はじまり(2)
「男らしくなるの?」
麗華らしい、とサキ様は大して驚きもせずにそう言った。その反応に、三人はきょとんとする。
「何で驚いてるの」
キーボードをタッチするのを止め、サキ様は声を落とした。
「昨日二人にさんざん笑われたもので」
私の返答に、サキ様は満足そうに「私のが二人より麗華を分かってるわ」と仕事に戻った。素晴らしいとラインが拍手のジェスチャーを取る。
「男言葉にして、一人称を変えたりするの?」
どんぴしゃで当てられて怖いぐらいだ。
「そ、そんなかんじです」
「ボスっぽい格好にしたら?」
その提案に驚く。なんだかまるで、プロデューサーのようだ。そういえば、一つの会社を動かしているのだ……彼女の「エストレージャ」が、こんな場所でも発揮されているのだろう。
「ボスっぽい格好とは……?」
「今はみんなスーツでしょ。ボスなら、ひとりだけ違う格好するとか、目立つ恰好するとか」
「違う格好……私はスーツがいいです」
「じゃぁ、目立つスーツね、色違い。スーツって確か黒だけじゃないわよね?」
「そうですね。灰色や白やら……」
言って、白か、と思った。
「ライン、ルーク! おしゃれなお店知ってる?」
私の質問に、ルークが「こいつのが詳しい」とラインを指差した。
「サキ様、少し出かけてきてもいいですか?」
「素敵なスーツを探してきてね」
「行こうライン!」
思い立ったがなんとやらだ。私は驚くラインの手を引き、大通りに出て、ラインお勧めの店に連れて行ってもらった。おしゃれなドレスやスーツが飾ってある店だ。
「きゃぁ、ライン!」
店の奥から、女性の店員がラインを見るなり駆け寄ってきた。ラインがやぁと挨拶を返す前に、ラインに飛びつき熱いキスをする。うわお、私は思わず目をそむけた。
「最近見かけないから寂しかったのよ」
言ってまたキスの音がする。改めてこの男……と思う。
「久しぶり。ごめんね、今日はお仕事なの」
「仕事?」
言って私を見て、店員ははっと息を飲む。
「あら失礼、お客さんと一緒なのね」
「きゃ、客じゃないです!」
私は頬を赤らめた。ラインの客じゃない! ラインも慌ててそれを否定する。
「いや、最近定職に就いたんだよ」
「あらそうなの? あなたが? え、じゃぁもう……」
「うん、この前のお仕事は、ね」
「え、そうなの? やだもう、言ってくれれば最後にあなたを高く買ったのに」
店の中だから、声を落としてとラインが苦笑する。あらごめんなさい、と店員の女性は笑った。
「今日はどんなお洋服をお探し?」
「スーツを。レイカ、どんなのがいい?」
「白は、ありますか?」
白い色のスーツ。私は、サキ様の部屋を思い出していた。あの部屋は真っ白だ。
女性用の白スーツ? と店員は首をかしげた。やはり珍しい注文なのだろうか。
「無いならオーダーメイドで」
ラインがさらりと言った。驚いた私に「そんなに高くないよ」と耳打ちする。
「そうね、オーダーメイドにしましょう。素敵なスーツを作って差し上げますよ。ラインの就職祝いで、料金はお安くしとくわ」
笑顔の素敵な店員は、そう言うとウインクをした。
「ありがとキャシー」
「その代わり一回家に挨拶に来なさいよ」
とんとみぞおちを人差し指で突かれ、うっとラインは苦笑した。私も苦笑だ。私が思っていた以上に、ラインと出歩くとこういう出来事に遭遇してしまうのかもしれない。
「じゃぁお嬢さん、こちらに」
店内の奥に案内され、手足を採寸され、デザインを選び、あれよあれよと作業が終わった。そのスーツが出来上がったのは、それから五日後だった。
「似合う!」
私が白いスーツを着ると、サキ様はそう言って手を叩いた。
「麗華って白が似合うわね!」
「そうですか?」
「うん、とても素敵」
「でもなんだか慣れなくて……」
私は何度も立った姿見の前にもう一度立つ。何だろう、何かが足りない……。
「髪も白くしたら変ですかね?」
なんとなく言うと、えっと皆に驚かれた。私も言ってびっくりした。ただ何となく思ったのだ。
「白スーツに白い髪ってどうかなぁ、と思いまして……」
ふむ、とラインが考え「いいかもしれない」と呟いた。
「白髪って威厳があるしな、俺のイメージだけど」
「ほんと? ボスっぽくなれる?」
「なるなる」
私も少し見てみたいかも、なんてサキ様が言うものだから、私は意気揚々と髪の毛を脱色してしまった。自分でして見ようとしたが、うまくできない場合があるからとラインとルークに止められた。ルークが「俺も染めてるから、いい美容院紹介してやる」と言われ、今度はルークと外出することになった。
「こんな長い髪、白くしちゃっていいの? 黒髪なんてここらへんじゃ珍しいのに」
美容院のお兄さんは、髪の毛を何色にも染めていた。訊くと十色以上だと言う。スペシャリストだ! とテンションが上がった。
「ほっとけば黒髪は生えてきますからね、この白スーツと同じ白い色にしてください!」
「白スーツに白い髪って、髪の毛が溶けちゃうみたいだねぇ」
うーんと美容師さんは唸ると、「いっそ髪の毛の先だけ黒くしちゃったら?」と提案してきた。
「二色ですか?」
「そっちのほうが、スーツに黒が映えるよ」
おい、とルークが苦笑したが、私は乗り気だった。自分が変わっていくのが分かった。見た目から変えていくのも悪くない!
「じゃぁそれで!」
「いいのかレイカ」
心配そうなルークに、私はにこりと笑顔を返した。
「気に入らなかったら染めればいいもん」
元気のいいお嬢さんだ、と美容師さんはのりのりで髪の毛を染めてくれた。
「わ、似合うね」
帰るとまず、ラインに褒められた。続いて振り向いたサキ様が、わっと声を挙げる。
「いいじゃない、麗華がどんどん変わっていく」
「ボスらしいですか?」
「とっても」
私もピンクとかにしちゃおうかなぁ、というサキ様の呟きに全員で止めにかかったのは言うまでもない。
「サキ様、最近楽しそうじゃない?」
サキ様が就寝された後、ルークとラインにこっそり訊いてみた。ルークはそうだね、と頷く。
「レイカが楽しそうで嬉しいって、お嬢様は言ってたよ」
「え、ほんと?」
「うん。レイカが、恰好を変えてきらきらしてるのを見ていて楽しいって」
「そっか。よかった」
ラインが続く。
「男言葉聞いてみたいって言ってたよ」
「うへぇ、なんかはずかしいぜぃ」
わざと使った男言葉に、ルークとラインはくすりと笑った。
「ねぇ、そろそろ」
ルークがこそっとラインに耳打ちした。うん、とラインは頷く。
「ボス」
ラインが改めて言う。「な、なんだよ」とその姿を見て思わず口調が固くなる。
「これ」
ラインは、そっと胸ポケットから四角い箱を取りだした。黒に金色のリボンがつけてある。
「俺達からのプレゼント」
「え?」
突然のことに、動揺が隠せない。
「どして?」
「変身のお手伝い。開けてみてよ」
ルークが笑った。私は急いでリボンをほどき、包装紙をびりびりと破いた。
「雑!」
とラインが笑う。「だって気になるんだもん!」中から出てきた白い箱を開けると、そこにはケースがあった。形は、眼鏡のケースだ。
「眼鏡……?」
「開けて」
ラインに促され、そっとケースを開ける。眼鏡ではない――大きなサングラスだった。
「サングラスつけると、かっこよくなるんじゃないかって、レイカがいないときにお嬢様と俺達三人で話しててさ。星のマークもついてるんだよ、それ」
ラインがほら、と指を指して教えてくれた。サングラスの淵に、小さな星が光っている。
「素敵……!」
「暑い時にでも、かけて出かけてみてよ」
「大切にする、ありがとう」
私はぎゅっと小さな箱を抱きしめた。嬉しくてうれしくて仕方が無かった。そっとサングラスをかけて「似合う?」と訊いてみる。二人の表情が「意外」と言っていた。
「思った以上に、似合ってる」
ルークが笑った。ラインも頷く。
「いつもかける! いつも、ずっと」
ずっとはかけないだろ、とラインは笑っていたが、私は外出時には肌身離さずそれをかけるようになっていた。お守りのようなものだ。このサングラスは、白いスーツによく映えた。目元が見えないため、表情が見られないのも気に入っていた。
私たちは、時間を見つけては「エストレージャ」を必要とする人たちを探した。とても難しかったが、しかし、ひとり、またひとりとメンバーが増えていった。時に争い、時に話しあい、エストレージャは大きくなっていった。




