一人ぼっちは、寂しいですから(3)
「お医者様が住み込みたい?」
ラインが、えぇと頷いた。びっくりした、とサキ様は口に手を当てる。
「そんなことを話してたの」
「そうなんです」
ラインは、ルークの性格について、私にしたような説明を繰り返した。へぇ、とサキ様は感心したようにラインの言葉を聞いていた。
「つまり彼は、私の病気が治したくて、もうそれしか見えなくなってるのね」
「えぇ」
「私と一緒」
ね、とサキ様は私の方を向いた。え? と私が首をかしげると、「仕事の虫」と呟いた。
「というかその人、私たちと同じなんじゃない?」
「私たちと、同じ、ですか?」
「才能が溢れすぎちゃってるじゃない」
はぁ、と思わず感心の声が漏れた。確かに、彼もまた同類なのかもしれない。医療のことしか頭になく、気になる症状を持つ人がいると、その人の家に住ませてくれないかと頼むような医者は、確かに医療の才能に溢れすぎているのかもしれない。もうそれは、私たちの言う能力のひとつなのかもしれなかった。
「彼、家族がいるわけでもないんでしょう?」
「えぇ、ひとりで暮らしています。病院の話は先ほどしましたが、家は随分若いころに出たとか……ひとりでいるほうが、気軽に動けるからと」
「ますます似てる」
サキ様は、ラインも、麗華も、とそれぞれを指差した。
「ひとりで、ここに来たでしょう」
ね、と首をかしげる。えぇ、と私は笑顔を返した。首をかしげたその表情は無表情で、胸が締め付けられるようだった。数日前の彼女なら、笑ってくれただろうに。
「彼と会って話がしたいわ。面白い人なら、ぜひ家の専属医者になってほしい。人はたくさんいた方が、あなた達も退屈しないでしょう」
楽しいことを考えていきたいの、と彼女は呟いた。頬はまだ赤く、汗も止まってはいなかったが、少しだけ瞳に生気が宿った気がした。
「改めまして、ルークと申します。ラインの友人です。この近くにある大通りはご存知ですか? あそこから五分足らずのところに住んでいます。一人で暮らしています。家族は遠方の国に住んでいます、もう随分と会っていません。医療マニアだの、オタクだのとラインにはよく言われます、あなたの病気を治したいんです。ここに、どうか置いてくださいませんか。あなたの力になりたいのです」
ラインに呼ばれたルークは、頬を高揚させていた。冷静な彼の姿ばかり見ていたためか、その意外な姿に驚いた。サキ様も、部屋に入って来るなりのマシンガントークに驚いたようだった。
「……だめですかね」
返事が無いためか、ルークはしょぼんと俯いた。
「すみません」
頭をかく。背を丸め、寂しそうに言った。
「俺、いつもこうなんです。必死になり過ぎて、気になることがあると、何日も寝ないなんてしょっちゅうで……」
「お医者様に倒れてもらったら困るわ」
「あ、そ、それは気をつけます」
「お願いね」
サキ様はそう言うと、すっと手を差し出した。最初、ルークはその差し出された手に戸惑っていたが、やがてぱっと表情を明るくすると、その手を握り締めた。
「よ、よろしいんですか」
「こちらからお願いするわ、ルーク。私はサキ・ヒトツボシ。両親はいないけど、この屋敷の家主よ。不自由はさせないわ。何か必要なものがあったら、なるべくそろえるつもり」
「置いていただけるだけで光栄です、ありがとうございます、必ずあなたの御病気を治してみせます」
「頼むわね。といっても、すぐに治ってしまうでしょうけど、あなたが良ければ、その後もずっとここに住んでほしい」
「よろしいのですか」
彼は今にも飛び跳ねそうだった。えぇ、と頷く彼女の手を、両手で強く握っていた。
「馬鹿みたいに広いでしょう、この家」
サキ様は、私たちに語りかけるようにして言った。
「ずっと考えてたの。こんな家に三人は寂しいわ。きっと四人でも寂しい。引っ越しも考えたけれど、私、この屋敷が好きだし、できればずっと住んでいたいの」
私を見て、ラインを見て、ルークを見る。
「あなた達みたいに、この家を必要としてくれる人が、現れるかもしれないしね」
サキ様は一息つくと、馬鹿みたいだけどね、と前置きをした。
「ルーク、あなたがここに住みたいって話を聞いたときに、もっと、そうやって居場所を探している人はいないかって、考えたの。
麗華とラインには話したけど、私は、ルークのその医療好きを、一つの能力と見るわ」
「能力、ですか」
「そう。医療一筋っていう、その才能は、もう才能をはるかに超えた能力のようなものよ」
「あぁ」
ルークは、こくりとひとつ頷いた。口元は少し笑っていた。
「そうですね、その言葉がぴったりきます。俺は、医療が好きで好きで、でもそのためにいろんなものを捨ててきました。家族も、恋人も、故郷も。一人になりました、それでも医者は辞められませんでした」
「ラインと同い年なんでしょう? それなのにもう立派なお医者さんだなんて、その時点で懸命に勉強をしてきたことが分かるわ」
あっ、と私は思わず声に出してしまった。ラインも同じことを考えているらしい。
「そっか、そう言えば、十八歳なのに医者って……」
ラインは苦笑していた。「凄すぎるだろ、最初は俺も気がつかなかったけど」
「俺は医者になりたかったんだよ、どうしても、一刻も早くね」
ルークはラインに向かってにやりと笑いかけた。
「ね、このひたむきな思い、私はラインと麗華にも感じていた。ラインも私も……」
サキ様は私の名前を出そうかどうか迷っているようだった。少し黙り、静かに続ける。
「麗華も、ルークも一緒。みんな得意分野があって、それがずば抜けすぎていて、困ってる」
「ラインの得意分野は、俺も知っていますよ」
ルークとラインは同時に苦笑した。よっぽど仲がいいみたいだ。
「麗華、言っても平気だった?」
「名前を並べてくださって、嬉しかったですよ」
サキ様は、私の苦労を想像してくれている。想像したうえで、それをルークに隠していたら、そこには同情が交じっているのだろう。彼女は、そうやって私について隠すことはしなかった。強い選択だと、私は思う。今までひたむきに隠してきた私にとって、それはまねのできない選択だった。そうしてくれたことが、ありがたかった。
「よかった」
サキ様は安心したように眼を伏せると、続けるわね、と言った。
「きっと、そう言う人ってたくさんいるんじゃないかって、私は考えたの。
能力のせいで、一人になりたいわけじゃないのに、ひとりになっちゃった人。帰る家が無い人。その家を探している人。いないかしら、わからないけれど、私はその人たちの帰る家にしたいの、この屋敷を」
「サキ様……」
彼女は静かに泣いていた。表情は無く、ただ、涙が流れるだけだ。
「一人ぼっちは、もういや。
家族がほしい」
私はとっさに、彼女を抱きしめた。彼女のことを、少女だ、と感じた。大人びているが、この子はまだ子どもなのだ。私より七つも年下の、子どもなのだ。
「探しましょう。私のように、ラインのように、ルークのように、サキ様のように、苦しんでいる人がいるかもしれません。その人に安らぎを与えましょう。一緒に暮らしましょう。一人ぼっちは、寂しいですから」
「うん、そうしよう、麗華、そうしよう」
小さい手が、私の服をぎゅっと握りしめた。
私は、小さな背中を、何度も何度も抱きしめた。




