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婚約者は帰らない

前半主人公、後半婚約者視点。

 婚約者が来日して3日経った。あの野郎帰りやがらねぇ!何故か知らないけど、毎日私の顔を見に来ている。すごく、すごくやり辛い。なんなんだ。いやがらせなの?なんなの?


「エリカは今日も美しいね」

「まぁ……ふふ、ルーク様には負けますわ」

「いやいや、君の方が……」


 という巷のバカップルのような会話を繰り広げる。

 死にそうだ。何がって、心が。まだ淡々と勉強していた方が楽しいなんて、誰が予想できただろうか。

 護衛がいる間は、本当に婚約者のフリをしなければならないようだ。どういう事情なのか、彼らにはばれてはダメなようである。という訳で、貴族ガードにより苦手な相手に笑顔を向けるよ!出来ないと思ってた時代が自分にもありました……案外どうにかなるものだね。

 まぁ、仕事と思って割り切れば、嫌いな上司とも話せるってもんか。対応できないと生きていけないもんね。社会って厳しいなぁ。プライベートは絶対に笑ってやらないけどな。

 婚約者が、私の手をとって、護衛に目くばせする。これからもっと色々したいから、邪魔してくれるな。という合図である。

 仲睦まじい婚約者の事だ、きっと色々やらかしたいだろう。そんな若さゆえのちょっとした楽しみをさせようと、護衛達が立ち去る。

 それでも、遠くからみていたり、盗み聞かれたりするからハメは外し過ぎてはいけないが。必要以上の密着がなくなるのは有難い。


「ふふ、護衛がいなくなった途端、いきなり仮面が剥がれたね」

「お褒め頂き有難うございます」

「いや、単純に落ち込んでるんだけどな?」

「またまた御冗談を」


 まぁ、冗談を言っても笑いませんけどね。

 護衛がいないなら、無理して笑う必要もない。婚約者として結構長い時間いるのだ。あまり無理をしすぎてもボロがでる。メリハリって大事だよね。


「手厳しいね。仮にも婚約者だよ」

「確かにそうですね」


 本当に仮ですよ、全くもう。この3日間居続けられたら、流石にちょっとは慣れて来る。それに、あまり気を張らなくても案外冗談の通じる人だった。本当に意外な事だけどな。

 ……まあ、極端に女の子に甘いだけかもしれんが。嫌いな女の子でも大規模な魔法を行うくらいだ。相手の好みに合わせるのも得意なのかもしれない。


「ならば、口付けでも致しますか」

「え」


 ピシ、と婚約者が固まる。

 いつもののんびりと余裕を持った笑みではない、引き攣った顔になっている。

 おや、珍しい顔が見られたものだ。


「……君も冗談を言うんだね?……びっくりした」

「紛らわしいと言われた事ならあります」


 いるんですよね、冗談を言って分かって貰える人と、分かって貰えない人が。私は後者だ。軽く言った冗談でガチで引かれた経験をお持ちです。それ以来冗談は慎み、大人しくしてましたよ。

 ま、今はワザと言ったわけだが。中々面白い顔をしていたので、笑えたよ。


「君はつくづく変わった人間だ」

「そうでしょうか」

「僕よりも君の方が貴族に向いているのかもしれないね」


 そう言った婚約者の顔はどこか遠くを見つめていて、泣きそうだ、と思った。何やら深そうなそうでないような事情をお持ちで。ま、事情なんて聞きませんけどね。

 くるりと身を翻し、紅茶のポットが置かれた荷台の所まで行く。


「紅茶を淹れなおして貰いましょう。きっと温まりますよ」

「……優しいんだが、冷たいんだが良く分からないね」


 ふふ、と笑っているので、先程の顔はワザとだろう。私が冗談を言った時の意趣返しか。ま、どうでもいいがね。

 おじい様が悲しい顔したら、ガンガン聞くけどな!おじい様はそんな隙みせないし、みせるとしたら妻に見せるだろう。その隙のなさに惚れ惚れするね。


「……いや、冷えたままでいいよ。僕ももう少しだけ自由が欲しい所だからね」


 そう言って、椅子に深く腰掛ける。


「君が聞かないから勝手に話させてもらうけどさ」


 1口紅茶をすすって、そう切り出す。

 正直聞きたくないが、言いたいのならどうぞご勝手に、と言った所だ。


「僕は平民暮らしの方に憧れていてね。子供の頃は良く抜け出して怒られたものだよ」

「意外ですね」


 平然と笑っているこのキラキラした男が平民暮らしに憧れとは。人は見た目によらないものだ。……ううん、侍女長が馬鹿って言ってた理由は他にも存在していたか。貴族がほいほい抜け出しちゃ、そりゃ色々困るわな。エルリックの場合も祭りに参加したりしてるが、ちゃんと護衛も連れてくらしいし。領地の為の視察という意味が含まれているのが理由でもあるから、婚約者のソレとは大きく異なると思うけど。

