表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/86

  出会い(5)

 次の日、サキ様に昨日の出来ごとを話してと言われたので、素敵な店に行ったのだと、細かく説明をした。サキ様はその店のことを気に入ってくださり、いつか一緒に行こうと約束してくださった。


「麗華と一緒に居るのが楽しすぎて、私、麗華の自由な時間について考えてなかったの」


 一通り話し終えた後、サキ様はぽつりとそう言った。

 キーボードを軽快に叩くその姿とは裏腹に、声は少し沈んでいた。


「ごめんね」

「そんな、謝らないでください。私は、サキ様とお話しする時間が本当に楽しくて、大好きなんですから」


 本当? と言ったその顔は、思えば彼女が初めて私だけに見せた、子供らしい表情だったように思う。


「本当ですよ、嘘をついている顔ですか?」

 真剣な表情で彼女を見つめたら、笑われた。

「麗華のそういうとこ、好き」

 直球な告白に、照れてしまう。


「大好きだから、もっと素敵な時間を過ごしてほしい。週に一度ぐらいは、ランダムだけど、あぁやって自由な時間を取ってもらうね」

「いいんですか?」

「もちろん。素敵な話を聞かせてね。麗華がいないときは、ゴウに変わりを頼むから」


 その時ははい、と軽く応えたものだが、その後「ゴウさんはいつ休むのだ」という問題が浮上し、サキ様が就寝された後、私は彼に訊いてみた。


「俺は基本サキ様が寝ている間だけの仕事だから、そんなに働いている時間は長くないんだよ。サキ様、平均睡眠時間は六時間ほどだろう? 他の時間は、昼夜逆転だけど自由にさせてもらってる。だから、たまには俺に仕事を投げてくれ」


 その時、彼は少し期待するような、恥ずかしそうな表情をしていた。していたと分かっていたのに、「なんでだろうなあ」ぐらいにしか考えていなかった私は、相当なあんぽんたんである。



 それから、週に一度のペースで、私は半日ほどの休み時間を貰った。そのたびに、私はふらふらとあのバーに遊びに行くのだった。



 バーの名前は「ムシカ」。意味は音楽。その名にぴったりなそのバーには、いつもマルコの奏でる音楽があった。マスターの美味しいお酒もあった。


 基本、その店の従業員はマスターとマルコの二人だった。大きなお店ではなかったし、実際つい最近まではますたーひとりで切り盛りしていたのだという。マルコを雇うようになってから、女性の客が増えたとマスターは喜んでいた。


 マルコは、昼も夜も音楽を奏でていた。たまに、彼以外の演奏者も来ていた。友だちなのだと言う。「彼がこの店に来る前はね、私が演奏をしていたのですよ」と、マスターがピアノを弾いてくれたこともあった。今ではレアだと、常連客が嬉しそうに耳を傾けていたのが印象的だった。彼のピアノはマルコのピアノとは違った色があり、音楽の深さに私も感動したものだ。



 何度その店に訪れただろう。きっと二ケタに行くかいかないか、といったところだった

仕事にもだいぶ慣れてきていた。ボディガードの連中から、子供じみた嫌味攻撃は絶えなかったが、彼、彼女らが思った以上に私がつきっきりでサキ様の近くに居るため、だんだんと回数は減っていった。嫌味を言う機会が少ないことに加え、言ったからどうなるでもないと気がついたのだろう。


 業務内容も、すぐに覚えることができた。サキ様の傍にいる、以上だ。なんて簡単なのだろう。サキ様は私が考えていた以上に、毎日毎日パソコンに向き合っていた。


「同じような作業を繰り返しているように見えるかもしれないけど、この世界の向こうで私は莫大な取引をしたり、緻密なプログラムを組んだりしているのよ」

 と、彼女が言うのだが、私には同じ画面に見える。数字が多いか、文字が多いかの違いしか分からない。


 いつも彼女の隣に座り、話を聞き、トレーニングをする時間があればして、たまにガーネットさんに呼び出されて現状を報告し、そのルーティンでくるくると回っていたが、私もサキ様と同じように、同じような作業を繰り返しているように見えて実はそうではなかった。


 彼女との会話が、その要因だ。途切れることはなかった。自分独自のこだわりや考えから歴史の話、想像話に経済のことなど、話題は豊富だった。彼女の方が知識があることもあり、教えてもらうこともしばしばだった。


 問題なく、私は日々を過ごしていた。


 接する人が少ない、これは素敵な職場だと思っていた。疲れない、人を疑って、探って、そんなことをする機会が少なかった。


 あぁ、ずっとこのままでもいいな、なんて思う日々が続いていた。



 もちろん、そんなに人生はうまくいかない。

 ずっと続く、なんてありえない。

 知っていた、過去に二度も、そのことを痛感していたからだ。



 それでも、そのころ私はまだ、もしかしたらなんて希望を抱きつつ生活をしていた。


「ムシカに行っておいでよ」

 そうサキ様に言われて、ありがとうございますと屋敷を出た。夜の八時頃だったと思う。夜の大通りは、いつもと同じように、騒がしく賑やかだった。



 ムシカの扉を開ける。ジャズの音が身体を包む。

「やあ」

 レイカちゃん、とマスターが私の姿をとらえるなり、笑顔で迎え入れてくれた。バーカウンターの中で、にこにこと微笑む彼の姿が大好きだった。


 おや、と思う。なんだか今日は雰囲気が違う。違和感がある。なんだろう? と観察すると、すぐにその違和感の正体が判明した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