出会い(4)
結局その日は、ミモザを二杯飲んで、店を出た。二時間ほど店にいただろうか、マルコとマスターが話しかけてくれたため、私は楽しい時間を過ごすことができた。途中から、隣の席の客や、演奏を聞いていた女性も話に入ってきた。
「今日は俺にリクエストをくれたから、お酒はタダ。またおいで」
最後に、マルコはそう言ってくれた。「いいの?」と言うと、もちろん、と言って私の頬にキスをした。「可愛いお嬢さん」
私は浮かれ気分でその店を後にした。少し体が火照っていたが、ふらついたりはしなかった。今度はもう少し、強いお酒を飲んでみようかな。
空を見た。明るいネオンが溢れる大通りでは、星は見えなかったが、それでも夜空は綺麗だった。
鼻歌を歌った。彼が引いてくれた曲だったが、ジャズ風にアレンジはできなかった。
屋敷に帰ると、門番に「酒でも飲んだのか?」と笑われた。「はじめてです」ふにゃふにゃと答えると、そうか、と門番は言った。その門番も、初めて会ったときに銃を突きつけられた仲だからか、つんけんした態度は取らなかった。彼の本心はゴウさんほど分からなかったが、話しかけてくれるだけで、ありがたかった。
屋敷に入り、誰ともすれ違わずにサキ様の部屋に続く階段を上った。ゴウさんが、私の姿を見てにこりと笑う。
「少し頬が赤いぞ。おかえり」
「今日はありがとうございました。サキ様は……」
「寝ていらっしゃるよ。だから、レイカも休みなさい」
「ありがとうございます、では、お言葉に甘えて」
頭を下げ、部屋に入ろうと右を向いたとき、「あ」とゴウさんがつぶやいた。
「どうかしましたか?」
私が振り返ると、ゴウさんは少し言うのをためらってから、あー……と鼻の下をかいた。
「レイカは、恋人と飲んできたのか?」
その言葉に、私は一瞬固まると、思わずふきだしてしまった。
「どうしてですか、恋人なんていませんよ」
「そ、そうなのか……いや、男性の香水の香りがしたものだから」
「ゴウさん、鼻がいいんですね……そういえば、今日出会ったピアニストの方が、香水をつけていたかもしれません」
「そうか。引き留めて悪かったな、おやすみ」
「……おやすみなさい」
ゴウさんを、思わずじっと見つめてしまった。彼の表情の変化が気になったからだ。安堵と、不安と、ためらいと……? どうしてそんなにころころと気持ちが変わるのだろ? 入り乱れているのだろう?
そのとき私は、ゴウさんは私のことを心配してくれたのだ、なんて気楽なことを考えながら眠りについた。
いろいろな経験の乏しさは、こんなところにも表れていた。




