出会い(3)
「はい、できたよ」
曲に聴き惚れている私に、マスターがそっとお酒を差し出した。小さなグラスに入った、オレンジ色のお酒だ。
「ミモザ、というカクテルだよ」
「大丈夫か、そんなの飲ませて?」
と口を挟んでくる隣の客に、マスターは微笑んだ。
「アルコール度数をかなりさげておいたから、大丈夫でしょう。ほぼジュースみたいなものです。でも、きつくなったらすぐに飲むのをやめてね、お嬢さん」
酔っぱらったら俺が介抱してあげるよ、と笑う隣の客の言葉に、思わず笑ってしまう。
何て愉快な場所だろう。あぁ、こんな場所があったのか。
思えば、狭苦しい場所で育ってきたのかもしれない。こうやって、遊びに出かけたことは、あまりなかった。友だちと遊びに行くことを避けていたし、一人で遊びに行くことも無かった……ありがとう、サキ様。心の中で、そう思う。彼女が私にチャンスをくれた、本当に、彼女は素敵な人だ。
明るい音楽を聞きながら、私はそっとオレンジ色のカクテルを飲んだ。
「……どう?」
静かに訊いてきたマスターに、私は頷いた。
「おいしい!」
「それはよかった」
音楽がじゃん、と終わる。拍手が起こる。私も慌ててグラスを置き、拍手を送った。
「はい、今日は終わり」と、マルコは立ち上がった。まだ聞いていたい、もっと、やめないで、という声をかき分け、彼はなんと私の方へ歩いて来た。心臓がどきんと鳴ったのは、お酒のせいなのか、彼のせいなのか、分からなかった。
「今晩は。さっきはリクエストありがとう」
マルコはさっと私の隣に座ると、微笑みかけてきた。黄色い短髪をつんつんとたてた髪型は、とても彼に似合っていた。青い目に白い肌が綺麗だ。柔らかな表情には、裏表を感じさせないところがあり、これは女性にももてるのだろうな、なんて思ってしまった。
「今日ははじめてなんでしょ? こんなスーツ姿で、何してたの?」
「仕事、してたんです」
「そうなの! え、今いくつ?」
彼は驚いたのか、身を乗り出して私に質問をしてきた。犬のように丸い目が、私をじっとのぞきこむ。距離が近い。思わず目を見開いてしまう。
「……十六、です」
「ひゃぁ、若いなぁ。俺、三か月前にやっと働き始めたばかりなんだよ。いいね、かっこいい」
「ありがとう。まだ、三ヶ月なんですね」
「うん、どうして? 長年しているように見えた?」
「ファンが多いなって思って」
私の言葉に、マルコはあははと嬉しそうに笑った。そして、長い手をすっとのばし、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。またもびっくりする。どういう反応をしていいのかわからず、目が泳いでしまった。
あぁ、私こういう経験も乏しい!
泣きそうになりながら、私は彼を見つめた。きっと困ったような顔をしていたのだろう。彼はしまったという表情を浮かべ、マスターの方に体を向けた。
「マスター、俺年下の女の子に夢中になっちゃって、びびらせちゃったかも」
「そんなんじゃ、まだまだだな」
マスターが微笑む。
「うー……マスター、俺にも彼女と同じお酒」
「カクテルの名前、少しは覚えたらどうだ?」
「ミ……ミ……っと、なんだっけ」
「ミモザだ」
マスターは呆れたように言った。それだよ、ミモザ! とマルコは悔しそうに言い、ミモザミモザ……と何度も私の飲んでいるカクテルの名前を呟いた。指を一回ごとにひとつ折り、全ての指を折り終えたところで、私に向き直る。
「ごめんな、驚かせちゃった?」
「いえ、なんか、私慣れていなくって……」
「だれだって最初は緊張するよ。またおいで」
彼の優しい言葉に、私は笑顔がこぼれた。
居心地のいい場所を、また見つけた。
「ありがとう」
私の世界が、少しずつ広がっていくのを感じた。




