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骨の鳥

 いつものように静かに本を読み、適当にメモ用紙に要点をまとめる。影武者はかなり変わり映えがしない。何かを覚えるという作業ばかりだ。

 後ろには騎士が静かに立っている。これももはやいつもの光景になってしまった。まさか背後からのイケメンの視線に慣れる日がこようとは。ま、あの人が特別気配が薄いせいですが。

 注意したおかげで、入る時だけはノックして声をかけてくれるようになったのは嬉しい。毎度の如く驚かされては心臓がもたない。それ以外は音もなく気配も薄く声も全く発さないけれども。

 キョンキョンという鳥の鳴き声だけが響く室内に、扉のノック音が聞こえて来た。今日の授業は全て終わったはずだが、はて誰だろうか。

 読みかけの本にしおりを挟みこんでから閉じる。


「エルリック様です」

「はい」


 相手は声も発していないのに、この屋敷の主であるエルリックと断定する騎士。この人が間違えた事はないので、とりあえず入れて貰えるよう返事をしておく。

 私が立ち上がって歓迎の姿勢が出来上がるのを見てから、音もなく部屋の扉を開けて、エルリックを中へと誘う。

 エルリックだけでなく、執事のルカもついてきている。本当になんの御用だろうか。変な事はしていないはずだが。

 とりあえず、侍女長に教えられたとおりの軽いお辞儀をしておく。


「何か御用でしょうか、ご子息様」

「あ、あー……」


 声をかけると、物凄くやり辛そうな顔をされた。ん?今の声のかけ方はまずかっただろうか。高貴な人物が先に声を発するまで待つべきだったという事?


「俺の事はエルリック、または兄とでも呼んでくれ。誰に聞かれるか分かったものではないからな」


 はぁなるほど。確かに影武者としてこの世界で生きていくのだから、それらしい呼び名が必要だろう。


「はい、それでは、お兄様と呼ばせて頂きます」

「おにっ……!?」

「ぶはっ!」


 呼び名を訂正したら、エルリックはぎょっとして、ルカの方はお腹を抱えて笑っている。爆笑の類のモノで、それを堪えているのは苦しそうだ。可笑しな事は何も言っていないはずなんだけどな。妹がお兄様と呼んで何がわるいんだろう。それに、エリカお嬢様は10歳にも満たない少女だ。その呼び名が相応しいと思ったが、違うのか。


「いや、やはりエルリックで良い」

「……それは、少し気が引けます」


 えっ。ちょっと待て流石にそれは言えない。少し気が引けるどころの話じゃない、ドン引きだ。


「俺が良いと言っているんだ。そうしろ」

「妹様が、兄様に向かって呼び捨ては、良いのですか?」


 そう言うと、物凄く気まずそうな顔をして目を逸らされる。


「……エリカはそう呼んでいた」

「それを訂正しようとしていたではないですか、エルリック様?」


 ああ、成程。やはり呼び捨てはいけないですよね。ならなぜ呼び捨てなどと言うのか……それは私の容姿の問題かな。肉親ならば、他人よりも以前のエリカお嬢様とのギャップに動揺してしまうのだろう。なにせ、兄の事を呼び捨てで呼ぶ人物なのだから。

 そうするとお兄様と言うのもエルリックの負担が大きい気がする。なら、次点でエルリック様でいいだろう。こちらが恐らく無難だ。

 疲れ切った溜息を吐いたエルリックは、諦めたような顔で首を振る。


「いや、確かに呼び捨てはダメだな。好きに呼ぶと良い」

「はい、それではエルリック様と呼ばせて頂きます」

「ああ……それが良いかもな」


 虚をつかれたみたいな顔をして、納得したように頷くエルリック。どうやら、お気に召して頂いたようだ。

 まじまじと観察されている気がして、真正面から目を見る事も出来ないので、僅かに目線を下げてから本題を聞く。


「何か御用があったのではないですか?」

「ああ……いや、これといった用事があったわけではない。ちゃんとやっているか、この目で確かめねばならないと思ってな」


 なんという勤勉な。というよりは慎重派なのか?本当に使える人間か見る為にきた、と。


「ああ、そうでしたか。それでは私はいつも通りにしていた方が良いという事でしょうか?」

「なるべくなら、そうして欲しい」

「かしこまりました」


 断りを入れてから、自分の机に戻る。

 栞を挟んであったので、無駄な時間ロスをする事なく読む事が出来る。気休めの恋愛小説でも、この世界の常識が書かれてあるので侮れない。花の名前や、生き物の名前、魔法の事など。

