新たな一歩(7)
女性の声だ。冷酷な声だ。恐ろしい。そうだ、そうだったよ。私が倒したのは女性ひとりに男性三人。最初に口を開いた女性を、まだ倒してはいなかったのだ。自分の計算のできなさに呆れながら、ゆっくりと手を挙げる。
「ふふ、まぁまぁだ」
目を瞑り、手は挙げたままにしろよ、と命令され、私は大人しくそれに従った。ひどく落ち着いた声が、恐ろしい。背後からの束縛は無くなったが、それでも私は手を挙げたまま動かない。あんな冷静な声が出せる人に逆らったらどうなるか、私は察せているつもりだ。足音がする。私の目を隠していた人が、私の前に移動したようだ。
「質問がある」
女性の声だ。私はすぐに返事をした。
「はい」
「名前は」
「麗華・ロカソラーノ」
「今日は何をしにここへ」
「ボディガードの面接を受けに」
「年は」
「十六です」
「得意教科は」
「得意不得意といった意識はありません。全てにおいて平均を上回る成績をとれています」
「その中でも特に成績がいいのは」
「数学と国語です」
「スポーツは」
「得意です。武術の心得もあります」
「なぜ――」
今まで淡々と質問を繰り返していた声が、少しだけ低くなった。
「攻撃を開始した時にあれだけ素早く反応できた」
この声から読み取れる感情は、おそらく、警戒と疑心と、少しの好奇心だ。きっと彼女は笑っているに違いない。ここは真実を言うべきか否か迷ったが……すぐに、当たり障りのない答えを返した。
「等間隔で人が並ぶ姿を見て、警戒心が芽生えました。何が起ころうともすぐに動ける心の準備をしていたからだと考えます」
「ふうん。いいよ、目を開けて」
ゆっくりと目を開けると、目の前に顔があった。
「………………」
「あれ、驚かないの」
つまらないの、と女性は言った。背伸びをしていたようで、それをやめると、頭が私の鼻の位置にきた。ポニーテールが左右に揺れる。至近距離のまま、彼女は私を見上げていた。年は二十後半か、もしくは三十代だろう。くりんとした目が、じっとこちらを見つめている。
「テスト終了」
「え」
「面接合格、ただし条件付き。ここに住み込み特訓、立派なボディガードになれるまで特訓特訓。それでも良ければ雇いましょう。給料の話はまたあとで、気に入らなかったらやめてもいい。それでもまずは、お金の話よりまえに、雇用条件。いかが?」
「や、雇っていただけるのなら、なんでも」
「ふうん」
よろしい。
彼女はそう言って、二歩下がった。口元にはうっすらと笑みを浮かべている。
「ではすぐに、ご実家を出る準備を。一週間の猶予をあげる。家を出る旨をご家族に伝えなさい。一週間後のこの時間までにここに戻ってこなければ、契約破棄。いかが?」
「は、はい。分かりました」
「荷物は必要ありません。服も食事も全てこちらで用意します。スーツ一着とお財布を持ってここに来なさい。それ以外の物は、どうしても大切なものだけを。こちらで審査はいたします。基準はこちらにありますよ。いかが?」
「大丈夫です」
「よろしいよろしい。ま、じゃぁお金の話しは……戻ってきてからにしましょうか。では。面接お疲れさまでした」
その言葉が合図だったのだろう。
伸びていた四人が、むくりと一斉に起き上がった。さすがにその姿に、私はぎょっとしてしまった。なんだ、皆ぴんぴんしていたのか……。
ポニーテールの女性は、手を広げて言った。劇の登場人物のように。
「合格おめでとう。あなたが思っているより、この面接は難しいんですよ」
その表情と言葉には、少しの嘘が交じっていた。嘘というよりかは、何かまだ、隠していることがあるような、そんな口調だった。
――何が嘘なんだ?
何かを考えているそぶりを見せないようにしながら、私は言った。
「ありがとうございます、すぐに戻ってきます」
「お疲れさまでした」
女性が頭を下げると、ほかの四人も頭を下げた。私はそれにお辞儀で応え、その場を去った。
私の新たな一歩だった。




