歪んだ世界(6)
母は、父に全てを打ち明けた翌日から、高熱を出して三日三晩寝込んでしまった。父は仕事に行かなければならなかったし、兄、姉が学校を休むことは母が許さなかったので、私が母の看病をすることになった。
母の私に対する態度は、表面上は変わらなかった。私が彼女の嘘を暴いたからと言って、それを問い詰めることも無く、私が必死に看病すると、ありがとうと微笑んでくれた。
母は、私に、変わらぬ愛情を注いでくれようと努力してくれていた。
幼い私は、絶望する。
どうして私は、こうも嘘を見ぬけてしまうのだろうと。
すぐに分かった。今までと変わらない態度をとり続けてくれている、頑張って、娘に対する恐怖心や疑問を打ち消そうとしている。
私は、母の精いっぱいの嘘を受け止めた。
努力してくれていたのだ。
分かってしまう、私がいけないのだ。
母の微笑みに微笑みで答え、私は寝室を出て、声を殺して泣いた。
人の心が分かってしまうのは、誰にでもある能力ではなく、決して素晴らしい才能でも無いという事を、ようやく認めたのだ。
父のあの返事と、母のこの態度で、私は確信したのだった。
もう、誰にも言わない。隠し通そう。
五歳の私は決心した。
母の体調が良くなった後も、私は闘い続けた。
母の、私に対する消えない恐怖心を無視し続けた。
「イケナイシゴト」のせいで発生してしまった、母と父の間の謎の気遣いやぎくしゃくした一瞬に、気がつかないふりをした。
私のためにお金を貯めていたことについて、知らないそぶりを見せ続けた。
無邪気に、何も知らないかのように振る舞った。
母に嘘をつかれても、父にごまかされても、疑問を抱かないように心を静めた。
自分の能力を意図的に使用することが無いよう、質問はしないように努めた。
六歳になり、小学校に行き、先生という大人が発する様々な嘘、後ろめたい感情、ごまかしなどにも、もちろん気がつかないようにした。明るくいい子でふるまった。両親に迷惑はかけまいと、必死だった。
辛い心を押し殺し、泣きたい気持ちを封印し、苦しい感情を無い物とした。
しかし、母の私に対する疑心や恐怖心は消えなかった。
父と母の関係は悪化しなかったものの、ぎすぎすした関係になってしまったのは、私にとって一目瞭然だった。
小学校に行くと、この時間は母が苦しんだおかげで過ごせているのだと思い、胸が痛くなった。
無邪気に振る舞うのは、嘘をつくことで、それがとても苦しかった。嘘をつかれるとき、私は毎度傷ついていたからだ。傷つくことを他人にしていることで、胸が痛んだ。
兄や姉が、様々な感情にあふれたこの学校という場所で過ごしてきたのかと思うと、驚きと尊敬の気持ちしか生まれなかった。
学校は混沌だった。
先生に無邪気に駆け寄る姿を見て羨んだ。友達と平気で約束を交わす姿に同情した。
なぜ気がつかない。なぜ疑わない。
小学校という場所は、私にとっては地獄だったが、辞めるわけにもいかなかった。
母と父が、私たちが学べるようにと必死に働いてくれているのだ。
辞めたいなんて、言えるはずが無い。
理由を言わなければならないのなら、なおさらだ。
あぁ逃げてしまいたい。
空を見上げ、よく考えていた。
鳥になって、遠くに行けたらな。
それは、夢でしかなかった。
しかし、現実とは、ある日いきなり激変するものだ。
私自身、能力の異常さとその悪い使い方を学んでしまった、あの日のように。
ぐにゃり、と。
小学校に通うようになってから一年と少し経ったある日のことだった。
さすがに鳥にはなれなかったけれど、遠くに行けたら、という願いは叶うことになった。




