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  対面(2)

 もしこの能力が無ければ、そもそも母親に気味悪がられることは無かったのだ。


 隠し通していたら、私のことを、母親もメリィさんのように愛してくれたのだろうか。


 あぁそれでも、私はいつしか、この能力のせいでぎくしゃくしてしまい、今回のように家を飛び出してしまうようになったのかもしれない。



 ひとつの仮説が浮かぶ。私は人と長いこと暮らせることしかできないのではないだろうか。

 仕事を元に、点々と暮らしていくしかないのだろうか。


 そんな未来への不安を抱えつつ、私は黒い屋敷へ向かっていた。荷物は、本当に少ししか持ってこなかった。財布と、手帳と、筆記用具に数冊のノート。読みたい本三冊と、化粧道具。それを全て、小さめのバッグに詰め込んだ。服はパンツルックのスーツだった。バッグもスーツも、最後のプレゼントにと二人が買ってくれたものだった。靴も新品の物だ。高いヒールに、まだ完全には慣れていない。また攻撃されたら、動きにくいだろうな……と思いつつ、私は町へ向かっていた。


 電車の中で、私は駅の外を眺めていた。二人には、見送りに来てもらわなかった。家の前で、さようならと言っただけだ。ふたりの寂しい表情の中に、微塵も「安心」や「安堵」の感情が混ざっていなかったことが救いだった。


 目的地には、あっという間についた。黒い屋敷。三日ぶりだ。


 警備員は私を見ると、にこやかに手を挙げた。


「レイカさんだ」

「はい」

「今日から働くんでしょ、よろしくね」

「よろしくお願いします」


 がんばれ、と声をかけられた。その言葉を深読みし過ぎてもいけないと思い、ありがとうございますと流しながら、私は屋敷に入った。


 屋敷の扉をあけると、そこは相変わらず広い玄関だった。しかし、前のように家具が一切置いていないと言う事は無かった。机に、ソファに、本棚……この前は、試験用のスペースを確保するためにそれらを撤去していたらしい。


 ソファには、この前私に目隠しをした、ポニーテールの女性が座っていた。


「やぁ」

 持っていた本を閉じ、彼女はにこりと微笑んだ。


「来る前に連絡を貰いたかったんだけどね」

 ソファの前にある黒い机に――何もかも、本当に黒ずくめの屋敷だ――彼女は本を置くと、へら、と力の抜けた笑顔を見せた。

「君に連絡先を渡すのを忘れていたよ。ごめんね、来る時どうしようって思ったでしょ」


「そうですね……」

 私が苦笑を返すと、彼女はまたもへらと笑い、まぁ力を抜いてと手を差し伸べてきた。


「私はガーネット。ボディガード育成担当だよ。いろいろ君には教えなきゃいけないことがある。この家の主人にも会っていないのに雇われるなんて、正直不安だろうけど、まぁこちらにもいろいろ事情はあるんだ。今からいろいろ話をする。断りたくなったら、もちろん断っていいからね。まぁなんだ、とりあえず私の部屋で契約の話しでもしましょうか」

「はい」

「ついておいで」


 彼女は、玄関から向かって右側の通路に歩いて行った。右側の通路の先には、長い廊下が広がっていた。人が五人ほどは横になって歩いても平気だろうと思うほど、広い廊下だった。黒い壁には、花の絵や謎のオブジェがぽつぽつと飾られていた。等間隔でドアがあり、時々左右両方に通路もあった。いったいいくつの部屋があるのだろうと思いながら歩いて行った。彼女の部屋は、左側にあった三番目の通路の突きあたりにある部屋だった。扉には何も書いておらず、分かりにくいなと思った。


「何もないけどね」

 確かにそこは、何もない部屋だった。必要最小限の物しか置いていないと言った感じだ。ベッドにソファと机、小さなキッチンに冷蔵庫、それにテレビと電話だ。壁は黒だったが、ほかの家具は白に茶色、クリーム色と様々だった。随分黒い色しか目にしていなかったため、なんだかカラフルな部屋だと思ってしまった。


「ソファに座って」


 クリーム色のソファに、私は座った。机を挟み、正面にもある同じ型のソファに、彼女は腰かけた。机はガラス製の、洒落たものだった。その上には、数枚の書類が重ねて置いてあった。


「さて、何から話そうか……」


 彼女はまず、給与の話をし始めた。正直、私は生活ができればどんな給与でもかまわなかったので、はい、はいと大人しく返事をしているだけだった。自分が思っていた以上の給与だったことは秘密にしておいた。契約書類を読み、サインをする。


「死んでしまっても文句は言いません、みたいなことが書いてあるのに、さらっとサインをするとは思わなかったよ」

 と、彼女は少し驚いていた。


「帰る家がありませんから」

 私の言葉に、彼女はそっか、と答えるだけだった。心地いい、と思った。内面に干渉してこない。私がどんな人物であれ、彼女は仕事をちゃんとこなせる人員を求めているだけなのだ、と言う事が話をする中でよく分かった。


 仕事とはこういうものなのか。私情を挟まない、なんて楽なんだろう。


「じゃぁ次に、仕事内容について……ボディガードの仕事だ、体力を使うよ。レイカさんには仕事の一環としてトレーニングを積んでもらう事になるんだけど、無理なものは要求しないし、確実に強くなってもらいたいからね。後でそのトレーニング内容が決まり次第連絡しよう。この屋敷には、育成ジムとトレーナーがいるんだ。なかなか豪華だろう」


「凄いですね……」

「そう、凄いんだ。じゃぁ次は、仕事の説明だ。君には」


 言いかけたところで、部屋の電話が鳴った。

「……失礼」

 彼女は立ち上がると、電話に出た。


「はい、はい……えっ、はい、承知しました」

 彼女の声は明らかに慌てていた。そして少しの、戸惑いの声。


 戻ってきた彼女の表情には、驚きの表情も交じっていた。

「今から、ながったらしい仕事の説明をしようと思っていたんだけど、どうやら雇い主本人から説明がしたいようでね。急きょ場所を変更だ」


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