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5 対面(1)

「仕事先が見つかりました」

 アルドさんとメリィさんを前に、私はそう切り出した。メリィさんはあら、と寂しさを隠しながら嬉しそうに微笑み、アルドさんはそうか、と言っただけだった。


 うう、どうしよう。ここからが切りだしにくいところだ。

 私は心の中で、いくぞ、いち、に、さんと唱えた後、思い切って次の言葉を発した。


「や、雇い先でボディガードの訓練を受けることに、なったので、この家を……」

 最後まで言わないうちに、メリィさんの表情が曇った。アルドさんの表情も、わずかに沈む。


「……出て行こうと、考えています」


 私の言葉が、沈黙にぽつんと降り立った。気まずい雰囲気。あぁ、どうしよう。二人の困惑した、寂しい表情を見ていられなくなり、私は俯いた。秒針の音がうるさい。一度俯いてしまうと、顔をあげる勇気が無くなってしまった。しばらく、そのままで二人の反応を待つ。


 すん、と鼻をすする音が聞こえた。胃のあたりが痛くなる。やっぱり泣かれるよなぁ……どうしようかなぁ……――私は結局、何も言い出すことができなかった。すんすん、とメリィさんが鼻をすする音が、静寂の中で響くようだった。


「そうか」

 言ったのはアルドさんだった。はっと反射的に顔をあげると、メリィさんの泣き顔がとびこんできた。うっ、と息が詰まる。鼻の奥がつんとした。ここで初めて、顔をあげられなかった理由が、泣きそうだったからだという事に気がついた。


「レイカがボディガードになりたいと言ったあの夜、二人で話し合ったんだ。どんな決定をしようと、それを尊重してあげようと」


 アルドさんは、淡々と話しはじめた。私は黙ったまま、アルドさんの目を見た。逸らすことはできなかった。逸らしたら最後、泣いてしまいそうだったからだ。


「まさかこんなに早く出ていくとは……でもね、レイカが望むのなら、もう私たちは何も言えないし、言わないと決めているんだ」

「……はい」

「もう、戻ってくる気はないのか?」


 確信を突いた質問だった。うっと言葉に詰まるものの、答えは決まっていた。ボディガードを目指しはじめた、あの日から。


「もう、戻ってくる気はありません」

「そうか」

 そうだと思っていたんだ、と、アルドさんは俯いた。


「どうしてか、教えてくれるか」

「………………」


 私はしばらく黙り、言葉を探した。この気持ちをうまく言葉にするのは、難しかった。


「……私は、正直もうこの家にいる理由が無くなってしまったと思っています。お子さんが……できたときから。

 私のことを実の娘のように可愛がってくれていたのは知っています。もちろんです。感謝も、本当にどれだけしてもしきれません……それでも、私がこの家にいる理由が無くなってしまってから、私はこの家にずっと居続けようとは思えなくなってしまいました……」


 どうしても見え隠れしてしまう、私に対する、二人の申し訳ないと思うような気持ち、表情、言葉……それに気がつかないふりをしながら生きていくのは、無理だと感じていた。


 私は逃げ出してしまいたかったのだ。

 いる意味が無くなってしまった、私が必要とされなくなってしまった場所から、少しでも早く逃げ出したかった。


「この家に居続けるのは、辛いか?」

「………………」

 残酷な質問だと思いつつ、私は言った。

「辛いのではなく、寂しいのです」

「……そうか」


 重々しく返事をすると、アルドさんはぎゅっと眉間にしわをよせた。


「君に寂しい思いをさせてしまって、本当に……」

「いいんです、私の勝手な……我儘なんです」

「いつでも、君が望むのなら、戻ってきなさい」


 アルドさんは言った。困ったように微笑みながら。


「……連絡を、ちょうだいね」


 黙って聞いていたメリィさんは、小さな声でそう言うと、涙をぬぐった。目の前がぼやけた。もう駄目だ、と思った瞬間、涙がこぼれおちていた。


「……ご、ごめんなさい」


 私は自分の能力を呪った。恨んだ。

 もし、ふたりが隠している気持ちに気がつくことが無かったら、私は居づらいながらもここで生活を続けられていたかもしれない。ふたりの優しさだけを感じながら、少しだけの我慢で、生きていけたかもしれないのに。


「本当に……感謝してます。本当に、ありがとうございました……ふたりとも、本当に、大好きです」


 私を愛し、ここまで育ててくれたのだ。

 言葉にならない感謝の気持ちが、溢れてのどに突っかかるようだった。


「私たちも、大好きよ」

 メリィさんの言葉に、私は声をあげて泣いた。年甲斐もなく、わんわんと泣いた。ごめんなさいとありがとうしか、伝える言葉が見つからなかった。


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