10 本音と別れ(1)
そうなんですか、と私はなるべく冷静に答えたつもりだ。
本当は心底びっくりした。
話を聞くに、他の家に雇われたらしい。少し遠くの町の、小さな家のボディーガード兼運転手をするとのことだった。ヒトツボシ家のように、たくさんのボディガードを雇って生活する家庭は珍しいが、一家に一人、ボディガードと運転手を兼任する人がいるというのは、あまり珍しいことではなかった。
サキ様のお父様の知り合いが探していて、彼が推薦したとか、条件があったとか、決まったのは昨日の出来事だとか、いなくなるのは二週間後だとか。
そんな話は頭に入ってこなかった。
何がショックなんだ?
分からないまま、悶々とその日を過ごした。
サキ様は、私がショックを受けていることは察してくださったようで、朝にゴウさんの話をした以外には、彼の話はしてこなかった。
とにかく彼に訊いてみよう。
何に戸惑っているのかもわからないまま、私はその夜、彼に会って開口一番、問いただした。
「転勤されるんですか?」
「あ、知ってたの。今日言おうと思ってた」
飄々と彼は言った。なんだか変な気持ちになる。
私は何に、どう期待していたんだ?
「……驚いて、その」
「うん、俺もびっくり」
「いきなりですか」
「昨日ね、いきなり呼び出されて、君転勤! って。驚いちゃったけど、まぁクビよかいいでしょ」
「そうですけど……えっと」
「ん?」
「いえ。その」
「なんだよ、レイカらしくないな。しおらしい」
くしゃりと笑って、彼は私の頭を撫でた。
「寂しいのか?」
「そりゃぁ」
訊いたくせに、彼は私の返答に驚いているようだった。なんだか不思議だ。私は笑った、きっと力なく笑っていただろう。
「朝からびっくりしちゃって、ちょっと、もう、少し混乱と言うか」
自分が何を考えているのかもよく分からない状況だ。
何を言っているのかもよく分からなくなる。
「――今日は、寝ますね」
「おう。またな」
「はい、また」
彼はいったい何を考えているんだ?
部屋に帰ってはっとする。私は彼に想われていると思って、それでもあの彼の反応を見て、こんなもんかと意外に思って―――――?
携帯電話をポケットから取り出した。彼との連絡は、もうだいぶ前にガーネットさんから許可されていた。
「友だちと電話をしたい? 私用か、別にかまわないよ。旦那様からの指示で、携帯は自由に使わせてやるように、と。皆自由に使っているよ。レイカはまじめだな、仕事でしか使ったことが無かったのか」
と彼女は驚いていた。ありがとう旦那様。自由に使えてよかった。
大して登録もされていないアドレス帳の中から、ラインの文字を見つけるのは容易なことだ。すぐに決定ボタン、彼に電話をかける。
夜中の十二時過ぎだった。彼は寝ているかもしれない。仕事をしているかも。それでも――彼に聞いてほしかった。話すことで、何かが変わるかもしれないと思った。
もう逃げない。
「もしもし」
数回コールの後、彼は電話に出た。
「ライン」
「どうしたの、こんな時間に珍しい」
「今大丈夫?」
「うん、仕事終わったとこ」
けろっと彼は言う。
「あぁ、じゃぁ抜けられない?」
「そうだね、ちょっと今横で眠ってらっしゃる彼女を一人にはできないかな。どうしたの?」
「じゃぁ電話で話がしたい。いい?」
「うん、いいよ。彼女疲れて爆睡中だから」
あははと笑いながらも、声の向こうから彼が動く音がした。「ちょっと待ってて」きっとベッドをでて、移動してくれたのだろう。
私も移動した。部屋の奥のトイレに。ここなら、きっと声は漏れることがないだろう。
「ベランダに出たよ。どしたの」
聞いて。訳が分からないの。
私はラインに、気持ちをすべてぶちまけた。