 婚約者が、するりと私の頬に触れ、顔を近づけてくるので、そっと目を閉じる。そのまま婚約者はキスに見えるように耳元に唇を近づけて、耳打ちする。聞かれたくない場合は大抵このポーズだ。何度もされると嫌でも慣れて来る。慣れたくはなかったものだが。

 美声を耳に直接放り込まれるのは、本当に勘弁してほしいが、これも影武者の務めである。慣れはするが、嫌なもんは嫌なのだ。


「君は、その町でであった少女に、とても似てる。容姿じゃなくて……中身が」


 そう言って、懐かしそうに目を細めている。キラキラしてて目に優しくないので、さっさと目を逸らさせて貰う。

 その誰かさんと私を重ねないで欲しいな。だからこの男の事は嫌いなのだ。

 私が目を逸らしたのを見て、ふ、と笑ってから顔を離す。


「おっと……そちらの騎士様のお出ましだ。参ったね、これは」


 ワザとらしく肩を竦める婚約者。

 言われてから婚約者の視線の方に目を向けると、確かに水色の騎士が近くまで来ていた。本当に音がないな。それでもこの気配のない男の動きに慣れてきた自分も恐ろしい。

 ずっとイケメン見てると、感覚って麻痺するんだね、知らなかった。たぶん、状態異常にかかってると思うわ。イケメンに対抗する能力値があがってる的な何かだ。状態異常というよりもバフかな。

 騎士が来た事により、婚約者の護衛も近づいてくる。なので、顔に笑みを張り付ける簡単な作業をしておく。この笑み、張り付いてはがれなくなったらどうしてくれよう。

 早く帰ってくれないかな。おじい様の講義の時間も減っちゃってるし。ダンスの練習もしたいんだよな。ダンスの練習したいなんて口にしたら、この男絶対に「僕と踊りませんか?」という提案をしてくるに違いないので、言わないけど。いや、いずれこの男にエスコートされるので、踊った方が練習になるが……まだ他の護衛達に見せられる出来栄えではない。

 すっかり冷めてしまった茶を飲み干す。


「ふふ、邪魔が入ったね」

「そうですわね」


 うふふふ、ふふふふと2人で笑いあう。まるで狐と狸の化かし合いのようでもある。ちょっと意味がちがうか。

 どうして護衛にはなにも通達していないのか、それとも何か思惑でもあるのか。とても面倒くさい話である。

 聞くところによると、あの執事と護衛はエリカ様も知らないという。ここにいつも婚約者に同行してくる護衛は例の事件で謹慎中とのこと。表向きは祖母が倒れたから休養がてらの帰省という事になっている。まぁ、婚約者の暴走を止められなかったのだから、ある程度の処分は仕方ないだろう。その護衛の祖母の体調は本当に芳しくないようだし、嘘でもないみたいだから色々都合がよいのだそうだ。

 そこで、新しく護衛を付けた訳だ。元々雇われていた者達なので、ある程度なら信用はできるが、エリカの影武者と言うかなり重たい事実を暴露するまでの信用はないと言った所かな。

 連れられている執事は、冷えた紅茶を手早く入れ直している。手際良いとは思うが、ちょっと遅いなと感じる。これは……ルカとかニーナ、侍女長が規格外なせいなのかな。あの人達は何やっているかむしろ分かんない時あるから、はやすぎて。時を遅くする能力でもお持ちですか?と尋ねたくなるほどに。

 じっと見ていたら視線を感じたのか、執事の人と目が合った。灰色の髪と濃い灰色の男の人で、目が合ったらすぐに逸らされた。若いとは思うけれど、灰色なせいで老けて見える気がする。

 次に護衛の方に視線を向ける。

 水色の騎士に比べると、随分とがっちりした男だった。いや、どう考えても水色の騎士の存在がおかしいだけだろうな。

 ついでに言うと、気配が隠しきれていない。近づいて来られたらすぐに把握できる。水色騎士の存在を、研ぎ澄ました神経で探っている私としては、でかすぎる存在感である。ある意味安心かもしれない。

