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  立ち位置と嫉妬(4)

 その日の夜、彼女との夕食の際、旦那様と初めて対面した。彼はヒトツボシダイキと言い、サキ様と笑顔がよく似ていた。黒い髪の毛を短く切っており、とても若々しかった。旦那様は話し上手で、サキ様は食事中、終始笑顔を絶やさなかった。その日、奥様は忙しかったようで、外出をしていた。いったいどれくらいの頻度で、彼らは一緒に食事をしているのだろうか、などと、入らぬことを考えたりもした。


「これからよろしくね、麗華さん」


 旦那様は、やはり綺麗な発音で私の名を呼ぶと、握手を求めてきた。握り返したその手は細く、驚いてしまった。そう言えば、私の周りにいた男性の中に、旦那様のように細身の人はあまりいなかったかもしれない。ぎゅっと握れば、そのまま折れてしまいそうだった。


 夕食をとり終え部屋に戻った直後に、携帯が鳴った。電話の相手はガーネットさんだ。ボディガードに君を紹介するから、部屋の階段を降りたところで待っていろとのことだった。その後すぐ、サキ様が就寝している際に彼女の部屋の前に居る例のオールバックが到着したため、私は指示された場所に向かった。


 ガーネットさんが到着し、私は彼女に連れられて小さなホールのような場所へ連れてこられた。明るく、壁が光ってきらきらとまぶしい部屋だった。部屋の奥には、ステージのような場所があり、その前に椅子がずらりと並べてあった。私はガーネットさんとともにステージに上った。私の目の前には、試験で見たことのある顔の他に、二十は超えるほどの人がいた。中には白衣を着た人や警官の格好をしている人もいることから、皆がボディガードと言うわけではなさそうだった。


 ガーネットさんは、私をステージの真ん中に連れて行った。


「皆話には聞いていると思うが、対面は初めての人も多いと思う。彼女が新しくこの家で働くことになった、レイカ・ツキカゲだ」


 皆、私のことを値踏みするような目で見ていた。男性七割、女性三割と言ったところか。男性の視線が特に厳しかった。中にはにやつきながら、隣の人に耳打ちをするやつまでいる。「あんなのが新入りかよ」とか「若いな」とか「弱そうだな」とか、そんなところだろう。別に気にしない、自分に危害が加わりそうになったら、自分を守るまでだ。


「そこ、静かにしろ」


 こそこそと話していた男性二人に向かい、ガーネットさんは静かに言った。二人はびくりと震えると、黙って前を向き直した。二人の格好はスーツだ。見たことはなかったが、きっとボディガードだろう。もしかしたら私の次に新しい顔なのかもしれない。だとしたら「やっと下っ端からおさらばできるな」などという話をしていた可能性もある。


「彼女の仕事は、本来ならこの場で配属決定と言う流れだが、今回は特例だ」


 静かにしろと注意された直後なので、誰も声に出しはしなかったが、空気が変わる。皆の表情に表れているのは、明らかに「驚き」だ。


「………………」

 ガーネットさんは皆の反応を見渡してから、うん、と頷いた。


「まぁ、大体の人が察しているか。彼女はサキ様のボディガードとして」

 ざわざわざわっ! と皆が話しはじめた。スイッチが入ったように一斉に話しはじめたため、ぎょっとしてしまう。


 あぁやっぱりと若い女性が残念そうに言った。

 嘘だろおい、と中年の男性。

 狙ってたのになーと若い男性。

 ちぇ、なんだよ若そうに見えて、エリートかよと、その隣の男性。

 あんな小娘が、とコックの格好をした男性。

 冗談でしょ、と白衣の女性。


「静かにしろ!」


 大声の後、ダンッ、と足を勢いよく地面にたたきつける音がした。またもその場がしんと静まり返る。


「サキ様直々の御使命だ。年が近いということが大きな要因だ。能力は申し分ない、テストに見事合格して見せたのだからな。そこのお前、スカル」

 先ほど隣の男に耳打ちをし、静かにしろと怒られた男性がびくりと反応した。

「お前より優秀だったぞ」


 ガーネットさんのことばに、スカルと呼ばれた男は顔をゆがませる。悔しさと、私かガーネットさんに対する怒りの表情がにじみ出ていた。


「レイカは常にサキ様の護衛をするため、サキ様があの部屋から出られるとき以外は、彼女に会う機会も少ないかもしれない。しかし、トレーニングルームに通い詰めるだろうし、食事を私たちと一緒に取ることもあるだろう。仲良くするように」


 はい、とその場にいる人たちが一斉に返事をした。

「レイカ、何か一言」

 ガーネットさんに促され、はいと私は皆と同じように返事をする。


「レイカ・ロカソラーノです。まだまだ至らないところばかりだと思いますが、どうぞこれからよろしくお願い致します」


 拍手は無かった。また、値踏みをするような目だ。いやな空気。こいつはなんだ? という視線から、こいつがサキ様の護衛か、といった視線に変わってはいたが、差はあまりなかった。


 じろじろ。

 粘っこい。


 しかし、そんなにもサキ様の護衛という地位は羨まれるものなのだろうか、と思った。聞くよりかは、探るしかないのだろうが、意外だった。私の位置につきたい人が、少なからずいるのか……ボディガードの世界は奥が深いな――ぐらいにしか、考えていなかった私の悠長さには、呆れる。


 人の嫉妬は恐ろしい。

 どろどろしていて、どす黒い。


 私は「サキ様の護衛」という任務についたことにより、家主には気に入られたものの、そこで働いている人には疎まれる、という生活を送ることになってしまった。


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