 無属性の貴族の場合、女性だと高位の貴族なら下位の貴族にある程度需要がある。しかし男性の場合はほぼ需要がないらしい。男性と女性でなぜこうも差が生じているのか。

 上位貴族への繋がりを持つ、という点で両者同じのように思えるが、どうにも違うみたいだ。女性だと下位貴族に下がってもある程度上位貴族と繋がりが出来、男性だと断ち切られるみたいだ。

 上位貴族のままで嫁を取ればいいと思うのだが、そうもいかないのが無属性貴族のややこしい話だろう。当主として色んな地を回る為、ある程度魔法耐性がないと困るらしい。嫁入りする女性なら、移動も危険も少ないから、需要もある、と。

 気配が近づいて来たので横を見ると、エルリックが私のメモをじっと見つめていた。


「それは?」

「これですか?自分が覚えやすいよう、まとめたものです」

「覚えやすいようにって……こんな暗号でか?」


 暗号って……ああ、確かに難しいかもしれません。外来語も含まれてるし。この状態で使って自然と使って来たからなぁ。でも確かに、漢字とかも沢山あるから、覚えるの大変だった記憶が。テストとかで。


「はい、これは祖国の字ですので」

「……これがか?文字の種類が違うように見えるが」

「ええ、そうです。ひらがな、カタカナ、漢字、時折外国の文字や記号を組み合わせているのです」

「……そう、か」


 日本語って独自的だから、難しいらしいって聞いた事ありますね。英語は覚えておくと、他の外国語でも同じ文体系があったりするみたいですし。

 日本語は日本でしか通じないし、割と不便かも?

 物凄く不可解な人間だ、という顔をされている。誤解だ、これが普通なんだ。最近じゃ記号使って顔文字作ったりするくらい自由度が高いけれどそれが普通だ。


「……そうだとすると、何故言語が通じている?」


 今さらその疑問ですか。


「それは分かりかねますが。恐らく、こちらに来る途中に身についた特殊技能……奇跡なのでしょう」


 私はそう思っている。神様が授けてくれた異世界トリップ特典。それくらいくれないとやってられないだろう。そう言えば、この世界にも色んな言語があるけど、そっちの言葉は分かるんだろうか。ドワーフ公用語の辞書があったな……もし読めるなら話も通じる可能性が高いな。

 この世界では無属性をあらわす黒の髪なのに魔法が使えたり、話す事も読む事も可能というのは優遇されている方だ。

 ただ、変なところで単語が違っていたり、書くのは日本語しか出来ないというのがちょっとだけ不便ではある。まぁ、話せるし読めるからそれでいいのだろうが。

 ただ、エリカ・ヴィ・フォルジュの名前だけは書けるようになっておきたいけどね。何かあった時のために。自分の名前も書けないのはおかしいからな。


「……ふむ、この言語、俺にも教えてくれないか?」

「……エルリック様に、でございますか?」


 え、めんどくさい。ただでさえ覚えるのが多いのに。


「いや、ルカにだ。暗号として、かなり優秀だろう。覚えておいて損はない」

「かしこまりました」


 ふむ、面倒だが、御上のいう事にゃ逆らえませんな。それに、貴族本人ではなく、執事のルカだからまだマシ……でもないかもね。


「やはりエルリック様は大物ですね。そこに利用価値を見出すとは」


 うわあ……爽やか過ぎる笑みが恐ろしい。

 絶対エルリックの思い付きだよね、今の。お貴族様ってのははた迷惑な思い付きで物事を進めるんだな。エリカお嬢様ほど突飛ではないからマシな方だと思いますけどね。

 あいうえお表、カタカナ表をまず用意しておくか。あー、と。こちらの世界ではどう発音すればいいのだろうか。不思議パワーで日本語使っているが、文字で教えるのはどうすればいいのか。まぁ、音を言って、その表記をルカに任せましょうか。

