今日は私が講師です
「こちらが、私が使っている文字の2種類となります」
「これで2種類ですか……」
ルカへ文字を教える為にひらがな、カタカナ表を広げた。ひらがな、カタカナは読みが同じだし、同時にやった方がいいかと思ったのだ。無理そうなら片方ずつでも良いのだが、まぁそこはルカの様子を見て判断する事にした。
ついでに私の方も文字を書けるように教えてもらう。交換条件のようなものである。
「こちらは丸っこい方がひらがな、こちらはかっちりしている感じですね。これがカタカナ。並べてある文字は、音は同じです」
「なるほど、たとえばこれはなんと発音するのですか?」
「め、ですね。隣もメ、です。表記方法が違うだけです」
「何故そのような事を、わざわざ……」
なんだよクッソ面倒くせぇなって心の声を受信しました。気持ちは分からんでもない。外国でも、そうそう色んな表記をする事はないだろう。Aならaくらいしかない。これで漢字も含めたらどえらい事に。うーん、気が遠くなるな。
とりあえず、音を声に出しながら書き取りの練習だ。
「あ」
「……あ」
「い」
「……い」
「う」
「……う」
「え」
「……へ」
「え」
「……え」
なんだ、凄く可愛いのですが、この執事。
ああ~この感じあれだ、小学生が書き取りしてる感じ。そりゃ可愛いよな。なんか大人な分、必死でひらがな書いてるのがひたすら可愛い。外国人の拙い日本語とかも、可愛らしかった記憶がある。
私もこの国の文字を書きとれるように文字を書く。書いたら、その文字が正解かすぐに分かる。文字は書けないけど、スラスラ読めるから不思議な感じである。どこか間違えたら読めないのがアレだけども。御蔭で間違いが分かりやすくていいね。
「……」
顔を上げると、騎士が興味津々でこちらを見ていた。じっと手元を見ているので、もしかしたら覚えたいのかもしれない。
「やりますか?」
ぴらっと紙を見せてやるかどうか聞いてみる。
騎士は1つ瞬きをしてから、目を逸らす。
「仕事中ですので……」
わぁ、真面目ですね。
なんだろうか、無表情なのに何故かやりたいという気持ちが伝わってくる。
すると、ガシガシとカタカナを書いていたルカが立ち上がる。
「やればいいでしょう。そもそも私もエルリック様の命令で覚えているのですよ。覚えている人間は多い方がエルリック様にもお教えしやすいでしょう。あなたもやりなさい。私がエルリック様から許可を得てきます」
そう言って、部屋を出て行かれる。
なんだろう、お前も道連れにしてやる……!っていう心の声を受信しました。面倒な事をやる仲間を増やそう、みたいな。
でも、なんだか騎士がわくわくしているように見える。キラキラがいつにもまして増えている。目がチカチカして痛い。それに、気配もいつもより濃くて分かりやすい。存在感が掴めるほど嬉しいってか?顔はいつもどおり無表情だけどな。
キラキラしたまま私の方を見て、ありがとうございますと礼を言われる。
「私に、そんな風に接してくれる方は、お嬢様だけです」
「……そんな風、とは?」
「普通に接してくれるという事です」
その言葉にはて?と思う。私は普通だっただろうか。どう考えても普通じゃなかったと思うのだが。気を付けて表情を出さないようにしたし、気を付けて会話を平たんにしていた。普通はもっと感情豊かになっていいはずである。
騎士の普通とは。普通のゲシュタルトが崩壊しそう。
「私の容姿は、人の恐怖を誘いやすいみたいなのです」
はて?とまた疑問が浮かぶ。何故恐怖?あ、魔力的な意味でかな?その長い髪は貴族にとっては魔法が使えるという、貴族の象徴とも取れるものだ。それがかなり長いし、おじい様によると、魔力の質もかなり上質のモノらしいからな。力の象徴でもあるし、それが強いという事なら、確かに畏怖されるかもしれない。いや、尊敬とか、嫉妬される方が多い気がするけどね。
「特に女性は、私をみると怯えてしまって」
「……ほう?」
う、うわああああああ!わかってしまわれた!絶対勘違いしてるよこの騎士様!