 なにせ水色騎士の方は、いるって分かってても気がついたら忘れてるレベルで気配がない。何度悲鳴をあげそうになったことか。どちらかというと、あっちのがちむちの護衛の人の方が嬉しいかもしれない。如何にも武人ってかんじで、良い感じだ。

 しゅっとしててキラキラしてて戦いも優秀などという乙女ゲームにでも出てきそうなどこぞの水色の髪の騎士は違う。

 おっと……あまり見つめ過ぎたら、居心地悪そうな顔された。不躾な視線、失礼しました。

 いやはや、しかしこうまでも男に囲まれる日が来ようとはな。現実は小説よりも奇なりという事か。

 視線を婚約者に引き戻すと、甘い笑みを浮かべていて胸やけしそうになった。


「あまり護衛を見つめると、妬いちゃうよ」

「あら、ふふ……ごめんなさいルーク様」


 婚約者ぱねぇな。婚約者役が実に板についている。まぁ、実際婚約者だったのだろうが、勘弁してくれ。

 恋人に甘い言葉を吐くのはあちらの方がお得意だ。私は羞恥で顔を赤らめるくらいですよ。しかし、そういう態度の方が、あちらさんもやりやすいだろうしな。如何にもカップルという風情がでる。本当の恋人のなるのはごめん被りたいものだが。


「あまりに君が魅力的で、他の者にとられないかと心配でね」

「まぁ……嬉しいですわ。でも安心してくださいませ。わたくし、あなた以外と婚約する気はないのですから」


 にこっと営業スマイルを。

 ふ……鍛え上げられたこの頬の筋肉を見てくれ。ここにストレッ○パワーが溜まっているだろう?正直ダルいです。

 婚約者は私の言葉に僅かに目を見開いて、それから桜色に頬を染めて嬉しそうに笑った。


「ん……嬉しいよ」


 うわぁ……これ演技だよなぁ?こわいな、この男。私も負けていられないな。相手がぎょっとしてドン引きする演技を見せなければならない。え、まじでこいつ俺に惚れちゃったワケ?うける!くらい言われるほどの演技力だ。女優、私は女優になるぞ。

 そうすれば影武者もなんとかなるだろう。いざとなったら貴族歴の長い婚約者に放り投げればいい。なんだかんだ言いつつ、顔色を隠すのが上手いし、何よりも嘘が上手い。見習わなければならない所だし、頼りにはなるだろう。その為の婚約者。婚約者と書いてサポートと読む。

 婚約者がエリカを逃がさなければこんな事にはならなかったのだから、当然の役割と言えよう。

 ところで、婚約者はいつ帰ってくれるんでしょうか。ちょっと休みたいんですけど。






……婚約者、ルーク視点……



「僕は飽き飽きしてるんだ、貴族なんて窮屈な存在に」

「あら、いいじゃない。私はあなたが羨ましい」

「君は本当に変わってるね」


 嘘偽りなく、羨望の眼差しを向けられて、溜息を吐く。

 ああ、これは夢だった。

 果てしなく遠く、胸を締め付けられる夢。


「こそこそ抜け出したり、つきっきりで勉学を教えてくれる教師だったり、毎日安心して食べられるご飯だったり、貴方がもっていて私が持っていないものなんて、それこそ山のようにあるわ。むしろ、貴方の方が余程変わっているって思う」

「そういうものかな」


 自分と同い年なはずの少女は、達観したように朗々と喋る。僕は、彼女のこのはっきりとした綺麗な声が好きだった。御高説の為にながながと喋っているのすら居心地がいい。


「豊かな恵みを貰っている貴方が、私みたいに何もない子供の所に出入りするのは、褒められた事じゃないわ。早く帰りなさいよ」


 その言い方ではまるで僕の方が聞き分けのない子供のようであった。


「ふふ、僕よりも君の方が貴族に向いているのかもしれないね」




 パチリと目が覚める。

 いつもなら悪夢で終わるはずの夢は、幸せな時間で止まっていた。それなのに、頬には涙が流れている。悪夢を見た時より、余程悲しかった。目が覚めた時と夢の違いに、余計に苦しくなるのだ。

 夢が変わったのは、彼女のせいだった。

 顔はまるで違うし、声も仕草も違うのに、何故か考え方は似通っていて。

 年下であるはずの彼女は、静かに貴族らしい物言いをする。

 娼婦の恰好をした少女を、エーテルミスが拾って来た。それがあの少女だと言う。娼婦というのは、あまり頭が良いとは言えない。すべてがすべてという訳ではないが、親の養いを満足に受けられないものがなる事が多いためだ。

 昔に比べると、たくさんの平民が学問を受けられるようになった。だが、それでも少額の入学金ですら支払う事の出来ない子供はいる。

 だとするに、あの少女の聡明さはどこから来るものなのか。

 それに、あの少女は娼婦特有の慣れや恐怖、嫌悪がない。手練れの娼婦ならば、それを上手く隠せる手管も持ち合わせているだろうが、あの少女はまだ10にも満たない。何かしら男に対して感情があってもおかしくはない。

 それとも、憔悴した状態で見つかったと言う事は、その役目から逃げてきたか。いいや、過ごしてわかったが、役目から逃げ出す様な性格には見えない。あの少女は役目の為なら何かを切り捨てる覚悟が出来ている。

 その覚悟は、かつての少女を思い出す。だから僕はあんな夢を。


「お目ざめになりましたか」

「ああ」


 両親がつけてくれた、まだ新人と言ってもいい執事が朝の紅茶を運んでくれる。スッキリするような香りの紅茶は、朝飲むのに丁度良い。

 僕は思いの外あの身代わりを気に入ってしまったようだ。身代わりとは、なんて皮肉なんだろうな。確かに、僕からの感情も身代わりと言えるんじゃないだろうか。

 僕が誰かを重ねている事を、彼女は知っている。それを不快だと思っている事も。分かっててもやめない僕は、きっとあの日から時間が止まっているのだろう。僕はまだ子供だ。だからこそ、あんな馬鹿な事をした。

 後悔はしていないし、むしろスッキリとした気持ちでいる。他に逃げ出す様な馬鹿な娘がいなかったというせいもあるが、フォルジュはまずかったかな。エルリックには、すまないと思ってる。あいつはつくづく運が悪い。その分、人には恵まれているが。ま、僕が言う事じゃないけど。

 エリカは下町で生きていけない。そして、貴族でもまた、生きていけないだろう。中途半端な貴族の誇り。エルリックも無駄な事をする。そんなにあの我儘な餓鬼を助けたかったのか。フォルジュにしては怠慢だな。娘だからこそなのだろうか。


「ルーク様は良いですね」

「ん?」


 紅茶を口にしていると、執事が僕に声をかける。

 あまり喋らない……というか、単純に僕の性格を掴み切れていないせいだと思うが、護衛や執事との会話は薄い。僕も男とそこまで仲良くしたい訳ではないしな。


「あんなにお綺麗な婚約者様に好かれてて」

「ふふ、そう?そうだろう?自慢の婚約者だよ」


 あれは全て嘘だけれど。

 嘘だとしても、彼女の言葉に感情が揺れてしまう。本当に彼女がエリカだったのなら、僕は喜んで婚約者になっていただろう。僕は、彼女の本当の名前さえ知らない。それが、とても虚しい。

 しかし、両親も人が悪い。

 素人の目も騙せないようじゃ身代わりなどやめておけ。そういう意味で、この2人を送りつけている。それもご丁寧に、任務としてフォルジュの内情を探れとの事だ。まだ1月も経っていない素人に対してあの両親も酷いモノだ。

 だが、さすがフォルジュというか、色々探っているみたいだが、まるでしっぽが掴めない。

 それは、彼女のあまりにも余裕たっぷりの態度にもあると思うがな。あんなたっぷりと余裕を含んだ笑みを浮かべる者を、誰が平民だと思う?僕は心底惚れ惚れしたよ。


「政略結婚でも、あんな風になれるのですね。なんだが私も希望が湧きますよ」

「僕が特別かっこいいからかもしれないよ?」

「あはは、確かに。それは御座いますね」


 この執事も貴族だ。侯爵家の5男で、家督を継ぐことはまずないため、こうして働きに出ている。だが、それでも政略結婚というものはあるらしい。変な女と恋に落ちて駆け落ちでもされたら家の格が落ちるそうだ。家督はないのだから、自由を与えてくれれば良いモノを。貴族と言うのは本当に窮屈で仕方ない。

 そういえば、貴族が窮屈で嫌いという意見だけは、エリカと被ったんだよな。

 ふふ、僕は彼女のように逃げられなかったけどね。出て行った先でエリカがどう行動するか、僕には分からないが、きっと未来はないだろう。だがそれを望んだのは彼女自身だ。僕はもう、あんな人間と婚約者になるなんて御免だ。

 さて、また今日もいやがらせに行くかな。

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