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  歪んだ世界(2)

 母は、とある屋敷のメイドをしていた。朝早くから夕方六時近くまで、週六日は家を開けた。


 そのため、私は家で一人になることが多かった。学校に通う年齢は六歳からだったから、その歳になるまでは本当に行く場所もなく、家で絵を描いたり、近所の子供たちと遊んだりして日々を過ごしていた。


 母の帰りが遅くなる日が突如できはじめたのは、私が五歳と少しになったときのことだった。

 姉と、兄と三人で母を待った。


「どうしよう」

「何かあったのかな」


 私と姉は、交互に兄に訪ねた。兄は「分からないから、取りあえず待とう。もうすぐ父さんが帰ってくる」と、平静を装いながら私たちを抱きしめた。


 暑苦しい季節のはずなのに、その日はなぜか寒かった。

 いや、暑苦しいのがどこかにいってしまうほど、私は怖かったのかもしれない。

 夜九時半過ぎに、父が帰ってきた。


「父さん」

 私たちは父に抱きついた。父は最初、どうしたんだと笑顔で私たちを抱きしめ返したが、すぐに状況の異変に気がついた。抱きつきながらそっと父を見上げると、不安そうに部屋を見渡す彼の姿が目に入り、ますます不安になった。


「母さんは?」

 父は私たちの目線に合うように座った。そういえば、ずいぶん背の高い人だった。私が小さかったから、大きく見えていただけかもしれないが、真相は分からない。


「いないの」

 姉が泣きじゃくりながら言った。兄が続く。

「帰ってこないんだ。連絡もない」

 強がってはいたけれど、声が震えていた。私でなくとも、兄も不安で仕方が無いことぐらいは分かっただろう。


 父は手を目いっぱい広げ、私たち三人をぎゅっと抱きしめた。

「大丈夫、大丈夫。ちょっと仕事が忙しくなったのかもね。それよりおなかがすいただろう、ご飯を作るから、ちょっと待っててね」


 分かった、と姉は涙をぬぐい、兄も父の言う事を素直に受け入れたようだった。

 私だけが、父の嘘に気がついていた。

 一瞬だけ、表情がこわばった。根拠はそれだけだが、その緊張が私にも十分に伝わってきた。


 大丈夫じゃないんだ。

 幼いながらに、様々な想像を駆け巡らせた。


 母がもう二度とこの家に帰ってこなかったらどうしようと、夜にベッドの中で泣きそうになった。


 結局、母は私たちが寝る時間まで帰ってこなかった。父は大丈夫だと笑顔で言ったが、兄と姉はその言葉を信じたのだろうか。もしかしたら、さすがの彼らも気がついたかもしれなかった。


 ベッドの中で、涙をこらえた。

 泣いたら最後、眠れない夜が訪れそうだったからだ。


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