2 ばいばい、またね(1)
「麗華、おいで」
父が、優しく私を呼んだ時の顔を、今でも忘れることができない。
全力で、悲しめない。
そんな顔をしていた。
隣にいた母も、同じだった。
複雑な感情を抱いているのだなぁ。
そんなことを考えながら、私はにこりと笑って、なぁにと無邪気に父に歩み寄った。
「麗華、とても大切な話があるんだ」
「なぁに」
「麗華は、二週間後から、別のおうちの子になるんだ」
さすがの私もショックを受けた。
反論の余地は無いように思えた。嫌だよ、と泣き叫んだが、しかし、泣いている状況下でも、両親の目には決心の色が消えなかった。母も、父も泣いた。泣いて謝ってきたが、それでも、だ。
七歳の私に分かりやすいよう、かなり端折って説明されたが、その後の生活からの推測を加えて、なぜ私が養子に出されたのかを簡潔に説明すると、こうだ。
三人の子を学校に行かせるのは、やはり現実的に大変だった。
そんなときに、父が工事していた屋敷に住んでいる夫妻が、養子を探しはじめた。実際に探しはじめていたのは、屋敷が改装工事を行う二か月前ほどからだった。
夫妻は、二か月間探し回ったが、なかなか養子をくれる家庭が見つからない。子供に恵まれず、自分たちの子供はほぼ諦めていた夫妻だったが、養子ももらえなくなってしまうとなると、後継ぎの問題が解決しなくなってしまう。
夫妻は後継ぎを育てなければならないと考えていた。夫、妻それぞれ同じ業界で成功した金持ち夫婦だったが、その膨大な財産を継いでくれる人がいない。彼らは、たとえ血が繋がっていなくても、自分たちが育て上げた子供に、財産や地位を継いでほしいと願っていたのだ。
夫妻はなんとかしなければと焦り始め、工事をしている作業員にまで「養子を貰えないか」と頼み始めた。金はやるから、誰かいないかと必死に説得にかかったそうだった。
父の他にも、名乗りを上げた作業員はいた。
しっかりと学校に行っているという最低限の条件と、父の人柄の良さで、私はその養子に選ばれた。
見ず知らずの人から養子をもらうなんて、馬鹿げていると今でも思う。
しかし、彼らはそれほどまでに必死だったのだろう。
私にとって、それでも救われるようなことを挙げるとしたら、父は私を「売り」はしなかった、ということだ。金は要らない、娘を貰って、育てあげてくださいと父は頼んだそうだ。夫妻は男児を希望していたようだったが、しかし、女性が跡取りというのもそのころは珍しくは無くなっていた。
相手にとっては、学校に行っている最低限の条件と、金は要らないという好条件だったろう。君の奥さんがいいと言えば、と父に言った。
私の両親は、あまり悩まなかったようだ。
長くて一晩、考えただけ。
もし何日も考えていたとしたら、私は分かったはずなのだ。しかし、彼らが私に隠し事をしているそぶりは、見かけることはなかった。
この考察は、私が夫妻の家に養子に貰われて、そこの生活になれてから考えたものであり、養子うんぬんの話をされたそのときは、もちろんこんなことを冷静に考えられはしなかった。
きっと両親の気持ちは変わってくれないだろうと分かりながらも、どこかでやっぱりやめると言ってくれないだろうかと思った。必死に説得した。
「お金のことが大変なら、私学校辞めるから」
「いい子にするから」
「働くから」
「迷惑かけないから」
「だから他の人の家に行くなんていやだよ」
「私はお母さんとお父さんと一緒に暮らしたい」
「貧乏でもいいから」
「知らない人の家になんか行きたくないよ」
泣きじゃくり、何度も何度もこんな言葉を繰り返した。
「ごめんね」
「いい人だから」
「お金持ちの家だから、たくさん勉強ができるのよ」
母と父のこの言葉は、本心からだった。心の底から、私に詫び、私の幸せを願ってくれたのだ。
何時間泣きじゃくったろう。
私はひとつ頷くと、分かったと言った。
母と父は言葉を失ったのか、泣き崩れ、私を力いっぱい抱きしめた。




