金目の男(2)
「一、 二か月に一度のペースで来るよ。そんなに頻繁じゃない。だから、ほら、あんなにキャーキャーされるんだよ。明日になってもマルコはいるけど、ラインはいないからねぇ」
「どうせ俺はいつもここにいますよーだ」
また拗ねてる、とマスターは笑った。マルコの頭を乱暴に撫でながら、話を進める。
「彼はここら辺では有名だよ。確か近くに住んでいるはずだし、あの容姿だろう。女性が彼の傍にいないときは無いんじゃないかな」
「へぇ、お仕事は何をされているの?」
「さぁ、彼に訊いた方がいいよ」
その言い方に私は含みを覚えた。マスターは隠している、きっと彼の職業を私に言いたくないんだろう。裏の職業か、色欲が絡んでくるのか知らないけれど……私は少し、ラインと言うその人物が気になった。なぜだかは分からないが、なんとなく彼と話してみたい。友だちになってみたいなと思ったのだ。直感的なものだ、きっと彼と話すと面白い。
振り返り盗み見ようとすると、彼と目があった。先ほどと同じように、彼は私に手を上げた。女性の悲鳴が、一瞬遅れて響く。
「何よあの子!」
「いいなぁ」
「ねぇラインこっち向いてよ、もう」
あの人気じゃあ今日は声をかけるのも難しそうだ。あちらから声をかけてくれることはないだろうし……かけられたらかけられたで、隣に居るピアニストがますます拗ねてしまう。
「いいなぁ、いいなぁー俺ももてたい」
寝言なのかひとりごとなのか、ぼそぼそと漏れるマルコの声に笑ってしまう。
「ごめんね、今日はこんなのの相手させちゃって」
マスターが困ったように笑う。
「いいんですよ、こんな日も好き」
「それはよかった。仕事は順調?」
「はい、だいぶ順調です。休みもちょいちょい貰えてるから、こうやって楽しい自由な時間もあるし、毎日が素敵」
「それはよかった」
マスターが笑顔を浮かべるのと同時に、ねぇ、と後ろから声が飛んできた。よく通る低い声だった。黄色い声がしゅんと止む。
「………………」
私は無言で自分を指差し、マスターに目配せした。マスターは小さくこくりと頷く。
「ねぇってば、そこの黒髪の女の子」
楽しんでいる声だ。女性陣は私を睨みつけているのかもしれない、空気がなんだかぴりぴりしていた。
「振り向かないならこっちから行くけど」
やだ、やめてよ、ここにいてよ。ラインの冗談に、女性達がうろたえる。あの馬鹿にしたような声、私を試している声、向こうから来る気はさらさらないというのに……。
「ばればれですよ」
私は上半身をひねり、女性に取り囲まれている彼、ラインを見た。ラインはきょとんとしている。周りの女性達の視線は……気にしないことにした。
「あのね、ラインさん? でしたっけ。あなた、こっちに来る気なんてさらさらないんでしょ? 振り向かない私の態度から、そうやって言えば私がそちらに向かうと思ったのかもしれませんけど、ばればれです」
「嘘をつくのは得意なんだけど」
彼はあっさりと自分の嘘を認め、降参のポーズなのか両手を上げた。
「俺の嘘に気がついたんだ、凄いね」
「勘はいいんですよ」
表情を見なくても、大体声から読み取れます、なんて言ったら驚くだろうから言わないが。
「マスター、ごめん、今日は帰りますね」
くるん、と向き直し、私は小声で言った。
「女性の視線が怖い!」こそりと言うと、マスターは苦笑を返してきた。
お金を払おうとすると、マルコが顔をこちらに向け、手をぐいと掴んだ。
「俺の方に来てくれたお礼、今日は何も払わなくていいよ」
「いいの?」
「うん、ありがとー」
マルコは赤い頬で微笑むと、そのまま目を瞑った。私を掴んでいた手が、すっと離れる。
「じゃぁ、マルコに頼んでおいてください」
うん、とマスターが頷いた。じゃ、と私は席を立つ。
出口の方にラインは座っていたが、目を合わせず外に出る。女性の話声が、店を出るまで音楽をかき消していた。
さて、とひとつ深呼吸をする。どこは他にいい店を開拓するか、と私は周りを見渡した。大通りか、さらに奥か……。
「さらに奥」
やっぱり人込みは苦手だ。私はうす暗い細道を歩いて行った。
しかし、その先には特に面白そうな店は無かった。バーが数店あったが、どこも楽しそうではない。数分歩いて、私は早くもおり返そうかと思った。
振り返ると、大柄の男性が二人いた。




