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空の明かり

……ルカ視点……


「はぁ、お前本当に余計な事言うよな」


 深々と溜息を吐いている雇い主を、笑いながら見つめる。回りくどい言い方をしても、あの少女は断るだろうとは思っていた。

 はっ!と鼻で笑って馬鹿にすると、めちゃくちゃ睨んできた。おおこわ。


「いえ、これは失礼を」

「もうそれ言うのやめろよ!思ってないくせにしらじらしい!」


 エルリックは本当にいじりがいがあって面白い。何か言う度に面白い顔でつっかかってくるのだ。くっくっく、と笑っていると、諦めたように溜息を吐かれる。何を言っても無駄だと悟ったのだろう。その通りだ。


「まあまあ、いいじゃないですか、祭りの日以外は行っても良いと言ったんですから」

「確かに……」

「ええ、だから今年は大人しくしといてくださいよ?あの祭りの警護は相当めんどうですんで」

「本音漏れすぎだろ……」


 いやいや、本当に面倒なんだよ。お貴族様には分からんだろうが、スリやチンピラ、娼婦の勧誘、誘拐、暗殺。人混みに紛れて色々やろうとするやつは多い。中央が執り行う最もでかい祭りなだけに、色々な人々が入り混じるから犯人も特定しにくい。

 フォルジュは特に利用しようとしている貴族も多いから、女の罠にも気を付けねばならない。エルリックなら、純粋そうで、真っ直ぐそうな女が危ない。あちらも馬鹿ではないから、あからさまなヤツは仕掛けてこないだろうしな。

 今の所、エルリックは忙しいから女に目を向けている暇などなさそうだが、その油断が仇となる事もある。疲れた心と体に染みわたる様な太陽の笑顔を放つ女とかな。エルリックならコロッと騙されそうだ。女の本当の怖さと言うものを何も知らないってのは厄介な事だ。早く婚約者なりなんなり見つけてくれれば多少は安心できるというのに。それもまた、相手が誰かによって事情が変わってくるので面倒ではあるのだが。

 あの身代わりを気にしているが、果たしてそれは同情か責任感からか。

 とりあえず今は様子見と言った所か。


「諦めて仕事してください」

「わぁってるよ……はぁ……それにしても、あの子はずっとあの様子なのか?」

「ええ、大体あんな感じですよ」


 完璧に相手に壁を作った状態とでもいうのか。全然心を許していないのが丸わかりだ。こちらに好意をもっていると見せかけて擦り寄ってくる女は嫌いだが、あそこまで極端なのもどうか。男を前にすると、それが顕著だ。さっと表情を消す。御蔭で向こうの感情が読み取れない事が多い。この俺が読み取れないって事は、かなりやりなれている。

 これから貴族の茶会に参加するにあたって、読み取れない感情というのは、とても良いモノだ。普段からああなのは困りもんだが。


「ああ、そういえば、1人だけ例外がいましたね」

「なんだ?」

「卿ですよ。グリーヴ伯爵です」

「へぇ……まぁ、なるほどな」


 おそらくエルリックが想像しているものなどよりも、もっと凄いんだがな。たぶん、ちょっと表情が柔らかくなる、くらいを想像しているだろうが、そんな事はない。俺も我が目を疑ったが、別人かと言われる程嬉しそうに笑うのだ。

 隣で見せつけられているセスが憐れである。あれは完全に落ちてるな。

 なんとなく、あの少女は笑わないんじゃないかと思ったが、そうではなくて少し安心した。が、逆に言うと安心して笑える所がそこしかないと言う事だ。この世界ではない所から来た、異世界の住人。鳥は、羽を休めないといずれ落ちる。そうならないか、心配ではある。

 が、苦手ではあるんだよなぁ。俺が嫌味を言おうにも、納得、みたいな顔するんだよ。まるで水面のキナ葉のようだ。押したらすぐに沈み、手ごたえを感じない。

 あれはあれで、身代わりとして役に立ちそうではあるから、いいんだがな。


「しかし、毎日同じ事の繰り返しじゃ、気も滅入るだろう」

「気を遣いすぎですよ。いくら悪いと思っているからと言ってなにかしても、相手が面倒だと感じたら、それは迷惑です」

「遠慮ねぇな!じゃあなんだったら喜ぶっていうんだよ」

「さあ?」

「しらねぇのかよ!」

「俺も話しませんしね」

「執事だろうが!」

「俺の専属はあんたですよ、あっちはニーナなんで、ニーナに聞けばいいんじゃないですか?」

「あんた呼ばわり!そしてニーナに丸投げ!というかそこで聞くのはグリーヴ伯爵って訳じゃないのか?」

「ああ、あの人達は講義内容とかしかほぼ喋ってませんよ」

「どういうことだ!言ってる内容がさっきと違う!」


 いやそんな事を言われてもな。そんなに気になるなら、自分で見に行けこの馬鹿が。といいたい。


「声に出てるぞ」

「これは失「もういいってそれ!」」


 肩で息するほどの突っ込みに笑う。本当に面白い人だ。

 しかし、実際に目にすると分かる。あの少女と卿は信頼しているが、仲良く私情を話すわけでもない。講義の内容について話し合い、そして褒め、笑う。それだけのことだが、あの少女はその時だけ嬉しそうに笑うのだ。ニーナと笑っている時などよりも、余程嬉しそうに。

 それ以外で、素と呼べるような表情はない。どこか警戒し、考えを巡らせ、答えをだそうとする。高魔力結晶が作動しないよう、そっと作業をする者のようだ。


「見に行けってなぁ……どんだけ書類たまってるか」

「まぁまぁ、特別にお手伝いしてさしあげますから」

「いつもたよりにしてる」


 疲れが滲み出るような笑顔を見せる。おおよそ16歳の見せる表情ではない。疲れ切った現場作業員のようである。若々しさはどこへいったんだろうな。

 俺は、エリカのおもりなど反対だったんだがな。どう考えても、無理な事は目に見えていた。それが、あの脱走だ。大人しく貴族位剥奪にしとけばよかったんだ。そうすれば、牢にぶちこんでやれる。エリカはあそこがお似合いだろう。食べ物は支給してくれる。作法や貴族の名前、魔法も覚えなくて良い。良い環境だと思うがな。ただ、二度とそこから出られないが。

 自らが望んで飛び出して、人にも迷惑をかけた結果がどうなるか。今から見物である。



……主人公視点……


 バリバリ勉強をしていると、ふっと部屋が明るくなる。顔を上げると、騎士が明りを灯してくれたようだ。すっかりこの部屋にいる事を忘れ去っていたが、ずっと見ているんだよなぁ、この人。暇にならないのだろうか。


「有難うございます」


 と礼を言って、少し体を伸ばす。

 窓の外を眺めると、薄暗くなってきている最中だ。月さえなかったらこの空も、地球となんら変わりはないんだろうが。緑色の輝きを持つ月は、なんとも不思議なものだ。そういえば、この世界の星の正座はなんていうのだろうか。自転をしているのだろうか。いや、世界が違うからどうなのだろう。流石に天体についての本はなかったからなぁ。


「月が綺麗ですね」

「……」


 おおっと!びっくりした、いきなり近くに来てそんな事を言うものだから!この騎士はつくづく人を驚かせたいらしい。

 うん、もう大丈夫、動揺は隠した。ふう。

 ちなみに、この世界に月が綺麗ですねなんて告白のアレはない。いや、知らないだけかもしれないが……この目の前の男にその気はまるでないだろう。ないと思う……いや、どうだろうか、そもそも喋らないこの男が喋った事自体が驚きだが。


「ちなみに、何故そう思うのかお伺いしても?」


 そう聞くと、1つぱちりと瞬きをしてから、僅かに目を逸らす。

 考えているのだろう、少しだけそうした後、こちらに視線を戻して口を開いた。


「……女性はみなそう思うと思うのですが……私の場合は豊かな恵みをもたらす月の恩恵は素晴らしく、美しいと思いますが」


 この世界で重要視されるのは、太陽ではなく月。月の色や見え方によって収穫量が違う為だ。月の見え方が悪いと、太陽も見えないと思うので、絶対太陽が関係あると思っていたのだが……植物自体が光合成で育っている訳ではないらしい。魔力的な要素を取り込んで育っているようだ。

 そんなもので育った植物を食べた訳だけど、私は大丈夫なのだろうか。

 まぁ、今の所、無事だが。


「私は……そうですね。確かにその輝きは綺麗だと思いますが、違和感を感じるかもしれません」

「違和感……」

「ええ、私がどこから来ているか、騎士様はご存じのはずですが」

「……失礼しました」


 察してくれましたか。さすが優秀な騎士だね。

 月を見ると違和感を感じる。その事によって導き出されるのは、月が私の世界とは違っている、という事だ。全部説明しなくても、ある程度分かってくれるってのは、凄いことですね。

 すっかり日もおちた頃合いに再び外を見ると、遠くの方にに明りが見えた。いつもよりも煌々と光っているのが目立つ。

 もしや火事?


「祭りです」

「あれが……」


 ああ、エルリックの言っていた例の祭りか。ちょっと調べたが、おおよそ2週間続く大規模な祭りのようだ。時空の月も似たようなモノが開かれる。

 が、魂の月にも明かりを灯す行事がある。魂の月は犯罪が多いため、街全体で明かりを灯すのだ。夜の間も、明かりに照らされている所はある程度安全と言える。が、裕福でないところはどうしても照らす事が出来ない家もある。そこが犯罪の温床になったりする。裕福と貧乏が分かれる行事だ。

 まぁ、明かりがあっても完全に犯罪がなくなっている訳ではないらしいけどな。


「エルリック様のお誘いをお断りしたと聞きました」

「……ええ、そうです」


 今日はやけに喋るな、どうしたんだろうか。騎士の顔を見ても、表情が読み取れないので良く分からない。


「他の者の誘いならば行くのでしょうか」

「人にもよりますが……どうでしょう。私はあまり冒険をしたくありませんので」

「そうですか」


 そういって、つ、と視線を遠くの方に見える明かりを見つめる騎士。はぁ、この男は何をしてもイケメンだな。天はこの人に二物も三物も与えているよな。不平等だ。

 しばらく外を眺めていたが、時間が来るといつものように黙って出て行った。なんだったんだろう。

 それにしても、私が行きたいと言うとしたら、図書館には行ってみたいかな。平民も通える図書館。この世界にもそういうものは存在する。まぁ。あれだけ綺麗な紙がつくれるのだから、当然と言えば当然だが。ただ、持ち出したりできるのは貴族に限られているから、平民は借りれないけど、その場で読む事は可能だ。

 どんな雰囲気のものか見てみたいし、ここにない本で知識を深められるしな。まぁ、面倒なので言いださないに限る。

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