 そうした場合、私が文字を勉強するのに役立つな。嫌な事ばかりではない、か。

 しばらく他愛のない話をしてから出ていった貴族を見送ってホッとする。やはり身分が高い者と話をするのは疲れる。

 周りを見ると、いつの間にか騎士の方もいなくなっていた。だから気配なさすぎだろ。

 グッと伸びをして体をほぐす。そして、木枠のある窓から外を眺める。

 この国の四季は月で決まる。あのうすぼんやりと光っている月が太陽に作用し、温かさを決める。火の月は暑く、魂の月は寒い。それ以外はある程度居心地の良い気候が続く。今の月は風で、うすい緑色が見える。多少涼しいが、寒いという訳でもない。

 場所が違えば、月の影響が少なくて暑さや寒さが続いたりするそうだ。緯度と経度のようなものだろう。それを、あの月が担っている。

 窓際でじっとしていたら、鳥が飛んできた。しかし近づいてみると、タダの鳥ではない事が分かった。

 骨の鳥だ。この世界にやってきて、出会った生き物。あの時の鳥とは違う鳥だと思うが、なんとも可愛らしい。骨なのに。

 ちょいちょいと窓枠を歩くと、コツコツという小さな音がする。音は骨だね、相変わらず。この窓は開かないので触る事は出来ないが、恐らく骨の感触がする事だろう。

 そういえば、この生き物はなんて名前なのだろうか。図鑑をパラパラめくって探す。絵は書いてあるが、名前自体が分からないので、目次の名前欄から探す事は出来ない。例え名前が分かっても音がこの世界とは違うみたいなのであいうえお順にはなってないんだけどね。本当に妙なところで不便だ。

 パラパラめくりつつも、骨の鳥をチラ見する。小さくコンコンという音を出しながらうろついている姿は可愛らしい。普通の鳥もいるのだが、警戒心むき出しの為、こんなに近くで見る事はできないのだ。骨の鳥は野性味が少ないのか?外敵が少なかったりするのだろうか。何せ肉がないからな。食べる所ないもんね。

 いやでも、骨の鳥も食事していたから外敵がいない訳ではなさそうだけど。

 この鳥さん、まさか自分の事が調べられているだなんて思わないだろうな。

 クスリと息を漏らすと、骨の鳥が飛び立ってしまった。あー、行っちゃった。

 残念に思っていると、扉が叩かれる音がしたので返事をする。今は騎士もいないので、自分の手で開ける事としよう。

 すると、何故かおじい様の孫がやってきていた。金髪が連続で訪問ですか。

 ポニーテールだし、1人でウロついているから十中八九、孫のセスだろう。エルリック様だと、必ずと言って良い程ルカがついてきているからな。

 待っていても、セスは中に入らずに、扉の所でじっとしていた。女性の部屋に単身で立ち入るような事はしない。まるで貴族の男のようだ。

 ……ああ、いきなり失礼な事を言われたが、この男は貴族でしたね。おじい様が伯爵だから、セスも伯爵位だろう。

 とりあえずその場でじっとされているので、私は裾を摘まんでお辞儀をしておこう。

 ゆっくりと顔を上げてセスの顔を見上げると、物凄く狼狽えた顔をされた。


「なんでしょうか、セス様」

「えっ!あー、あー……い、いや、やはりなんでもない……です」

「さようですか」


 じゃあ何しに来たんだこの野郎。

 私もあまり暇ではないのだぞ。覚える事はまだまだ山のようにあるし、姿勢も普段から綺麗になるように気を付けないといけなくて息がつまりそうだ。ついでに先程プラスで余計な事をエルリックに頼まれたし。

