貴族からのお誘いを断るべきか
隣を歩くセスがどんよりしているが、それを無視し、目的地に到着する。
「お、無事来たようだね」
「グリーヴ様」
最大の敬意を心に込め、挨拶を交わす。
視線をおじい様の顔へと戻し、疑問をぶつける。
「無事、とは?」
「セスだよ」
「なるほど」
セスが無事に私を連れて来たようだねってことですかい。なるほど確かに、あのような会話をする者に全幅の信頼などよせられないだろう。だが、たかが部屋を移動するだけである。それに、護衛も密かについてきていたしね。
はっはっは、と豪快に笑っているおじい様に、早速骨の鳥について聞いてみる。
「おじい様、講義の前に少しよろしいでしょうか」
「なにかね」
「ええ、実は、レンデルルゥクを1羽見つけまして」
その言葉でおじい様の瞳が穏やかなものから厳しいものへと変わる。
これこれ、おじい様のこの表情が好きなんだよ。おもわずキュンとしてしまうよね。
「ふむ、大きさは」
「15キリル程でしたが、2度見かけました。大きさはどちらも似たようなものでしたが、同じ鳥かは断言できません」
「そうか」
そう言って、しばらく黙る。何か考えているのだろう。チラッとセスの方を見ると、クエスチョンマークが飛ぶ程内容を理解してなかった。
いや、ちょっとまてい。この世界の人間なら知ってるんじゃあないのか?何故レンデルルゥクってなぁに?みたいな顔してるんだ。もしかして、レアなのか?いやでも、人間の魔法師からでも出るって聞いてるし、普通にあると思うんだけど……。いや、セスの勉強不足かな。
じゃあセスに骨の鳥の事を尋ねても無意味だったって事だ。変に異世界の事を気にしなくて良かったともいう。まぁ、結果どっちでも良かったって事で。
「はっは……恐らく同じ鳥でしょうな……気に入られたのかね?」
「……どうなんでしょう?人懐っこい印象を受けましたが」
「ふむ……なるほど。はっはっは!それにしても、よく勉強しておられる。セスも見習うといい」
おじい様に軽く頭を撫でられてテンションがあがる。
うおお、おじい様に褒められた!あーめっちゃ嬉しい……このままこの世界に留まりたいと思うほどに。まぁ、現状は帰る手段がないだけだが……帰れるならばなるべく帰った方が良い。何故なら私は本来この世界にいるべき人間ではないからな。
セスはおじい様に窘められて、ちょっと拗ねたようにしている。実際、異世界から来た私が知ってて、セスが知らないってのも妙な話だしな。おじい様もそれを知っているから、セスに注意したんだろう。
私の場合、現物と遭遇した経験があるから知っているだけなのだが、そうそう巡り合えるようなものでもないのだろうか。
気を取り直して、今回は貴族の名前と特産品ことについての勉強だ。気合入れよう。
「うー、いたた……」
コルムさんのスパルタダンスレッスンを受けて、足が痛くなった。なぜ、あんなかかとの高い靴で踊らねばならないのか。
今回はかかとの高い靴で踊るというものかどんなものか、試しにやってみただけなのだが。それでもきつかった。これで何曲も踊るだなんて拷問にも近いんじゃないだろうか。ステップとか覚える時は普通の靴でやっているから問題ないが、本番はこれなんですよって出された靴がキツイ。ある程度ダンスの基本を覚えたら、こちらに本格的にかえるってんだから、溜息も吐きたくなる。
足は痛いけれど、普通に歩く事は出来る。負傷を悟られないようにするのも、為になる。
自分の部屋の前まで来ると、エルリックとルカに出会った。私の部屋の前にいるという事は、何か用と言う事なのだろうか。
「戻ったか」
「お待たせいたしましたわ。なんでしょうか」
さっと挨拶を済ませてから、顔を上げる。
すると、歯に何かはさまったような顔をしていた。このお貴族様のこんな顔を見た事がなく、少々あっけにとられてしまう。いつも苛立ったような顔とか、ニヤリと悪い笑みを浮かべる所しか知らない。
しばらく黙っていると、ルカが催促のためにエルリックを小突く。うっ、と呻いたから、結構強めに小突いたと思われる。あれで良いのか執事よ。普通はあんな風にしちゃダメだと思うんだが……まぁだれもいないしな。私も気にしないし、問題ないか。
執事にはよ喋れと主張されたエルリックが口を開く。
「あー……あの、だな。あんたに、俺と下町の視察についてきてほしい」
「……それはまた、何故でしょう」
「今度、年に2度行われる大規模な祭りがあるんだ。それに、参加してほしい」
何故に、わざわざそんな日に外出を。
下町の様子が知れるのは、有難い話だが、何もそんな人がたくさん出入りする日に視察しなくてもいいんじゃないだろうか。
もう少し安定した期日じゃダメなのだろうか。
そりゃ勿論、この世界の祭りというものがどんなものか知るのは貴重な機会だが。流石にまだ早すぎると思う。いかんせん、まだ1度しか月の色は変わっていないのだ。この世界に慣れきっていない状態で賑やかな祭りなど参加していいのか。
慣れている者でも、雰囲気にあてられたり、ゴロツキも増えるので危ない。
「……ちなみに、年に2度と言う事は、もう1つの祭りは何月に開催されるのでしょうか」
「魂明けの時空の月だ」
と言う事は、今から4度月の色が変わる必要がある。半年空きがあるのか。その時には社交にも顔を出している時期だ。エリカ様がその間に見つかってくれることを切に願っているけどね、どうだろうか。
できれば、下町の事はよく見ておきたい所なんだけど……祭りの時の警備とか、大丈夫なのだろうか。
「やはり、この世界の事をよく知るためには、ああいう祭りに参加した方が手っ取り早そうだと思ってな」
「まぁ……そうでしょうね」
祭りってのはその土地の特色を出したりするものだ。
何がセーフで、何がアウトか。
どんな事で揉めているか、笑っているか。会話がどんなものなのか。
もしエリカ様が見つかった時に、私は下町の方に馴染まなければならない可能性もある。その場合、下町の祭りというヤツは、凄く為になると思う。祭りのない、普段の光景の方でも充分為になるとは思うんだが。むしろ祭りのない日の方が、日数的には多いだろうし、私的にはそっちがいいなぁ。
ところで、エルリックのそれは、命令なのだろうか、提案なのだろうか?どっちにしろ、貴族も言う事は聞いといた方がいいのだろうか?
