16 はじまり(1)
「私は、泣き虫だ」
サキ様が寝てから、三人で小さな飲み会をしていた。サキ様は「多少の音じゃ目覚めないわよ」と言っていたので、お言葉に甘えてサキ様の広い部屋を借りている。
「知ってるよー」
お酒に強いラインが、けらけらと笑って酒をひと飲みした。声は三人とも小さめだ。ひそひそと話しを続けていく。
「あのね、ラインには話したことがあるんだけどね、強くなろう計画があるの」
私の発言に「えっ、あれまじで実行するの!」とラインは楽しそうに笑い続けた。静かにしなよ! と怒る私を見て、また楽しそうに笑う。こいつ、酔った振りしてるな。私をからかうラインを無視して、ルークに話し続けた。
「中性的になろう計画」
ぶっ、とルークも吹き出す。そのまま、笑いを押し殺すようにくっくっと笑いはじめた。二人に笑われ、私はもう、と地団太を踏む。
「二人ともなんで馬鹿にするの!」
「レイカが可愛い」
同時に二人はそう言うと、目を合わせて、やっぱりー? と笑っていた。うう、と唸るしかできない。くそうこいつら、からかいやがって!
「あのねルーク、私ね、強くなりたいの」
「ふん」
笑いをこらえきれないルークが、吹き出しながらも頷く。
「ここに来てね、恋ができないって思ったの」
「また唐突に話が飛ぶな」
「まぁ聞いて。私ね、人の気持ちが分かるでしょ。こんな中、恋なんてできないってはっきり思う出来事があったわけ」
「恋心がよくわかんなくなってあわあわするレイカは可愛かったなー」
「ライン! 話をまぜっかえさないで!」
後で詳しく話してあげる、とルークに目配せをしたラインは、楽しそうに酒を飲み続けている。
「可愛いレイカの話は後で聞くとして、それで?」
可愛い可愛い言われて嫌な気分もせず、かといって話が進まなくてもどかしく、私はむっと頬を膨らませる。
「それで……恋されないためには、って考えたの」
またも二人が同時に吹き出す。
「もう何よ!」
「レイカは可愛いことがよく分かった」
「可愛いと、ボスとしてなめられちゃうでしょ!」
やけだ、やけだ。私はぐいっと缶に入っている酒を飲んだ。
「恋されないためには中性的になることがいい! 異性から友だちだって思われるのがいいなって思ったの。みんなにね! それとね、泣き虫なのもよくない! 強気で行かなきゃ! だから、私は中性っぽいボスを目指すっ!」
もちろん小さな声だが、勢いよく私は言ってのけた。おぉ、とルークが拍手をする。
「面白い、性格の改変か」
「そう、ボスっぽいキャラを演じたら、強くなるんじゃないかって、医者としてはどう?」
「とても興味がある」
「賛成?」
「反対したってやるんだろ」
「もちろん! かっこいいボスになるんだー」
ソファの背もたれに体重をかける。少し酔ったかもしれない。
「一人称は?」
笑いをこらえながら、ラインが訊いてくる。こうなりゃやけだ。「もちろん俺!」と元気よく答える。
無理に一票、とラインがからかう。
「すぐに無理になるよ」
「無理じゃないもん」
「お嬢様にはなんて?」
「サキ様の前では強がったりしないもんー」
「レイカはかわいいなっ」
酔った振り続きのラインが、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「やめろたらし!」
「酷い!」
このやろうとますます頭をなでられ、やめろぉと振りほどこうとした手を掴まれる。ぐいと引っ張られ、よしよしと背中を優しく叩かれる。
ラインとの出会いを思い出した。あのころと、コロンの香りが違う。彼も、私たちに出会って何か変わったのだろうか。幸せになったのだろうか。
「がんばれレイカ。レイカが強くなるように、俺も強くなるから」
「女性とはもう寝ない?」
「……回数を減らしていく」
「ラインー!」
すぐには無理だよ、とラインは私を離し、決まりが悪そうに頭をかいた。
「女性達に囲まれてた時は気がつかなかったけど、俺のこの……エストレージャ、随分悪質」
「女の人に好かれるだけじゃなくて、女の人を求めてるんでしょ? ラインは」
「なぜ分かる!」
「私を抱きしめて紛らわせようとしてるんだもん」
ぐっ、と言葉を詰まらせるラインを見て、ふふんと勝ち誇った気持ちになる。
「ラインも頑張れよ、なっ」
がしっと頭を撫でると、彼はにやりと笑い「お前もな」と言った。
「俺も頑張ろ」とルークが呟く。
「お嬢様に健康健康って言ってるけど、俺だって研究に没頭して体調崩すことがよくあるし……まずはそっからだな」
「別に無理して何かを改善しなきゃいけないわけじゃないんだよ?」
ルークに言うと、ううんと彼は笑顔で首を振った。
「なんとなく、そうしたいって思っただけ。お嬢様のことを、いや、エストレージャのみんなのことをいつも診察できるように、常に超健康な医者になりたいよ」
「ありがたい、健康第一!」
愉快だった。幸せな気分だった。
「凄く幸せ」
声に出したら泣いてしまった。「泣いてるじゃないか」とラインに笑われた。
今日だけだもん、と言って、泣いた。涙が不思議と止まらなかった。
高い天井を見上げた。
嬉しくて泣いたのは初めてだと気がついて、また涙が流れた。