 黙って顔を逸らして扉の所にじっとされても大変困るんですが。そうだ、この人に骨の鳥の事を聞こうかな。……ああ、いやいや。私は別人って事になっているが、異世界の人間という事柄まではこの人は知らない。もしあの骨の鳥がこの世界では常識的に知っているならば怪しまれるか。聞くなら、おじい様に聞く方が安全だ。


「……申し訳ありませんが、セス様。わたくし、習い事ございますの。戻ってもよろしいでしょうか?」

「え!あ、ああ。す、すまな……せん。邪魔し、ました」


 セスが少し後ろに下がったので、さっさと扉を閉じて追い出す。なんだったのだろう。

 自分の机に戻り、適当にページをめくって鳥を探す。すると、先程のようなちっこい鳥ではないが、骨の鳥のいるページを見つけた。辞書で描かれているイラストを見た感じ、小鳥ではなく、カラスくらいはありそうなフォルムだ。

 レンデルルゥク、生きた屍。骨の鳥の姿で飛び回る。

 姿は鳥だが、大きさはまちまち。

 死んだ生き物のなれのはて。

 魔力の高い生き物が死ねばこの姿になる事が確認されている。ドラゴン類が多いが、精霊に愛されし者、または魔族でもなる。戦争時には魔法師が死ぬため、よく目撃される。

 死体から淡い光を放って現れる骨は、魔力量によって大きさが変わってくるものと推測される。全長は10から300キリル。

 意思の疎通は難しいとされているが、多少記憶は引き継いでいるケースもあり、死した後、故郷に残された妻の所へ帰る事もあるという。

 魔力の高い生き物を主食とし、内包された魔力の残滓が少なくなっていくと体が次第に小さくなっていき、やがて消えうせる。

 魔力の高い生き物の死というのは、戦いや病の発生を意味し、不吉の前触れとされている。


「生きた屍……」


 どうやって生きているんだと思ったが、どうやらすでに死んだ状態のようだ。辞典はファンタジー感まるだしだなあ。ふむ、不吉の前触れか。

 魔力の高い生き物は死に辛い。戦う術があるからだ。

 故に、骨の鳥の発生は、注意深く見ておいた方が良い。2匹以上見かけたなら、備えを用意する必要がある。

 あの小さな骨の鳥も、何かの生き物のなれのはてなのだろう。人に慣れているので、人に飼われていたのか、それとも人だったのか。どちらかは分からないが、人と生活していたのだろう。

 いやしかしまさか死んでいるとは。

 骨の鳥を見かけたと、おじい様にしらせた方が良いのか。

 骨の鳥の大きさから察するに、あまり大きな魔力量ではないんですよね。それか、大きな鳥だったものが、時を経てあそこまで小さくなったか。だとしたら気にする程でもないかな。まぁその判断はおじい様が判断してくれるだろう。


「……ん?」


 辞書の下の方の小さな文字を見つけた。300年以上昔には、生きた屍を使役する契約魔法も存在したと言われる。古の奇跡師、代償の破棄、屍の繰る能力。現代よりも奇跡の力が強く、代償が少なくて済んだ時代。

 屍を本当の意味で生きさせる魔法。

 契約した屍は、奇跡師が死ぬと同時に死するとされている。

 ……へぇ、昔はそんな事があったんだ。おじい様はそんな事いってなかったけどな。昔すぎるから、確定の話ではないだろうし、覚えてもあまり意味がないからだろう。結構年代物の辞書のようだし、もしかするとこの記述は今では書かれていない可能性もある。

 しかし、この記述から考えると、大昔の魔法はもっと便利だったのかな。技術の発展で魔法も少なくなって行っているのだとしたら、いずれこちらの世界のようになってしまうのだろうか。

 だとすると、ロマンがなくなるな。その場合ファンタジーな生き物たちは絶滅したりするのだろうか。イヤですね。

 そう考えるに、地球にもいたりしたのだろうか、不思議生物が。そしかすると、昔はあったかもな。

 トンと辞書の表紙を閉じて、大きめの紙を取り出す。休憩は終わりにして、そろそろあいうえお表でも作りましょうかね。

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