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   希望の星 優しい言葉(2)

「笑う筋肉が動かないっていうのかしら。一応笑う表情は作れるんだけど」


 そう言って口を「イ」の形にして見せた。しばらくその表情で固まった後、「きっと笑えてないんでしょうね」と残念そうに表情を元に戻した。微笑みなら、と口を閉じるが、口の端が不自然に上がっているだけだ。写真を取れば微笑みだとも捕えられるかもしれないが、その表情に行くまでの過程を見ている私たちには、それは笑顔には見えなかった。


「意識的に、時間をかければ、きっと怒ったり泣いたりの表情が作れるの」


 そう言って、彼女は眉間にぐっと力を入れて見せた。


「怒った表情よ」

 すぐにその表情を止め、次は口端を下げ、眉も下げる。


「悲しい表情。出来てる? 鏡の前でやってみたんだけど、しっくりはこなかった」


 はぁ、とため息をつき、彼女は無表情に戻った。うーんとルークがうなる。


「つまり、表情を作り出すことはできるけれど、実際に悲しい時に悲しい表情が出ない、笑っているときに笑う表情が出ない、って言う事ですよね」

「そうね。表情を作る時の感情は、真剣って、それだけよ」


「そうですね……とりあえず、無理はしないでください。ストレスになりますから。お嬢様にとって必要なことは、ストレスをこれ以上蓄積しないことです。今までにかなりの負担が心にかかったことで、熱が出た。それと同時に、表情が上手く作れなくなったのでしょう。後者だけが残ってしまったんです」


「治らない?」

「分かりません、私も見たことのない事例ですから。でも、熱が下がったように、表情が戻ることも十分に考えられますよ」


 よかった、と彼女はほっと一息ついたが、表情は無表情のままだ。


「ストレスをためないでください。我儘を我慢しないで、なんでも私たちに言ってください」

「そんな、我儘なんて」


 小さな女の子が、困ったように顔の前で手を振る様子を見て、私ははっとした。そうか、サキ様は我儘を言った経験が少ないんだ。


 ふと、私と彼女の姿が被った。そうだ、私も、私も我儘が言えなかった。いい子になろうと必死で、勉強して、お利口にして、ほしい服さえ言わなくて――そこで私は、ふと思い出す。メリィさんと買い物に出かけた時のことをだ。彼女に子どもができて、落ち込んでいた私を、彼女は買い物に連れだした。


 覚えている、彼女の嬉しそうな表情を。いつそんな表情をしたっけ? ――そうだ、私が「これがほしい」と言った時だ。彼女は心の底から喜んでいた。


「わ、我儘でいいと思います」

 私は声に出していた。え? と皆が私に注目する。


「私も、我儘を言わない子でしたけど、きっとルークの言う我儘って、なんでもかんでも好き放題にするってことじゃないんです。私が養子として暮らしていた家の奥様、私のもう一人のお母さんは、私が靴や服、本をほしいとねだると、それだけで本当に喜びました。そういうことなんです、私たちの望むあなたの我儘って……」


 しどろもどろだが、私は続けた。


「子どもは……って私もまだ子どもですけど、それでも、子どもは、我儘言っていいと思います」


 生意気すみません。

 頭を下げる前に、サキ様は椅子から立ち上がり、私に駆け寄ってきて――思い切り抱きついた。


「さ、サキ様!?」

「ありがと、大好き。みんな大好き」


 力強く、本当に痛くなるほど力強く、彼女は私を抱きしめた。サキ様は、そのまま話を始めた。


「考えていたことがあるの、笑わないで聞いてくれる?」

「えぇ、聞きますよ」

「この前、私たちと同じような悩みを持っている人がいるかもしれないって話をしたでしょう」


 能力のせいで、ひとりになりたくないのにひとりになってしまった人のことだ。


「その人の帰る家にもしたいって言ったでしょ? あの計画、実行してほしいの」


 サキ様はあのとき、一人ぼっちはもういやだと言った。私は、探そうと彼女に言った。それでも、行動に移せていなかったことは事実だ。何のビジョンも無く、彼女に同意したままになっていたなと、私は自分に嫌気がさす。



