一緒(5)
帰宅すると、おかえりとゴウさんが迎えてくれた。
「ただいま帰りました。今日は寒いですね」
「そうだな。だいぶ。今日はそんなに顔が赤くないな?」
「お酒はちょっとしか飲んでないんです」
「レイカはモテるみたいだな」
困ったように、ゴウさんは笑った。え? と私が首をかしげると「鼻がいいんだって」と彼は言った。
「コロンの香り?」
「知らない香りだ」
「隣のお客さんの香りが強かったのかも」
そう、とゴウさんは言った。なぜ嘘をついたのか、自分でもよく分からなかった。
「いいな、俺もレイカと飲みに行ってみたい」
「ゴウさんお酒、強そうですね」
「レイカも強そう。ま、俺たちは仕事時間がずれちゃうから、一緒に酒飲みに行ったりなんてできないよな」
「仕方ないですね」
「残念だよ」
ゴウさんは苦笑すると、寝ていいよと私に言った。お言葉に甘えて、と私は頭を下げ、部屋に戻った。
扉を閉め、そのままその場にふうと座り込んでしまう。
ドアに寄りかかり、ラインに相談すればいいのかなぁ、と思った。
鈍感な私だが、さすがに「もしや」と思い始めてきたのだった。
もしかしたら、ゴウさん私のこと――好きなんじゃないだろうか。
「はぁ」
ため息をついてしまう。どうしよう、どうしよう、こんなこと考えること自体、傲慢なのだろうか? 思い違いも甚だしいのだろうか? 自意識過剰、笑っていればいいのだろうか?
それでも、私は「嘘」や「期待」「寂しさ」に「嬉しさ」……そんな表情が入り混じったような、複雑な表情を今までに向けられたことが無かった。
あれは、もしかしたら。そう思ってしまうのも、仕方がないと思っていた。
言葉で表せられない、不思議な感情をもし「恋」というのならば。
私がモテると言った時の、不安そうな、期待しているような、怖そうな興味深そうな、視線。
飲みに行きたいな、でも行けないな、と話す時の残念そうな、しかし安堵もしているような笑顔。
「私はどうしたいんだろう」
何度も自分に問うた問題だ――答えは出ているようなものだった。
人の気持ちが分かってしまうのに、恋なんてできるはずがないじゃないか。
ラインにあれだけ期待させられるような、例えば抱き締められたり、囁かれたりしたときも、彼が私にそういう気が無いことが分かっていたから、冷静でいられた。
そんなやつと付き合って、楽しいわけがない。
私自身も、相手自身も。
私だけが相手の感情を理解し過ぎてしまい、嘘も分かってしまい、苦しむ姿なんて……想像するのは簡単だ。
「結構今までは上手に避けてきたんだけどな、恋愛」
勉強に打ち込んで、人との深い関係を避けて、恋愛から逃げてきたのだ。
しかしとうとう、逃げられなくなってしまったようだ。
相談相手ができてよかったと考えよう。
そう思って、とりあえず布団に入った。泣きじゃくり、悩み、疲れた一日だったのだろう。あっというまに眠りについた。
「レイカ、今日は元気そう」
「そうですか?」
「何かいいことでも、あったんじゃない?」
朝食を食べながら、サキ様は名探偵のようにずばりと言い当てた。その通りですと驚くと、朝からにこにこしてるもんね、と返された。
「でも、少し無理して笑ってるのかもとも思ったから、最初どう訊こうか迷ったの。何かあった? か、いいことあった? か」
綺麗に切られたリンゴをもぐもぐと食べながら、フォークをくるくると回すその姿はどこか可愛らしかった。しかし、言っていることはどんぴしゃ、大正解だ。
そうなんです、ラインと出会えて本当に嬉しくて、ゴウさんのことで本当に不安なんです。
「無理をしないで。レイカが本当に辛くなったら、私に話してもいいからね」
彼女に私の心は見透かされているのだろうか。さらり、と彼女は言ってのけ、それからふっと微笑んだ。
そうですね、と答えた。
無理をしなくても、このまま、このままで続くなら。
私は逃げた、甘えた、目をそらした。
ずるりずるりと、ゴウさんとの問題を引きずった。
彼の優しさに甘えるように。
好意に気がつかないふりをして。
結局ラインに相談することもなく。ゴウさんとは適度な距離を取りながら。
ずるずると引きずる生活が続いた。
基本、私の仕事はサキ様と共に過ごし、トレーニングをして鍛える、の繰り返しだ。
ゴウさんとの問題をずるずる引きずる期間は、長く続いた。
逃げられる間は逃げてもいいか、と逃げ続けて、適度な距離を保ち続けて、ルーティンを繰り返し、週に一度のペースでムシカに遊びに行き、多忙なラインとたまに会って話をし、ぐるぐる、ぐるぐると生活を続けた。
ラインと出会って一か月もたたないうちに、私は十七になった。
さらに数ヵ月後、サキ様は誕生日を迎え、十歳になった。
それでもずるずるとした生活は続いた。特に何が起こるでもなく、私がヒトツボシ家に来て一年があっという間に過ぎた。
さらに数ヵ月後。
いつものように彼女と共に食事をしていた時のことだ。
「ゴウが転勤するって、聞いた?」
何気なく発せられた彼女の言葉は、ずるずるとした私の生活にピリオドを打った。




