立ち位置と嫉妬(3)
「はい」
「レイカ、お嬢様は」
知らない男性の声だった。
「今就寝されました」
「分かった。ガーネットさんが、君の部屋で待っている。私が夜間の警備をする。交代だ」
私は慎重にドアを開けると(また試されたらたまったものではない)男の姿を確認した。背の高い、オールバックの男だった。面接の時に、いたかもしれない。
「お疲れ様」
彼は機械的に言った。
「どうも」
私は頭を下げると、部屋を出た。左右に二つ、部屋がある。男性は、出て左側の部屋を指した。
「ありがとうございます」
私はその部屋の扉をノックした。奥からどうぞ、と声がしたので、失礼しますと言って入室した。自分の部屋に入るのにな、と少し不思議な気分になりながら、私はそこで、初めて自分の部屋を見た。
サキ様の部屋に比べると大きな部屋ではなかったが、生活するためには十分な部屋だった。部屋の奥にはバスルームもあるようだ。小さなキッチンまでついている。テレビもある。私は驚きながらも、ベッドに腰掛けているガーネットさんの言葉を待った。
「お疲れ様、仕事はどうだった」
「問題なく進みました」
「それはよかった」
そう言った彼女の声色は、とげとげとしたものだった。少し不快感を覚える。私は彼女に何かしただろうか?
「君はここに住みなさい。それと、これを持ちなさい」
彼女は私に携帯電話放り投げた。
「必要な情報はすでに入っている。任務中、何かあればすぐに連絡をすること」
「分かりました」
「トレーニングの時間はね、固定にしようとしたんだが、お嬢様の睡眠時間、生活リズムが不規則だから、固定は君の体によくないと医者が言っていてね」
「医者……」
「この屋敷には、主治医がいるんだよ」
「そうだったんですか」
「そう、それでね、君が任務を始めたときと、終わった時は、必ずこの携帯で事務室にメールをすること。そうすると、君の睡眠時間やら生活リズムやらを考慮したうえで、医者のほうからゴーサインが出る。君は指定された場所に行くこと。いかが?」
「問題ありません」
「よろしい。では、今日はとりあえず疲れたでしょう。ゆっくり休んで」
「はい」
じゃぁね、と彼女は部屋を出て行った。かすかに香水の香りが部屋に残る。私は彼女の座っていた場所に座ると、うーんと唸った。
「なんだ、あの表情」
しばらくして、それが嫉妬に近い物なのではないかという推測に至った。
嫌な予感がした。
その夜は、とにかく疲れ果てていたので、考えることを放棄して眠りについてしまった。空腹感を携えながら、化粧を落とすと、ベッドに倒れ込むようにして眠りについた。服を変えることも忘れていた。
次の日の朝、ノックの音で目が覚めた。
「起きろレイカ、仕事だ」
背の高いオールバックの声がした。私ははいと返事をすると、とりあえず髪を指でとかし、ドアに向かって叫んだ。
「すみません、五分で準備します」
返事はなかったが、待っている暇などなかった。まず、服を見る。昨日のままだ。でも、服は今着ているスーツしか持っていない。寝てしまったせいでしわくちゃだ。パニックを起こしながらも、私はすがる思いでクローゼットを開けた。
「あっ」
そこには、新しいスーツが何着もかけてあった。誰が用意をしたのかなどと考える前に、私はその中の一つをひっぱりだして着替えていた。メイク、メイクはどうする? 五分じゃなく十分と言えばよかった! 歯を磨き、髪を整え――長い髪は面倒だ、切ってしまいたくなった――自分でも驚くぐらいの早さでメイクをした。ポケットに昨日貰った携帯電話を入れて、準備完了だ。
ドアを開けると、長身の男は昨日と変わらない格好でドアの前に立っていた。私が出てきたことを確認すると、じゃぁ、と言って階段を下りて行った。
ノックをすると、どうぞと中から声がした。入ると、ベッドの上で朝食をとるサキ様の姿があった。上半身だけ起こし、もぐもぐと何かを頬張っている。
「おはよう、麗華!」
彼女は口に物を含めたまま、もごもごと私を歓迎した。
「麗華の朝食もあるよ! こっちで一緒に食べよう」
「ありがとうございます」
その日の朝食は、甘いホットケーキだった。デザートにフルーツもあった。朝食中も、彼女とは話をしていた。彼女は朝食を終えると、着替え(服を一緒に選んだ)、パソコンの前に座った。
「今日も仕事! がんばるよ」
「はい」
何の仕事をすればいいのか、いまいちわからないまま、それでも私は彼女の傍にいた。
その場所は、不思議と心地よかった。