断っても怒らない人物なのかどうか、私はまだこの人の事を良く分かっていない。
実力主義のフォルジュ公爵は温厚な方だと聞き及んでいるから、エルリックも多少血を受けつい……うーん、出会い頭が激昂してたからなぁ。あの時は仕方ない状況だったとはいえ、未だに多く会話をしていない。出会いの印象がぬぐいきれないのがなんとも。
「エルリック様は、フォルジュ公爵家をいずれ継ぐ身。警備の方は大丈夫なのでしょうか」
「なんともまぁ……エルリック様より状況を冷静に判断されているとみられますね」
「ルカうるさい」
「これは失礼を」
軽く肩をすくめて笑っているルカと、顔を赤らめて不機嫌そうにしているエルリック。
何か失礼な事でも言っただろうか。
しかし、ルカが状況を理解していると言っているので、正しい事を言ったのだろう。やはり祭りの日となると、どこでも警備は薄くなる。人が増えるので揉め事はどうしても多くなるし、いくら警備を増やしても完全に安心とはならないだろう。
こっちの世界でも、人死にの出る祭りもあるくらいだ。はしゃいでハメを外す輩もいる。護衛がいて、命を落とす事は少なくなるかもしれないが、あまり良い事のようには見えない。
「いつも行ってるから大丈夫だ……!」
「そうですね、それでいつも苦労させられて……」
「ルカうるさい」
「これは失礼を」
はぁ、いつも行っていて迷惑をかけているんですねぇ。
しかし、いつも行っているから今度も安全だなんて言えないだろうに。しかも私と言う足手纏い付きなら尚更だ。
護衛も、1人なら守れても、2人は満足に行かないかもしれない。それも、私の場合異世界の住人だ。どちらもピンチに陥った場合、真っ先に切られるのは私の方なのだ。今はエリカの影武者だが、必要なくなったら消されるような存在だろう。運が悪い私が行ってもロクな事がなさそうだし、あんまり行きたくはない。
「素直に言えばいいじゃないですか。ずっと篭っているから、気晴らしをさせてあげたいと」
「ルカ!」
「これは失礼を」
「全然失礼とか思ってないだろおまえぇええ!」
ガシッと執事の両肩を掴んで揺さぶっている。
……ふむ、気晴らしをさせたい、ですか。
異世界の人間に気を遣うなんて、結構できた人物かもしれない。祭りは確かに嬉しいですが……さて、どうでしょう。危険因子を持ち込むのはあまり好ましくない。ああ、こういう時、物語の主人公達なら喜んで祭りに参加するだろうに。
「そういう事なら、私は祭りのない日に気晴らしさせて頂きたいです」
「なっ……!」
「ほう……?」
エルリックの瞳が驚きで見開き、ルカが面白そうに笑う。
私はね、あまり冒険しない性質なんだよ。絶対物語の主人公とか出来るタイプじゃない。祭りなら今度でいいし、今は通常の町を覚えたい。
まぁ、そちらも正直後回しでも良い気もする。如何せん、影武者業の方が優先順位は高い。貴族としても生活など、なかなか慣れるものではない。未だに狭い部屋でお茶してるくらいだ。本当ならエリカの広々とした部屋に寝なければならないんだが……今はまだ許しておいて欲しい。
「振られましたね、エルリック様」
「ぐっ……!」
悔しそうなエルリック様の様子を、ルカが実に楽しそうに眺めている。
だが……ルカとなら祭りにいける可能性もありえるな。ルカは平民に良く馴染む黒、そして魔法が使えるが、私も馴染む黒である。完全に異端児だが、魔法を使わなければ平民となんら変わらない。まぁ……面倒なのでこの事は言わなくてもいいか。




