歪んだ世界(5)
母の嘘の正体が分かったのが、それから三日後のことだった。
私があのような行動を起こしてしまったことがきっかけで、母は毎日不安そうな表情をしていた。それが父にも分かり、どうしたんだと訪ねたのが三日後だった。
母は泣きながら、父に謝った。
「ごめんなさい、私、私……」
私、いけない仕事に手を出してしまった……。
イケナイシゴトとはなんだろう。五歳のころの私には分からなかった。十歳の兄にも、七歳の姉にもきっと分からなかっただろう。
父だけがその言葉の意味を理解し、さっと青ざめてしまった。それはもう見事に、といったらおかしな表現だが、それでもやはり見事に一瞬で、顔から血の気が引いてしまった。
少し先の話しになるが、十四のときに私は「娼婦」という言葉を知った。
「売春婦」とも呼ばれることも、同時に知った。そのような言葉と、その仕事の意味を知ってしまった。そしてなんとなく、予想でしかなかったけど、母は娼婦になったのだなぁと思った。
他にもイケナイシゴトというのは数限りなく存在しているように思う。
しかし、私は確信してしまった。
なぜだかは分からないし、真実かどうかも分からないが、それでも私はそれ以外に答えは無いような気さえしたのだ。
五歳の時に母が震えながら父に泣きつく姿を見て、その時の母の複雑すぎる感情を、言葉にできないまま記憶していたのかもしれない。
そして娼婦、という言葉を知った時に、パズルのピースがはまるように、カチリと記憶が言葉と結びついた。
彼女は娼婦になったのだ。
それを隠し続け、二十三回、働いたのだ。
金を得るために。
生活が苦しいからその仕事をした、もっと言えば、私が来年から小学校に入るとお金がより必要となるから、その仕事をしたのだろう。
「ねぇ、お父さん。お母さんが泣いていたのは、私のせい?」
そうではないと言ってほしくて、私は後日、父に訊いた。
「そんなはずないじゃないか」
笑顔で、父は私に優しい嘘をついた。
ああ。やっぱりそうなのか、私のせいで母は泣いていたのか。
予想が当たってしまい、私はショックを受けてしまった。
私のために働いていた母に、私はなぜあんなことを聞いてしまったのだろう。どうして嘘をつくのか、なんて、母をもっと苦しませてしまったじゃないか。私はどれだけ彼女を苦しめてしまったんだ。
私の頭は、そんなことでいっぱいだった。
そのため、気がつかなかったのだ。
父に質問したあの日、私は初めて自分の能力を「意図的に」使用した。
父が嘘をついているか、判断するためにわざとあのような質問をしたのだ。
方法を、覚えてしまった。
ぐにゃりと世界が歪んでしまった。
「ねぇ、お父さん」
歪んだ世界で、私は訊ねた。
「お父さんは、人が嘘をついたのが、分かる?」
この質問に、父はん? と首を傾げた後、
「嘘をついているのが、全部分かっちゃったら、それは辛いだろうと、父さんは思うよ」
と言った。
「私は……」
そうは思わない、と言いかけて、止めた。
「なんでもない」
歪んだ世界の向こうで、父は不思議そうに笑うと、私から離れて行ってしまった。
世界で一人ぼっちになってしまった気がした。




