表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海のかなた、雨のおわり  作者: 水瀬さら
これからの季節を、ずっと
41/44

 町にクリスマスソングが流れ出す。商店街ではイルミネーションの飾りつけが始まる。

 そして私は今年も、それを弁当屋のカウンター越しに眺めていた。

「ようっ、琴音」

「あ、雄大……いらっしゃいませ」

 ポケットから小銭を出してカウンターの上に置いた雄大に言う。

 雄大が配達以外でこの店に来るのは久しぶりだった。


「いつものちょうだい。って覚えてる?」

「覚えてるに決まってるでしょ?」

 雄大が私の前でふっと笑う。

「悪いな。最近昼飯、家で食ってるからさぁ。なかなか弁当買いに来れなくて」

「咲田さんが寂しがってるよ? 雄大が来てくれないって」

「琴音は?」

 私は顔を上げて雄大を見る。

「琴音も俺が来なくて寂しい?」

 カウンター越しに私を見つめる雄大に言う。

「うん。売上に貢献してくれてたお得意様が来なくなって寂しい」

「そっちかよ」

 ははっとおかしそうに笑う雄大は、元の奥さんと娘さんと、実家のお米屋さんで一緒に暮らし始めたそうだ。

 きっと毎日、元奥さんがお昼ご飯を作ってくれているのだろう。


「琴音」

「ん?」

 レジを打ち込んでいる私に雄大が言う。

「お前は、最近どう?」

「どうって、別に普通だよ?」

「いつまでこんな弁当屋で働いてんだよ? まだあいつ迎えに来てくれねぇの?」

「ちょっと、こんな弁当屋って、失礼じゃない?」

 取り出したレシートを雄大に差し出しながら答える。

「でも私のこと、心配してくれてるんだ」

「まあね。なんか俺だけ幸せになるのも、申し訳ないなぁなんて思って」

 どこまで人がいいんだろう。この人は。

「ご心配なく。私、蒼太のこと信じてるから。だから離れてたって大丈夫」

「ほんとかぁ? 実は家に帰って、一人でしくしく泣いたりしてるんじゃないのかぁ?」

「そんなことしてません」

 私はもう、想いを伝えられなくて、心の中で泣いていたあの頃の私じゃない。

「だから雄大は、何も心配しないで自分のことだけ考えて」

 雄大が少し真面目な顔で私を見る。私はそんな雄大に向かってつぶやく。

「幸せに……なって?」

 今、心からそう思える。

「……うん」

 雄大が私から目をそらし、照れくさそうに頭をかく。そんな雄大の左手の薬指には、銀色のリングが輝いていた。


「はいっ、おまたせ! スタミナ焼肉弁当ね。おまけにコロッケつけといたから。ご家族分」

 奥から出てきた咲田さんが、雄大に出来たての弁当を渡す。

「おおっ、おばちゃん太っ腹」

「雄大くん、久しぶりに買いに来てくれたからサービスよ。またいつでも寄ってちょうだい」

 咲田さんの声に、雄大が小さく笑う。

「うん。そうする。じゃあ、また」

 そして咲田さんと私に手を振って、背中を向けて去って行く。

 クリスマスの飾りつけの始まった、見慣れた商店街の中へ。


「再婚、するみたいね。元の奥さんと」

 顔を上げた私に、咲田さんが笑いかける。

「幸せになって欲しいよ。雄大くんにも、琴音ちゃんにも」

「咲田さん……」

 咲田さんはもう一度私に微笑みかけて、そしてまた奥の厨房へ入っていく。

 私はそんな咲田さんを見送ると、カウンター越しに空を見上げた。

 ひしめき合った建物の隙間に、十二月の狭い空が見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