対面(3)
屋敷には、ひっそりと二階に続く階段があった。黒い壁に目立たないような扉があり、その先に細く長い階段があるのだ。私は、ガーネットさんにつれられ、そこを登って行った。彼女は終始無言だった。私ももちろん無言で歩いた。仕事仲間とわきあいあい、なんて私は求めていなかったので、彼女の対応はとても楽だった。
階段の先には、正面と左右に扉があった。彼女は正面の扉をノックした。
「ガーネットです。レイカを連れてまいりました」
「どうぞ」
女性の声がした。扉が開くと、そこから明るい光が漏れた。ガーネットさんに続き、私が部屋に入ると、真っ先に少女と目があった。なぜだかわからないが、私は彼女からしばらく目が離せなかった。その少女は、可愛らしい椅子にちょこんと腰かけながら、私を穴があくほど見つめていた。見つめていたと言うよりかは、観察しているようだった。
少女の隣には、少女にそっくりな女性がいた。髪は少女と同じ黒髪で、少女は長く、女性はとても短かった。
「あなたが麗華ね」
女性は立ち上がると、私に近づいて来た。細い女性だ。黒ぶち眼鏡の奥で、少女と同じ黒い瞳がにこりと微笑む。
「はじめまして。一ツ星家へようこそ」
その女性の言葉にはなまりがあったが、麗華の発音だけは綺麗だった。つまり、私の両親と同じ国からきたのだろう。妙な親近感がわきながら、私は彼女が差し出した手を握った。
ヒトツボシ。この国にはまずない名字だ。どういった意味なのだろうか。私は、自分の名前こそ綺麗なイントネーションで言えるものの、両親の母国語が分かるわけではなかった。ただ、その言葉には音と一緒に意味があることを教えてもらっていた。その感覚は難しかったけれど、自分の名前を例に、なんとか覚えたものだ。
レイは、麗しい。カは、華。私の名前は、麗しい華という意味があった。きっとヒトツボシにも、意味があるのだろう。
というよりそもそも、私が雇われたのはヒトツボシという家だったのだ、と今になって知った。もっと情報を自ら得るようにならなければと反省する。
「私は美香、この子は咲、一人娘よ」
ミカ、と名乗った女性は、サキと呼ばれた少女を手招きした。少女は椅子から立ち上がると、駆け足で母親に近寄った。母親の手を握り、じっと私を見上げている。
「夫は今出かけているの、あとで紹介するわ」
「ありがとうございます」
「さぁ咲、あなたから説明なさい」
少女はこくんと頷くと、私を見上げた。
彼女から説明? 私はわけが分からないまま、少女の言葉を待った。
「麗華、今日から私のボディーガードをしてもらいます」
少女は、はっきりとした口調で言った。どういうことだ? 私の脳内ではクエスチョンマークが入り乱れていたが、そっとガーネットさんを横目で見ると、彼女は一度頷くだけだった。つまり、私の仕事はこの少女のボディガードと言う事だ。
「よろしくお願い致します」
私は彼女に向かって、頭を下げた。少女は嬉しそうに、満面の笑みを浮かべた。
よくできたわ、と女性は少女の頭を撫でると、にこりと笑った。
「あなたには、この子のボディーガードをしてもらう予定だったの、最初からね。でもね、咲がどうしても自分で見てから決めたいって言うから。でも、一目で気に入ったみたい。ガーネット、彼女の部屋は?」
「用意してあります」
「そう、ごめんね、その部屋じゃなくて、麗華には咲の傍にずっといてもらう事にするわ」
「かしこまりました」
「というより、麗華は他のボディガードとは少しちがったスケジュールで動いてもらうわ。咲のボディガードだからね」
「かしこまりました」
「食事も彼女ととるわ。トレーニングについては、またあとで相談しましょう」
「かしこまりました」
ガーネットさんの表情からは、明らかに苛立ちが見て取れた。雇い主は気がついていないようだったが、表情を殺すのが上手い彼女にしては、怒りをむき出しにしていたと言っていいだろう。
多分、少女か女性の唐突な変更に苛立っているのだろう。彼女が振り回されるのは、日常茶飯事なのかもしれない。
「とりあえず、今から麗華には私から仕事内容を説明しておくわ。給与の話は済んでいるわね?」
「はい」
「じゃぁいいわ、ガーネット、ありがとう」
「失礼します」
ガーネットさんは軽く礼をすると、すたすたとその場を去ってしまった。怒ってる怒ってる。私はこの家の人間関係がどうなっているのかを想像しながら、指示を待った。
「………………」
痛いほどの視線を感じる。少し目線を下にずらすと、少女がきらきらした目でこちらを見ていた。いったいいくつなのだろう? もしかしたらまだ十代になってもいないかもしれない。この子を護衛……いったいこの子はどういう状況下に置かれているのだろう? どうしてボディガードが必要になってしまったのだろう?




