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   決断(2)

 その日の夜まで、サキ様は二度、水がほしいと目を覚ました。食欲は無く、とにかく眠りたいと、ずっと横になっていた。夜の七時過ぎに、呼び鈴が鳴った。ガーネットさんが屋敷に着いたのだ。ラインが彼女を迎えに行き、数分後には部屋に到着した。


「ガーネットさん……」


 彼女は疲れ切っていた。目の下には隈が色濃く刻まれ、目はうつろだった。髪の毛もぼさぼさで、いつものようにきちっとした姿からは想像も出来ない格好をしていた。スーツのシャツはよれ、しわができている。


 彼女は私の姿を見ると、今にも泣きそうな顔で手を伸ばし、抱きついて来た。


「ごめん、ごめんレイカ、私には止められなかった……」

 泣いていた。いつも口元に笑みを浮かべ、凛としていた彼女が、弱々しく泣いていた。


「……止められなかった、って」

 彼女は私から離れると、涙をふきもせず、私とラインを見据えた。



「詳しい話をしよう。君たち二人には真っ先に聞いてもらいたい。護衛は、メイドに任せても大丈夫だろうと思うが……どうか?」

「えぇ、私の部屋で話しましょう。何かあればすぐに知らせるように言います」


 私はすぐにメイドを呼び、サキ様の傍についてもらうと、部屋に向かった。


 ガーネットさんはふらつきながら、ベッドに座った。私は、椅子を持ってきて、ガーネットさんの前に座った。ラインは壁に寄りかかるようにして立っていた。腕を組み、表情を殺している。


「ご両親は今どこに?」

 私の質問に対し、ガーネットさんは遠方の国の名前を二つ挙げた。前者は旦那様、後者は奥様が向かった国だと、静かに言った。


「そんな遠くに……どうして」

「二人の夢を叶えるためだそうだ」


 ガーネットさんは、長い長いため息をついた。



「資金が十分にたまったから、と」

 はっとする。それは、つまり

「……サキ様が、ためたって、ことですか?」


「あぁ、そうだよ」



 どこかに否定してほしい気持ちがあった。しかし、こうもあっさりと肯定され、私の気持ちは沈んだ。肩がずん、と重くなった気がした。


「サキ様の儲けたお金で、彼らは好きに生きて、好きなことをして、夫婦で会う時間も減って、家族で会う時間も減って、それならもう、こんな家族いらないじゃないかって、そう思ったんだそうだよ」


 ガーネットさんの組んだ手が、肩が、足が、わなわなと震えていた。私は何も言えなかった。言葉が浮かばない。混乱している。



 何を、どうして、どうなりたくて、どうしたって?


「あの二人は、笑顔で言ったよ。サキには、年の近いボディガードをつけた。もう一人最近入ったそうじゃないか。それと、若いコックとメイドを数人置いて来たから、もう一人でも暮らせるだろうって」


 ガーネットさんは声を荒げた。


「私たちを騙して! 出張だからついて来いだの適当なことを言って! 長期だからコックとメイドも一人ずつつれていくんだなんて、馬鹿げたことを言っていた。……それでも私たちは、信じてついていったよ。急だったんだ、数十分で支度しろだなんて。レイカとラインにはもう言ってあるから平気だなんて……そんなことを……手紙は残したが、それでも、それでもついて行ったこと自体が、馬鹿だった。


 よく考えれば、たくさんボディガードを辞めさせていたのだってそうだ。自分たちが脱走する時、万が一のための人員以外は、辞めさせていたんだ……」


 あぁ、そうだったのか。ガーネットさんの言葉に、私は納得した。彼らの都合で、皆辞めて行ったのか。ゴウさんも、勝手な都合の、犠牲者だったのだ。


 ため息しか出なかった。なんて、なんて身勝手な。



「彼らを信じた私がどうにかしていた。ごめん、本当に、本当にすまなかった。

 まさか、空港について違う国に飛ばされて、そこで真実を聞くだなんて、思いもしなかったんだ。実は、実はもう、あの家に戻るつもりは無いんだ、君達の働き先は用意しておいた、帰りのチケットもあるから、国に帰り、違うところで働いてくれって、それぞれに紙を渡して……」


「ガーネットさんは……説得してくださったんですね」


「あぁ、戻ってくれと、考えなおしてくれと、何度も何度も、何度も。でも、もうだめだ、あの二人はおかしくなっている。家族なんて眼中にない、お嬢様なんて――忘れてしまっている。ただの、銀行のように、嘆かわしい、忌々しい、何て言ったと思う? 実の娘を、あんなに仕事ができて、気味が悪い、子供じゃない、仕事の鬼、化け物みたいだなんてっ……」


 わっ、とガーネットさんは泣きだした。私は言葉が出なかった。


 本当はもっと聞きたいことがあった。

 でも、言葉が喉の奥で詰まってしまったような感覚に陥っていた。


 意味が、分からなかった。


 自分の子供に、そんな、そんなひどいことを言っていたなんて。信じられなかった。どうしてもっと早く気がつけなかったのだろうと言う後悔もあった。体中が怒りで震えた。理解できなかった。


 ラインが、すっと壁から離れ、ガーネットさんの隣に座り、そっと肩を抱いた。ずっと表情が無い、殺しに殺しているようだ。何も言わないまま、ゆっくりとガーネットさんの肩を叩いた。時間がたつにつれ、彼女は落ち着きを取り戻したようだった。


「お嬢様に、説明をされた方がよろしいかと」

 冷静な声で、ラインが言った。


「何て言えばいい? 嘘を言えばいいか? どんな嘘を?」

「いえ、彼女は受け止める覚悟ができていると思います」

「そんなわけが」

「彼女は、ご両親がいなくなったとき、すぐに『逃げたんじゃない?』、なんて言ったんです。それに、うわ言で」


 ラインが、眉間にしわを寄せた。

「……レイカが寝ているときに、お嬢様がうわ言でおっしゃったんだ。減っている、捨てられたの? って。何の事だか分らなかったのですが、今やっと理解できましたよ」


 目を閉じた。言うのをためらっているようだった。

 少しの間の後、彼は言った。


「預金が減っていたのでしょう。彼女はすぐに調べたようです。私たちには何も言いませんでしたが……察しているかもしれません。お嬢様は、真実を知りたいと、私は思います」


 そんなことが、とガーネットさんはうなだれた。

「……ガーネットさん、私のベッドで休んでください。サキ様が起床され、話しができるようでしたら、その時に呼びます」


「……あぁ、休ませてもらう。長いこと寝ていないんだ。何かあったら、いつでも起こしてくれ」


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