「この屋敷を、たくさんの人が帰る場所にしてほしい。前は、夢物語みたいな話だと思っていたけど、本格的に探して、見つけて来てほしいの。生活費は私が稼ぐ。今まで何十人もの従業員と、両親の好き勝手のためのお金を儲けてこれたの。当分は大丈夫だと思うの。私は、この屋敷で会社を動かしていかなきゃならない。だから、他の三人には、人探しをしてほしいの。いっつも外出じゃなくていいよ、でもね、たまに出かけてでもいいから、探してほしい。


 能力のせいで、ひとりぼっちの人たちの帰る場所を作ろう」



 私は、小さな背中を抱きしめた。ラインとルークをちらりと見ると、二人とも笑顔でうなずいた。ほっとして、私も笑顔を浮かべる。


「私の我儘、聞いてくれる?」

「もちろんです」

 と言ったのは、私だけではなかった。三人が声を合わせてそう言った。抱きついたままのサキ様が、よかったと小さくつぶやいた。


「それでね、あのね、もうひとつ、いい?」

「いいですよ。いくつでも、我儘言ってください」

「あのね、能力って言うの、なんか慣れないから、名前をつけようと思ったの」

「名前ですか?」


 こくり、と小さく彼女は頷いた。少し恥ずかしそうに、ごにょごにょと話を続ける。


「考えたんだけど……エストレージャって、どうかなって」

「エストレージャ?」

「星って意味」

「綺麗な響きです」

「ほんと?」


 ぱっとサキ様は私からはなれ、私の顔を覗き込んだ。いきなりで驚いたが、えぇ、ともう一度頷く。


「私も、能力能力って言うのはちょっと嫌だなって思ってたんです。エストレージャって言いましょう」

「ごっこ遊びみたいだけど……でも、新しい名前をつけたら、少しは受け入れやすくなるかなって」


「素敵ですよ」とラインが言った。

「ごっこ遊びなんかじゃありません、立派な名前です」とルークも続いた。

 よかった、と彼女が小さく呟く。


「あのね」

 と、サキ様は少し明るくなった声で続けた。


「能力の名前だけじゃなくてね、私たちの集団もエストレージャって呼ばない? 家族でもない、友だちでもない、なんだか表しにくくて……だったら名前をつけちゃえばいいかなって。ここに新しく来る人はね、エストレージャのメンバーになるの」

「いいと思います、素敵ですよ」

「本当?」

「嘘は言いません。エストレージャ、星、輝かしい名前じゃないですか」


 私が微笑むと、彼女はうんうんと頷いた。

「星は好き。希望の星ってこと」


 私の願いを込めたんだ。彼女は無表情で手を前に組んだ。きっと、表情があったら、明るく笑っていたに違いない。


「私のエストレージャは、他人の気持ちが読めることです」


 自分で言って、不思議と心が晴れ渡る気分になった。エストレージャ。才能と言うには優しすぎるこの能力を指し示す、優しい言葉だった。


 泣きそうになった。

 彼女の優しさを再確認した。

 言葉一つで、こんなにも救われた気分になるとは。


 それでも、ぐっと涙をこらえた。ここで泣いてしまってはいけないと思った。


「私のエストレージャは、女性の気持ちが分かることですかね」

 ラインが言う。静かに微笑む彼は、幸せそうだった。


「私のエストレージャは、医療が大好きなこと、ですね」

 ルークが笑った。嬉しそうな表情だ。


「よかった、鼻で笑われたらどうしようかと思ってた」

 サキ様がありがとうと呟き、私の頬にキスをする。ぱっと私から離れ、ラインとルークにも軽いキスをした。突然の出来事に、三人はきょとんとしてしまった。いっ、とサキ様は口を横に広げると、診察されていた時の椅子に腰かけた。あぁ、多分笑ってくれたのだ、と私は思った。


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