立ち位置と嫉妬(5)
この家で事実上一番権力があり、同時に命の危険性があるのは彼女だった。社長だと言う事は旦那様と奥様が隠し通しているらしいが、ばれたらすぐにでも命を狙われるだろう。攫われ、人質にとられる可能性もある。ここで働く人の誰もが恐れていたことだった。
サキ様は、この家で一番「護らなければならない」人だ。
つまりは、この家で一番「重要な任務」であるのが、彼女の護衛だ、ということらしい。
特にボディガードとして働くことは、名誉なことで、エリートの証である、と考えられていたようだ。勝手につくりだしたイメージだ。実際私が彼女の傍に置かれたのは、彼女の「話し相手」という、護衛には程遠い任務をこなすためだと言うのに。
しかし、実際に私は他の人たちよりいい待遇を受けていたことは、否定できなかった。顕著なのが食事だ。サキ様と共に食事をするので、基本的に彼女たちと同じものを食べる。皆が皆、その料理を食べていたら、食費は大変なものとなる。私だけ、高級な食事を一緒に取っていた。
そりゃぁ疎ましくなるわ、と思ったものだ。
彼女が出かけるときには、必ず私も同伴した。そのこともまた、羨まれる理由の一つだったかもしれない。私のほかに三人はボディガードがついていたが、それは交代制で、毎回メンバーが一緒なわけではなかった。私だけが、いろんな場所に行ける、と考える人もいるようだった。ご家族で外出中は、基本的に私と選ばれた三人以外は暇してるくせに、と内心では文句を言っていたが、言う機会は無かった。
話が少しそれるが、そもそもそんなにボディガードをつける必要はないだろう、と思う。ご両親の過度な心配だ。もしかしたらばれているかも、もしかしたら誰かが狙っているかも……。
雇われの身ながら、あくまでも冷静に分析すると、ご両親はサキ様を過度なまでに守りたがっていたし、大切にし過ぎている節があった。こんなにガードがついていたら、それこそ何も知らない人からも怪しまれるのではないかと、何度も思ったものだ。
しかし、私は何も言わない。
サキ様の傍に居ることが、私の仕事だ。
実際、出かけてもボディガードらしい仕事をしたことはなかった。いつの日かのユンのように、雇われ主を守るような場面には直面しなかった。なによりである。
そんな日は、ずっと来なくていいのだ。
サキ様のボディガードという仕事は、何事もなく進んでいった。
問題はその家の中のごたごただった。
「ヘイ、トレーニングなんかして、意味があるのかよ」
「おいおい、あるに決まってんだろ。彼女はサキ様の護衛だぜ」
「いやいや、そうじゃなくて、トレーニングなんかしなくても強いだろってことだよ」
毎日時間を見つけてはトレーニングを欠かさなかったが、トレーニング中にはよくこんなことを言われたものだった。うるさいうるさい。私は適当に流していた。
「なるほどな、ははは!」
どうやったらあいつら黙るのかな、と考えてはいたが、いい案はなかなか浮かばなかった。昔読んだ本に、無言は一番の武器だ、と書いてあったことを思い出したので、とりあえずそれを実行していたが、いつか必ず黙らせてやると心に決めていた。
「すまんなレイカ。私の指導が及ばないばかりに」
ガーネットさんは、そう言って何度か私に謝ってくれた。
「そんな、私はいいんです」
そうか、と答えるガーネットさんの表情には、少しだけ、嘘と嫉妬が入り混じっていた。やはりガーネットさんも、新人の私が羨ましいのだろうか、こいつ、選ばれやがってと思っているのだろうか。私は寂しくなった。みんなと仲良くしたいのに、と思っていた。
ヒトツボシ家で働き始めてから三カ月ほど経った、ある日のことだった。
「麗華、お休みをあげる」
サキ様が言った。




