端に恐怖する事はない。そして、この屋敷の者達も、皆同様に彼女を忌避したりしない。だから大丈夫だと、この屋敷の者は裏切ったりはしないのだと。皆優しい人達なのだと。

 サシャさんはするりとストールを巻きなおして、ぽんと私の頭を撫でる。

 すぐには無理でも、歩み寄って欲しいと。彼女は書いた。


「どうして、そこまで……言ってくれるんですか」


 昔の自分とそっくりだったから。だそうだ。

 密偵とは思えぬほどにニコニコしているサシャさんは、昔怪我を負った獣のように警戒心がむき出しだったらしい。

 今ではとても想像できないが……いや、恐らく首の大怪我が要因だろう。

 人に何かされた結果があの傷だ。命の境を彷徨い、目が覚めたなら、人に対して警戒しても無理はない。

 どういう流れでここに雇われているかは分からないが、ここにきて安心できる場所ができたのだそうだ。

 安心できる場所か。

 いいな、そんな所が私にも出来ればいいんだけど。

 ここは……無理だ。貴族の屋敷なんて私がいるべきところではない。それに、気を抜けば影武者だとバレる。

 もし、この世界に居続けようと思うなら、それは下町の方だろうな。すこし寂しいと思ってしまうのは、きっとここの人達が良い人だと分かったからだろう。

 サシャさんは居場所を見つけたけれど、私は……私はどうするのだろうな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