出会い(2)
「わぁ」
店に入った瞬間、思わず声が漏れた。そこは綺麗なバーだった。全体が木の素材を使用していて、温かみがある。黄色の柔らかな光が、店の奥にあるピアニストを優しく照らしている。ピアノによるジャズの生演奏が心地いい。
「マスター、だぁれ、その可愛い子」
店の入り口に座っていた女性客が、男性に話しかけた。マスターと呼ばれた彼は、外でナンパしたと笑った。やだぁ、さすがマスターと、女性客は楽しそうにきゃらきゃらと笑った。
「奥にカウンター席がありますよ。もしおひとりなら、そちらの方がゆっくりしていただけるかと思います」
入ってすぐのところには、テーブル席がいくつか置かれていて、ほぼ満席だった。店の奥には、カウンター席があり、そこにはまだ私が入る余裕がありそうだった。右端の角を囲むように席が置かれている。その席の中には、壁側にお酒がたくさん並んだ棚、カウンター側には氷やグラスなど、ごちゃごちゃと何かが置いてあった。
マスターは私を案内するように、カウンターまでゆっくりと進むと、カウンターの中に入って行った。空いている席を手で示し、どうぞと小さく言う。私はぺこぺこしながら、空いている椅子に座った。少し高い椅子で、足の先がぎりぎりとどく高さだった。
「マスター、どしたの、この子」
と、私の二つ隣りに座る男性が驚いたように言った。
「ナンパしたの」
マスターは先ほどと同じ返事をした。男性はひゅう、と口笛を吹く。
「へぇ、美人だ。何て名前?」
「こら、可愛いお嬢さんを怖がらせてどうするの」
「恐い? 俺、怖いかな?」
「お嬢さん、こいつは無視しちゃっていいから」
ひどいよ! と男性が叫んだ。ははは、と思わず私は声を上げて笑ってしまう。
「何か飲みたいものは?」
「お酒、飲んだことないんです。今日が初めて」
「わお、それは光栄だね。じゃあ、とっても弱い、ジュースみたいなお酒を作るからね」
マスターはとても優しい笑顔で微笑むと、後ろの棚からお酒の瓶をいくつか取り出した。どうやら、いくつか出して吟味しているようだ。
私は後ろを振り返った。ジャズの曲が終わり、そこにいた客が拍手をする。私も一緒に拍手をした。
「お嬢さん、好きな曲は?」
マスターは、慣れた手つきで何かを(多分私のためのお酒を)作りながら、私に訪ねてきた。
「えっ」
「あのピアニスト、有名な曲なら知っているよ」
素敵だ、なんて素敵なんだろう。
「じゃぁ」
私は、大好きな曲を言った。いいね、とマスターは笑った。
「私もその曲、大好きなんだよ」
「素敵ですよね」
「あぁ、綺麗なメロディーだ。おーい、マルコ!」
ピアニストが、なんだい? と答える。客の声がそっとフェードアウトしていった。皆、マスターの言葉に耳を傾けているのだ。
「このお嬢さんから、リクエストだ」
「おぉ、嬉しいね! ありがとう」
ピアニストは若かった。私と同じ年ぐらいかもしれない。ウインクをし、私に向けて投げキッスをする。きゃぁ、と黄色い歓声が沸いた。マルコ、私にも、とあちこちから声がする。
マスターが、曲名を叫んだ。オーケーとマルコが手を上げる。曲が始まる。私の大好きな曲が、彼によってジャズ調にアレンジされる。なんて素敵なんだろう。私はずっと耳を傾け、その曲を聞いていた。他の客もそのようだった。ピアノの音が、心地よい。
曲が終わるとすぐに、私は拍手をした。
「素敵! ありがとう」
「どういたしまして、またいつでもリクエスト頂戴ね」
お得意のウインクを返してくるマルコは、とてもかっこよく見えた。店中に拍手の渦が起こる。あちこちから、曲名を叫ぶ声がする。待って待ってと言いながら、マルコはまた演奏を始めた。私の知らない曲だったけれど、それも素敵な曲だった。




