9 一緒(1)
「狭いけど」
うす暗い通りにあるうす暗いマンションの三階、角部屋のドアが開かれた。ぎぎぎ、と古く錆びた音がする。ラインが先に部屋に入り、壁にある照明の電源を入れた。室内が薄明るく照らされる。
小さな部屋だった。ベッドと机、その机を挟むように置かれた二つの椅子。クローゼットにキッチン。必要最小限のものしかそろっていないようだった。
「どうぞ入って」
招かれて、私は部屋に足を踏み入れる。彼の、少しの嘘もないあの言葉を信じるしかなかった。正直怖い。それでも、やっぱり腕っ節には自信があり、どうにか逃げることはできるだろうと言う自惚れにも近い感情と、危険を冒してでも話したいと言う好奇心は無くならなかった。おじゃまします、と部屋に入る。
「どうぞ、くつろいで」
彼は椅子を指した。私はだまって、言われたとおりにそこに座る。彼は冷蔵庫を開け、「ジュースでいい?」と聞いてきた。こくりと私は頷く。
「リンゴジュースと、ぶどうジュース」
彼は缶ジュースを持ってくると、私の正面に座ってはいとそれを差し出した。
「グラスはいる?」
「大丈夫です」
私はリンゴジュースを手に取り、缶を開けて少し飲んだ。おいしいジュースだ。パッケージを見る、見たこともない種類だ。高級なのかもしれない、と思いながら、机にそれを置いた。彼はぶどうジュースを飲むと、優しくそれを机に置いた。そしてこちらを見て、にこりと微笑む。
「ほんとに何にもしないよ、大丈夫だから」
「子供ですしね、私」
「そういうので判断はしないけどね、俺」
嘘つきなんだか、正直なんだか分からない。いまいちつかめない人だ。
「テレビとか、見ないんですか」
何から話せばいいのか分からず、私はとりあえずそんなことを訪ねてみた。あー、と彼は苦笑する。
「君には嘘を言っても分かっちゃうような気がしてるんだけどさ」
どきり、と言うよりかはぎくり、という感じで、心臓が大げさに動いた。そのとおりだ。思わず目が泳ぐ。
「……テレビの話はしませんか」
「ううん、テレビの話の続き。俺、テレビ見ないんだよね、とかはぐらかすことも出来るんだけど、それでも本当のことを話すと、君は少しびっくりするかもしれない」
「……ラインさんが話したくないんだったら、聞きません」
「でも君は聞きたいだろ? 違うかな」
金目が私を覗き込む。誘っているような、探っているような。
「――なんとなく予想ができますけど、でも違うかもって思って」
「どうかな、俺は少し特殊だよ。お金を貰ってるんじゃなくて、物々交換だ。この部屋は、ある女性から貰ってる。いつでも使っていいよって。ただ時々、彼女が遊びに来る。呼び出されることもある、そういうこと」
「彼女はテレビが嫌いなんですか?」
「うん、夜のテレビの明るいのが苦手なんだって。この部屋の照明も、少しうす暗いだろ」
「ムードのためかと思ってた」
にこり、とラインは笑う。
「そういう話、大丈夫なの?」
訊いて、はっと彼は「そういえば」と答えを聞かずに話を続ける。
「今いくつ?」
「十六です、もうすぐ十七」
「そうなんだ、同い年ぐらいだと思ってた」
「え、おいくつですか?」
「いくつに見える?」
「……二十代だとは思うんですけど」
ふふ、と彼は笑った。
「はずれ」
「嘘ぉ」
「十八でした」
「嘘だぁ!」
思わず大きな声を出してしまう。私の反応に、彼は嬉しそうに声を上げて笑った。
「あはは、俺が十代には見えない? よく言われる、大人びてるって」
「少なくとも五つは上だと思ってましたよ、二つしか違わないじゃないですか」
「老けてるだろ」
「大人びてるんですよ……十代にして、あんなに女性に囲まれてるんですか」
「十代にして、こんな家を女性からプレゼントされちゃってるんですよ。そういう話、大丈夫?」
「……あんまり、好きじゃないですけど、でも、なんとなく、ラインさんのことは知りたいって言うか」
「不思議な理屈だけど、気持ちは分かるよ。俺も、レイカちゃんのこと、訊きたいって思うのと一緒でしょ。なんでか分かんないけどさ」
「レイカでいいですよ」
「俺の方こそラインでいいよ、敬語もいらない、二つ違いなんて大したことないだろ?」
「……そういうとこ、私、遠慮ないけど」
「大歓迎」
微笑む彼は、やっぱり大人びていた。
「いつからか忘れたけど、俺、女性にもてるんだよね」
さらりと言ってのけてしまい、思わず噴き出す。
「ほんと、ほんと俺凄いよ!」彼は身を乗り出して言った。「意味分かんないぐらいもてるよ。一種の才能、っていうか能力だと思うんだけどさ」
「……能力?」
「そう、なんか、これを才能って言うのはちょっと違う気がするんだよね」
はっと息を飲んだ。気がついたら背筋を伸ばし、彼と同じく身を乗り出していた。
「私も――っ!」
理解者だ、と思った。
彼は私を理解してくれる。直感的に彼に話を聞きたいと思ったのは、安心感を抱いたのはこれだ、これが理由だと理解する。
彼は私と「一緒」だ――!