特に女性、の部分で気付こうよ!あなた、モテてるんですよ!この騎士様、かなり容姿が優れているから、女性がドキドキして平静を保てなくなるのだろう。そのソワソワした様子を、怯えていると解釈してしまっている。ニーナとか典型だろう。騎士の行動全てにビクついているような……確かに見ようによっては怯えているようにも見えなくもない。
でも、顔とか赤らめているし、分かると思うんだが。
なぜにそのような誤解が生じているのだろうか。
「ええと、何故そのように思われるのです?」
「……友人に、お前はいるだけで破壊力があると、そういわれまして」
ああー……そう、その通りでしょうね。意味は違うのでしょうが、全くもってその通りで。間違っちゃいない、間違っちゃいないのだが……ううむ。
「ううん、そうですね……間違ってはいませんが、答えが違っているのでしょうね」
「答えが……?」
えーと、言っちゃっていいのだろうか、これを。実名ださなければいいだろうか。変に私に懐かれても困るので、言うか。
「えと……ヴァレール様は決して怖がられてはいないと思います」
「と、いうと?」
「男性からは尊敬や優秀な事による嫉妬、そして女性からは好意を寄せられているでしょう」
「……こう、い?」
騎士にとって思いもよらない言葉だったのか、驚いている。いつもの表情よりちょっと驚いてるかな?くらいの微妙な変化ではあるが、これだけ表情が動いているのも珍しい。ずっと無表情を見て来たから新鮮だ。確かに破壊力がある。その友人の言う事は大正解だよ!
それ以上騎士の顔を見ていられないので、かな表に目を移す。
気弱な女性だと、これだけのイケメンを前にしたら恐ろしいかもな。確かに怖い、うん。今実感した。
「怖がられているのではない、好かれているのですよ。ヴァレール様は」
「好かれ……そんな、ですが……話も出来ないのは」
「ああ、好きだから、緊張するのではないですか?」
「そんな……それだと、リエ様は……」
そこまで会話したところで、ルカが帰ってきた。やり切った顔である。どうやら許可を勝ち取って来たみたいだ。良かったですね。
さてさて、無事騎士様も私が普通でない事を理解して貰ったみたいで。むしろ好きじゃないから会話出来てるんですよ!って事を分かって貰えて良かった。
まぁそれは恋愛面に関してのみ、と言う事になるが、そこは言わなくてもいいだろう。わざわざ人間としては真面目で堅実な所が好きですなどという必要性はない。嫌っている、くらいの認識でも構わない。
そしてニーナが騎士様を好いている事に気づいてくっ付けばいい。そうすると私も安心だ。ニーナも喜び、私も喜ぶ、こんなに嬉しい事はないね。まぁ、これから騎士様がどうでるかは分からないけど。
さて、勉強の再開……あ、あれ?頭数増えてね?ルカと騎士と……この赤い髪の女性は誰だ?この屋敷の使用人紹介の時にはいなかったぞ。というか、ルカが入室した時もいなかったはずだ。
私の視線に気づいた女性が、すっと礼をする。褐色の肌に、赤い髪と瞳は、なかなか強烈な印象を与えてくれる。なんというか、うん。胸はDくらいなのだろうか……って、私は何をかんがえているのだろう。
女性はするすると紙に文字を書いて見せて来る。
名はサシャ、フォルジュの密偵らしい。
それ故に、暗号化された文字と言うのはとても有意義なものだと言う事で、学ばせて貰いたいらしい。
ちなみに、声が出ないから筆談で行う。だからこそ暗号が欲しいらしい。書く度に消す作業のは骨が折れるし、もし消去し忘れていた場合が大変だからだ。ちなみに、この人も私が影武者である事、また異界から来た客人である事も分かっているという。
すべて書き終えたあと、ボムっと炎を上げて紙を消し炭にした。魔法を使ったのだろう、彼女の髪は火属性の色だから。たしかに、毎度消すのは骨が折れるな、物理的に。魔法はそこまで便利なモノではない、その度に代償が必要になる。私に説明する為だけに代償を払ったって言うのか、この人は。
「ああ、大丈夫ですよ。小さな火で、ほぼ代償なしですので。ただ、燃えやすい紙を仕込むのに骨が折れているだけです」
と、ルカが解説してくれる。
なるほど、先程の大きな炎の全てが魔法という訳ではないみたいだ。燃えやすい素材の上に書いて、静電気くらいの小さな炎で燃え上がらせる。なんだっけ、芸人が尻に燃えやすい綿を置いて火を付けると、結構大きな炎が燃え上がるやつ。あれみたいな感じか。
説明不足でしたか、すみません。と書かれて、いえいえ、有難うございますと返す。どうやら、自己紹介だけはしっかり自分からやりたかったらしい。そう書いてからサシャはえへへって顔で笑った。天使ですか。密偵って萌えキャラありなんですか。
声を失った天使……いや、人魚かな。そういう恰好似合いそう。首には傷でもあるのだろう、ストールが暑苦しくグルグルと巻かれている。きっと色々あったのだろうな。
に、してもサシャって例のチョコレート菓子を思い出すからよだれがでそうになるんだけど。こんな事考えてる私は相当失礼ですね。本当に申し訳なく。
さてと、生徒も増えた所で、真面目に日本語を教えますか。




